ミラノの最終個人タイムトライアルは、まるでアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)の凱旋パレードだった。無理にステージ優勝を狙うことなく、悠々と、そしてハイスピードでミラノまでの26kmを駆け抜けたコンタドール。少しボリューミーになったトロフェオ・センツァフィーネに口づけした。

ミラノのドゥオーモ広場がジロ・デ・イタリアを迎えるミラノのドゥオーモ広場がジロ・デ・イタリアを迎える photo:Kei Tsujiここ数週間、イタリアのテレビをつければ、選挙関係の番組が目につく。5月15日と16日に行なわれた第1回目の地方選で得票率が過半数に達する候補者がいなかった地域対象の決選投票が、5月29日と30日に行なわれるからだ。

その影響を受けたのがジロの最終個人TT。当初は市内のスフォルツェスコ城をスタートし、郊外で折り返してドゥオーモ広場に戻ってくる31.5kmが予定されていたが、選挙に伴う交通量の増加を懸念し、主催者RCSスポルトはコースの短縮を発表した。

荘厳な雰囲気を醸し出すドゥオーモ荘厳な雰囲気を醸し出すドゥオーモ photo:Kei Tsuji新コースは、郊外のフィエラ(大型展示場)をスタートする26km。ゴール地点はドゥオーモ広場のまま。平坦なのは変わらないが、距離が5.5km短くなった。

コース変更に難色を示したのが、総合3位のヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、リクイガス・キャノンデール)だ。

ゴールに向かって追い込む別府史之(日本、レディオシャック)ゴールに向かって追い込む別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei TsujiTT能力で勝るニーバリは、あわよくば最終TTでミケーレ・スカルポーニ(イタリア、ランプレ・ISD)の総合2位を奪回しようと狙っていたのだが、26kmのコースで56秒の差を挽回するのは難しい。アルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)の圧勝の裏で繰り広げられるこのイタリア人による闘いについて、ガゼッタ紙は大々的に2面を使って特集している。

定番の観光スポットとして知られるドゥオーモ広場は、ただでさえ外国人観光客でごった返しているのに、広場全体をコースと表彰ステージで取り囲んだものだから大混雑。風船を売り歩く人、ミサンガを観光客の手首に無理矢理結ぼうとする人、鳩の餌を無理矢理手に持たせようとする人たちは、相変わらず観光客を見張りながら広場の中央に立っているし。

ゴール後、ステージに上がった別府史之(日本、レディオシャック)が降壇ゴール後、ステージに上がった別府史之(日本、レディオシャック)が降壇 photo:Kei Tsuji熱い陽光が反射して光り輝く石畳を、TTバイクに乗る選手たちが駆ける。ステージ優勝、もしくは総合ジャンプアップを狙う選手と、そうでない選手の違いはコーナリングのスピードに現れる。

このTTのために山岳を乗り切ってきたと宣言していたデーヴィット・ミラー(イギリス、ガーミン・サーヴェロ)は、バリケードぎりぎりまで攻める。まさかの4人抜きで文句無しのステージ優勝。ガーミン・サーヴェロとしては今大会ステージ初優勝。嬉しさのあまり、ミラーは表彰台でシャンパンを頭から被ってみせた。

別府史之(レディオシャック)は2分03秒遅れのステージ36位という好成績でゴール。ラスト400mのコーナーを抜けてからペダルをガンガン踏む姿は迫力があった。グランツール最終日の個人TTで30位台の成績を残す日本人なんて過去にいただろうか?

トップタイムで優勝したデーヴィット・ミラー(イギリス、ガーミン・サーヴェロ)トップタイムで優勝したデーヴィット・ミラー(イギリス、ガーミン・サーヴェロ) photo:Kei Tsuji2分03秒差のステージ36位に入った別府史之(日本、レディオシャック)2分03秒差のステージ36位に入った別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsuji36秒差・ステージ3位 アルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)36秒差・ステージ3位 アルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード) photo:Kei Tsuji


各国のインタビューを受ける別府史之(日本、レディオシャック)各国のインタビューを受ける別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsujiレース後のプレスセンターで、ガゼッタ紙の記者にこう言われた。「ベップがロマンディ最終日でスプリントに絡んだのを見たが、彼はスプリンターなのか?それにしては山を登れているし、TTも速いじゃないか。」

ゴール後、そのままコースと繋がったステージに上がったフミを、「ベップ」コールが包み込む。「イタリアの歓声の大きさには驚きました。ロックスターの気分だった」。フミは興奮を隠せない。

表彰式の前には、108秒の黙祷が故ワウテル・ウェイラント(ベルギー)に捧げられた表彰式の前には、108秒の黙祷が故ワウテル・ウェイラント(ベルギー)に捧げられた photo:Kei Tsuji厳しさが際立つ今年のジロで、フミは大崩れすることなくミラノに達した。日本人のジロ完走は4人目。(過去に完走しているのは市川雅敏・1990年総合50位、野寺秀徳・2002年総合132位、新城幸也・2010年総合93位)。

総合成績は67位。ポイント賞63位。山岳賞44位。中間スプリント賞10位。逃げ賞19位。敢闘賞41位。

シャンパンを頭から被るデーヴィット・ミラー(イギリス、ガーミン・サーヴェロ)シャンパンを頭から被るデーヴィット・ミラー(イギリス、ガーミン・サーヴェロ) photo:Kei Tsujiゴール後、表彰台裏のスペースで、フミは各国ジャーナリストのインタビューを受ける。「本当に厳しいレースだった」。英語とフランス語を駆使し、そうレースの感想を述べる。3週間の闘いを終えて、フミは見せ場を作れなかったことが最大の後悔だと言う。「ステージ優勝にも総合成績にも絡めなかった。それが残念です。でも毎日ベストは尽くしました」。

ちなみにイタリア人の多くは「ベップ」を姓ではなく名前だと思い込んでいる。この3週間で何度も「ベップは名前だろ?名字はなんて言うんだ?」と聞かれた。その理由は「ベップ(BEPPU)」が「ベッペ(BEPPE)」に似ているからだろう。「ベッペ」はイタリアでメジャーな名前「ジュゼッペ」の愛称。

総合優勝トロフィーにキスするアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)総合優勝トロフィーにキスするアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード) photo:Kei Tsuji多くのチームがミラノのホテルに滞在する中、フミはレース当日のうちにチームカーでミラノを出発し、フランスの自宅へ。しばらく自宅で過ごし、6月上旬に日本へ一時帰国する予定。

フミは6月12日に秋田県大潟村で行なわれる全日本選手権タイムトライアル、そして6月26日に岩手県八幡平で行なわれる全日本選手権ロードレースに出場する。レディオシャックに2つのナショナルチャンピオンジャージをもたらすことはできるだろうか?本人は2つの全日本に気合いを込めている様子だ。

弟の優勝を喜ぶフラン・コンタドール(写真右から2人目)弟の優勝を喜ぶフラン・コンタドール(写真右から2人目) photo:Kei Tsuji先に述べたスカルポーニとニーバリの闘いは、スカルポーニに軍配。ニーバリは前半から飛ばしたが、後半にかけて失速。ラスト8kmはスカルポーニを下回るラップタイムに沈み、最終的に挽回タイムは10秒に留まった。

そして5分以上の圧倒的リードをもって最終個人TTに挑んだアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)が、片手でガッツポーズを作りながらドゥオーモ広場のゴールにやってきた。

ドゥオーモ広場に集まった大勢の観客ドゥオーモ広場に集まった大勢の観客 photo:Kei Tsuji「無理にステージ優勝を狙うようなことはしない。このマリアローザを着る喜びを実感しながら走りたい」と話していた通り、コンタドールは余裕の表情でゴールラインを駆け抜けた。そしてピンクに染まったステージで、ワウテル・ウェイラント(ベルギー)に捧げる108秒間の黙祷の後、表彰式が始まった。

コンタドールは、キャリア2つ目のトロフェオ・センツァフィーネ(総合優勝トロフィー)を受け取る。螺旋状に過去の優勝者の名前が描かれたトロフェオ・センツァフィーネは、直訳すると「終わりのないトロフィー」。この先、ジロが続くにつれて、トロフィーはどんどん長くなっていく。実際、昨年までのトロフィーと比べて長く、そして大きくなった気がする。存在感が増した黄金トロフィーの先端に、コンタドールは軽くキスをした。

コンタドールの強さは別格だ。最終的に総合2位スカルポーニとのタイム差は6分10秒。現地で見ていると、一層コンタドールの強さを感じることができる。山岳ステージで、他の選手が呼吸に喘いでいる中、コンタドールだけ涼しい顔。もし全ての山岳ステージでマックスまで追い込んでいれば、より大きなタイム差が開いていたと思う。そう思わせるほどの圧勝だった。

「コンタドールはこれからずっと勝ち続けるぞ!」夜に予定されているコンタドールの優勝祝賀パーティーに出席するため、ずっと笑みを浮かべながら大急ぎで写真を送信しているスペイン人フォトグラファーが言った。誰もそれを否定することができない。みんなコンタドールが勝ち続けることを知っている。ダブルツールの可能性が高いことも分かっている。ピンクに染まったミラノの空の中に、コンタドールは黄色いパリを思い描き始めているに違いない。

text&photo:Kei Tsuji in Milano, Italy

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