2012/09/24(月) - 17:45
長野県松本市の中心部、国宝に指定される松本城の周辺で「カスティールサイクルクロスマツモト」が初開催された。カテゴリー1のスター選手を集めた魅せるシクロクロスショーだ。松本市のど真ん中、辻浦圭一が企画したレースをレポートしよう。
「城下町松本は自転車がよく似合う」のスローガンのもと初開催された KASTEEL CYCLECROSS MATSUMOTO(カスティールサイクルクロスマツモト)。松本市の中心地、しかも国宝・松本城の広場をレース会場にするということで、大いに注目できる大会だ。
この大会の開催のきっかけになったのは、2003年〜2010年シクロクロス全日本チャンピオン辻浦圭一の「街の真ん中、松本城でレースをしたい」というアイデア。それに松本青年会議所が同調し、2年ごしで開催にこぎつけた。
大会は9月22・23日の2日間にわたって開催された。初日の土曜日は松本にサイクルショップ「ミタニサイクルマインド」を構える三谷寛志氏による「自転車スキルアップ講座」が開催された。一般市民や初心者向けの自転車の乗り方教室と、招待選手たちと一緒に松本市街を走るカーフリーデーサイクリングが行われた。
松本城公園の前夜祭でプレゼンテーションと和太鼓の演奏を楽しむ
その夜は自由参加による前夜祭「大交流会」がレース会場隣の松本城公園で行われた。地元の若者15人のグループによる和太鼓の演奏と、日曜に出場する招待選手たちの紹介が、ライトアップされた松本城をバックに華やかに行われた。
シクロクロスのMCといえばこの人、関西クロスでお馴染みDJがらぱさんの紹介で、20人の選手たちが市民やファンで賑わう前夜祭の壇上に上がる。全日本チャンピオンの竹之内 悠(チーム ユーラシア )を筆頭に、そのまま全日本選手権とも言えそうな豪華な顔ぶれが揃った。
このレースは一般の人が参加できるクラスは無く、レースはカテゴリー1にランクされる選手のみで行われる。約1時間の試走時間のみ一般の人の走行が認められていた。土曜昼の自転車教室と市街パレード、試走と観戦のためだけに訪れた熱心なファンも。
雨のなか魅せたレースは竹之内 悠の勝利 辻浦を迎える暖かな声援
レースは朝9時スタートで、レース時間は20分。通常のカテゴリー1が1時間+ということを考えるととても短いレースだ。そしてあいにくの冷たい雨が降る。しかし観戦のためにやってきた熱心なファン、そして地元の松本市民が詰めかけ、温かい雰囲気のなかレースがスタートする。
コースは一周600mと短い。しかしコンパクトな会場の中には、鉄骨でできた高低差のある立体交差や、砂場セクション、そして2連の板による障害物セクションが設けられ、変化をつけた。
一周目の先頭を切るのはホストの辻浦。それは他の選手たちが申し合わせてのことだったようだ。
コースは会場内をむだなく折り返し、観客は常に選手たちの走りを目の前に見る。そして背景には松本城の美しい姿。選手たちの繰り広げるスピード溢れる走りに、観客たちも大盛り上がり。初めて目にする「風変わりな自転車レース」に、驚きながら見入っている地元の人達の姿も。
序盤のレースをリードした池本真也(ワコー機器 アーサー)を、最後に追い詰めた竹之内 悠 が下して勝利。3位にはこの日がSpeedvagen Cyclocross Teamのジャージに身を包んでのデビューレースとなった前田 公平が入った。レースの模様はムービーでお楽しみください。
「まってたで辻浦圭一」 病気に苦しんだCXチャンプの復帰レース
この日、立体交差には「まってたで辻浦」の横断幕が掲げられた。病気から復活した辻浦圭一へのメッセージだ。
辻浦は昨年暮れ、シクロクロス全日本選手権の直前から体調を崩しはじめ、連覇を逃す。そして不調を感じながら出かけた欧州遠征から帰ってすぐの今年2月、「重症筋無力症」と診断された。この病気は特定疾患に指定されている難病で、合併症として「胸腺腫」も発症してしまう。辻浦は春に大手術を受け、今もリハビリ中だ。
辻浦の体調はレースを走れるほどに良くなった。8月末にはシマノ鈴鹿ロードも走った。しかし、現在も眼の不調などが続いているため、全快といえる状態ではない。突入したシクロクロスシーズンにも、未だ契約チームは見つかっていない。
しかし横断幕に記されていたのは、レースに帰ってきた辻浦を励ますメッセージだった。
20分のレースを後方の順位で終えゴールした辻浦に、ゴールで待っていた選手たちから「お帰り!」「全日本選手権で待ってるぞ!」と声が掛かる。
「賑わう街なか、松本城でレースをやってみたい」 辻浦が企画したレース
奈良出身の辻浦は、自転車レースに打ち込むために10年前から松本に住んでいる。松本はいわば第2の故郷だ。辻浦がこの大会を企画しようと思い立ったのは2年前。「普段は人目に触れないところで開催されることが多いシクロクロスレースを、松本のど真ん中でやってみたい」。その思いが原動力だった。そして松本青年会議所の協力で、この日実現にこぎつけた。
辻浦の企画したレースは、異例の市街の中心部でのレースという話題性と同時に、奇しくも自分自身の復帰レースになったというわけだ。レース後、皆に祝福され、励まされ、辻浦は雨の中で涙を隠せなかった。そして、入院中の辻浦を支えた仲間たち、関係者、地元の協力者たちも辻浦に暖かい声援を送った。
この日、このレースの観戦にきたファンたちは、思いがけずそんなエピソードを知って、特別の感動をもらったことだろう。
雨になったが、それも当然のシクロクロスなら問題にならなかった。朝から冷たい雨に濡れながら過ごした観客も、ホットなレースに心を温めてレース後の松本観光を楽しんだようだ。
レースが終わってすぐ、午前9時半にはすぐに会場の撤収作業が始まり、鉄骨組の立体交差も、砂場セクションも手際よく片付けられた。このレース会場の設営は、前夜のうちに行われたのだ。
この広場は再び駐車場にもどり、松本城にやってくる観光バスなどを迎える。レースが20分と短く、一般レースも無いのはそのためだ。そういった制約のなかでの開催だったことを知って、関係者の努力に感心するばかりだった。
このレースの来年の開催ははたしてあるだろうか? そして、辻浦の一刻も早い「トップレベルへのカムバック」を応援したい。
ムービー(大画面対応)
フォトギャラリー2(Google Picasaウェブアルバム)
photo&text:Makoto.AYANO
「城下町松本は自転車がよく似合う」のスローガンのもと初開催された KASTEEL CYCLECROSS MATSUMOTO(カスティールサイクルクロスマツモト)。松本市の中心地、しかも国宝・松本城の広場をレース会場にするということで、大いに注目できる大会だ。
この大会の開催のきっかけになったのは、2003年〜2010年シクロクロス全日本チャンピオン辻浦圭一の「街の真ん中、松本城でレースをしたい」というアイデア。それに松本青年会議所が同調し、2年ごしで開催にこぎつけた。
大会は9月22・23日の2日間にわたって開催された。初日の土曜日は松本にサイクルショップ「ミタニサイクルマインド」を構える三谷寛志氏による「自転車スキルアップ講座」が開催された。一般市民や初心者向けの自転車の乗り方教室と、招待選手たちと一緒に松本市街を走るカーフリーデーサイクリングが行われた。
松本城公園の前夜祭でプレゼンテーションと和太鼓の演奏を楽しむ
その夜は自由参加による前夜祭「大交流会」がレース会場隣の松本城公園で行われた。地元の若者15人のグループによる和太鼓の演奏と、日曜に出場する招待選手たちの紹介が、ライトアップされた松本城をバックに華やかに行われた。
シクロクロスのMCといえばこの人、関西クロスでお馴染みDJがらぱさんの紹介で、20人の選手たちが市民やファンで賑わう前夜祭の壇上に上がる。全日本チャンピオンの竹之内 悠(チーム ユーラシア )を筆頭に、そのまま全日本選手権とも言えそうな豪華な顔ぶれが揃った。
このレースは一般の人が参加できるクラスは無く、レースはカテゴリー1にランクされる選手のみで行われる。約1時間の試走時間のみ一般の人の走行が認められていた。土曜昼の自転車教室と市街パレード、試走と観戦のためだけに訪れた熱心なファンも。
雨のなか魅せたレースは竹之内 悠の勝利 辻浦を迎える暖かな声援
レースは朝9時スタートで、レース時間は20分。通常のカテゴリー1が1時間+ということを考えるととても短いレースだ。そしてあいにくの冷たい雨が降る。しかし観戦のためにやってきた熱心なファン、そして地元の松本市民が詰めかけ、温かい雰囲気のなかレースがスタートする。
コースは一周600mと短い。しかしコンパクトな会場の中には、鉄骨でできた高低差のある立体交差や、砂場セクション、そして2連の板による障害物セクションが設けられ、変化をつけた。
一周目の先頭を切るのはホストの辻浦。それは他の選手たちが申し合わせてのことだったようだ。
コースは会場内をむだなく折り返し、観客は常に選手たちの走りを目の前に見る。そして背景には松本城の美しい姿。選手たちの繰り広げるスピード溢れる走りに、観客たちも大盛り上がり。初めて目にする「風変わりな自転車レース」に、驚きながら見入っている地元の人達の姿も。
序盤のレースをリードした池本真也(ワコー機器 アーサー)を、最後に追い詰めた竹之内 悠 が下して勝利。3位にはこの日がSpeedvagen Cyclocross Teamのジャージに身を包んでのデビューレースとなった前田 公平が入った。レースの模様はムービーでお楽しみください。
「まってたで辻浦圭一」 病気に苦しんだCXチャンプの復帰レース
この日、立体交差には「まってたで辻浦」の横断幕が掲げられた。病気から復活した辻浦圭一へのメッセージだ。
辻浦は昨年暮れ、シクロクロス全日本選手権の直前から体調を崩しはじめ、連覇を逃す。そして不調を感じながら出かけた欧州遠征から帰ってすぐの今年2月、「重症筋無力症」と診断された。この病気は特定疾患に指定されている難病で、合併症として「胸腺腫」も発症してしまう。辻浦は春に大手術を受け、今もリハビリ中だ。
辻浦の体調はレースを走れるほどに良くなった。8月末にはシマノ鈴鹿ロードも走った。しかし、現在も眼の不調などが続いているため、全快といえる状態ではない。突入したシクロクロスシーズンにも、未だ契約チームは見つかっていない。
しかし横断幕に記されていたのは、レースに帰ってきた辻浦を励ますメッセージだった。
20分のレースを後方の順位で終えゴールした辻浦に、ゴールで待っていた選手たちから「お帰り!」「全日本選手権で待ってるぞ!」と声が掛かる。
「賑わう街なか、松本城でレースをやってみたい」 辻浦が企画したレース
奈良出身の辻浦は、自転車レースに打ち込むために10年前から松本に住んでいる。松本はいわば第2の故郷だ。辻浦がこの大会を企画しようと思い立ったのは2年前。「普段は人目に触れないところで開催されることが多いシクロクロスレースを、松本のど真ん中でやってみたい」。その思いが原動力だった。そして松本青年会議所の協力で、この日実現にこぎつけた。
辻浦の企画したレースは、異例の市街の中心部でのレースという話題性と同時に、奇しくも自分自身の復帰レースになったというわけだ。レース後、皆に祝福され、励まされ、辻浦は雨の中で涙を隠せなかった。そして、入院中の辻浦を支えた仲間たち、関係者、地元の協力者たちも辻浦に暖かい声援を送った。
この日、このレースの観戦にきたファンたちは、思いがけずそんなエピソードを知って、特別の感動をもらったことだろう。
雨になったが、それも当然のシクロクロスなら問題にならなかった。朝から冷たい雨に濡れながら過ごした観客も、ホットなレースに心を温めてレース後の松本観光を楽しんだようだ。
レースが終わってすぐ、午前9時半にはすぐに会場の撤収作業が始まり、鉄骨組の立体交差も、砂場セクションも手際よく片付けられた。このレース会場の設営は、前夜のうちに行われたのだ。
この広場は再び駐車場にもどり、松本城にやってくる観光バスなどを迎える。レースが20分と短く、一般レースも無いのはそのためだ。そういった制約のなかでの開催だったことを知って、関係者の努力に感心するばかりだった。
このレースの来年の開催ははたしてあるだろうか? そして、辻浦の一刻も早い「トップレベルへのカムバック」を応援したい。
ムービー(大画面対応)
フォトギャラリー2(Google Picasaウェブアルバム)
photo&text:Makoto.AYANO
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