2010/10/02(土) - 11:35
ラスト700m地点の最終コーナーを4番手で抜けたマイケル・マシューズ(オーストラリア)。大型スクリーンを食い入るように見つめる観客たちは、マシューズの鮮烈なスプリントに酔いしれた。日本人選手3名の様子を含め、現地ジーロングから辻啓がお伝えする。
レース序盤を沸かせた3人のキング
緊張した表情の122名の選手たちがスタート。するとすぐにファーストアタックの情報が入ってきた。単独逃げを試みたのはベンジャミン・キング(アメリカ)。独走を開始したキングに対し、同姓同名のベンジャミン・キング(オーストラリア)が追走するという前代未聞の(?)展開が待っていた。
逃げるベンジャミン・キングを追うベンジャミン・キング。しかし先頭のキングは全米選手権のロードレースでも逃げを打ち、長距離の独走の末に逃げ切り勝利を飾ったという強者。トレック・リブストロングU23チーム所属で、来季レディオシャックへの移籍が決まっている選手だ。
追走するキングは、アメリカのキングと同じ21歳で、同じトレック・リブストロングU23チーム所属。しかも身長と体重がほぼ一緒という偶然(さすがに誕生日は違う)。
すると、もう一人のキングが動いた。今度は香港チームのチェン・キンル(CHEUNG King Lok)。香港のキングはオーストラリアのキングに合流し、アメリカのキングを追う。その事実に気付いた観客は「打ち合わせしていたんだろ〜〜〜!」と笑いながら声援を送っていた。
観客を大いに沸かせたマシューズ
“スリーキングス”が吸収されると、いよいよゴールに向けての動きが始まった。アタックを仕掛けて揺さぶりをかけるイタリアやフランス。特にイタリアはエリート男子の実戦演習かと思うほど、積極的に選手を前方に送り込んだ。
そんな優勝経験豊富な強豪国を相手に、地元オーストラリアチームは集団を率いて応戦。逃げを全て封じ込めた45名の集団が、一塊で最終コーナーに姿を現した。
ゴール写真は知り合いのフォトグラファーに任せ、最終周回の上りでのアタック合戦を撮影しようと心に決めていた。しかしレース通過後にフォトグラファー収容用のプレスカーが回って来ないと言うので、仕方なくゴール700m手前の最終コーナーへ向かう。
前日の個人タイムトライアルで最終走者カンチェラーラをプレスカーで追いながらゴールに向かったのと同じように、諦めずに完走を目指して単独で最後尾を走る内間康平(鹿屋体育大学)を追いかけながら最終コーナーへ。内間が最終コーナーを通り抜けた僅か数分後、もうメイン集団がやってきた。
先頭はイタリア人2名が牽き、その後ろにタイラー・フィニー(アメリカ)、その後ろに、オーストラリアのナショナルカラーである黄色と緑色のサングラスをかけた低い体勢のマシューズ。
来季チームHTC・コロンビアへの移籍が決まっているジョン・デーゲンコルブ(ドイツ)が好位置でスプリントを開始したものの、上り基調のストレートで伸びない。スルスルとデーゲンコルブを交わしたマシューズが満面の笑み&ガッツポーズでゴールした。
マシューズのガッツポーズを大型スクリーンで見つめていた観客たちは、一斉に両手を挙げて狂喜乱舞。U23個人タイムトライアルでフィニーに1.9秒届かず悔しい思いをしたオージーたちが、老若男女問わずマシューズの勝利に酔いしれた。
マシューズは今年のTOJ(ツアー・オブ・ジャパン)の堺ステージ(個人TT)を制しているので、日本人にもお馴染みだ。決して上りが得意そうとは言えない筋肉質なスプリンターだが、TOJの富士山ステージではクライマーを抑えて4位。若手の登竜門として知られるツール・ド・ラヴニールでは総合8位に入っている。
まだ20歳。オーストラリアは確実に若手が育っている。昨年U23個人TTを制したジャック・ボブリッジしかり、今年個人TT2位のルーク・ダーブリッジしかり。近い将来、ヨーロッパの強豪国を食うサイクリング大国に伸し上がるかも知れない。その可能性は高いと思う。
最終コーナーで撮影後、早足で興奮に包まれたゴールに向かう。ちょうど表彰式が始まったのでスタンバイ。すると「最新鋭の機器を駆使しても決着が付きませんでした!」という今まで聞いたことの無いアナウンスの後、4名が表彰台に上がった。
ギョーム・ボワヴァン(カナダ)とフィニーが3位のポジションに肩を寄せ合って登壇。仲良く一緒に銅メダルを受け取った。レース前半のキングの逃げも前代未聞だったが、この2人銅メダルも前代未聞。UCIの担当者曰く、明日にでももう一つ銅メダルを用意して2人に渡すのだそうだ。
急勾配の上りに苦しんだ日本チーム
日本から参戦した平塚吉光(シマノレーシング)、小森亮平(ヴァンデU)、内間康平(鹿屋体育大学)の3名は最後尾からのスタート。3人とも前日から気丈に振る舞っていたが、時折見せる表情が緊張を感じさせる。
2周目は平塚が、3周目は内間が集団先頭で上りをクリア。内間は軽々としたペダリングで上りをこなしている。平塚は一定ペースで淡々と上りをこなしている。小森は常に集団後方に位置し、落ち着いて上りをこなしている。
しかし、5〜6周目から始まった集団ペースアップに対応出来たのは平塚だけだった。近年クライマーとして頭角を現している平塚が集団に食らいつく。「風が苦手なんです」と開幕前から心配していた平塚だったが、この日は幸い風が弱め。小柄で軽量な平塚にとっては朗報だった。
結局平塚は最終周回の1つ目の上りで集団から脱落し、数名でグループを形成して2分40秒遅れの70位でゴール。小森と内間は何とか9周目を終えたものの、最終周回に入れずタイムアウト。途中リタイアに終わった。
「上り勾配がキツかった。上りは得意ですけど、今回は距離が短かったので、パワーで押し切るような選手向き。パワーとスピードが足りませんでした」。唯一完走した平塚はレース後にそう語る。「もっと上の結果を目指して走っていたので『完走』という意味では70位であろうが何位であろうが特に変わらないと思っています」。自分の走りを真摯に受け止めながら小さく安堵の表情を浮かべていた。
エキップアサダの特別強化選手としてフランスのヴァンデUに所属し、フランスレースで経験を積む小森は「言い訳したくない」と悔しさを滲ませながら「脚は残っていましたが、カラダの調子が思うように上がり切らなかった感じ。最高のコンディションでは無かったので、消化不良感がある」と語る。
1ヶ月前の全日本大学対抗選手権(インカレ)で勝利し、ツール・ド・北海道のU23総合優勝に輝いた内間は、初出場の世界選手権で位置取りに苦しめられた。「やはりトップ選手は体格が良くてパワフルで、あとコーナリングの突っ込み方も違う。最初は少しビビってましたが、走っているうちに徐々に慣れました。カラダがぶつかり合う激しい位置取りを経験して、そんな中で集団前方で走り続けたことは今後の自信に繋がります」。
3人ともこれがU23最後の世界選手権。今後に向けての課題や改善点、手応えをそれぞれ感じた様子だ。1983〜84年生まれの別府・土井・新城に続くネクストジェネレーションとして、この世界選手権を糧にステップアップし、世界に出て活躍してほしいと強く願う。
text&photo:Kei Tsuji in Geelong, Australia
レース序盤を沸かせた3人のキング
緊張した表情の122名の選手たちがスタート。するとすぐにファーストアタックの情報が入ってきた。単独逃げを試みたのはベンジャミン・キング(アメリカ)。独走を開始したキングに対し、同姓同名のベンジャミン・キング(オーストラリア)が追走するという前代未聞の(?)展開が待っていた。
逃げるベンジャミン・キングを追うベンジャミン・キング。しかし先頭のキングは全米選手権のロードレースでも逃げを打ち、長距離の独走の末に逃げ切り勝利を飾ったという強者。トレック・リブストロングU23チーム所属で、来季レディオシャックへの移籍が決まっている選手だ。
追走するキングは、アメリカのキングと同じ21歳で、同じトレック・リブストロングU23チーム所属。しかも身長と体重がほぼ一緒という偶然(さすがに誕生日は違う)。
すると、もう一人のキングが動いた。今度は香港チームのチェン・キンル(CHEUNG King Lok)。香港のキングはオーストラリアのキングに合流し、アメリカのキングを追う。その事実に気付いた観客は「打ち合わせしていたんだろ〜〜〜!」と笑いながら声援を送っていた。
観客を大いに沸かせたマシューズ
“スリーキングス”が吸収されると、いよいよゴールに向けての動きが始まった。アタックを仕掛けて揺さぶりをかけるイタリアやフランス。特にイタリアはエリート男子の実戦演習かと思うほど、積極的に選手を前方に送り込んだ。
そんな優勝経験豊富な強豪国を相手に、地元オーストラリアチームは集団を率いて応戦。逃げを全て封じ込めた45名の集団が、一塊で最終コーナーに姿を現した。
ゴール写真は知り合いのフォトグラファーに任せ、最終周回の上りでのアタック合戦を撮影しようと心に決めていた。しかしレース通過後にフォトグラファー収容用のプレスカーが回って来ないと言うので、仕方なくゴール700m手前の最終コーナーへ向かう。
前日の個人タイムトライアルで最終走者カンチェラーラをプレスカーで追いながらゴールに向かったのと同じように、諦めずに完走を目指して単独で最後尾を走る内間康平(鹿屋体育大学)を追いかけながら最終コーナーへ。内間が最終コーナーを通り抜けた僅か数分後、もうメイン集団がやってきた。
先頭はイタリア人2名が牽き、その後ろにタイラー・フィニー(アメリカ)、その後ろに、オーストラリアのナショナルカラーである黄色と緑色のサングラスをかけた低い体勢のマシューズ。
来季チームHTC・コロンビアへの移籍が決まっているジョン・デーゲンコルブ(ドイツ)が好位置でスプリントを開始したものの、上り基調のストレートで伸びない。スルスルとデーゲンコルブを交わしたマシューズが満面の笑み&ガッツポーズでゴールした。
マシューズのガッツポーズを大型スクリーンで見つめていた観客たちは、一斉に両手を挙げて狂喜乱舞。U23個人タイムトライアルでフィニーに1.9秒届かず悔しい思いをしたオージーたちが、老若男女問わずマシューズの勝利に酔いしれた。
マシューズは今年のTOJ(ツアー・オブ・ジャパン)の堺ステージ(個人TT)を制しているので、日本人にもお馴染みだ。決して上りが得意そうとは言えない筋肉質なスプリンターだが、TOJの富士山ステージではクライマーを抑えて4位。若手の登竜門として知られるツール・ド・ラヴニールでは総合8位に入っている。
まだ20歳。オーストラリアは確実に若手が育っている。昨年U23個人TTを制したジャック・ボブリッジしかり、今年個人TT2位のルーク・ダーブリッジしかり。近い将来、ヨーロッパの強豪国を食うサイクリング大国に伸し上がるかも知れない。その可能性は高いと思う。
最終コーナーで撮影後、早足で興奮に包まれたゴールに向かう。ちょうど表彰式が始まったのでスタンバイ。すると「最新鋭の機器を駆使しても決着が付きませんでした!」という今まで聞いたことの無いアナウンスの後、4名が表彰台に上がった。
ギョーム・ボワヴァン(カナダ)とフィニーが3位のポジションに肩を寄せ合って登壇。仲良く一緒に銅メダルを受け取った。レース前半のキングの逃げも前代未聞だったが、この2人銅メダルも前代未聞。UCIの担当者曰く、明日にでももう一つ銅メダルを用意して2人に渡すのだそうだ。
急勾配の上りに苦しんだ日本チーム
日本から参戦した平塚吉光(シマノレーシング)、小森亮平(ヴァンデU)、内間康平(鹿屋体育大学)の3名は最後尾からのスタート。3人とも前日から気丈に振る舞っていたが、時折見せる表情が緊張を感じさせる。
2周目は平塚が、3周目は内間が集団先頭で上りをクリア。内間は軽々としたペダリングで上りをこなしている。平塚は一定ペースで淡々と上りをこなしている。小森は常に集団後方に位置し、落ち着いて上りをこなしている。
しかし、5〜6周目から始まった集団ペースアップに対応出来たのは平塚だけだった。近年クライマーとして頭角を現している平塚が集団に食らいつく。「風が苦手なんです」と開幕前から心配していた平塚だったが、この日は幸い風が弱め。小柄で軽量な平塚にとっては朗報だった。
結局平塚は最終周回の1つ目の上りで集団から脱落し、数名でグループを形成して2分40秒遅れの70位でゴール。小森と内間は何とか9周目を終えたものの、最終周回に入れずタイムアウト。途中リタイアに終わった。
「上り勾配がキツかった。上りは得意ですけど、今回は距離が短かったので、パワーで押し切るような選手向き。パワーとスピードが足りませんでした」。唯一完走した平塚はレース後にそう語る。「もっと上の結果を目指して走っていたので『完走』という意味では70位であろうが何位であろうが特に変わらないと思っています」。自分の走りを真摯に受け止めながら小さく安堵の表情を浮かべていた。
エキップアサダの特別強化選手としてフランスのヴァンデUに所属し、フランスレースで経験を積む小森は「言い訳したくない」と悔しさを滲ませながら「脚は残っていましたが、カラダの調子が思うように上がり切らなかった感じ。最高のコンディションでは無かったので、消化不良感がある」と語る。
1ヶ月前の全日本大学対抗選手権(インカレ)で勝利し、ツール・ド・北海道のU23総合優勝に輝いた内間は、初出場の世界選手権で位置取りに苦しめられた。「やはりトップ選手は体格が良くてパワフルで、あとコーナリングの突っ込み方も違う。最初は少しビビってましたが、走っているうちに徐々に慣れました。カラダがぶつかり合う激しい位置取りを経験して、そんな中で集団前方で走り続けたことは今後の自信に繋がります」。
3人ともこれがU23最後の世界選手権。今後に向けての課題や改善点、手応えをそれぞれ感じた様子だ。1983〜84年生まれの別府・土井・新城に続くネクストジェネレーションとして、この世界選手権を糧にステップアップし、世界に出て活躍してほしいと強く願う。
text&photo:Kei Tsuji in Geelong, Australia
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