2016/09/23(金) - 11:20
「もしもーし山本です!無事着いてますか?」夜行バスを降り、大阪駅構内にある開いたばかりのカフェでコーヒーをすすっていると、唐突に電話が鳴った。電話の主は、キャノンデール・ジャパンの”カズ”こと山本和弘さん。まだふわついている起き抜けの頭には、コーヒーなんかよりもずっと、あのテンション高めの声が目覚ましになった。
手早く準備を進めるカズさん
舗装路/未舗装路に合わせてレフティサスペンションを調整する
なんでもない話に花が咲く。SLATEがあるだけで楽しいライドになると分かっている
駅まで迎えに来てくれたカズさんと合流し、前に2人、後ろに2台のSLATEを乗せたハイエースは、環状線から阪神高速東大阪線を経由して一路西へと向かう。今日の目的地は、ちょうど大阪と奈良の府県境、奈良盆地の北西に位置する矢田丘陵だ。かの有名な「酷道」暗峠のもう一つ奈良側、と言えばピンとくる方も多いだろうか。
有料道路を降りると、クルマは国道308号線を通って標高を上げていく。国道とは言っても奈良時代に作られた街道の姿をそのまま残しているため、道幅は限りなく狭隘で、現代の交通事情を全く無視した勾配とカーブが続く。道の両側に残る、全く観光地化されないままの宿場町風情も良い。私たちSLATEやシクロクロスを愛するもの……―少なくともこのハイエースに乗っている2名―はこういう道が大好きだ。「この先道幅狭小、通行ご注意ください」という看板が出てくるたびに、意味も無くテンションが上がってしまう。
ツアーの案内役となってくれた森本禎介さん。SLATEと、愛車のランドローバー・ディフェンダー
酷道として名高い国道308号線。暗峠から離れていても道幅は限りなく狭隘だ
初夏のあたたかな日差しが注ぐ
矢田丘陵の駐車場に到着すると、間も無く「グアー」という野太いサウンドと共に、背面キャリアにSLATEを載せたランドローバー・ディフェンダーが現れた。運転席から降りてきたのは今回のツアー案内役である、TKC Productionsの森本禎介さん。カズさんと合わせて、おそらく日本で最もSLATEに乗っているであろうハードコアなサイクリストだ。一刻も早く走り出したい3人は手早く着替えとバイクセッティングを済ませ、ペダルを回し始めた。
国道308号から分岐するとすぐにシングルトラックが現れた。スリッピーな路面を押していく
笹に囲まれたシングルトラック。踏みしめられているため走りやすかった
ダイナミックな下りを気持ち良く走る森本禎介さんとカズさん
前日の雨をたっぷりと吸い込んだトレイルは、とてもスリッピーだった。視界の開けた場所は程よく乾いているが、あまり陽の当たらない踏み跡は、落ち葉も影響してペダルに込めた力を文字通り空転させてくる。こういった場所でスリックタイヤを走らせるには、優しく丁寧なペダリングが欠かせない。先を行く二人はさすが乗り慣れているだけあって、スムーズでいて速い。こちらとて意地というものがあるが、がむしゃらに走らせた瞬間にSLATEは言うことを聞かなくなってしまう。難しい乗り物だが、だからこそ楽しく、病みつきになる。
急峻過ぎない、SLATEでもギリギリ楽しめる(初心者には少し厳しいと思う)トレイルのアップダウンを何度か楽しんでいるうちに、ふと立派な寺院の裏手に降り立った。案内を見れば、これがかの有名な聖徳太子ゆかりの法隆寺。修学旅行生の大群から大注目を受ける中、ふと目に飛び込んできた「自家焙煎コーヒー」の看板を見つけてショートブレイクを決め込む。古民家をリノベーションしたという和モダンな客間で頂くコーヒーは大当たりだった。
古民家をリノベーションしたという和モダンなカフェでまどろむ
お邪魔したカフェの一押しは自家焙煎のコーヒー。「自転車の方もお気軽にどうぞ」
修学旅行生の大群から視線を浴びながら走る
大きなため池。大阪の人が東京に来ると、池の少なさに驚くんだとか
さて、今回のロケ地に選んだ矢田丘陵は、標高200〜300mほどの山が連なる緑豊かな場所で、飛鳥時代や奈良時代にはこの山を背景として多くの寺院が創建されるなど、周囲の信仰を集めてきた。現在でも古くからの山林や里山が保たれ、無数のトレイルや遊歩道が良好な状態で維持されている。
今や矢田丘陵といえばマウンテンバイカーにとって”ホワイト”なトレイルとして人気の場所であるが、その背景には日本のシクロクロス界で一時代を築いた辻浦圭一氏をはじめ、地元ライダーの環境保全・保守管理など地道な努力があったのだという。そう言われてみれば、すれ違うハイカーも自転車に優しい気がする。だからこちらもすべからく人と自然に優しい走り方になる。ちなみに豊岡英子選手もこの場所で練習を重ねているそうだ。
シングルトラックの段差でジャンプ。懐の深さがSLATEの大きな魅力
乗車を拒む急峻な岩場をホッピングでクリアしていくカズさん
10%ほどの斜度が続く舗装路を登る。高圧にした42mmスリックタイヤが活きる
SLATEってロードなの?シクロクロスなの?と聞かれることがよくある。キャノンデールの言い方だと「NEW ROAD」となってしまうのだが、それだと正直言って分かりづらい。ざっくりと分類するならば、SLATEはロードバイクである。サスペンションは装着されているが、根本的にMTBとは全てが違うし、「33mm幅以下のタイヤ」が定義づけられる競技としてのシクロクロスバイクとも違う。何よりノブのついていないスリックタイヤ(幅こそ42mmと太いけれど)こそがロードバイクたる存在を主張しているように思う。
実際カズさんは、舗装路の軽さを重視してタイヤの空気を高圧にセッティングしていた。当初は2Barほどの低圧も試していたそうだが、「それでは爽快感が失われてしまう」と4Barほどに落ち着いたという。衝撃は30mmトラベルのLeftyサスペンションに仕事をさせる。スリックタイヤとサスペンション、それぞれの役割をキッチリ明快にすることでSLATEの性能がより引き出されるのだ。
カズさんの説明を聞いて、実際に空気圧を高めに設定にしてみると、なるほどなと思った。以前私の地元である房総を案内した時は3Barほどだったが、それに比べて舗装路の登りが圧倒的に軽く、全体的な平均スピードが上がる。もちろんトレイルに入るとコントロールは難しくなるが、そこはテクニック勝負だ。全神経を集中させて、次のギャップにはどう対処すれば良いかを考えながら走る。それがたまらなく楽しい。
松尾寺への距離を示した道標が用意されていた。1丁は109mだ
敬意を表して門前で自転車を降りる。「下馬」の石柱が残っていた
1kmほどのシングルトラック登りの先、松尾寺へと到着。外門で記念撮影をしてみた
3両編成のSLATEトレインは、もと来たルートを辿って駐車場への帰路についた。頭に入っているルートだけに、行きよりもペースは少し速くなる。面白いことに松尾寺へと登る参拝道には、本尊までの距離を示した道標が用意されていて、10丁、9丁、8丁...とだんだんと数字が小さくなるのが面白く感じる。ちなみに「丁」とは尺貫法に基づく日本古来の単位で、1丁は109mだ。
「ちょっとテースケさん、ペース速くないですか!」心の中で叫びながら、急坂をガシガシ登っていく2人を全力で追いかける。砂利敷き、下地の岩盤がむき出しになっているところ、ぬかるみと目まぐるしく変わる路面に呼吸を合わせながら。
この日の走行距離はたったの20.41km。そう思わせないほどとても濃密な時間を過ごした
遅咲きのタンポポが綿毛を飛ばす準備をしていた
泥まみれのSLATEを見ると誇らしくなってしまうのは自分だけ?いや、そうでもなさそうだ
この日の走行距離は20.41km。たった20.41kmだが、とても濃密で、とても楽しく、とても疲れた。
ああ、その時のことを思い出しながら原稿を書いていたら、またSLATEに乗りたくなってしまった。次はどんな場所を訪れようか。
この石畳(だったもの)はいつ頃敷かれたものだろうか? 散策路や遊歩道が整備され、地域の住民やハイカーからも親しまれている矢田丘陵。そのほとんどは手厚く整備され現代風になっているが、一部には信仰の地として長い歴史を刻んできたことを感じさせる面影も残っていた。
それがこの写真で記録した、年式不明の石畳(だったもの)。一部には寺院仏閣の建材や、灯篭、道標、石柱の素材としてしばしば使われる花崗岩も混じっており、角が削れ落ちていたことを考えると古いものなのかもしれない。
そういえば、そう遠くない神戸の六甲山は、高級石材「御影石」の産地として戦国時代から栄え、江戸時代に最盛期を迎えた場所。この石も六甲から牛車で麓まで運ばれ、石積船で大阪湾を渡ってきたものだろうか?そんなことを考えてふと気づけば、SLATEに乗る二人は遥か前。慌ててペダルに力を込めた。
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有料道路を降りると、クルマは国道308号線を通って標高を上げていく。国道とは言っても奈良時代に作られた街道の姿をそのまま残しているため、道幅は限りなく狭隘で、現代の交通事情を全く無視した勾配とカーブが続く。道の両側に残る、全く観光地化されないままの宿場町風情も良い。私たちSLATEやシクロクロスを愛するもの……―少なくともこのハイエースに乗っている2名―はこういう道が大好きだ。「この先道幅狭小、通行ご注意ください」という看板が出てくるたびに、意味も無くテンションが上がってしまう。
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矢田丘陵の駐車場に到着すると、間も無く「グアー」という野太いサウンドと共に、背面キャリアにSLATEを載せたランドローバー・ディフェンダーが現れた。運転席から降りてきたのは今回のツアー案内役である、TKC Productionsの森本禎介さん。カズさんと合わせて、おそらく日本で最もSLATEに乗っているであろうハードコアなサイクリストだ。一刻も早く走り出したい3人は手早く着替えとバイクセッティングを済ませ、ペダルを回し始めた。
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急峻過ぎない、SLATEでもギリギリ楽しめる(初心者には少し厳しいと思う)トレイルのアップダウンを何度か楽しんでいるうちに、ふと立派な寺院の裏手に降り立った。案内を見れば、これがかの有名な聖徳太子ゆかりの法隆寺。修学旅行生の大群から大注目を受ける中、ふと目に飛び込んできた「自家焙煎コーヒー」の看板を見つけてショートブレイクを決め込む。古民家をリノベーションしたという和モダンな客間で頂くコーヒーは大当たりだった。
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今や矢田丘陵といえばマウンテンバイカーにとって”ホワイト”なトレイルとして人気の場所であるが、その背景には日本のシクロクロス界で一時代を築いた辻浦圭一氏をはじめ、地元ライダーの環境保全・保守管理など地道な努力があったのだという。そう言われてみれば、すれ違うハイカーも自転車に優しい気がする。だからこちらもすべからく人と自然に優しい走り方になる。ちなみに豊岡英子選手もこの場所で練習を重ねているそうだ。
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実際カズさんは、舗装路の軽さを重視してタイヤの空気を高圧にセッティングしていた。当初は2Barほどの低圧も試していたそうだが、「それでは爽快感が失われてしまう」と4Barほどに落ち着いたという。衝撃は30mmトラベルのLeftyサスペンションに仕事をさせる。スリックタイヤとサスペンション、それぞれの役割をキッチリ明快にすることでSLATEの性能がより引き出されるのだ。
カズさんの説明を聞いて、実際に空気圧を高めに設定にしてみると、なるほどなと思った。以前私の地元である房総を案内した時は3Barほどだったが、それに比べて舗装路の登りが圧倒的に軽く、全体的な平均スピードが上がる。もちろんトレイルに入るとコントロールは難しくなるが、そこはテクニック勝負だ。全神経を集中させて、次のギャップにはどう対処すれば良いかを考えながら走る。それがたまらなく楽しい。
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「ちょっとテースケさん、ペース速くないですか!」心の中で叫びながら、急坂をガシガシ登っていく2人を全力で追いかける。砂利敷き、下地の岩盤がむき出しになっているところ、ぬかるみと目まぐるしく変わる路面に呼吸を合わせながら。
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この日の走行距離は20.41km。たった20.41kmだが、とても濃密で、とても楽しく、とても疲れた。
ああ、その時のことを思い出しながら原稿を書いていたら、またSLATEに乗りたくなってしまった。次はどんな場所を訪れようか。
今回の「路面」:時代不明の石畳
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そういえば、そう遠くない神戸の六甲山は、高級石材「御影石」の産地として戦国時代から栄え、江戸時代に最盛期を迎えた場所。この石も六甲から牛車で麓まで運ばれ、石積船で大阪湾を渡ってきたものだろうか?そんなことを考えてふと気づけば、SLATEに乗る二人は遥か前。慌ててペダルに力を込めた。
提供:キャノンデール・ジャパン 制作:シクロワイアード編集部 text&photo:So.Isobe