加賀温泉を舞台に開催されてきた「温泉ライダーin加賀温泉郷」。惜しまれつつも最終回を迎えることとなったが、今年は大会前日に震災復興ライドも行われ、地域の魅力を再発見する機会に。ゲストとして参加した絹代さんのレポートをお届けしよう。

古民家を改造したサイクルステーション「古民家まれびと」 (c)古民家まれびと
能登半島地震から1年6ヶ月が経ったが、震災後被災者の受け入れを行っていた加賀温泉には、まだ影響が残り、完全ににぎわいは戻っていないという。自転車と温泉、加賀グルメを楽しむ「温泉ライダーin加賀温泉郷」も今年は開催が実現したが、残念なことに、最終回を迎えることになった。この土地でなにかできないかと話し合い、大会前日に震災復興ライドが開催された。
加賀市は、1903年(明治36年)に国産初の自転車用の木造リムを開発した日本の自転車産業発祥の地。古民家をリノベーションし、サイクリングガイドツアーやレンタサイクルを行うサイクルステーション「古民家まれびと」も稼働しており、美しい里山が広がり、風情ある温泉地も点在していて、自転車で楽しめる環境は整っている。

なつかしさに満ちた空間が広がる (c)古民家まれびと
この日は、まずはこの環境や施設を知って、地域のグルメを楽しんでいただこうと、加賀市を周遊する50km程度のコースを用意し、20名を定員として参加者を募った。
大会当日は天気がすぐれず、「古民家まれびと」など少し離れたスポットを割愛し、立ち寄りポイントでは飲食せず、フードをサポートカーで持ち帰る、距離も時間もコンパクトな形にして実行することになった。

雨が小降りになったところでスタート! (c)古民家まれびと
当日の集合場所は大会2日目の「柴山エンデューロ」のメイン会場となってきたホテルアローレ。天然温泉だけでなく、プールやパターゴルフも楽しめるリゾートホテルだ。
参加者にコース変更を告げ、朝10時にスタート。この日は「まれびと」の稲手さんがガイドを務め、先導してくれた。

新堀川を渡る。普段だと美しい眺望が楽しめる、らしい photo:kinuyo
柴山潟から海に流れる新堀川を渡る橋でいったんストップ。美しい眺望が楽しめるのに加え、「首洗池」という小さな池にまつわる言い伝えがあるという。木曽義仲と平家軍が戦った際に、平家の大将が討ち取られ、その首を洗ったところ、それは年齢を悟られないよう白髪を黒く染めていた斎藤実盛だったことがわかり、幼い頃実盛に命を救われた義仲は泣き崩れたという。話を聞いて、一同は少ししんみり。
手塚山公園の古戦場では、実盛が日本で初めて白髪染めをした存在というつながりから、髪染めのトップブランド ホーユー株式会社が支援し、スマホを使った斎藤実盛のARの3D映像エンターティンメントが楽しめるようになっているそうだ。次の機会に体験しに行ってみよう。

赤ドットの看板を見ると、なんとなく気分が高揚するのは自転車乗りだけなのだろうか photo:kinuyo
ここから少し自転車を走らせて、最初の立ち寄りに到着。ベーカリー「ブラン・ア・ポワ・ルージュ」だ。ツール・ド・フランスの山岳賞ジャージで有名なフランス語で“白地に赤ドット”という意味の店名で、掲げられたフラッグも同じモチーフ。自転車とご縁がありそうな店舗だ。
店内を窓からのぞいてみると、菓子パンからハード系、調理パンまでおいしそうなパンがぎっしりと並んでいる。ここの商品のふるまいは配られるが、買い物もOKということで、中に入り、数点セレクトさせてもらうことにした。

店内には焼きたてのパンが並ぶ photo:kinuyo

調理パンは料理の一皿のよう! photo:kinuyo 
ここでのふるまいはサポートカーに積んでもらい、ゴール後にいただくことになった photo:kinuyo
ドアを開け、足を踏み入れると、店内はパンのいい香りで満ちていた。調理パンやデザートパンを取り混ぜながら選びつつ、店の由来について尋ねてみると、やはりご主人が自転車好きで、この店名になったということ。調理パンはまるでレストランの料理のような仕上がりだ。パン生地もパンに応じて変えられているようで、本当に心を込めて作られていることを感じた。白地に赤ドットの袋に買ったパンを入れてもらって、店舗を後にした。
加賀温泉郷には、主に山代温泉、山中温泉、片山津温泉の3つの温泉があり、今回は片山津温泉のアローレからスタートし、残り二つの温泉地をめぐり、加賀温泉郷を楽しむ計画になっている。

山代温泉エリアにたどり着き、ルートの確認 photo:kinuyo

足元にはひらがなプレートが埋め込まれている。これには実は深い謂れが関係していて…… photo:kinuyo
一行は続いて山代温泉エリアに差し掛かった。九谷広場でルート確認とお手洗い休憩。路面パネルにひらがなのプレートがはめ込まれているのを見つけ、稲手さんに「これは?」と質問。
すると、山代温泉は明覚上人が「五十音」を生み出した「あいうえお発祥の地」だとか!考えてみれば、昔は「いろはにほへと」だったはずで、母音のAIUEOに合わせて並べた人が存在したはずだ。足元に散りばめられたひらがな五十音のプレートはかわいらしく、どんなことでも、始めた方がいるものなんだと、新たな視点を得た気分になった。

九谷焼の工房前でストップ。風情のある街並みが並ぶ photo:kinuyo

鮮やかな色付けが施された九谷焼 photo:kinuyo 
趣ある古総湯を眺める photo:kinuyo
続いて、山代温泉の古総湯(総湯とは共同浴場のこと)へ向かった。路面には新しいタイルが敷かれており、感じの良い木造の建物が並んでいる。由緒ある建物が、センスよくレトロモダンな街並みを作り出していて、どこか懐かしく、居心地のいい空間が広がっていた。少し走っただけで、この土地ならではの空気感の中に入り込めるのは、価値があるなと感じる。
天気も心配なので、九谷焼の工房はガラス越しにのぞき見。九谷五彩と呼ばれる鮮やかな5色があしらわれた焼き物は上品で高級感がある。あえて多色の色付けがされるという九谷焼は華やかで眺めているだけでも楽しかった。

「あやとり橋」に到着。紫かかった色味にも、不思議な形状にもこだわりを感じる photo:kinuyo

様々な店舗が並ぶ山中温泉エリアを抜ける photo:kinuyo 
道路脇の不思議な下り坂に差し掛かる photo:kinuyo
さて、ここからはまた自転車を走らせて加賀の旅。30分ほどで、今度は山中温泉のエリアに到着した。まず足を運んだのは鶴仙渓を見晴らす不思議な形状の橋。草月流家元の勅使河原宏さんが「鶴仙渓を活ける」というコンセプトでデザインし、橋の両岸を手に見立て「あやとり」で編むようにかかる橋として、「あやとり橋」と名付けられたそうだ。
夜間はライトアップされる人気観光スポットで、竣工式には女優尾宮沢りえさんも駆け付けたのだとか。紅紫色という中間的な色味も独特で、景観に馴染みながらも、印象に残るスポットだった。

総ひのき造りの「こおろぎ橋」へ photo:kinuyo
ここからは少し冒険を。山中温泉の二つ目の橋に向かった。観光地的な街並みを抜けて、道の脇から木々に囲まれた細い下りに差し掛かる。路面に十分気をつけるようアナウンスがあり、慎重に下っていくと、小さな風情ある宿があり、その斜め向かいに、大聖寺川にかかる小ぶりの橋があった。
これが「こおろぎ橋」だ。総ひのき造りで、どこか神殿を思わせる神々しさも感じる。名前の由来は秋の虫「こおろぎ」とも、行く道が険しかったゆえに「行路危」とされたとも言われているそうだ。橋の上から、先ほどと視点の異なる鶴仙渓を眺める。新緑がとても美しかった。

山中温泉の総湯「菊の湯」 photo:kinuyo
押し歩きで先ほどの道を上り、山中温泉の中心へ向かう。つい立ち寄りたくなる店舗が並ぶ観光地らしい街並みが続いている。
1300年の歴史があると言われる山中温泉の総湯は「菊の湯」と呼ばれ、女湯と男湯が別棟で隣接している。例年はこの間の広場が大会1日目の「立杉ヒルクライム」のメイン会場になっていた。山中温泉の観光拠点としても機能している。

天井には蒔絵が施されている photo:kinuyo
緑の瓦が印象的な「菊の湯」の女湯には劇場「山中座」も併設されており、週末には伝統芸能を楽しめるそうだ。建物の中では、土産などが販売されているが、蒔絵が施された格天井や、格子戸風の壁面など、歴史や文化を感じられるしつらえになっており、一見の価値あり!
山中温泉はその情緒も魅力だが、なんといっても「山中温泉アイスストリート」が最大の楽しみどころ。なんと56もの温泉街の店舗が、オリジナルのアイスを提供しているのだ。

山中温泉アイスストリートのアイスたち。どれが好み?
美肌の湯と呼ばれる山中温泉の湯から作った「菊の湯アイスキャンディー」を菊の湯が、金箔を丸々一枚施した「金箔アイス」をうるし座が販売し、他にも肉屋の「フライドアイス」、大正時代から継ぎ足しているというタレを使った料亭の「うなぎのタレアイス」など、バラエティー豊かなラインナップが揃っている。
参加者はマップを渡され、20分ほどの自由時間で、それぞれが気になっているアイスをアタックすることになった。バタバタと散策時間スタート!あちこちの店舗をのぞいて見たが、どれも気になって、決められない!

悩みに悩んで、娘娘ソフトをセレクト。饅頭を壊し、ソフトクリームに混ぜながらいただく photo:kinuyo
地図を片手に右往左往して、結局はテッパン的においしい「娘娘饅頭ソフト」へ。地元で有名な、こしあんの詰まった「娘娘饅頭」が乗ったソフトクリームで、饅頭を崩してソフトクリームに混ぜながらいただく。ほどよい甘味と上品な小豆の風味がしみる。なんてうまいんだ。しばし至福の時を味わった。
広場に戻って、菊の湯で名物の温泉たまご「温泉(ゆせん)たまご」をお土産購入。サポートカーに積んでもらい、散策終了となった。参加者の皆さんもそれぞれのアイスを楽しんだ様子だった。

すっかり道路も乾き、田園風景の中を気持ちよく走り抜ける photo:kinuyo
路面は乾いており、最後は気持ちよく里山風景の間を走った。交通量がさほど多くなくて、非常に走りやすい。午後から天候悪化の予報になっており、予定通りサイクルステーションへの立ち寄りは断念し、ショートカットでゴールを目指す。
ゴールまでの残りが見えてきた安心もあり、打越の茶畑で軽くストップすることになった。国内のお茶栽培の北限に近い位置にあるが、江戸時代から守られてきた由緒あるお茶のようだ。加賀のお茶と言えば、加賀棒茶だけれど、棒茶はこの茎の部分を集めて煎じて作られたもので、この打越の加賀棒茶も人気が高い。

うちこしの茶畑でストップ。石川でお茶が栽培されているなんて知らなかった! photo:kinuyo
北陸新幹線が走り抜ける姿も望める位置にあり、江戸からこの畑は加賀の発展を眺めてきたのだろうかと感慨深い思いになった。
ここからはゴールを目指す予定で再スタートしたが、信号待ちで止まった際、稲手さんが「牛乳好きな方いらっしゃいます?」と全員に声をかけた。半分以上が挙手するのを見て、悩む稲手さん。当初立ち寄り予定だった小さな牧場をどうするか迷っていると言う。

緑豊かな自然の中に入っていくと牧場の小さな販売所が! photo:kinuyo
牧場ではジェラートやヨーグルト、牛乳が飲めると聞いて、一同は完全に立ち寄りモードに切り替わり、稲手さんは参加者に背中を押されるように牧場を目指すことになった。
地元でなければ気付けなさそうな細い路地を入り、自転車を停め、歩いていくと、かわいらしい木造りの建物が現れた。これだ!店内に移動し、いそいそと列に並んだ。しぼりたての牛乳を使い、自身の工房で作っているというジェラート、ショーケースにならぶ可愛らしいヨーグルトベースのチーズケーキ、ぽってりとしたソフトクリーム。どれもおいしそう!一同は全力で悩んだ。

ひと目見て、どうしても食べたくなってしまったソフトクリーム。レギュラーに20円プラスでラージサイズに! photo:kinuyo
私自身は、ソフトクリームのルックスに惹かれ、ラージサイズをオーダー。受け取ったソフトクリームはとても愛らしく、かつ納得の大きさだった。お店の外に出て、木製のテラスに陣取り、さっそく一口。ミルクの味がしっかりと生きていて、コクはあるが、甘さはかなり控えられており、しつこくなくて、飲めるおいしさ。「この立ち寄りは大正解だった」と盛り上がる一同。勇気を出して、寄ってよかった!自由に飼われている牛さんたちにおいしいミルクのお礼を告げて、再スタート。ラスト5kmあまり。
アローレに向けて自転車を走らせるが、雲行きが怪しい。ソフトクリームで再補給されたパワーを生かし、まとまってゴールを目指す。
アローレがしっかりと視界に入ってきた頃、大粒の雨が降り出した。敷地内に飛び込み、全員がテントに避難したところで、雨は一気に音を上げて大雨に変わった。なんと最高のタイミング!神さま、走らせてくれてありがとうございます!

名物の草だんご photo:kinuyo

加賀温泉のお土産のテッパン温泉(ゆせん)たまご。温泉ごとに味が違うらしい photo:kinuyo
アローレでお部屋を使わせていただき、スキップした立ち寄りのフードを受け取って、ゆっくりと味わいながら、ドラマチックだったライドを振り返り、話に花を咲かせたのだった。
すぐれなかった天気を受け、地元の皆さんのご好意でイレギュラーな対応をしてくださって、スペシャルなライドになったけれど、参加者の皆さんの満足度は高かったようだ。

食べながらの散策は叶わずイレギュラーだったけれど、走って、食べて、おしゃべりして、楽しい1日だった! (c)古民家まれびと
この日の走行距離は35km程度。この走行距離で、これだけ風情豊かなスポットをめぐり、印象にも残るグルメがいただける土地は貴重だと思う。海もあり、温泉もあり、楽しみのオプションは尽きない。サイクルステーション「古民家まれびと」では、レンタサイクルも、ガイドツアーも利用可能で、手ぶらで楽しむことができる。
震災から1年半経っても、観光は、まだ厳しい部分もあるという加賀温泉郷。実際に魅力的な場所であり、ぜひ今後のライドの予定に組み込み、楽しみながら、応援していただけたらと思う。

加賀では、四季折々の景観が楽しめる photo:kinuyo
text&photo:kinuyo

能登半島地震から1年6ヶ月が経ったが、震災後被災者の受け入れを行っていた加賀温泉には、まだ影響が残り、完全ににぎわいは戻っていないという。自転車と温泉、加賀グルメを楽しむ「温泉ライダーin加賀温泉郷」も今年は開催が実現したが、残念なことに、最終回を迎えることになった。この土地でなにかできないかと話し合い、大会前日に震災復興ライドが開催された。
加賀市は、1903年(明治36年)に国産初の自転車用の木造リムを開発した日本の自転車産業発祥の地。古民家をリノベーションし、サイクリングガイドツアーやレンタサイクルを行うサイクルステーション「古民家まれびと」も稼働しており、美しい里山が広がり、風情ある温泉地も点在していて、自転車で楽しめる環境は整っている。

この日は、まずはこの環境や施設を知って、地域のグルメを楽しんでいただこうと、加賀市を周遊する50km程度のコースを用意し、20名を定員として参加者を募った。
大会当日は天気がすぐれず、「古民家まれびと」など少し離れたスポットを割愛し、立ち寄りポイントでは飲食せず、フードをサポートカーで持ち帰る、距離も時間もコンパクトな形にして実行することになった。

当日の集合場所は大会2日目の「柴山エンデューロ」のメイン会場となってきたホテルアローレ。天然温泉だけでなく、プールやパターゴルフも楽しめるリゾートホテルだ。
参加者にコース変更を告げ、朝10時にスタート。この日は「まれびと」の稲手さんがガイドを務め、先導してくれた。

柴山潟から海に流れる新堀川を渡る橋でいったんストップ。美しい眺望が楽しめるのに加え、「首洗池」という小さな池にまつわる言い伝えがあるという。木曽義仲と平家軍が戦った際に、平家の大将が討ち取られ、その首を洗ったところ、それは年齢を悟られないよう白髪を黒く染めていた斎藤実盛だったことがわかり、幼い頃実盛に命を救われた義仲は泣き崩れたという。話を聞いて、一同は少ししんみり。
手塚山公園の古戦場では、実盛が日本で初めて白髪染めをした存在というつながりから、髪染めのトップブランド ホーユー株式会社が支援し、スマホを使った斎藤実盛のARの3D映像エンターティンメントが楽しめるようになっているそうだ。次の機会に体験しに行ってみよう。

ここから少し自転車を走らせて、最初の立ち寄りに到着。ベーカリー「ブラン・ア・ポワ・ルージュ」だ。ツール・ド・フランスの山岳賞ジャージで有名なフランス語で“白地に赤ドット”という意味の店名で、掲げられたフラッグも同じモチーフ。自転車とご縁がありそうな店舗だ。
店内を窓からのぞいてみると、菓子パンからハード系、調理パンまでおいしそうなパンがぎっしりと並んでいる。ここの商品のふるまいは配られるが、買い物もOKということで、中に入り、数点セレクトさせてもらうことにした。



ドアを開け、足を踏み入れると、店内はパンのいい香りで満ちていた。調理パンやデザートパンを取り混ぜながら選びつつ、店の由来について尋ねてみると、やはりご主人が自転車好きで、この店名になったということ。調理パンはまるでレストランの料理のような仕上がりだ。パン生地もパンに応じて変えられているようで、本当に心を込めて作られていることを感じた。白地に赤ドットの袋に買ったパンを入れてもらって、店舗を後にした。
加賀温泉郷には、主に山代温泉、山中温泉、片山津温泉の3つの温泉があり、今回は片山津温泉のアローレからスタートし、残り二つの温泉地をめぐり、加賀温泉郷を楽しむ計画になっている。


一行は続いて山代温泉エリアに差し掛かった。九谷広場でルート確認とお手洗い休憩。路面パネルにひらがなのプレートがはめ込まれているのを見つけ、稲手さんに「これは?」と質問。
すると、山代温泉は明覚上人が「五十音」を生み出した「あいうえお発祥の地」だとか!考えてみれば、昔は「いろはにほへと」だったはずで、母音のAIUEOに合わせて並べた人が存在したはずだ。足元に散りばめられたひらがな五十音のプレートはかわいらしく、どんなことでも、始めた方がいるものなんだと、新たな視点を得た気分になった。



続いて、山代温泉の古総湯(総湯とは共同浴場のこと)へ向かった。路面には新しいタイルが敷かれており、感じの良い木造の建物が並んでいる。由緒ある建物が、センスよくレトロモダンな街並みを作り出していて、どこか懐かしく、居心地のいい空間が広がっていた。少し走っただけで、この土地ならではの空気感の中に入り込めるのは、価値があるなと感じる。
天気も心配なので、九谷焼の工房はガラス越しにのぞき見。九谷五彩と呼ばれる鮮やかな5色があしらわれた焼き物は上品で高級感がある。あえて多色の色付けがされるという九谷焼は華やかで眺めているだけでも楽しかった。



さて、ここからはまた自転車を走らせて加賀の旅。30分ほどで、今度は山中温泉のエリアに到着した。まず足を運んだのは鶴仙渓を見晴らす不思議な形状の橋。草月流家元の勅使河原宏さんが「鶴仙渓を活ける」というコンセプトでデザインし、橋の両岸を手に見立て「あやとり」で編むようにかかる橋として、「あやとり橋」と名付けられたそうだ。
夜間はライトアップされる人気観光スポットで、竣工式には女優尾宮沢りえさんも駆け付けたのだとか。紅紫色という中間的な色味も独特で、景観に馴染みながらも、印象に残るスポットだった。

ここからは少し冒険を。山中温泉の二つ目の橋に向かった。観光地的な街並みを抜けて、道の脇から木々に囲まれた細い下りに差し掛かる。路面に十分気をつけるようアナウンスがあり、慎重に下っていくと、小さな風情ある宿があり、その斜め向かいに、大聖寺川にかかる小ぶりの橋があった。
これが「こおろぎ橋」だ。総ひのき造りで、どこか神殿を思わせる神々しさも感じる。名前の由来は秋の虫「こおろぎ」とも、行く道が険しかったゆえに「行路危」とされたとも言われているそうだ。橋の上から、先ほどと視点の異なる鶴仙渓を眺める。新緑がとても美しかった。

押し歩きで先ほどの道を上り、山中温泉の中心へ向かう。つい立ち寄りたくなる店舗が並ぶ観光地らしい街並みが続いている。
1300年の歴史があると言われる山中温泉の総湯は「菊の湯」と呼ばれ、女湯と男湯が別棟で隣接している。例年はこの間の広場が大会1日目の「立杉ヒルクライム」のメイン会場になっていた。山中温泉の観光拠点としても機能している。

緑の瓦が印象的な「菊の湯」の女湯には劇場「山中座」も併設されており、週末には伝統芸能を楽しめるそうだ。建物の中では、土産などが販売されているが、蒔絵が施された格天井や、格子戸風の壁面など、歴史や文化を感じられるしつらえになっており、一見の価値あり!
山中温泉はその情緒も魅力だが、なんといっても「山中温泉アイスストリート」が最大の楽しみどころ。なんと56もの温泉街の店舗が、オリジナルのアイスを提供しているのだ。

美肌の湯と呼ばれる山中温泉の湯から作った「菊の湯アイスキャンディー」を菊の湯が、金箔を丸々一枚施した「金箔アイス」をうるし座が販売し、他にも肉屋の「フライドアイス」、大正時代から継ぎ足しているというタレを使った料亭の「うなぎのタレアイス」など、バラエティー豊かなラインナップが揃っている。
参加者はマップを渡され、20分ほどの自由時間で、それぞれが気になっているアイスをアタックすることになった。バタバタと散策時間スタート!あちこちの店舗をのぞいて見たが、どれも気になって、決められない!

地図を片手に右往左往して、結局はテッパン的においしい「娘娘饅頭ソフト」へ。地元で有名な、こしあんの詰まった「娘娘饅頭」が乗ったソフトクリームで、饅頭を崩してソフトクリームに混ぜながらいただく。ほどよい甘味と上品な小豆の風味がしみる。なんてうまいんだ。しばし至福の時を味わった。
広場に戻って、菊の湯で名物の温泉たまご「温泉(ゆせん)たまご」をお土産購入。サポートカーに積んでもらい、散策終了となった。参加者の皆さんもそれぞれのアイスを楽しんだ様子だった。

路面は乾いており、最後は気持ちよく里山風景の間を走った。交通量がさほど多くなくて、非常に走りやすい。午後から天候悪化の予報になっており、予定通りサイクルステーションへの立ち寄りは断念し、ショートカットでゴールを目指す。
ゴールまでの残りが見えてきた安心もあり、打越の茶畑で軽くストップすることになった。国内のお茶栽培の北限に近い位置にあるが、江戸時代から守られてきた由緒あるお茶のようだ。加賀のお茶と言えば、加賀棒茶だけれど、棒茶はこの茎の部分を集めて煎じて作られたもので、この打越の加賀棒茶も人気が高い。

北陸新幹線が走り抜ける姿も望める位置にあり、江戸からこの畑は加賀の発展を眺めてきたのだろうかと感慨深い思いになった。
ここからはゴールを目指す予定で再スタートしたが、信号待ちで止まった際、稲手さんが「牛乳好きな方いらっしゃいます?」と全員に声をかけた。半分以上が挙手するのを見て、悩む稲手さん。当初立ち寄り予定だった小さな牧場をどうするか迷っていると言う。

牧場ではジェラートやヨーグルト、牛乳が飲めると聞いて、一同は完全に立ち寄りモードに切り替わり、稲手さんは参加者に背中を押されるように牧場を目指すことになった。
地元でなければ気付けなさそうな細い路地を入り、自転車を停め、歩いていくと、かわいらしい木造りの建物が現れた。これだ!店内に移動し、いそいそと列に並んだ。しぼりたての牛乳を使い、自身の工房で作っているというジェラート、ショーケースにならぶ可愛らしいヨーグルトベースのチーズケーキ、ぽってりとしたソフトクリーム。どれもおいしそう!一同は全力で悩んだ。

私自身は、ソフトクリームのルックスに惹かれ、ラージサイズをオーダー。受け取ったソフトクリームはとても愛らしく、かつ納得の大きさだった。お店の外に出て、木製のテラスに陣取り、さっそく一口。ミルクの味がしっかりと生きていて、コクはあるが、甘さはかなり控えられており、しつこくなくて、飲めるおいしさ。「この立ち寄りは大正解だった」と盛り上がる一同。勇気を出して、寄ってよかった!自由に飼われている牛さんたちにおいしいミルクのお礼を告げて、再スタート。ラスト5kmあまり。
アローレに向けて自転車を走らせるが、雲行きが怪しい。ソフトクリームで再補給されたパワーを生かし、まとまってゴールを目指す。
アローレがしっかりと視界に入ってきた頃、大粒の雨が降り出した。敷地内に飛び込み、全員がテントに避難したところで、雨は一気に音を上げて大雨に変わった。なんと最高のタイミング!神さま、走らせてくれてありがとうございます!


アローレでお部屋を使わせていただき、スキップした立ち寄りのフードを受け取って、ゆっくりと味わいながら、ドラマチックだったライドを振り返り、話に花を咲かせたのだった。
すぐれなかった天気を受け、地元の皆さんのご好意でイレギュラーな対応をしてくださって、スペシャルなライドになったけれど、参加者の皆さんの満足度は高かったようだ。

この日の走行距離は35km程度。この走行距離で、これだけ風情豊かなスポットをめぐり、印象にも残るグルメがいただける土地は貴重だと思う。海もあり、温泉もあり、楽しみのオプションは尽きない。サイクルステーション「古民家まれびと」では、レンタサイクルも、ガイドツアーも利用可能で、手ぶらで楽しむことができる。
震災から1年半経っても、観光は、まだ厳しい部分もあるという加賀温泉郷。実際に魅力的な場所であり、ぜひ今後のライドの予定に組み込み、楽しみながら、応援していただけたらと思う。

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