総合優勝した2023年のツール・ド・フランス以来、約3年ぶりに袖を通したマイヨジョーヌ。バルセロナで動き出したツールは、ヨナス・ヴィンゲゴーハンセンがヴィスマ・リースアバイクに勝利をもたらし、大怪我からの復活を印象づけた。

選手が通過する度に、割れんばかりの歓声が飛ぶ photo:Sotaro.Arakawa

モビスターには一際大きな歓声が飛ぶ photo:Sotaro.Arakawa 
猛スピードで走り去っていった選手を目で追う親子 photo:Sotaro.Arakawa

撒かれるという表現がふさわしいマイヨアポワを着て応援するファンたち photo:Sotaro.Arakawa
「ここまでストレスフルな日々だったからこそ、今日という日が終わって嬉しい。この20分間のために、チームと共に長い時間を準備に費やしたからね」と語ったのは、ヴィンゲゴーの12秒遅れでフィニッシュしたタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG)。その表情は言葉通り晴れやかで、「勝てず残念か」という質問に開口一番、「いいや」と笑顔で答えたその言葉に、全くの偽りはなかったのだろう。
この日のバルセロナは、気温30度を少し下回る程度。湿度は60%前後で、日本の真夏ほど蒸すわけではないが、カラッと乾いた暑さとも言い切れない空気だった。コース距離は僅か19.6km。ポガチャルの言う通り、トップ層のフィニッシュタイムは22分前後のため、ほとんどの選手たちはロングスリーブを着用し、ボトルはもちろん、ボトルケージも取り外した空力重視のバイクで走行した。
1チーム目であるカハルラル・セグロスRGAのスタート時刻は17時5分。夕方に差しかかれば暑さも和らぐと思いきや、最終出走のUAEがフィニッシュした後でさえ、熱された空気は残ったまま。理由の1つは、スペインの地理とサマータイムの影響で、太陽が最も高くなるのが14時頃だから。しかも日の入りは21時半。スペイン人の夕飯が大体21時スタートで、20時にレストランに入ってもお客さんが誰もいないのも納得だ。

ロングスリーブが多い中、半袖だったマティアス・ヴァチェク(チェコ、リドル・トレック) photo:Sotaro.Arakawa

フィニッシュ後、取材陣を振り切りそのままチームバスに戻るレムコ・エヴェネプール(ベルギー、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ) photo:Sotaro.Arakawa 
走り終えたアラフィリップの表k上から、過酷さが伝わる photo:Sotaro.Arakawa

ステージ2位に貢献したジョシュア・ターリング(ネットカンパニー・イネオス) photo:Sotaro.Arakawa
話をレースに戻すと、この日最有力候補の一角と見られていたのがネットカンパニー・イネオスだった。それは2020年、21年のTT世界王者であるフィリッポ・ガンナ(イタリア)と22年のアルカンシエルであるトビアス・フォス(ノルウェー)をはじめ、昨年ジロ・デ・イタリアの個人タイムトライアルで区間優勝したジョシュア・ターリング(イギリス)がいたから。またコロンビアTT王者の経験を持つエガン・ベルナル(コロンビア)など、8名全員が個人TTまたはプロローグでの勝利経験を持ち、このステージを明確に狙っていたことが伝わってきた。
しかし、新加入のオールラウンダーであるケヴィン・ヴォークラン(フランス、ネットカンパニー・イネオス)が残り6kmでまさかのパンク。フィニッシャー役を担うはずだったヴォークランを失ったチームは、急遽ガンナを最後の登りに向けて送り出すことになった。ヴィンゲゴーやポガチャルと比べ身長も体重もあり、登りで不利なガンナだったが、持ち前の高出力で踏み切り、結果的にヴィンゲゴーから8秒遅れのタイムでフィニッシュ。ステージ優勝を逃しながらも、区間2位という好成績をチームにもたらした。

フィニッシュ直後から続くインタビューにも、丁寧に答えていくヨナス・ヴィンゲゴーハンセン(デンマーク、ヴィスマ・リースアバイク) photo:A.S.O.
そしてこの日、19.6kmのコースを21分47秒、平均時速54kmに迫るハイスピードで駆け抜けたのはヴィスマ・リースアバイクであり、その先頭でフィニッシュしたのがヨナス・ヴィンゲゴーハンセン(デンマーク)だった。勝者の宿命とも言える、同じテーマの質問が何度も投げかけられたレース後の取材では、「夢が叶った」という言葉が繰り返された。
なぜ過去に2度の総合優勝を経験し、直近ではジロ・デ・イタリアで総合優勝を決めたヴィンゲゴーにとって、マイヨジョーヌ着用が「夢」だったのか。それは総合優勝した2023年以降、ツールでこのジャージに袖を通していなかったから。それに加え、2024年の4月に本人曰く、「死も意識した」と語る大怪我を負ったからだ。
矢継ぎ早にくる質問のなかでも、そのマイヨジョーヌの意味をより深く掘り下げる質問があった。それは表彰式後に行われた記者会見でのこと。ヴィスマと同じオランダにルーツを持つ自転車メディア、WielerFlits(ウィーラーフリッツ)が「チームのパフォーマンスコーチ長であるマチュー・ヘイボール氏が、『このマイヨジョーヌはあの落車の本当の終わりになる』と語っていた。彼と同じく、これが1つの区切りだと思うか」と投げかけた。

約3年ぶりにマイヨジョーヌを着用したヴィンゲゴー photo:A.S.O.
それまでは淡々と質問に答えていたヴィンゲゴーだったが、それを聞いて言葉が詰まる。そして、「その通りだと思う。ここ数年は辛い時期だった。もし人生に(物語の)章があるとすれば、確かにこの勝利が1つの区切りとなるだろう」と回答。さらに「その物語では、地面に横たわり『死ぬかもしれない』と思う瞬間もあった。そこからここまで戻ってくることができたのは、とても感慨深いことだ。落車したあの瞬間は、競技のことすら考えられなかった。ただ生きることだけを考えていた。だからこそ、このマイヨジョーヌ獲得は夢が叶ったと言えるんだ」と、丁寧に言葉を選びながら答えた。
ヴィスマは2024年に、監督としてヴィンゲゴーのツール連覇を支えたメライン・ゼーマン氏が退団。また8年にわたりヴィンゲゴーのコーチを務めていたティム・ヘームスケルク氏が今年5月にチームを離れ、さらにレース部門を統括するグリシャ・ニールマン氏も8月いっぱいでその職を離れる。中核スタッフの退団が相次ぎ、今年に入ってからはサイモン・イェーツ(イギリス)の突然の引退などもあったことで、チーム状況が不安視されることもあった。
その意味でもヴィンゲゴーのこのステージ優勝、そしてマイヨジョーヌの獲得は、本人にとってツールでの復活を示しただけでなく、外から向けられる疑念への、ひとまずの力強い回答にもなったのではないだろうか。
text:Sotaro.Arakawa in Barcelona, Spain
photo:CorVos




「ここまでストレスフルな日々だったからこそ、今日という日が終わって嬉しい。この20分間のために、チームと共に長い時間を準備に費やしたからね」と語ったのは、ヴィンゲゴーの12秒遅れでフィニッシュしたタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG)。その表情は言葉通り晴れやかで、「勝てず残念か」という質問に開口一番、「いいや」と笑顔で答えたその言葉に、全くの偽りはなかったのだろう。
この日のバルセロナは、気温30度を少し下回る程度。湿度は60%前後で、日本の真夏ほど蒸すわけではないが、カラッと乾いた暑さとも言い切れない空気だった。コース距離は僅か19.6km。ポガチャルの言う通り、トップ層のフィニッシュタイムは22分前後のため、ほとんどの選手たちはロングスリーブを着用し、ボトルはもちろん、ボトルケージも取り外した空力重視のバイクで走行した。
1チーム目であるカハルラル・セグロスRGAのスタート時刻は17時5分。夕方に差しかかれば暑さも和らぐと思いきや、最終出走のUAEがフィニッシュした後でさえ、熱された空気は残ったまま。理由の1つは、スペインの地理とサマータイムの影響で、太陽が最も高くなるのが14時頃だから。しかも日の入りは21時半。スペイン人の夕飯が大体21時スタートで、20時にレストランに入ってもお客さんが誰もいないのも納得だ。




話をレースに戻すと、この日最有力候補の一角と見られていたのがネットカンパニー・イネオスだった。それは2020年、21年のTT世界王者であるフィリッポ・ガンナ(イタリア)と22年のアルカンシエルであるトビアス・フォス(ノルウェー)をはじめ、昨年ジロ・デ・イタリアの個人タイムトライアルで区間優勝したジョシュア・ターリング(イギリス)がいたから。またコロンビアTT王者の経験を持つエガン・ベルナル(コロンビア)など、8名全員が個人TTまたはプロローグでの勝利経験を持ち、このステージを明確に狙っていたことが伝わってきた。
しかし、新加入のオールラウンダーであるケヴィン・ヴォークラン(フランス、ネットカンパニー・イネオス)が残り6kmでまさかのパンク。フィニッシャー役を担うはずだったヴォークランを失ったチームは、急遽ガンナを最後の登りに向けて送り出すことになった。ヴィンゲゴーやポガチャルと比べ身長も体重もあり、登りで不利なガンナだったが、持ち前の高出力で踏み切り、結果的にヴィンゲゴーから8秒遅れのタイムでフィニッシュ。ステージ優勝を逃しながらも、区間2位という好成績をチームにもたらした。

そしてこの日、19.6kmのコースを21分47秒、平均時速54kmに迫るハイスピードで駆け抜けたのはヴィスマ・リースアバイクであり、その先頭でフィニッシュしたのがヨナス・ヴィンゲゴーハンセン(デンマーク)だった。勝者の宿命とも言える、同じテーマの質問が何度も投げかけられたレース後の取材では、「夢が叶った」という言葉が繰り返された。
なぜ過去に2度の総合優勝を経験し、直近ではジロ・デ・イタリアで総合優勝を決めたヴィンゲゴーにとって、マイヨジョーヌ着用が「夢」だったのか。それは総合優勝した2023年以降、ツールでこのジャージに袖を通していなかったから。それに加え、2024年の4月に本人曰く、「死も意識した」と語る大怪我を負ったからだ。
矢継ぎ早にくる質問のなかでも、そのマイヨジョーヌの意味をより深く掘り下げる質問があった。それは表彰式後に行われた記者会見でのこと。ヴィスマと同じオランダにルーツを持つ自転車メディア、WielerFlits(ウィーラーフリッツ)が「チームのパフォーマンスコーチ長であるマチュー・ヘイボール氏が、『このマイヨジョーヌはあの落車の本当の終わりになる』と語っていた。彼と同じく、これが1つの区切りだと思うか」と投げかけた。

それまでは淡々と質問に答えていたヴィンゲゴーだったが、それを聞いて言葉が詰まる。そして、「その通りだと思う。ここ数年は辛い時期だった。もし人生に(物語の)章があるとすれば、確かにこの勝利が1つの区切りとなるだろう」と回答。さらに「その物語では、地面に横たわり『死ぬかもしれない』と思う瞬間もあった。そこからここまで戻ってくることができたのは、とても感慨深いことだ。落車したあの瞬間は、競技のことすら考えられなかった。ただ生きることだけを考えていた。だからこそ、このマイヨジョーヌ獲得は夢が叶ったと言えるんだ」と、丁寧に言葉を選びながら答えた。
ヴィスマは2024年に、監督としてヴィンゲゴーのツール連覇を支えたメライン・ゼーマン氏が退団。また8年にわたりヴィンゲゴーのコーチを務めていたティム・ヘームスケルク氏が今年5月にチームを離れ、さらにレース部門を統括するグリシャ・ニールマン氏も8月いっぱいでその職を離れる。中核スタッフの退団が相次ぎ、今年に入ってからはサイモン・イェーツ(イギリス)の突然の引退などもあったことで、チーム状況が不安視されることもあった。
その意味でもヴィンゲゴーのこのステージ優勝、そしてマイヨジョーヌの獲得は、本人にとってツールでの復活を示しただけでなく、外から向けられる疑念への、ひとまずの力強い回答にもなったのではないだろうか。
text:Sotaro.Arakawa in Barcelona, Spain
photo:CorVos
Amazon.co.jp