競輪選手養成所129・130回生卒業記念レースの2日目、以前の特集では時間の関係で機会を逃した、3回連続ゴールデンキャップを獲得した男子候補生3名に話を聞くことが出来た。長川達哉(埼玉)、吉川敬介(東京)、伊藤京介(三重)――各々のここに至る経緯や今後の目標などを尋ねた。



長川達哉候補生(埼玉)

EQADSで走り、フランスでの優勝記録もある長川達哉候補生(埼玉)。卒業記念レース2日目の選抜で1着を取った photo: Yuichiro Hosoda

――かつてEQADSで走り、その時にヨーロッパでも優勝(2022年、GP・ブルトヌー・コルナック)を経験していますが、そこから競輪選手になろうと思った経緯を教えてください。

ヨーロッパへ行く前に、U23が終わる時に向こうでプロになれなかったら競輪の道に行こうと、自分の中で決めていました。

ヨーロッパ1年目は優勝も出来たんですけど、2年目の時に挫折と言うか、向こうのチームに加入して全然成績が残らない中、一人でヨーロッパ生活をしていてメンタル面でもやられてしまっていて。その時、自分は日本で競輪選手を目指して、しっかりお金を稼いで、しっかり生活を立てられるような選手になろうと思い、競輪を目指すきっかけになりました。

2022年、GP・ブルトヌー・コルナックに勝利した長川達哉(EQADS) (c)Cyclisme Japon

――高校時代は、大宮競輪場のGIII開催時に行われた高校生の選抜レースでも優勝していますね。

元々は埼玉の高校(叡明高校)で自転車競技部だったんですけど、その時に太田真一さん(埼玉、75期)や飯田威文さん(埼玉、67期)が高校の指導員をされていて、「競輪に来たらどうだ」と言う風にはお話をもらっていたので、その時から少し考えていたと言うのもあります。

師匠は83期の山信田学選手(埼玉)です。そのグループが凄い選手(森田優弥、森田一郎、山口多聞等)ばかりで、師匠や兄弟子から「養成所生活頑張って来い」と言う声がけと、どうやったら強くなれるかと言った気持ち的なところも指導頂いていました。技術的なところでもアドバイスをもらったりしています。

――養成所で成長出来た部分は、どう言った点でしょうか。

自分はHPD教場に入って、ナショナルチームの選手と一緒に練習することが多かったんですけど、その中でダッシュ力が身についたりですとか、あと気持ちの面、ナショナルチームの選手はもがく本数が少ないので、1本1本出し切るための、そこへの集中力はこの10ヶ月間でしっかり学べたかなと思います。

これから競輪選手になるにあたり、しっかりまずデビュー戦を勝って、そこからS級に早く上がって、行く行くはGIで活躍出来、その後はグランプリに出場出来るような選手になりたいと思います。



吉川敬介候補生(東京)

吉川敬介候補生(東京)。日本大学時代、インカレで2023年にチームパシュート優勝、2024年に1kmTT、チームスプリントで優勝するなど、成績を残した photo: Yuichiro Hosoda

――大学生の頃からトラック競技で結果を出していましたが、その頃すでに競輪選手を志していたんでしょうか。

そうですね。大学へ進学する時くらいから考えていて、卒業する頃にはより具体的になりました。誰かから勧められたと言うよりは自分から競輪選手になりたいと思い、この道に進みました。

師匠は、東京の92期の西村行貴選手です。学生時代は大学で練習していたので、一緒に練習したのは数回しかないのですが、色々と心構えや機材のことを伺ったりしています。(競技のカーボンから鉄のフレームになっての変化は)あまり自分は気にせず、鉄は鉄、カーボンはカーボンでそれぞれ分けられている感じです。

インカレ2024、1kmTTで優勝した吉川敬介(日本大学) photo:Satoru Kato

――養成所生活を送りながら感じた課題や、今後に向けての目標などを教えてください。

全体的に、まだまだ脚力も戦術もメンタルも磨く必要があると思っています。良かった点としては、養成所に入って競輪やその他も含めて色々と学べたところです。デビューしたら関東地区を代表するような先行選手になって、S級の舞台で活躍したいと思います。将来的にはGIを獲ってグランプリに出場し、優勝したいです。



伊藤京介候補生(三重)

伊藤京介候補生(三重)。ジュニア時代、全日本トラック2021で1kmTTとスプリントで日本記録更新。日大でインカレのスプリント(2022)やチームスプリント(2023)等でも優勝している photo: Yuichiro Hosoda

――はじめに、競輪選手を目指したのはいつ頃からでしょうか。

最初は高校を卒業した時に、養成所を受験しようと思ったんですけど、丁度コロナウィルスが流行った時で、鉄フレームの供給体制が悪く、納期が遅れてしまったりだとかトラブルが起きてしまっていたので、僕自身、遠回りしてでも別の進路でしっかりと養成所に受かるように人生計画を立てて行きたいなと思って。

――「より強くなろう」と言うのもあって、でしょうか。

そうですね。高校時代のままでは、今のこのようなコンディションで卒業記念レースも戦えていないと思うので、少し遠回りしたおかげなのかなと思います。

2022年インカレ、男子スプリントで優勝した伊藤京介(日本大学) photo:Satoru Kato

――お兄さんや妹さん(師匠の伊藤裕貴(100期)、伊藤稔真(111期)、伊藤優里(126期))と言った、先に競輪選手になったきょうだいの方々からアドバイスなどを頂いたりはしましたか。

タイムに関しては僕の方が兄より少し秀でている部分もあるんですけど、やはりレースの経験値は実戦をたくさん積んでいる兄の方が豊富に持っているので、レースの組み立て方だとかそういう部分は、本当に兄の教えがあってここまで来れたんじゃないかと思っています。

――養成所へ入った後の成長や課題についてはいかがですか。記録会のタイムを見ると、1kmTTを毎回1秒ほど更新しながら3回のゴールデンキャップを獲っています。

僕自身は1kmTTに拘りを持っていなかったんですけど、最強の自治会長(沢田桂太郎候補生)がどんどん凄いタイムを出していってるので、それに負けじと対抗していった結果、1秒ずつ更新して行けたんじゃないかと思います。

課題はレースを走る前、恥ずかしながら極度に緊張してしまうところで、さっき(準決勝)も脚がプルプル震えるくらい緊張していたんですけど、神山所長や多くの先生方がアドバイスをしっかりして下さったおかげで、レース前の緊張もうまくコントロール出来るようになったと思います。

まずはデビューしてからしっかりと18連勝を決めて、当面はヤンググランプリ優勝することを目標に頑張りたいと思います。



129・130回生でゴールデンキャップを3回獲得した選手候補生は他に沢田桂太郎(大分)と小原乃亜(岩手)がおり、以前の競輪選手養成所の特集でインタビューを行っている。こちらもぜひご一読頂ければ幸いだ。

text&photo: Yuichiro Hosoda
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