2017/09/09(土) - 08:57
飯能の自転車ショップ、サイクルハウスミカミが主催するロングライドイベント「Attack!299」。国道299号を長野県の麦草峠まで駆け抜けるハードな一日へ挑戦したレポートが届きました。
国道299号を長野県の麦草峠まで駆け抜けるAttack!299
「自転車のいいところは、家から出た瞬間からライドが始まるってこと」僕に自転車を教えてくれた父は、よくそう言ったものだった。当時高校生の僕は、奥武蔵の入り口、埼玉県飯能市の国道299号沿いに実家があるという「サイクリスト的な」幸運を知る由もなかった。家から10分で峠道にアプローチできる環境。
もうひとつ幸運だったのは、その頃に飯能にサイクルハウスミカミという自転車店がオープンしたこと。当時20代後半のMTBエリートライダーだった三上店長が開いた、木材の香りと店構えが真新しいショップに放課後よく入り浸ったものだった。開店当初から積極的にライドイベントを展開して、自転車のハード面だけでなく乗り方や遊び方といったソフト面まで提供していた同店。店長の情熱的な取り組みと共に伸張していった飯能の自転車コミュニティにいられたことは僕の青春時代のよい思い出としてある。
そのサイクルハウスミカミが主催するロングライドイベントが、「Attack! 299」である。今年で13回目を迎える(!)このライドイベントは、埼玉県飯能市から長野県小海市の麦草峠まで、その名の通り国道299号にアタックするというもの。単なる国道サイクリングかと思いきや、4つの峠が設定された157km、獲得標高3800mの超級山岳コースが設定される。そして、この厳しさがサイクリストを魅了している(まったく、自転車乗りってやつは……)。
後ろの標識が示す、ここは国道299号。山岳の道
ワンウェイ、つまりスタートとゴール地点が異なる片道ルートもこのイベントの魅力のひとつ。長い行程を経て出発地に戻ってくる安堵感も捨てがたいけど、まだ見ぬフィニッシュに向けて走る方がライドの冒険感は高まる。とはいえ、2箇所に拠点を設けるワンウェイのイベントは運営側からしたら大変なことだ。
ところで、しばらく飯能を離れていた僕にとって身近なはずのAttack! 299は今回が初参加。運営も洗練された13回目のイベントを、初参加者の目からレポートしたい。ハードなコースに、地獄を見るであろう緊張感を覚えつつスタート地点へと向かった。
参加条件は、クラブチームに加入していること
Attack! 299にはチーム部門もある。ハードな山岳コースも、仲間と一緒なら心強い
参加条件の中で目を引くのは、「サイクルクラブ又はチーム、サークルに所属している成人男女(18歳以上)」という文言。ここには、Attack! 299が始まったきっかけがある。三上店長が飯能に店をオープンして数年、奥武蔵エリアを走る毎週のグループライドでは多くのライダーたちとすれ違った。いろんなクラブのジャージを目にする中で、普段なかなか一緒にならないクラブ間の交流ができないだろうか、と考えた三上店長。そこで生まれたアイデアが、同じ日に、同じルートで、同じ山頂を目指すAttack! 299だった。
Attack! 299は過酷なルート設定と、クラブの垣根を超えて走れることが評判になり、関東西部のサイリング文化の中でカルト的なイベントに成長。今年は全ての時間帯で定員に達し、この日深夜の飯能市には209名のサイクリストが集まった。長丁場の1日は、脚力別にスタート時間が分けられており、最初のグループは午前3:00にスタートする。スタート地点は飯能市役所。子どもMTB教室を開催するなど、市と連携した活動を行うサイクルハウスミカミに、市役所が快く場所と駐車場を提供してくれたという。その活動が地域に根付いていることを実感する。
イベントが始まるその前に
最初の組のスタートは午前3;00時。真っ暗な中にライダー達が集まる
主催者である三上店長からスタート前に走行時の注意ポイントが伝えられる
最初のグループがスタートするさらに2時間前、深夜1時の飯能市役所ではライダーたちを迎えるべくボランティアスタッフによる受付の設営が始まっていた。集まったスタッフの数は20名。手際よく設営を終えてからのミーティングでは、三上店長の「なによりも、僕たちが一番楽しんじゃった!と思えるイベントにしましょう」という言葉が印象的。過去にいくつかのサイクリングイベントを見てきた身として、参加者が楽しめるイベントというのは、主催者側も運営を楽しんでいるのが常。走るだけじゃない自転車の楽しみ方も、絶対にあるのだ。
ワンウェイのイベントということで、ライダーの荷物は受付で預かってもらえる。次にこの荷物と出会うのは、麦草峠の山頂というわけで……。途中にはエイドステーションも設けられ、補給食の準備も最小限で済む。持ち運ぶ荷物を減らして、軽快に山岳ライドに臨めるよう、主催者の心遣いがうれしい。
いよいよスタート
太陽がまだ顔を見せない午前3時でもひどく蒸し暑かったこの日。しかしゴールする頃には涼しくなっているだろう。なんといっても、ゴールの麦草峠は標高2,127mもあるのだから。国道では日本で2番目に高いところ……なんてことは今日の参加者はみんな分かっていること。個人的には、「おらが町」飯能からそんな高いところまで登るのだという冒険前のワクワク感が先行する。
真夏の明け方、スタートしていくらライダーたち
15分刻みでスタートしていく色とりどりのクラブキットを眺めていると、確かにレース以外で他のクラブライダーと一緒に走る機会は、そう多くないことに思い当たる。レースでは誰も彼も(そして自分が一番)目を三角にして先を急いでいるし、グランフォンドイベントはどちらかというと個人的な体験に終始しがちだ。今回はそれぞれが、クラブやチームの看板を背負って走ることになる。
僕はあろうことか健脚が揃う最後発、午前5:00スタートの組で出発。スタート前には、三上店長から「ルート上で先行のライダーに追いつくことがあると思いますが、もし下りなどで危ない走りをしているライダーがいたら、アドバイスしたり前に入ってスピードのコントロールをしてください」とのコメント。ただ速く走ればいいだけでなく、自分のスキルを他者に広げていくこと。こういうことがナチュラルにできるライダーがたまにいるけれど、本当に格好よく、本当に「強い」ライダーだと思う。自分もいつかはそういうライダーになりたい。
4つの峠を越える山岳ライド
最初の峠に差し掛かる頃もまだ夜は明けない
Attack! 299は4つの峠を越える山岳ライド。山伏峠(28.8km地点、標高620m)、志賀坂峠(76.2km地点、標高780m)、十石峠(110km地点、標高1,351m)、麦草峠(157km地点、標高2,120m)と段々と越えるべき標高が高くなっている絶妙なレイアウト。これはほぼ国道299号そのままを行くルートだ。国道と聞いて片側2車線以上の、トラックが行き交う騒々しい道を想像する人は、自転車で都市生活の外へ走り出してみよう。ことサイクリストにとって国道は忌避すべき存在になりがちだけれど、意外に走りやすい国道というのもある。299号に関しては一部で「酷道」と言われているみたいだけれど、それはどうやら交通量の多さからではなく、狭く荒れた路面から来るらしい……。
穏やかなペースで登り口に達した5:00組のプロトンも、山伏峠が始まるとたちまちに崩壊した。塊だった集団は、峠道に線となって伸びていって、やがて散り散りの点にちぎれていく。ついこの間までテレビの中で見てたツール・ド・フランスの山岳ステージを走りながら思い出す。カメラが映さない集団後方でもこうやって苦しんでいる選手がたくさんいるんだよな……。などと考えながら峠を通過。まだまだ序の口。
この日二つ目の山場、志賀坂峠を走る
チームでまとまって走ることでリズムをつかみやすくなる。長丁場でこそともに走る仲間の存在がうれしい
いくつものトンネルを越えて
山伏峠を下るといよいよ国道299号に入る。秩父の市街地を抜けて一路西へ。信号厳守のこのライド、停止の多い市街地を経て再び人数もまとまり、この日二つ目の志賀坂峠までのゆるい登りのアプローチでは先頭交代しながらペースを刻む。普段とは違うメンバーでの先頭交代は、自分もキレイに走ろうと気が引き締まるもの。この区間では人数を揃えるMIVROチームの面々が組織的な牽引をしてくれて、快速列車に乗った安心感のまま峠へ。
ここまで来ると国道と言われても信じられないくらいの静かな峠道。朝露に濡れた路面、道へ覆いかぶさる緑、ようやく顔を出した太陽の木漏れ日が美しい。無理をしないペースで淡々と登っていく。まだまだ先は長い。山頂を越えて、足の揃った4人で下りに入る。しばらく先頭交代で進んでいくも、だんだん足が売り切れになってきて前を引けなくなる。情けないけれど、後ろで走らせてもらえるのもこうしたライドならでは、ということで目の前で繰り広げられる先頭交代を複雑な気持ちで眺めながら94.7km地点、最初のチェックポイント上野村に到着。ここでは先発の多くのライダーたちが休憩をとっていた。
つり人、多数
行程のおよそ半分の地点、上野村にはエイドステーションが。トマト、梅干し、ドリンクがありがたい
にわかには国道と思えない十石峠。舗装路となったのも比較的最近のことだ
女性サイクリストの参加も目立った今大会。山岳もこの笑顔で
上野村のチェックポイントではエイドサービス。これでもか!というくらいにしょっぱい梅干しも、乳酸まみれのカラダには喜びでしかない。冷えたトマトはAttack! 299名物ということで、やはり塩気が嬉しい。距離的には半分を過ぎているけれど、ここからAttack! 299の本番といっても過言ではない2つの峠が待ち受ける。
このあたりから路上には先発の多くのライダーがいて、一緒に走りながら会話を楽しむ。その多くは冬場のシクロクロスレースで見かける面々だけれども、ことレースを離れるとこうしてサドル・トークをすることはあまりないので新鮮に感じる。この人、こんなロードバイクに乗ってるんだ、という発見や、来る冬のシーズンの展望をコソコソと話したり。
やはりにわかには国道とは思えない雰囲気ある緑の道をダウンヒル
CXに夢中の著者にとっては、今年もアツい冬になりそうだ……と思わされた真夏の十石峠だった。それにしても登坂が長い。そしてフェイク山頂! 道の先が下り傾斜になって、よし上りきったかと安堵しかけるも、いやに質素な周辺の様子にまだ登りが終わらないことを知る。山頂を近くして一旦下る峠、全国にままありますがこれはやめていただきたい。辛い。
この頃になると、同行のチームメイトに異変が訪れていた。身長190cmを超え、サイズが合うバイクが国内に無くて海外から取り寄せたという逸話をもつワイルドな彼が、息も絶え絶え、登坂で大ブレーキ。十石峠の下りでは先行してもらうも、ほどなくして路肩でひとり立ちすくむ彼の姿を見つける。曰く「両足が攣った」ということで、立っているのもやっととのこと。なるほど、僕の腰よりも高いところまですらりと伸びる彼の両足の太ももが、脈打つように痙攣している。辛い。
徐々に標高が上がってくると、沿道にはコスモスが咲いていた
一緒に下っていったRapha Cycling Clubのメンバーが攣りを和らげるサプリメントを提供してくれた。彼のフロントバッグには補給食からサプリから何までいっぱいに詰め込まれているのだった。スーパー・ドメスティーク。僕がロードチームの監督なら、彼をアシストにリクルートしたいくらいだ。あらゆるおクスリを投与され、巨人はまた動き始めた。
テクニカルでハイスピードな十石峠を下りきると、第2チェックポイントのセブンイレブン佐久穂町店に到達。気づけばもう長野県までやってきた。このチェックポイントからゴールの麦草峠まで28km(!)の上りを前にして、多くのライダーが補給をとっていた。「足を攣った」という声も多く聞こえる。真夏のこの暑さ、過酷な山岳コースにみんな苦しんでいる。
モンスターをやっつけろ!
最後の麦草峠まで、頑張りどころ
さぁあとはここから28km、超級山岳麦草峠を登るだけだ。とはいえ、ここまでの疲労もかなりたまっている。そして麦草峠の佐久側は、登り始めがキツいこともよく知っている…。先行のライダーに追いついては、話をしながら上りを繰り返して距離を稼いでいく。標高100mごとに現れる看板が、せめてもの気休めになる。さっきは標高1,100M、やっと1,200M、まだあと900mある……。
長い直線で前に見えるライダーもペダリングが重そうだ。最後の最後にこの登りなんだから、それもむべなるかな。標高1,500mを超えて空模様が急に暗転。これは、と思う間もなくしたたかな通り雨がやってきた。打ち付ける雨の勢いには閉口するも、火照った体にはありがたいくらい。これは今日一日を仕上げるためのドラマの舞台装置だと思えてくる。消耗しきった足と面持ちで、仲間に前を引かせて土砂降りの山頂を目指す自分は、98年のアルプスでのヤン・ウルリッヒだった。気分は。超級の山頂へ向かう時、サイクリストはヒーローになれる。少なくとも自分では自分をヒーローだと思い、それに酔うことができる。
雨に濡れた麦草峠。疲労と、暑さと、寒さまでが一体となってライダーを襲う
豪雨の中、標高2127mの麦草峠山頂にゴール!祝福のシャワーだ
達成感に満ちるフィニッシュ。この感情が忘れられなくて、また走りたくなってしまうのだった
ゴールでタイム計測をしてもらうと、完走証のスティッカーとカップヌードルが振舞われる。沸点の低い山頂で作った、少しぬるいカップヌードルがとにかく美味しい。薄明かりの飯能市役所がずいぶん前のことのようだ。いろんなライダーと一緒になって、離れて、また一緒になって走った157km。ひたすらに辛かった記憶もいまや薄れ始め、また来年も走りたいという気持ちが湧いてくる。Attack! 299のカルト的な人気もわかってきたぞ。また来年の8月も、飯能からみんなで麦草峠を目指しているのだろう。
規範的サイクリストとして最高のマナーで
13回目のAttack! 299を終えて三上店長はこう振り返る。「国道299号を走る内輪のライドから始まっているので、ライダーもサポーターも楽しくやろうという精神のまま今回に至っています。過酷なルートに過酷な時期設定をしていますが、苦しいからこそ喜びが深まる、ということを理解して参加する自立したサイクリストと出会えるのが毎回嬉しいです。何から何まで面倒をみるタイプのイベントではないので、参加したい!と思った方には公式ページの注意事項を熟読してもらって、その上でエントリーしてもらえればと思います。また、参加ライダーにはマナーの良い走りをしてもらうようお願いしています。模範的サイクリストとして最高のマナーで走ってもらって、いい影響を参加者同士で与え合えたらいいですね。
イベントを支えたボランティアスタッフ。当日は20名体制で、深夜からの運営も楽しく行ったという
『完走する準備ができたらエントリーを』としていますが、今年は207名の出走に対して192名が完走しました。完走率93%は、この類の山岳ライドではかなり高いのではないでしょうか。今後もこのスタイルで続けていくと思いますが、他のクラブにも『自分たちにもできそうだな』と思ってもらって、こういうイベントを開催してもらって、そして呼んでもらえたら最高ですね」
クラブを超えたライダーの輪は、これからもっと広がっていきそうだ。
Text: Yufta Omata
Photo: Toshiyuki Arai
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もうひとつ幸運だったのは、その頃に飯能にサイクルハウスミカミという自転車店がオープンしたこと。当時20代後半のMTBエリートライダーだった三上店長が開いた、木材の香りと店構えが真新しいショップに放課後よく入り浸ったものだった。開店当初から積極的にライドイベントを展開して、自転車のハード面だけでなく乗り方や遊び方といったソフト面まで提供していた同店。店長の情熱的な取り組みと共に伸張していった飯能の自転車コミュニティにいられたことは僕の青春時代のよい思い出としてある。
そのサイクルハウスミカミが主催するロングライドイベントが、「Attack! 299」である。今年で13回目を迎える(!)このライドイベントは、埼玉県飯能市から長野県小海市の麦草峠まで、その名の通り国道299号にアタックするというもの。単なる国道サイクリングかと思いきや、4つの峠が設定された157km、獲得標高3800mの超級山岳コースが設定される。そして、この厳しさがサイクリストを魅了している(まったく、自転車乗りってやつは……)。
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ワンウェイ、つまりスタートとゴール地点が異なる片道ルートもこのイベントの魅力のひとつ。長い行程を経て出発地に戻ってくる安堵感も捨てがたいけど、まだ見ぬフィニッシュに向けて走る方がライドの冒険感は高まる。とはいえ、2箇所に拠点を設けるワンウェイのイベントは運営側からしたら大変なことだ。
ところで、しばらく飯能を離れていた僕にとって身近なはずのAttack! 299は今回が初参加。運営も洗練された13回目のイベントを、初参加者の目からレポートしたい。ハードなコースに、地獄を見るであろう緊張感を覚えつつスタート地点へと向かった。
参加条件は、クラブチームに加入していること
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Attack! 299は過酷なルート設定と、クラブの垣根を超えて走れることが評判になり、関東西部のサイリング文化の中でカルト的なイベントに成長。今年は全ての時間帯で定員に達し、この日深夜の飯能市には209名のサイクリストが集まった。長丁場の1日は、脚力別にスタート時間が分けられており、最初のグループは午前3:00にスタートする。スタート地点は飯能市役所。子どもMTB教室を開催するなど、市と連携した活動を行うサイクルハウスミカミに、市役所が快く場所と駐車場を提供してくれたという。その活動が地域に根付いていることを実感する。
イベントが始まるその前に
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ワンウェイのイベントということで、ライダーの荷物は受付で預かってもらえる。次にこの荷物と出会うのは、麦草峠の山頂というわけで……。途中にはエイドステーションも設けられ、補給食の準備も最小限で済む。持ち運ぶ荷物を減らして、軽快に山岳ライドに臨めるよう、主催者の心遣いがうれしい。
いよいよスタート
太陽がまだ顔を見せない午前3時でもひどく蒸し暑かったこの日。しかしゴールする頃には涼しくなっているだろう。なんといっても、ゴールの麦草峠は標高2,127mもあるのだから。国道では日本で2番目に高いところ……なんてことは今日の参加者はみんな分かっていること。個人的には、「おらが町」飯能からそんな高いところまで登るのだという冒険前のワクワク感が先行する。
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僕はあろうことか健脚が揃う最後発、午前5:00スタートの組で出発。スタート前には、三上店長から「ルート上で先行のライダーに追いつくことがあると思いますが、もし下りなどで危ない走りをしているライダーがいたら、アドバイスしたり前に入ってスピードのコントロールをしてください」とのコメント。ただ速く走ればいいだけでなく、自分のスキルを他者に広げていくこと。こういうことがナチュラルにできるライダーがたまにいるけれど、本当に格好よく、本当に「強い」ライダーだと思う。自分もいつかはそういうライダーになりたい。
4つの峠を越える山岳ライド
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Attack! 299は4つの峠を越える山岳ライド。山伏峠(28.8km地点、標高620m)、志賀坂峠(76.2km地点、標高780m)、十石峠(110km地点、標高1,351m)、麦草峠(157km地点、標高2,120m)と段々と越えるべき標高が高くなっている絶妙なレイアウト。これはほぼ国道299号そのままを行くルートだ。国道と聞いて片側2車線以上の、トラックが行き交う騒々しい道を想像する人は、自転車で都市生活の外へ走り出してみよう。ことサイクリストにとって国道は忌避すべき存在になりがちだけれど、意外に走りやすい国道というのもある。299号に関しては一部で「酷道」と言われているみたいだけれど、それはどうやら交通量の多さからではなく、狭く荒れた路面から来るらしい……。
穏やかなペースで登り口に達した5:00組のプロトンも、山伏峠が始まるとたちまちに崩壊した。塊だった集団は、峠道に線となって伸びていって、やがて散り散りの点にちぎれていく。ついこの間までテレビの中で見てたツール・ド・フランスの山岳ステージを走りながら思い出す。カメラが映さない集団後方でもこうやって苦しんでいる選手がたくさんいるんだよな……。などと考えながら峠を通過。まだまだ序の口。
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山伏峠を下るといよいよ国道299号に入る。秩父の市街地を抜けて一路西へ。信号厳守のこのライド、停止の多い市街地を経て再び人数もまとまり、この日二つ目の志賀坂峠までのゆるい登りのアプローチでは先頭交代しながらペースを刻む。普段とは違うメンバーでの先頭交代は、自分もキレイに走ろうと気が引き締まるもの。この区間では人数を揃えるMIVROチームの面々が組織的な牽引をしてくれて、快速列車に乗った安心感のまま峠へ。
ここまで来ると国道と言われても信じられないくらいの静かな峠道。朝露に濡れた路面、道へ覆いかぶさる緑、ようやく顔を出した太陽の木漏れ日が美しい。無理をしないペースで淡々と登っていく。まだまだ先は長い。山頂を越えて、足の揃った4人で下りに入る。しばらく先頭交代で進んでいくも、だんだん足が売り切れになってきて前を引けなくなる。情けないけれど、後ろで走らせてもらえるのもこうしたライドならでは、ということで目の前で繰り広げられる先頭交代を複雑な気持ちで眺めながら94.7km地点、最初のチェックポイント上野村に到着。ここでは先発の多くのライダーたちが休憩をとっていた。
つり人、多数
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このあたりから路上には先発の多くのライダーがいて、一緒に走りながら会話を楽しむ。その多くは冬場のシクロクロスレースで見かける面々だけれども、ことレースを離れるとこうしてサドル・トークをすることはあまりないので新鮮に感じる。この人、こんなロードバイクに乗ってるんだ、という発見や、来る冬のシーズンの展望をコソコソと話したり。
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CXに夢中の著者にとっては、今年もアツい冬になりそうだ……と思わされた真夏の十石峠だった。それにしても登坂が長い。そしてフェイク山頂! 道の先が下り傾斜になって、よし上りきったかと安堵しかけるも、いやに質素な周辺の様子にまだ登りが終わらないことを知る。山頂を近くして一旦下る峠、全国にままありますがこれはやめていただきたい。辛い。
この頃になると、同行のチームメイトに異変が訪れていた。身長190cmを超え、サイズが合うバイクが国内に無くて海外から取り寄せたという逸話をもつワイルドな彼が、息も絶え絶え、登坂で大ブレーキ。十石峠の下りでは先行してもらうも、ほどなくして路肩でひとり立ちすくむ彼の姿を見つける。曰く「両足が攣った」ということで、立っているのもやっととのこと。なるほど、僕の腰よりも高いところまですらりと伸びる彼の両足の太ももが、脈打つように痙攣している。辛い。
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一緒に下っていったRapha Cycling Clubのメンバーが攣りを和らげるサプリメントを提供してくれた。彼のフロントバッグには補給食からサプリから何までいっぱいに詰め込まれているのだった。スーパー・ドメスティーク。僕がロードチームの監督なら、彼をアシストにリクルートしたいくらいだ。あらゆるおクスリを投与され、巨人はまた動き始めた。
テクニカルでハイスピードな十石峠を下りきると、第2チェックポイントのセブンイレブン佐久穂町店に到達。気づけばもう長野県までやってきた。このチェックポイントからゴールの麦草峠まで28km(!)の上りを前にして、多くのライダーが補給をとっていた。「足を攣った」という声も多く聞こえる。真夏のこの暑さ、過酷な山岳コースにみんな苦しんでいる。
モンスターをやっつけろ!
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さぁあとはここから28km、超級山岳麦草峠を登るだけだ。とはいえ、ここまでの疲労もかなりたまっている。そして麦草峠の佐久側は、登り始めがキツいこともよく知っている…。先行のライダーに追いついては、話をしながら上りを繰り返して距離を稼いでいく。標高100mごとに現れる看板が、せめてもの気休めになる。さっきは標高1,100M、やっと1,200M、まだあと900mある……。
長い直線で前に見えるライダーもペダリングが重そうだ。最後の最後にこの登りなんだから、それもむべなるかな。標高1,500mを超えて空模様が急に暗転。これは、と思う間もなくしたたかな通り雨がやってきた。打ち付ける雨の勢いには閉口するも、火照った体にはありがたいくらい。これは今日一日を仕上げるためのドラマの舞台装置だと思えてくる。消耗しきった足と面持ちで、仲間に前を引かせて土砂降りの山頂を目指す自分は、98年のアルプスでのヤン・ウルリッヒだった。気分は。超級の山頂へ向かう時、サイクリストはヒーローになれる。少なくとも自分では自分をヒーローだと思い、それに酔うことができる。

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
ゴールでタイム計測をしてもらうと、完走証のスティッカーとカップヌードルが振舞われる。沸点の低い山頂で作った、少しぬるいカップヌードルがとにかく美味しい。薄明かりの飯能市役所がずいぶん前のことのようだ。いろんなライダーと一緒になって、離れて、また一緒になって走った157km。ひたすらに辛かった記憶もいまや薄れ始め、また来年も走りたいという気持ちが湧いてくる。Attack! 299のカルト的な人気もわかってきたぞ。また来年の8月も、飯能からみんなで麦草峠を目指しているのだろう。
規範的サイクリストとして最高のマナーで
13回目のAttack! 299を終えて三上店長はこう振り返る。「国道299号を走る内輪のライドから始まっているので、ライダーもサポーターも楽しくやろうという精神のまま今回に至っています。過酷なルートに過酷な時期設定をしていますが、苦しいからこそ喜びが深まる、ということを理解して参加する自立したサイクリストと出会えるのが毎回嬉しいです。何から何まで面倒をみるタイプのイベントではないので、参加したい!と思った方には公式ページの注意事項を熟読してもらって、その上でエントリーしてもらえればと思います。また、参加ライダーにはマナーの良い走りをしてもらうようお願いしています。模範的サイクリストとして最高のマナーで走ってもらって、いい影響を参加者同士で与え合えたらいいですね。

『完走する準備ができたらエントリーを』としていますが、今年は207名の出走に対して192名が完走しました。完走率93%は、この類の山岳ライドではかなり高いのではないでしょうか。今後もこのスタイルで続けていくと思いますが、他のクラブにも『自分たちにもできそうだな』と思ってもらって、こういうイベントを開催してもらって、そして呼んでもらえたら最高ですね」
クラブを超えたライダーの輪は、これからもっと広がっていきそうだ。
Text: Yufta Omata
Photo: Toshiyuki Arai
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