2018/09/27(木) - 13:53
「過去最高に厳しい」と言われる山岳周回コースで行われるロード世界選手権インスブルック大会のロードレース。最大勾配28%の激坂も登場するクライマー向きの山岳コースの様子や男子エリートの有力候補たちを紹介します。
登坂力必須の山岳コース 日曜日のみ最大28%の「地獄」が登場
ロードレースの周回を走ったツアー・オブ・アルプス photo: Innsbruck-Tirol 2018
ロードレース周回コース photo: Innsbruck-Tirol 2018
男子エリートロードレースの最終周回 photo: Innsbruck-Tirol 2018
ロードレース周回コース photo: Innsbruck-Tirol 2018タイムトライアル終了とともにロード世界選手権はロードレースに移行する。木曜日の女子ジュニアロードレースを皮切りに全5カテゴリーのレースが開催。フィニッシュラインはタイムトライアルと同様にオーストリア・インスブルック中心地のレンヴェーク通り。カテゴリーによってスタート地点は異なるが、共通して「オリンピックサーキット」と呼ばれる1周23.9kmの山岳周回コースがメイン会場となる。
インスブルック市内と南に広がる山岳地帯を往復する「オリンピックサーキット」は、ざっくり言うと前半が登りで後半が下り&平坦路。インスブルックの街中を抜けると通称「イグルス」と呼ばれる距離7.9km/平均勾配5.7%/最大勾配10%の登りが始まり、標高1,039mの頂上を通過すると同じだけ下る(下りの方が勾配がある)。下り切るとそこからインスブルックの中心地へ。石畳が敷かれた旧市街を抜けてイン橋を渡り、集団が縦に長く伸びること必至の短い登り&狭小区間を経てフィニッシュに至る。
獲得標高差は女子ジュニアが975m、男子ジュニアが1,916m、男子U23が2,910m、そして女子エリートが2,413m。全カテゴリーともに「イグルス」の登りがセレクションの場になることは間違いないが、その後の下り区間と危険度の高い市街地、一度ポジションを落とすと復帰しにくい狭いコースがさらに集団の人数を絞り込む。もちろん登坂力は必須だが、「イグルス」の頂上からフィニッシュラインまでは13km。単純な登り勝負にはならないレイアウトとなっている。
インスブルックの名前の由来となった「イン橋」を渡る photo:Kei Tsuji
インスブルック旧市街を走る日本ナショナルチーム photo:Kei Tsuji
8日間にわたる大会を締めくくる日曜日のエリート男子は距離が258.5km、獲得標高差が4,670mに達する超難関コース。獲得標高差の数字だけを見ると歴代10番目の厳しさで、過去最高の1966年ニュルブルクリンク大会と比べると1,000m少ない。しかし試走を終えた選手たちは「世界選手権史上、過去最高に厳しいコース」と口をそろえる。その理由は「オリンピックサーキット」の登りを7回こなした後に登場する「地獄」にある。
すでに獲得標高差4,200m前後をこなしてきた選手たちの前に立ちはだかるのが「ヘッレ(地獄)」と名付けられた急勾配の小径。最終周回にだけ登場するこの「ヘッレ」はその名の通り地獄のような登りで、距離2.9kmで平均勾配11.5%というスペック。前半は10%前後の勾配が続き、後半にかけてコンスタントに20%を刻む。最大勾配は28%で、「ユイの壁」と比較されることもしばしば。「オリンピックサーキット」で絞り込まれた集団から、この「ヘッレ」で飛び出した選手がフィニッシュラインまで逃げ切る展開が予想される。
男子エリートロードレース photo: Innsbruck-Tirol 2018
「ヘッレ」の頂上からフィニッシュラインまでは8km。そのうち5kmは下りで残りの3kmが平坦路。全開でアタックして「ヘッレ」で抜け出すことに成功した選手は、ペダリングの必要があまりない下り区間を目一杯攻めながら脚を休めて最後の平坦区間に挑む。その一方で、例えば10秒遅れで「ヘッレ」の急勾配区間をクリアしたグループが先頭に追いつくことも起こり得る。
コースデザインに携わったのは、かつてミルラムやレディオシャックでプロ選手として活動したオーストリア出身のトーマス・ローレッガー氏。「ヘッレ」について同氏は「かつてはボブスレーで下ったような登りであり、まさに地獄という名前がふさわしい。オリンピックサーキットで人数が絞られ、このヘッレで決定的な動きが生まれるだろう。脚と勇気をもった選手がここで優勝につながる動きを生み出す」と予想する。
「とにかく完璧にコンディションを合わせなければ勝負に残れない。逃げも隠れも出来ない戦いになる。とは言っても完全にクライマー向きとは言えず、サガンのようなパワーで乗り切るような選手にもチャンスはある。グランツールレーサーからアルデンヌクラシックレーサーまで、多くの選手にチャンスがある」とコースの設計者は語る。とにかく「ヘッレ」でレースが動くことは間違いないだろう。
「ヘッレ(地獄)」に向けてグラマルト通りを登る photo:Kei Tsuji
最大勾配28%の「ヘッレ(地獄)」に向かう登り photo:Kei Tsuji
最大勾配が28%に達する「ヘッレ(地獄)」 photo:Kei Tsuji
最大勾配が28%に達する「ヘッレ(地獄)」を試走するコロンビアチーム photo:Kei Tsuji
最大勾配が28%に達する「ヘッレ(地獄)」で試しにアタックするミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア) photo:Kei Tsuji
最大勾配が28%に達する「ヘッレ(地獄)」を試走するコロンビアチーム photo:Kei Tsuji
サガンの4連覇は?クライマーたちがアルカンシェルを狙う
3年連続アルカンシェルを手にしたペテル・サガン(スロバキア) photo:Kei Tsuji / TDWsport
2015年から3年連続でアルカンシェルを獲得しているペテル・サガン(スロバキア)はレースの鍵を握る存在。サガンが登りで集団に残るか否かがレース展開に影響する。人数をそろえるイタリアやフランス、スペインがサガンを振り落とすために「オリンピックサーキット」で厳しい展開に持ち込むことが予想される。大会4連覇の難易度が極めて高いことは本人も認めるところだが、展開によってはサガンは集団内に残るだろう。
優勝候補の筆頭に挙げられているのが、アルデンヌクラシックで成績を残すジュリアン・アラフィリップ(フランス)。ツール・ド・フランスで山岳賞を獲得し、ツアー・オブ・ブリテンで総合優勝を飾ったアラフィリップの他にも、フランスチームはロマン・バルデやティボー・ピノをそろえる万全の体制。過去12年間エリートロードで表彰台に上っていないフランスにとって登坂力重視のインスブルック大会は絶好のチャンスだと言える。
ジュリアン・アラフィリップ(フランス、クイックステップフロアーズ) photo:Luca Bettini
ヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、バーレーン・メリダ) photo:Luca Bettini
イタリアのエースを担うのはヴィンチェンツォ・ニバリ。しかしツール・ド・フランスでの怪我の影響でニバリは完調とは言えない状況で、好調なジャンニ・モスコンにエースを託すとのコメントも出している。「アッズーリ」と呼ばれるイタリア代表チームは毎年優勝候補に挙げられながら過去10年勝利していない。イタリアと同様に勝ち星から遠ざかっているスペインはアレハンドロ・バルベルデやブエルタ・ア・エスパーニャでの走りが光ったエンリク・マスをエースに据える。
イタリア、スペイン、フランスの三強の他にも、ナイロ・キンタナやミゲルアンヘル・ロペスに代表されるコロンビア勢、ブエルタ総合優勝のサイモン・イェーツ擁するイギリス勢らがアルカンシェルのためにレースを動かすだろう。強豪ベルギーはグレッグ・ヴァンアーヴェルマートを中心にした布陣。タイムトライアル2位のトム・デュムラン(オランダ)や同4位のミカル・クウィアトコウスキー(ポーランド)はもちろん、ツール・ド・フランスで負った肘の怪我でタイムトライアルを欠場したプリモシュ・ログリッチェ(スロベニア)はロードレースのタイトルに目を向ける。日本からは直前のジロ・デッラ・トスカーナを18位で終えた中根英登(NIPPOヴィーニファンティーニ)が男子エリートに出場予定だ。
アレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター) photo:CorVos
ミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ) photo:Luca Bettini
サイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット) photo:Luca Bettini
ミカル・クウィアトコウスキー(ポーランド、チームスカイ) photo:CorVos
男子エリートレースに出場する中根英登(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Kei Tsuji
「ヘッレ(地獄)」を試走する中根英登(NIPPOヴィーニファンティーニ) photo:Kei Tsuji
text:Kei Tsuji in Innsbruck, Austria
登坂力必須の山岳コース 日曜日のみ最大28%の「地獄」が登場
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インスブルック市内と南に広がる山岳地帯を往復する「オリンピックサーキット」は、ざっくり言うと前半が登りで後半が下り&平坦路。インスブルックの街中を抜けると通称「イグルス」と呼ばれる距離7.9km/平均勾配5.7%/最大勾配10%の登りが始まり、標高1,039mの頂上を通過すると同じだけ下る(下りの方が勾配がある)。下り切るとそこからインスブルックの中心地へ。石畳が敷かれた旧市街を抜けてイン橋を渡り、集団が縦に長く伸びること必至の短い登り&狭小区間を経てフィニッシュに至る。
獲得標高差は女子ジュニアが975m、男子ジュニアが1,916m、男子U23が2,910m、そして女子エリートが2,413m。全カテゴリーともに「イグルス」の登りがセレクションの場になることは間違いないが、その後の下り区間と危険度の高い市街地、一度ポジションを落とすと復帰しにくい狭いコースがさらに集団の人数を絞り込む。もちろん登坂力は必須だが、「イグルス」の頂上からフィニッシュラインまでは13km。単純な登り勝負にはならないレイアウトとなっている。
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8日間にわたる大会を締めくくる日曜日のエリート男子は距離が258.5km、獲得標高差が4,670mに達する超難関コース。獲得標高差の数字だけを見ると歴代10番目の厳しさで、過去最高の1966年ニュルブルクリンク大会と比べると1,000m少ない。しかし試走を終えた選手たちは「世界選手権史上、過去最高に厳しいコース」と口をそろえる。その理由は「オリンピックサーキット」の登りを7回こなした後に登場する「地獄」にある。
すでに獲得標高差4,200m前後をこなしてきた選手たちの前に立ちはだかるのが「ヘッレ(地獄)」と名付けられた急勾配の小径。最終周回にだけ登場するこの「ヘッレ」はその名の通り地獄のような登りで、距離2.9kmで平均勾配11.5%というスペック。前半は10%前後の勾配が続き、後半にかけてコンスタントに20%を刻む。最大勾配は28%で、「ユイの壁」と比較されることもしばしば。「オリンピックサーキット」で絞り込まれた集団から、この「ヘッレ」で飛び出した選手がフィニッシュラインまで逃げ切る展開が予想される。
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「ヘッレ」の頂上からフィニッシュラインまでは8km。そのうち5kmは下りで残りの3kmが平坦路。全開でアタックして「ヘッレ」で抜け出すことに成功した選手は、ペダリングの必要があまりない下り区間を目一杯攻めながら脚を休めて最後の平坦区間に挑む。その一方で、例えば10秒遅れで「ヘッレ」の急勾配区間をクリアしたグループが先頭に追いつくことも起こり得る。
コースデザインに携わったのは、かつてミルラムやレディオシャックでプロ選手として活動したオーストリア出身のトーマス・ローレッガー氏。「ヘッレ」について同氏は「かつてはボブスレーで下ったような登りであり、まさに地獄という名前がふさわしい。オリンピックサーキットで人数が絞られ、このヘッレで決定的な動きが生まれるだろう。脚と勇気をもった選手がここで優勝につながる動きを生み出す」と予想する。
「とにかく完璧にコンディションを合わせなければ勝負に残れない。逃げも隠れも出来ない戦いになる。とは言っても完全にクライマー向きとは言えず、サガンのようなパワーで乗り切るような選手にもチャンスはある。グランツールレーサーからアルデンヌクラシックレーサーまで、多くの選手にチャンスがある」とコースの設計者は語る。とにかく「ヘッレ」でレースが動くことは間違いないだろう。
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サガンの4連覇は?クライマーたちがアルカンシェルを狙う
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優勝候補の筆頭に挙げられているのが、アルデンヌクラシックで成績を残すジュリアン・アラフィリップ(フランス)。ツール・ド・フランスで山岳賞を獲得し、ツアー・オブ・ブリテンで総合優勝を飾ったアラフィリップの他にも、フランスチームはロマン・バルデやティボー・ピノをそろえる万全の体制。過去12年間エリートロードで表彰台に上っていないフランスにとって登坂力重視のインスブルック大会は絶好のチャンスだと言える。
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イタリアのエースを担うのはヴィンチェンツォ・ニバリ。しかしツール・ド・フランスでの怪我の影響でニバリは完調とは言えない状況で、好調なジャンニ・モスコンにエースを託すとのコメントも出している。「アッズーリ」と呼ばれるイタリア代表チームは毎年優勝候補に挙げられながら過去10年勝利していない。イタリアと同様に勝ち星から遠ざかっているスペインはアレハンドロ・バルベルデやブエルタ・ア・エスパーニャでの走りが光ったエンリク・マスをエースに据える。
イタリア、スペイン、フランスの三強の他にも、ナイロ・キンタナやミゲルアンヘル・ロペスに代表されるコロンビア勢、ブエルタ総合優勝のサイモン・イェーツ擁するイギリス勢らがアルカンシェルのためにレースを動かすだろう。強豪ベルギーはグレッグ・ヴァンアーヴェルマートを中心にした布陣。タイムトライアル2位のトム・デュムラン(オランダ)や同4位のミカル・クウィアトコウスキー(ポーランド)はもちろん、ツール・ド・フランスで負った肘の怪我でタイムトライアルを欠場したプリモシュ・ログリッチェ(スロベニア)はロードレースのタイトルに目を向ける。日本からは直前のジロ・デッラ・トスカーナを18位で終えた中根英登(NIPPOヴィーニファンティーニ)が男子エリートに出場予定だ。
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text:Kei Tsuji in Innsbruck, Austria
ロード世界選手権2018男子エリートタイムトライアル