2011/05/21(土) - 15:12
前夜に選手たちが300kmかけて移動したスタート地点のスピリンベルゴは、ドロミテ山塊の入り口だ。どこかゲルマンの臭いがする街の中心に、ピンク一色のスタート地点が設けられた。
オーストリアの警察がスタート地点に登場 photo:Kei Tsuji早めの時間に出走サインを済ませ、ヴィラッジョにやってきた別府史之(レディオシャック)。長距離移動に疲れていると思いきや、表情は晴れやかだ。「昨日はレース後にチームカーに乗って移動しました。ホテルに到着したのは夜の8時。チームバスよりも40分早く着くことができた」。
フミと話している間、周りのイタリア人はどうやって声をかければいいのか迷いながらこちらを見ている。勇気を振り絞って英語でサインをお願いする人や、構わずイタリア語で「写真撮っていい?」と尋ねる人。もちろんフミは笑顔で答える。
出走サインに向かうホセ・ルハノ(ベネズエラ、アンドローニ・ジョカトリ) photo:Kei Tsujiフミにゴール地点グロースグロックナーについて聞くと、昨年の夏に登ったことがあるという。
それは7月4日から11日まで開催されたツアー・オブ・オーストリアの第4ステージでのこと。今回のゴール地点は残雪の関係で標高2137mに留まったが、当時は夏だったこともあり、標高2323mにゴールが置かれた。フミはその日、ステージ優勝したリカルド・リッコ(イタリア)から16分22秒遅れでゴールしている。
コンタドールの所在を聞かれる別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsuji「今日は前半に登場する山岳の難易度が低くて、後半にかけて徐々に難易度が上がっていくコース。最後の山岳まで集団に残ることができれば大丈夫」。カセットスプロケットの最大歯数が26T(他の選手は28T)だということを少し心配しながらも、厳しいドロミテ山岳3連戦に向けて心の準備はできている様子。
山岳コースは取材する側にとっても難解で、レースの先回りをするエスケープルートに乏しい場合、撮影のチャンスはスタートとゴールだけ、ということもありうる。今日はまさにそんなコースで、スタートを見ずに出発し、真っすぐゴールを目指す他なかった(途中で撮影を試みた知り合いのフォトグラファーはコースインできず、ゴールに辿り着けなかった)。
ドイツ語圏なだけに悪魔おじさん登場 photo:Kei Tsujiイタリアとオーストリアは基本的に山脈によって分け隔てられている。最初の2級山岳モンテクローチェ・カルニコ峠は山並みが少し途切れた地点で、それを乗り越えるとオーストリア。切り立った山肌を、スイッチバックを繰り返しながら登る。勾配は緩やかだが、山自体があまりにも急峻なので、スイッチバックの部分はトンネルに覆われる。
国境の検問所を越えてオーストリアに入る。オーストリアはイタリアと同様EU(ヨーロッパ連合)加盟国なので、両国間の出入国にパスポートの提示は必要ない(非加盟国のスイスとの国境では提示が求められるが多い)。
壮大な風景が広がるゴール地点 photo:Kei Tsuji山脈を横断するようにして2級と3級の山岳を越えると、クライマックスであるグロースグロックナーに向かう登りが始まった。遠くの山には雨雲がかかっていて、遠目にも降雨が確認できる。
グロースグロックナーはオーストリアで最も標高のある山だ。白い山脈の先、天に向かって突き出たピラミッド型の峰が山頂で、標高は富士山よりも少し高い3798m。「ホッホアルペン街道」という山岳道路の有料ゲートをくぐり抜け、整備された幅の広い登坂路を進む。雨と晴れを繰り返す移り気な山の天気に振り回されながら、標高2137mのゴール地点に到着した。
先頭で姿を現したアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード)とホセ・ルハノ(ベネズエラ、アンドローニ・ジョカトリ) photo:Kei Tsujiゴール地点としては今大会最も標高のある場所だ。太陽は暖かく、気温は15度ほど。でも選手の到着に合わせるように雨雲が襲来し、冷たい雨が地面を濡らす。体感温度はグッと下がる。選手たちがゴールする頃、温度計は9度を指していた。
手持ちの無線から流れるラジオコルサが「先頭はルハノとコンタドール。後続とのタイム差は拡大中」と告げると、周りの観客からため息がこぼれた。沿道の観客はオーストリア人とイタリア人が半々。わざわざイタリアから観戦に来ている人も多い。
グロースグロックナーのゴールに向かうロマン・クロイツィゲル(チェコ、アスタナ)ら photo:Kei Tsujiエトナ火山に続いて、スペイン人とベネズエラ人にコテンパンにやられているイタリア人選手の姿に観客は消沈。守りの走りではなく、攻撃に出たコンタドールは、更に総合リードを広げることに成功。総合下位を3分以上引き離すブッチギリの首位を独走中だ。
今日のガゼッタ紙は「今度はイタリア人選手の番だ」という論調でジロを盛り上げようとしていたが、ドロミテ山岳で総合成績を挽回するどころか、逆にコンタドールの強さを目の当たりに結果となった。
渾身の表情でシャンパンを開けるアルベルト・コンタドール(スペイン、サクソバンク・サンガード) photo:Kei Tsujiそのあまりの強さに、ニーバリやスカルポーニといったイタリア人選手たちからは弱音が出始めている。「エトナのステージよりも調子が良くて、今日も我々は攻撃した。でもコンタドールの走りはずば抜けていた(スカルポーニ)」「我々とは踏んでいるギアが違う。彼のアタックをチェックし、追走しようと思ったが、為す術がなかった(ニーバリ)」。
このままコンタドールの独走は続くのか。コンタドールは「今日はかなり苦しんだ」と言うが、その安定感は抜群。「ジロのパドローネ(ジロの親分)」は早くも2度目のマリアローザに王手をかけている?
13分17秒遅れでゴールする別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsujiこの日、23分以上遅れたグルペットがある中、1級山岳カザレクまで集団内で走っていたフミは13分17秒遅れの67位でゴール。ドーピング検査の対象になっていたため、笑顔でゴールラインを切った後、すぐにシャペロン(ドーピング検査の誘導員)に連れられて表彰台の裏に消えていった。
そして、第13ステージ終了から数時間後、翌第14ステージに登場する予定だった1級山岳クロスティスのキャンセルが正式に発表された。グレゴー・ブラウンの記事にもあるように、開幕前からチーム関係者の大反発を受けていたクロスティス。登りの厳しさもさることながら、未舗装の下りが鍵を握る厳しい山岳だ。
1級山岳モンテ・クロスティスを省いた第14ステージ・新コースプロフィール image:RCS Sports今大会の目玉の一つとしてあくまでもクロスティスに執着する主催者RCSスポルトは、下り区間を一部舗装し、危険なコーナーに緩衝材を付けるなどの策を講じた。しかしそれでもチームからの反発は収まらなかった。
チーム監督たちは5月18日にレースディレクターやUCIのスタッフとミーティングし、改めてクロスティスの危険性を訴えた。そしてレース前日になって、UCIのコミッセールはクロスティスをコースから外す決定をした
ちなみに、当初の予定では、クロスティスの道の細さと下りの危険度から、ゴール前のラスト37.2kmはチームカーの乗り入れが禁止され、機材を持ったモーターバイクのみ入場OK。メディア関係者の入場も厳しく制限され、コースに入れるのはRAI(イタリア国営放送)のモトと、プール写真(代表写真)のフォトグラファーモトの2台だけという徹底ぶりだった。
元リクイガスで現アスタナの中野喜文マッサーのツイートによると、クロスティスを希望したのはリクイガスのみ。テクニカルな未舗装ダウンヒルで、ニーバリがリードを奪うのではないかという淡い期待は消えてしまった。
結局、1級山岳クロスティスの中腹にあるテュアリスの街(2級山岳)まで登り、そこからすぐにゾンコランに向かって下るレイアウトに。距離は210kmから190kmに短縮され、スタート時間が50分遅らされた。
このコース変更はコンタドールに味方するのか、それともイタリア人選手たちに味方するのか。クロスティスに話題をもっていかれているが、モンテ・ゾンコランが「ヨーロッパで最も厳しい峠の一つ」と呼ばれる悪峰だということを忘れてはならない。平均勾配11.9%・最大勾配22%・登坂距離10.1kmという激坂の先に、今年も観客が詰めかけたゴールが待っている。
text&photo:Kei Tsuji in Grossglockner, Austria
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フミと話している間、周りのイタリア人はどうやって声をかければいいのか迷いながらこちらを見ている。勇気を振り絞って英語でサインをお願いする人や、構わずイタリア語で「写真撮っていい?」と尋ねる人。もちろんフミは笑顔で答える。
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それは7月4日から11日まで開催されたツアー・オブ・オーストリアの第4ステージでのこと。今回のゴール地点は残雪の関係で標高2137mに留まったが、当時は夏だったこともあり、標高2323mにゴールが置かれた。フミはその日、ステージ優勝したリカルド・リッコ(イタリア)から16分22秒遅れでゴールしている。
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山岳コースは取材する側にとっても難解で、レースの先回りをするエスケープルートに乏しい場合、撮影のチャンスはスタートとゴールだけ、ということもありうる。今日はまさにそんなコースで、スタートを見ずに出発し、真っすぐゴールを目指す他なかった(途中で撮影を試みた知り合いのフォトグラファーはコースインできず、ゴールに辿り着けなかった)。
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国境の検問所を越えてオーストリアに入る。オーストリアはイタリアと同様EU(ヨーロッパ連合)加盟国なので、両国間の出入国にパスポートの提示は必要ない(非加盟国のスイスとの国境では提示が求められるが多い)。
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グロースグロックナーはオーストリアで最も標高のある山だ。白い山脈の先、天に向かって突き出たピラミッド型の峰が山頂で、標高は富士山よりも少し高い3798m。「ホッホアルペン街道」という山岳道路の有料ゲートをくぐり抜け、整備された幅の広い登坂路を進む。雨と晴れを繰り返す移り気な山の天気に振り回されながら、標高2137mのゴール地点に到着した。
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手持ちの無線から流れるラジオコルサが「先頭はルハノとコンタドール。後続とのタイム差は拡大中」と告げると、周りの観客からため息がこぼれた。沿道の観客はオーストリア人とイタリア人が半々。わざわざイタリアから観戦に来ている人も多い。
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今日のガゼッタ紙は「今度はイタリア人選手の番だ」という論調でジロを盛り上げようとしていたが、ドロミテ山岳で総合成績を挽回するどころか、逆にコンタドールの強さを目の当たりに結果となった。
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このままコンタドールの独走は続くのか。コンタドールは「今日はかなり苦しんだ」と言うが、その安定感は抜群。「ジロのパドローネ(ジロの親分)」は早くも2度目のマリアローザに王手をかけている?
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そして、第13ステージ終了から数時間後、翌第14ステージに登場する予定だった1級山岳クロスティスのキャンセルが正式に発表された。グレゴー・ブラウンの記事にもあるように、開幕前からチーム関係者の大反発を受けていたクロスティス。登りの厳しさもさることながら、未舗装の下りが鍵を握る厳しい山岳だ。
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チーム監督たちは5月18日にレースディレクターやUCIのスタッフとミーティングし、改めてクロスティスの危険性を訴えた。そしてレース前日になって、UCIのコミッセールはクロスティスをコースから外す決定をした
ちなみに、当初の予定では、クロスティスの道の細さと下りの危険度から、ゴール前のラスト37.2kmはチームカーの乗り入れが禁止され、機材を持ったモーターバイクのみ入場OK。メディア関係者の入場も厳しく制限され、コースに入れるのはRAI(イタリア国営放送)のモトと、プール写真(代表写真)のフォトグラファーモトの2台だけという徹底ぶりだった。
元リクイガスで現アスタナの中野喜文マッサーのツイートによると、クロスティスを希望したのはリクイガスのみ。テクニカルな未舗装ダウンヒルで、ニーバリがリードを奪うのではないかという淡い期待は消えてしまった。
結局、1級山岳クロスティスの中腹にあるテュアリスの街(2級山岳)まで登り、そこからすぐにゾンコランに向かって下るレイアウトに。距離は210kmから190kmに短縮され、スタート時間が50分遅らされた。
このコース変更はコンタドールに味方するのか、それともイタリア人選手たちに味方するのか。クロスティスに話題をもっていかれているが、モンテ・ゾンコランが「ヨーロッパで最も厳しい峠の一つ」と呼ばれる悪峰だということを忘れてはならない。平均勾配11.9%・最大勾配22%・登坂距離10.1kmという激坂の先に、今年も観客が詰めかけたゴールが待っている。
text&photo:Kei Tsuji in Grossglockner, Austria
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