2020/04/11(土) - 20:03
新型コロナの影響で遠のいた北のクラシック。ロンド・ファン・フラーンデレンとパリ〜ルーベをオートバイで撮影してきた綾野真(CW編集長/フォトジャーナリスト)が、石畳レースの撮影の実際と裏舞台を公開します。過去のレース映像鑑賞のお供にどうぞ。
インコーナーの穴から撮影するフォトグラファーたち photo:Makoto.AYANO
筆者とモト運転手のフランク氏(ロンド・ファン・フラーンデレン2018) 先の日曜がロンド・ファン・フラーンデレン(ベルギー)、そして今週日曜がパリ〜ルーベ(フランス)。本来ならクラシックの王様(ロンド)と女王(ルーベ)が続き週末で開催される”Holy Week”(神聖なる一週間)になるはずだったこの一週間。その心残りはコラム記事で綴らせてもらった。ここでは別の角度から記事を書きます。
今、春のメインイベントが無くなったことを嘆く世界中のファンのために、レース主催者や各国の放映権を持つスポーツ放送局は現在一斉に過去の映像アーカイブを無料配信するなどしている。この週末は「Stay Home」しながら、それらの放送・配信を観て気を紛らわす人も多いことだろう。クラシックも公式サイトやYOUTUBE、日本ではJ SPORTSがアーカイブ映像を配信中だ。
そこで、ここでは私の過去の体験から、北のクラシックの取材方法を記します。レース映像を観ながら、その撮影(写真の場合)がどのように行われているのか知ってもらえればと思います。
「Behind the Scene(舞台裏)」は、これらモニュメントクラスのメジャーレースなら定番の手法で、例えばロンド・ファン・フラーンデレンなら取材する側のプレスやスタッフを取材した特集番組を1時間超番組で収録、放送して好評を得ている。こうした番組は、別の角度からレースを知ることができて面白いもの。この私の取材舞台裏の話も、ひとつのバラエティーとして楽しんでもらえれば。
ロンド・ファン・フラーンデレンを撮る
自転車競技が国技のベルギーにあって、その頂点のレースがロンド・ファン・フラーンデレンだ。国民の大多数がTVと実際に沿道で観戦するという超人気レースとあって、コース脇にはおびただしい観客が詰めかける。
カペルミュールに集まったフォトグラファーたち(青いジャケットが私) photo:JFV/Flanders Classics
コース後半の石畳区間が連続する後半80kmは狭い地域のなかで何度も周回するループがとられ、観客もそこに詰めかける。コースもトラクターがやっと通れるほどの狭さの農道レベルの道も多く、そこに殺気立ったプロトンが突っ込んでいくのだから、レースは危険極まりない密度と興奮状態で展開される。
それらほとんどの人が熱狂的な自転車レースファンということもあり、観客たちもレースの進行にあわせて縦横無尽に移動して観戦する。その脇を縫うようにプレスも動かなくてはならない。まさにカオス(混沌)状態となるのだ。
筆者&運転手のフランク氏(右)、アイルランドの女性フォトグラファー、カレン氏のチームと
まず、レースコースは複雑に入り組み、ポイントとなる石畳区間が連続して現れる。それを覚えるのがまずは至難の業となる。レースに帯同して撮影していながら、審判に「あのフォトグラファーはコンボイ(レース隊列)に着いてこれていないから危険」と判断されれば除外されることもあるため、まずコンボイのルールを遵守したうえでプロトンを追わなければいけない。これは地の利のない私のような外国人プレスには非常に難関だ。
数台のモトでチームを組んで周るが、大抵は途中ではぐれてしまう photo:Makoto.AYANO
ロンドの市民レース RVV Cycloを走る筆者。写真はコッペンベルグ photo:SportGraf幸いなことにレース前日の土曜には市民レース「RVV Cyclo」が開催されている。そこで私は必ずこれにエントリーして実際にコースを走るようにしている。もちろんそれが楽しみでもあるのだが、実際に(プロレースと同じ)レースコースを自転車で走りながら、パヴェの名前、順番、距離、勾配、風景、周囲の抜け道、退避ゾーンなどをチェックしながら走るのだ。これを毎年繰り返すことで、コースを覚える。レース当日にその記憶の新鮮さのおかげで余裕を持って動ける。いわばいいロケハンになっているのだ。
ちなみに市民レースの136kmクラスにエントリーすればパヴェやベルク(石畳の上り)、ミュール(急坂)をすべてカバーすることができる。それが重要な「前日プラクティスライド」だ。
そのうえでレース当日はモト(オートバイ)後席に乗せてもらう。パイロット(運転手)は地元フランドル出身者に依頼、雇用している。7年前まではケヴィン・デブシェール氏にお願いしていた。普段の職業は警察官で、白バイ運転手。そして現在B&Bホテルズ・ヴィタルコンセプトで走るプロ選手のイェンス・デブシェールの実兄だ。超一流の運転技術を持っていると同時に、レース帯同モトのUCIライセンス保持者であり、自転車レースを愛し、深く理解している。そして弟が出るレースの仕事はもちろん楽しみらしい。
オウデクワレモントはロンドの勝負どころだ photo:Makoto.AYANO
ケヴィンはGPS(ハンディ・ナビ)を徹底的に活用するタイプで、すべてのルートのポイントを事前にインプットして準備。レース帯同中はGPSをマメに操作し、抜け道を選んでいく。その器用さは、今だに同じことができる人には会ったことがない。彼のことは「デバイス操作の魔術師」と呼んでいた。
6年前からはフランク・ヴェルシェルデ氏にお願いしている。コルトレイク在住のフランドル人で、普段はベルギーのスポーツ放送TV局の契約パイロット。古くからベルギーのジュニアやU23レースでTVカメラモトとして仕事をしてきた。北のクラシック中はイェンス・クークレール(EFプロサイクリング)の追っかけ番記者用TVモトとして働いている。余談だが、有名選手それぞれに番記者とモトが割り当てられているのがベルギーだ。レース数日前から彼らに張り付き、試走や練習の様子まで撮影、記録するのだとか!。そんな仕事までしっかりとあるのが、さすが自転車が国技の国だ。
老眼のためマップ確認用のダブル眼鏡状態のフランク氏と筆者 photo:Karen.M.Edwards
フランクはすでに何百回とフランドル一帯を撮影仕事で走っており、細かな道も知り尽くしているので、ロンド当日のコースの周り方はすべてフランク任せだ。ケヴィンのようにGPSを使わないが、しかしそれでも間違うことはあるので、それくらいロンドのコースは難しいということの左証でもある。フランクは老眼で、手元の地図やGPSを見るときには2重にメガネをかける姿が滑稽だけど。
友人のパイロット、ジャンカルロ・デライク氏。父はロンド・ファン・フラーンデレン優勝者だ photo:Makoto.AYANO
市民レース実走でコースを頭に叩き込んだつもりの私も、レース帯同中のルート選びは基本パイロット任せだ。撮りたいポイント、必ず抑えたいパヴェ区間や選手など、大まかな希望を伝えて、後は動き方は任せて撮れるところで撮る。そのほうが間違いがない。うまく行けば17箇所ぐらいで撮影できる。たぶん自分の希望を出しすぎると、それが原因でうまくいかなくなるのだろうと思う。今までレース除外のヘマも無いので、きっとそれが正解だ。
水曜のシュヘルデプライス。ロンドやルーベと比べて平和だ photo:Makoto.AYANO
フランクには毎年、ロンドだけでなくシュヘルデプライスとパリ〜ルーベもセットでお願いしている。毎年ホテルも彼の自宅近くのコルトレイクにとり、迎えに来てもらっている。こうした関係は回を重ねるほどコミュニケーション精度も増していくので、彼が続けられる限りはお願いしようと思っている。自分がどれだけ続けられるか、ということにもなるが。
パリ〜ルーベを撮る
滑りやすい濡れたパヴェにプロトンは混乱する photo:Makoto.AYANO
クラシックの女王、北の地獄の異名をとるパリ〜ルーベは選手だけじゃなく取材する側にも超級難易度のレースだ。何度取材を重ねても、あの難しさを前にして緊張感が薄れない。
ちなみにパリ〜ルーベの市民レース「Paris-Roubaix Challenge」にも2度出たことがあるが、あまりに身体のダメージが大きくて、フォトグラファーとしては試走にならない。翌日身体が痛くて仕事にも差し障る。だからもうやめた。
毎年、前日のコンピエーニュ宮殿でのプレスミーティングで諸注意をたっぷり受講してから、仲間のフォトグラファーとモト運転手たちで自主ミーティングを開く。フランドル地方の Leffe(レフ)ビールを飲みながら、コース地図を念入りにチェックし、コマ図をつくり、昨年の反省点も出し合いながら、徹底的に回り方を研究する。誰にとっても年1回のこと、1年経てば記憶は薄れているので、念入りにやる意味は大いにある。
相棒のフランク氏。コルトレイク在住のフランドリアンだ
仲間のフォトグラファーを載せるヤンとルディ。昨年の反省点を生かしてミーティング photo:Makoto.AYANO
キューシート(コマ図)を作成してコースのポイントごとに整理しておく photo:Makoto.AYANO
パリ〜ルーベのプレスID、車両ナンバー、プレスキット、フォトグラファービブ
天気が良ければ気が楽だが、レース当日に雨が降ろうものなら難易度はいったい何倍に跳ね上がるか想像もできない。しかし幸運にも15年間雨なしが続く(唯一の例外はツール・ド・フランス2014に組み入れられたパヴェステージの時の雨)。
アランヴェール終点の駐車ポイント。整列のさせかたにもルールがある photo:Makoto.AYANO
パリ〜ルーベの帯同ポリスのモトもオフロード仕様だ photo:Makoto.AYANO
レースは前半が舗装路区間なので、スタートを撮ったらすぐに第1パヴェまで先行スキップする。ほとんどのモト帯同関係車両が休むカフェで昼食のサンドウィッチと「ピコン」と呼ばれるカクテルをクイッと飲るのが習慣。そこから「ロックンロール」は始まる。
パリ〜ルーベを走る選手たち(2018年)。沿道に観客が多いので撮影できるスポットを探すことがまず難しい photo:Makoto.AYANO
脇道で次のパヴェへとスキップしていく photo:Makoto.AYANO
パヴェのコーナー脇にずらりと並んだフォトグラファーたち photo:Makoto.AYANO
パヴェの荒れ具合はロンドと比較にならないほど激しいパリ〜ルーベ。砂塵が舞い、パンクした選手のもとに駆けつけようとするチームカーが殺到するのでコースは異様なほど殺気立つ。先行しながらパヴェで待ち構えて撮るが、プロトンが通過すると脱出に向けて素速く動かなくては身動きが取れなくなってしまう。
やむなく畑を突っ切ってショートカット。オフロードモトが有利だ photo:Makoto.AYANO
選手、車両、観客の皆が一斉に動くため、巻き上がった埃で前が見えなくなる。そのなかでモト後席でコース地図を読みながら、肩越しに進行方向を指示する。パイロットは悪路で転ばないように、スタックしないように、観客を撥ねないように、で運転以外に余裕が一切なくなるため、ロンドはパイロット任せだが、ルーベは完全にフォトグラファー任せでルートを選んでいく。
次の撮影スポットに行くためにモトはスタンバイ。人垣を超えてモト上に立って撮るのも定番だ photo:Makoto.AYANO
コーナー内側の溝は人気スポット。到着が遅れると入れない photo:Makoto.AYANO
メジャーなパヴェの前後には観客が殺到しており、抜け道はすでにそのクルマでスタックしている。モトがすり抜ける隙間が無いことも多く、路肩を走らねばならないことや、ときに畑や畦道を突っ切ることも。
アランヴェールのパヴェに突入する瞬間は緊張感が最高に高まる photo:Makoto.AYANO
アランヴェールの森は一直線で2.4km続くが、その途中で停まることは許されていない。パヴェの荒れ具合は醜く、モトで一気に走り抜けるのも難しいため、転んでしまうことも。当然ながらモトを壊したり怪我をすると取材も切り上げなければならないため、安全運転はもっとも優先事項だ(これはどのレースに於いても同じだが)。
アランヴェールでスリップして転んだモト。パヴェ表面は浮いた泥で滑りやすくなっている photo:Makoto.AYANO
レースの雰囲気に飲まれて興奮しないようにしなければいけない。ドライな日はホコリまみれになるため、カメラとレンズはカバーで覆っていないと大変な状態になってしまう。レンズのホコリは常に吹き飛ばさなければ撮れないし、マスクをしていなければ声も出なくなる。終了したら顔は砂やホコリまみれで真っ黒だ。しかし、まだ雨を経験していないので、最悪を知らないのだろう。
ショートカットした抜け道がこんな状態のことも.... photo:Karen.M.Edwards
行く手が渋滞スタックしていると草原を走って次へ、なんてこともしばしば photo:Makoto.AYANO
選手たちは以前は完走の余韻にひたりながらルーベ競技場の(まるで監獄施設のような)シャワーを浴びていたが、最近はチームバスの中にシャワーが備え付けてあるので、ほとんど活用されなくなった。ルーベ競技場の脇の新ヴェロドロームでの優勝者記者会見に出て取材は終了。普通のレースならそのままプレスセンターで写真の編集や記事書き仕事を続けるのだが、パリ〜ルーベだけはさっさと帰りたい。
毎年協力し合うベルギー、アイルランド、フランス、日本の多国籍チーム ルーベ(フランス)から滞在拠点としているコルトレイク(ベルギー)は国境を隔ててすぐそこの距離。モト後席に乗ってすぐに帰路へ。レース観客による渋滞をすり抜けながらホテルに直行し、到着したらホコリを払ってまずシャワー。Leffeを1杯やって、仕事にかかる。しかし、タフな状況だったときはそのまま寝落ちしてしまうことも。体力が続かなかったら、この仕事はできない。
photo&text:Makoto.AYANO
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今、春のメインイベントが無くなったことを嘆く世界中のファンのために、レース主催者や各国の放映権を持つスポーツ放送局は現在一斉に過去の映像アーカイブを無料配信するなどしている。この週末は「Stay Home」しながら、それらの放送・配信を観て気を紛らわす人も多いことだろう。クラシックも公式サイトやYOUTUBE、日本ではJ SPORTSがアーカイブ映像を配信中だ。
そこで、ここでは私の過去の体験から、北のクラシックの取材方法を記します。レース映像を観ながら、その撮影(写真の場合)がどのように行われているのか知ってもらえればと思います。
「Behind the Scene(舞台裏)」は、これらモニュメントクラスのメジャーレースなら定番の手法で、例えばロンド・ファン・フラーンデレンなら取材する側のプレスやスタッフを取材した特集番組を1時間超番組で収録、放送して好評を得ている。こうした番組は、別の角度からレースを知ることができて面白いもの。この私の取材舞台裏の話も、ひとつのバラエティーとして楽しんでもらえれば。
ロンド・ファン・フラーンデレンを撮る
自転車競技が国技のベルギーにあって、その頂点のレースがロンド・ファン・フラーンデレンだ。国民の大多数がTVと実際に沿道で観戦するという超人気レースとあって、コース脇にはおびただしい観客が詰めかける。
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それらほとんどの人が熱狂的な自転車レースファンということもあり、観客たちもレースの進行にあわせて縦横無尽に移動して観戦する。その脇を縫うようにプレスも動かなくてはならない。まさにカオス(混沌)状態となるのだ。
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まず、レースコースは複雑に入り組み、ポイントとなる石畳区間が連続して現れる。それを覚えるのがまずは至難の業となる。レースに帯同して撮影していながら、審判に「あのフォトグラファーはコンボイ(レース隊列)に着いてこれていないから危険」と判断されれば除外されることもあるため、まずコンボイのルールを遵守したうえでプロトンを追わなければいけない。これは地の利のない私のような外国人プレスには非常に難関だ。
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6年前からはフランク・ヴェルシェルデ氏にお願いしている。コルトレイク在住のフランドル人で、普段はベルギーのスポーツ放送TV局の契約パイロット。古くからベルギーのジュニアやU23レースでTVカメラモトとして仕事をしてきた。北のクラシック中はイェンス・クークレール(EFプロサイクリング)の追っかけ番記者用TVモトとして働いている。余談だが、有名選手それぞれに番記者とモトが割り当てられているのがベルギーだ。レース数日前から彼らに張り付き、試走や練習の様子まで撮影、記録するのだとか!。そんな仕事までしっかりとあるのが、さすが自転車が国技の国だ。
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パリ〜ルーベを撮る
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毎年、前日のコンピエーニュ宮殿でのプレスミーティングで諸注意をたっぷり受講してから、仲間のフォトグラファーとモト運転手たちで自主ミーティングを開く。フランドル地方の Leffe(レフ)ビールを飲みながら、コース地図を念入りにチェックし、コマ図をつくり、昨年の反省点も出し合いながら、徹底的に回り方を研究する。誰にとっても年1回のこと、1年経てば記憶は薄れているので、念入りにやる意味は大いにある。
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photo&text:Makoto.AYANO
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