ボルタ・ア・カタルーニャ開幕前日の3月22日、ナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター)が今季限りでの現役引退を発表した。ラストレースは8月22日に開幕するブエルタ・ア・エスパーニャとなる。



現役引退を発表したナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター) photo:Movistar Team

キンタナが引退を発表したのは、スペイン・バルセロナで開かれた記者会見の場。約30分に及ぶ会見でキンタナは、15年にわたるプロ生活を振り返りながら、引退後のキャリアなどについて語った。

「(コロンビアの)ボヤカ県の山々の中で育ち(中略)そして2012年、すべてを変えるチャンスがやってきた。モビスターが僕を信じてくれたのだ。それは単なるチームへの加入ではなく、自分がかつて想像したよりもはるかに大きな夢の始まりだった」とキンタナは振り返った。

キンタナは2011年に、エステバン・チャベス(コロンビア)などを輩出したコロンビアのプロチーム、コロンビア・エス・パシオン・カフェ・デ・コロンビアでプロデビュー。そのシーズン序盤のボルタ・ア・カタルーニャでいきなり山岳賞を獲得し、翌年モビスターに移籍した。そして加入初年からクリテリウム・デュ・ドーフィネでワールドツアー初勝利を飾ると、急勾配でお馴染みのジロ・デッレミリアでも勝利し、次世代のクライマーとして名を挙げた。

2013年ツールで総合2位に入ったキンタナ (c)Makoto.AYANO

2014年ジロ・デ・イタリアで総合優勝したキンタナ photo:Kei Tsuji

その名が世界に知れ渡ったのは、第20ステージを制し、総合2位に入った2013年のツール・ド・フランス。続く2014年はジロ・デ・イタリアで総合優勝し、2015年もツールで総合2位、そして2016年はブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝と、総合エースとして絶対的な地位を確立。個人タイムトライアルでのタイムロスを、小柄な体格を活かした積極的な山岳で取り返す、典型的なクライマーらしい走りで活躍した。

2020年にアルケア・サムシックへ移籍して以降は、グランツールでの活躍に陰りが見えたものの、2022年ツール・ド・フランスでは総合6位でフィニッシュし、復活の兆しを見せた。しかし、同大会後の検査でオピオイド系の鎮痛剤の1つであるトラマドール、およびその2つの主要代謝物が検出。WADA(世界アンチドーピング機構)が定める禁止薬物には該当しないものの、その副作用からUCIが2019年より禁止している物質であるため、同大会の成績は剥奪された。

2016年ブエルタで自身初のマイヨロホを手に入れたキンタナ photo:CorVos

本人は意図的な使用を否定し、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に異議申し立てを行ったものの、CASは「(UCIが示す)証拠は十分」として訴えを棄却。アルケア・サムシックを退団し、2023年は無所属のまま1年を終えた。そして2024年にモビスターへの電撃復帰を果たし、総合エースではないものの、山岳アシストや逃げでチームに貢献した。

引退レースが8月22日に開幕するブエルタとなるキンタナ。引退後については、「企業を立ち上げ、新たな機会を生み出し、競技スポーツだけでなくレクリエーションとしてのスポーツも支え、そして自転車競技から与えてもらったすべてを、人々や若者たちに返していきたい」と語り、今後も自転車競技に関わっていく意向を示した。


text:Sotaro.Arakawa
photo:CorVos