実戦投入を経てヴィットリアが正式発表したフラッグシップロードタイヤ「CORSAシリーズ」の29Cモデル。ワイドリム対応28Cでもなく、30Cでもなく、なぜ29Cなのか。どんな違いがあって、どんなアドバンテージが存在するのか。イタリア本社R&Dセンターのディレクターを務めるエミリアーノ・サバッティ氏と繋いだインタビューを紹介する。

ヴィスマが実戦投入するCORSA PROの29Cモデル。内幅25mmのリザーブホイールと組み合わせている photo:Kei Tsuji
今年3月、ヴィットリアがフラッグシップロードタイヤのCORSA(コルサ)シリーズに29Cモデルを追加した。触れ込みは「内幅25mmのワイドリムに最適化させた新サイズ」。プロレースでの採用も進む超ワイドな25mmリムと完璧にフィットさせることで空力効果やコーナリンググリップの改善を図ったモデルである。
今やプロレース界で28Cタイヤがスタンダードとなり、30Cを使うチームも少なくないというワイドタイヤ全盛期だ。呼応するようにホイール側もリムのワイド化が進み、ジップやエンヴィ、リザーブは内幅25mmを採用。リザーブを使うヴィスマ・リースアバイクは2024年のツール・ド・フランス前から未発表だったヴィットリアのCORSA PROの29Cモデルを実戦投入して話題を呼んできた。
これまで24C、26C、28C、30C、32Cと偶数表記のラインナップを展開してきたヴィットリアだが、28Cでもなく、30Cでもなく、なぜ29Cというたった1C刻みの新サイズを加えたのか。そしてそれはどのような違いがあって、どのようなアドバンテージをもたらすのか。シクロワイアードでは日本代理店であるVTJの協力を得て、ヴィットリアR&Dセンターのディレクターを務めるエミリアーノ・サバッティ氏と繋ぎ、オンラインで有用な話を聞く機会を得たので、読者の皆様にもシェアする次第だ。

3月に一般発売が開始されたヴィットリアのCORSA PRO 29C photo:Naoki Yasuoka
「29Cモデル開発のきっかけとなったのは、昨年2月に起きたプロレースでタイヤが外れたことによる落車事故でした。」とエミリアーノ氏は言う。その詳細を以下のように続けてくれた。「事故は、内幅25mmリムに28CのCORSA PROを入れていたことが原因だと考えています。内幅25mmリムに従来の28Cタイヤをセットすると、タイヤ自体が両サイドから引っ張られて潰れ、サイドウォールが立ち上がらずパンクやリム破損に繋がるリスクがあります。
それを受けてUCIは、各チームに対してETRTO規格ではなく、タイヤとリムの幅に関する互換性の枠組みを規定する最新のISO規格に準拠するUCI技術規則の要件を再確認するよう呼びかけました。その中では、28Cタイヤは内幅23mmまでのリムに適合すると明記されている。つまりUCI規則では、内幅25mmリムに28Cタイヤを取り付けることは推奨されていないのです。
しかしここでも問題があります。内幅23mmまでのリムに適合するといっても、19C設計の28mmタイヤを内幅21mmや23mm幅のリムに組み合わせた時、タイヤ幅は31mmほどに膨れ、タイヤと路面の接地面は横に太く縦に短い形状となり、パンクの可能性を上げるどころか乗り心地の悪化、グリップ力の低下といった悪循環を招くのです。
こうした懸念点を踏まえ、我々はETRTO規格とISO規格、さらにはUCI規定にも則りつつ、内幅25mmリムのホイールに適合するミニマム数値、つまり29mmタイヤを作ろうと決めました。ETRTO規格準拠を目指したのは、ヴィットリア自身がETRTOのメンバーであり、これを蔑ろにすることはできないという理由からでした」。
ではなぜ、もともと用意している30Cタイヤではいけないのか。これも当然理由があるとエミリアーノ氏は加える。「30Cタイヤはもちろん各種規格には則るのですが、従来のリムにあわせて設計されているため25mmリムに取り付けた際の実測は33mmとなり、空力面でよろしくない。これはレーサーには歓迎されません」。

タイヤのサイドウォールを立たせ、リムとの段差を小さくすることでエアロを高める (c)VTJ
VTJによれば、実際にCORSAの29Cシリーズは、28Cと比較してトレッド幅自体は変わらないものの、サイドウォールが実測で左右1mmずつほど短く設計されているという。25mmリムにセットした際ピッタリと実測29mmになることで、断面形状や接地面形状がナローリムに26Cや28Cを取り付けて実測値が29mmになっているのと比べ最適化され、より性能を引き出せるというのがヴィットリアの考えだ。「強調したいのは28mmや30mmに対して29mmタイヤの性能が良いのではなく、あくまで内幅25mmリムを使うユーザーにとって最善の選択肢の一つであるということです」ともエミリアーノ氏は言う。
「25mmリム+29Cタイヤの場合、タイヤとリムの間に段差が生まれずに小さな乱流が綺麗に後方へと流れるというメリットがあります。対して19mmや21mmリムに28Cタイヤを付けるとリムに対してタイヤが膨らむことで風船のような断面形状になり、接地面形状が悪くなってタイヤ性能をフルに発揮できません。25mmリムに28C以下のタイヤを使うことは安全面からおすすめしませんし、30C以上は乗り心地がいい反面、重量や空力面で不利になる。ですから、25mmリムを使う、レース思考のユーザーに最適なタイヤであると言えるのです」。

ワイドリムx29Cは性能に優れている (c)VTJ
エミリアーノ氏の解説は、29Cモデルリリース時に公開されたグラフチャートを参照しつつ進んだ。黒線はCORSA PROの28Cを19/21mmリムに取り付けた場合、赤線はCORSA PRO29Cを25mmリムに取り付けた場合、グレー線はCORSA PRO30Cを25mmリムに取り付けた場合の比較だ。
「それぞれの組み合わせで優れている場面がありますが、CORSA PRO29Cを25mmリムに取り付けた場合が一番トータル性能に優れているのがお分かりになるかと思います。特にタイヤとリムの形状が整うことでスピードと耐パンク性が上がり、19〜21mm幅のリムx28Cと比べて55km/h走行時で最大5ワットのアドバンテージがあることを風導実験で確認しました。
走行抵抗の要素は主に転がり抵抗とエアロダイナミクスに分類できますが、細かく見ると転がり抵抗は上記条件でほぼ同じか、ほんの僅かに増えています。しかし一方空力に優れているため、トータル5ワットを削減しています。我々は実際の空力数値を公表することは少ないのですが、今回は比較対象が自社製品であることから公表に踏み切りました。
チャートの「グリップ性能」は試験マシンでのコーナリンググリップを測った結果ですが、やはり接地面の形状が最適化されたことでコンパウンドのグリップが最大限活用できるようになっています。パンク性能が上がっていることは先ほど述べた通り、サイドウォールが立っていることによるもの。快適性が落ちているのは空気量が多くなっているためのトレードオフ、重量が嵩んでいるのはワイドリム用に調整しているため、これは致し方ないことです。

「トレッドパターンではなく形状を最適化することで空力性能を上げるべき」 photo:Naoki Yasuoka
トレッドパターンでエアロ性能を狙うブランドもありますが、我々はもともとグリップ力で定評のあるブランドですから、それをスポイルしかねないトレッドパターンの変更ではなく、タイヤ形状を最適化することで空力を狙うことこそが正しい道だと考えました。
29C化によって性能が落ちている部分もありますが、特にエアロ化やグリップ力、耐久性が強化されていることはエアロ時代のレースユースにピッタリだと考えています。例えばフロント29Cでエアロを、リアに30Cで快適性を求める組み合わせも、我々としては有効なオプションだと思いますね」。

今後標準化するであろう内幅25mmリム (c)VTJ
プロレースでのマジョリティが28C〜30Cと急速に変化する現在だが、この先スタンダードはどこに落ち着くのだろうか。エミリアーノ氏に聞いたところ「スピードや快適性、グリップなどを総合的に踏まえた結果、30Cタイヤが現在のスイートスポットだと言えます」との答えが返ってきた。
「反応性も29Cは28Cとほぼ同じレベルまで来ていますし、重量もそこまで変わらない。パリ〜ルーベなど非常に荒れた路面を走るなら32Cや34Cも選択肢ですが、暫くは30Cで落ち着くのではないでしょうか。
ただ、今話したことは、プロレースにおける話。快適性や安定性が重視される一般ライダーは、もっともっと34C以上のワイドタイヤを選ぶ世の中になっていくでしょう。もちろんタイヤクリアランスなどフレーム側の問題になってきますが、今や40mmタイヤを飲み込むオールロードバイクが開発されていますし、マーケットはすぐに追いついて来ると思います」。
CORSA 29Cシリーズの本当の価値は、「ただ新サイズを追加した」という単純な話ではなく、内幅25mmリム標準化という近い将来を見据えた先進性にある。開発のきっかけとなった安全性はもちろんのこと、ナローリムにワイドタイヤを付けた際のタイヤ幅表記と実測値の乖離を無くし、空力を筆頭にタイヤ性能をフルに発揮させること。CORSA 29Cシリーズは、今まで当たり前に見過ごされてきたワイドリム&タイヤ時代の課題にまっすぐ取り組み、さらに性能昇華を目指すヴィットリアの直向きなスタンスが現れているのだ。
interview&text:So Isobe

今年3月、ヴィットリアがフラッグシップロードタイヤのCORSA(コルサ)シリーズに29Cモデルを追加した。触れ込みは「内幅25mmのワイドリムに最適化させた新サイズ」。プロレースでの採用も進む超ワイドな25mmリムと完璧にフィットさせることで空力効果やコーナリンググリップの改善を図ったモデルである。
今やプロレース界で28Cタイヤがスタンダードとなり、30Cを使うチームも少なくないというワイドタイヤ全盛期だ。呼応するようにホイール側もリムのワイド化が進み、ジップやエンヴィ、リザーブは内幅25mmを採用。リザーブを使うヴィスマ・リースアバイクは2024年のツール・ド・フランス前から未発表だったヴィットリアのCORSA PROの29Cモデルを実戦投入して話題を呼んできた。
これまで24C、26C、28C、30C、32Cと偶数表記のラインナップを展開してきたヴィットリアだが、28Cでもなく、30Cでもなく、なぜ29Cというたった1C刻みの新サイズを加えたのか。そしてそれはどのような違いがあって、どのようなアドバンテージをもたらすのか。シクロワイアードでは日本代理店であるVTJの協力を得て、ヴィットリアR&Dセンターのディレクターを務めるエミリアーノ・サバッティ氏と繋ぎ、オンラインで有用な話を聞く機会を得たので、読者の皆様にもシェアする次第だ。

「29Cモデル開発のきっかけとなったのは、昨年2月に起きたプロレースでタイヤが外れたことによる落車事故でした。」とエミリアーノ氏は言う。その詳細を以下のように続けてくれた。「事故は、内幅25mmリムに28CのCORSA PROを入れていたことが原因だと考えています。内幅25mmリムに従来の28Cタイヤをセットすると、タイヤ自体が両サイドから引っ張られて潰れ、サイドウォールが立ち上がらずパンクやリム破損に繋がるリスクがあります。
それを受けてUCIは、各チームに対してETRTO規格ではなく、タイヤとリムの幅に関する互換性の枠組みを規定する最新のISO規格に準拠するUCI技術規則の要件を再確認するよう呼びかけました。その中では、28Cタイヤは内幅23mmまでのリムに適合すると明記されている。つまりUCI規則では、内幅25mmリムに28Cタイヤを取り付けることは推奨されていないのです。
しかしここでも問題があります。内幅23mmまでのリムに適合するといっても、19C設計の28mmタイヤを内幅21mmや23mm幅のリムに組み合わせた時、タイヤ幅は31mmほどに膨れ、タイヤと路面の接地面は横に太く縦に短い形状となり、パンクの可能性を上げるどころか乗り心地の悪化、グリップ力の低下といった悪循環を招くのです。
こうした懸念点を踏まえ、我々はETRTO規格とISO規格、さらにはUCI規定にも則りつつ、内幅25mmリムのホイールに適合するミニマム数値、つまり29mmタイヤを作ろうと決めました。ETRTO規格準拠を目指したのは、ヴィットリア自身がETRTOのメンバーであり、これを蔑ろにすることはできないという理由からでした」。
ではなぜ、もともと用意している30Cタイヤではいけないのか。これも当然理由があるとエミリアーノ氏は加える。「30Cタイヤはもちろん各種規格には則るのですが、従来のリムにあわせて設計されているため25mmリムに取り付けた際の実測は33mmとなり、空力面でよろしくない。これはレーサーには歓迎されません」。

VTJによれば、実際にCORSAの29Cシリーズは、28Cと比較してトレッド幅自体は変わらないものの、サイドウォールが実測で左右1mmずつほど短く設計されているという。25mmリムにセットした際ピッタリと実測29mmになることで、断面形状や接地面形状がナローリムに26Cや28Cを取り付けて実測値が29mmになっているのと比べ最適化され、より性能を引き出せるというのがヴィットリアの考えだ。「強調したいのは28mmや30mmに対して29mmタイヤの性能が良いのではなく、あくまで内幅25mmリムを使うユーザーにとって最善の選択肢の一つであるということです」ともエミリアーノ氏は言う。
「25mmリム+29Cタイヤの場合、タイヤとリムの間に段差が生まれずに小さな乱流が綺麗に後方へと流れるというメリットがあります。対して19mmや21mmリムに28Cタイヤを付けるとリムに対してタイヤが膨らむことで風船のような断面形状になり、接地面形状が悪くなってタイヤ性能をフルに発揮できません。25mmリムに28C以下のタイヤを使うことは安全面からおすすめしませんし、30C以上は乗り心地がいい反面、重量や空力面で不利になる。ですから、25mmリムを使う、レース思考のユーザーに最適なタイヤであると言えるのです」。

エミリアーノ氏の解説は、29Cモデルリリース時に公開されたグラフチャートを参照しつつ進んだ。黒線はCORSA PROの28Cを19/21mmリムに取り付けた場合、赤線はCORSA PRO29Cを25mmリムに取り付けた場合、グレー線はCORSA PRO30Cを25mmリムに取り付けた場合の比較だ。
「それぞれの組み合わせで優れている場面がありますが、CORSA PRO29Cを25mmリムに取り付けた場合が一番トータル性能に優れているのがお分かりになるかと思います。特にタイヤとリムの形状が整うことでスピードと耐パンク性が上がり、19〜21mm幅のリムx28Cと比べて55km/h走行時で最大5ワットのアドバンテージがあることを風導実験で確認しました。
走行抵抗の要素は主に転がり抵抗とエアロダイナミクスに分類できますが、細かく見ると転がり抵抗は上記条件でほぼ同じか、ほんの僅かに増えています。しかし一方空力に優れているため、トータル5ワットを削減しています。我々は実際の空力数値を公表することは少ないのですが、今回は比較対象が自社製品であることから公表に踏み切りました。
チャートの「グリップ性能」は試験マシンでのコーナリンググリップを測った結果ですが、やはり接地面の形状が最適化されたことでコンパウンドのグリップが最大限活用できるようになっています。パンク性能が上がっていることは先ほど述べた通り、サイドウォールが立っていることによるもの。快適性が落ちているのは空気量が多くなっているためのトレードオフ、重量が嵩んでいるのはワイドリム用に調整しているため、これは致し方ないことです。

トレッドパターンでエアロ性能を狙うブランドもありますが、我々はもともとグリップ力で定評のあるブランドですから、それをスポイルしかねないトレッドパターンの変更ではなく、タイヤ形状を最適化することで空力を狙うことこそが正しい道だと考えました。
29C化によって性能が落ちている部分もありますが、特にエアロ化やグリップ力、耐久性が強化されていることはエアロ時代のレースユースにピッタリだと考えています。例えばフロント29Cでエアロを、リアに30Cで快適性を求める組み合わせも、我々としては有効なオプションだと思いますね」。

プロレースでのマジョリティが28C〜30Cと急速に変化する現在だが、この先スタンダードはどこに落ち着くのだろうか。エミリアーノ氏に聞いたところ「スピードや快適性、グリップなどを総合的に踏まえた結果、30Cタイヤが現在のスイートスポットだと言えます」との答えが返ってきた。
「反応性も29Cは28Cとほぼ同じレベルまで来ていますし、重量もそこまで変わらない。パリ〜ルーベなど非常に荒れた路面を走るなら32Cや34Cも選択肢ですが、暫くは30Cで落ち着くのではないでしょうか。
ただ、今話したことは、プロレースにおける話。快適性や安定性が重視される一般ライダーは、もっともっと34C以上のワイドタイヤを選ぶ世の中になっていくでしょう。もちろんタイヤクリアランスなどフレーム側の問題になってきますが、今や40mmタイヤを飲み込むオールロードバイクが開発されていますし、マーケットはすぐに追いついて来ると思います」。
CORSA 29Cシリーズの本当の価値は、「ただ新サイズを追加した」という単純な話ではなく、内幅25mmリム標準化という近い将来を見据えた先進性にある。開発のきっかけとなった安全性はもちろんのこと、ナローリムにワイドタイヤを付けた際のタイヤ幅表記と実測値の乖離を無くし、空力を筆頭にタイヤ性能をフルに発揮させること。CORSA 29Cシリーズは、今まで当たり前に見過ごされてきたワイドリム&タイヤ時代の課題にまっすぐ取り組み、さらに性能昇華を目指すヴィットリアの直向きなスタンスが現れているのだ。
interview&text:So Isobe
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