審判を対象とした「落車対応講習会」が3月8日に開催された。2回目の開催となる講習会には、翌日の西日本チャレンジで執務する審判ら約20名ほどが参加。医療的な処置を含む実践的な内容を学ぶ場となった。この講習会の狙いを、主宰する審判の平 武さん、看護師の関このみさんに伺った。



落車の危険がある場所で注意喚起の黄旗が振られる(志布志クリテリウム) photo:Satoru Kato

自転車競技では避けて通れない「落車」。実際に起きてしまった時まず最初に対応するのは、バイクや車でレースに随行したり、コース沿いに立哨として配置されている審判だ。その審判を対象とした「落車対応講習会」が、広島県中央森林公園で開催された。

この講習会を主宰する審判の平 武さん(右)と、審判資格を持つ看護師の関このみさん(左) photo:Satoru Kato

2回目となる落車対応講習会には20名ほどの審判員が参加した photo:Satoru Kato

この講習会は、JCF(日本自転車競技連盟)公認審判員の平 武(たいら たけし)さんと、看護師で審判員資格を持つ関このみさんが講師となり、今年2月に初めて開催された。2回目となる今回は、西日本チャレンジサイクルロードレースで執務する審判らが参加して行われた。

実例を示しながら落車対応の講義をする平さん photo:Satoru Kato

講習の内容は、審判としての落車の対応と、負傷者への医療的対応のふたつで構成される。落車が起きた際の対応手順は、大まかに以下のようになる。

1.落車発生の無線連絡(場所、コースの状況、人数など)
2.後続選手への注意喚起
3.発生した落車の詳細を無線連絡(正確な人数、落車選手の状況、ドクターカー要請など)
4.応急処置
5.ドクターカー到着・処置、回収車で収容、必要なら救急搬送

特に問題となるのが、コースを塞ぐような落車が起きてしまった場合の対処。何名が落車しているのか?、その中に負傷者はいるのか?、負傷の程度は?、再スタートする選手とリタイアする選手の把握、後続選手への注意喚起など、確認することは多い。それ故、現場の審判と競技本部の審判との間で情報の齟齬(そご)が起きやすく、不正確な情報が錯綜することも多々。無線連絡する際、内容を整理して伝えることの重要性が改めて確認された。

東京五輪で使用されたものと同じ寸法で作られた誘導用の黄旗は関さんの作成。講習会場でも販売された photo:Satoru Kato

また、周回コースが多い日本のレースでは、新たな落車が発生する二次被害が起きないようレースを誘導することも審判の重要な役目。救護にあたる車両などを停める場所や、クリテリウムでのニュートラリゼーションの対処など、実際のレースの事例とあわせて説明された。

心臓マッサージ(胸骨圧迫)は二人で交代しながら行う方法を実践 photo:Satoru Kato

担架に移す手順の確認 photo:Satoru Kato

落車による負傷者が発生した場合はドクターカーが要請され、医師や看護師ら医療資格を持った人が現場に向かって対処する。しかしドクターカーが現場に到着するまで審判が対処せねばならない場合もある。そうした状況に備え、看護師の関さんから状況別の対処法が紹介され、止血の方法や心臓マッサージ、AEDの使用方法、負傷者の担架への移動など、実践を交えて行われた。

選手役と審判役に分かれてのロールプレイ photo:Satoru Kato

そして最後はロールプレイによる状況シミュレーション。実際の審判の役割分担(競技本部、移動審判、立哨審判など)に別れての対処手順を確認した。



この講習会のねらいを、講師を務めた平さんと関さんに伺った。

平 武さん「まずは落ち着いて対処できるように」

「今までは救護と審判って近いようで実は交わることが少なかったんです。昨年春先の大会で、看護師の関さんと落車が起きないようにしたいし、起きても重篤化しないようにしたいという話をして、お互いの意見を出し合って良い方向に出来るといいねというところから始まりました。

それで今年2月に開催されたAACAカップにあわせて、主催者の加藤康則さんが会場を用意してくれることになったので、愛知県と岐阜県の審判30名ほどを集めて第1回の講習会の開催が実現しました。「COM×MED(コメッド)」は、「COMMISSAIRE(コミッセール=審判)」と、「MEDICAL(医療)」の融合を意味しています。

二次被害を避けるための黄旗の出し方を実践 photo:Satoru Kato

今まで自分が審判として経験してきたことを伝えられたらと思い、あわせて救護について苦手意識のある審判に今より少しでも安全に対する意識を高めてもらえればというのが狙いです。いざ落車が起きるとやはりみんな慌ててしまって、ただ無線で叫びまくるだけになってしまう。クリテリウムのニュートラリゼーションの対処を苦手としてる審判も多いのですが、何をすべきか分かっていても慌ててしまうんです。

だから、まずは落ち着きましょうと。順序立てて落ち着いてやれば出来るから、この講習で手順を確認してもらいたいと思っています。今回と合わせて計50名ほどに受講してもらいましたが、この問題に対する関心の表れと感じています。

2月の志布志クリテリウムでは多重落車が発生したコースのポイントについて、オーガナイザー、審判、選手を交えて協議された photo:Satoru Kato

初回の講習会の後、各方面からお声をかけて頂きましたが、現状は個人の活動としてやっているので費用や会場の問題もあります。今回は広島車連(広島県自転車競技連盟)さんと調整し、広島車連主催として西日本チャレンジの前日に開催出来ました。そのおかげでレース当日の審判団の意識はかなり高まっていたと思います。残念ながら落車は発生してしまいましたが、適切な対応が出来たと感じました。

今後については色々考えていますが、みんなの意識が変わって各都道府県車連ごとに定期的に勉強会をするようになれば理想的な形になるかなと思っています」



関このみさん「最初に落車に対峙した審判がどう対処するかが肝要」

緊急度、重症度の高いケガ人を優先する基準を説明する関さん photo:Satoru Kato

「スポーツにケガはつきものですが、自転車競技は多重事故が起きやすいのと、『高エネルギー外傷』といって重傷な状況になりうる、命が脅かされる可能性が高い種目です。

落車を無くすのは難しいし不可能なので、最初に落車に対峙した審判がどう対処するかが肝要になります。まずはコース設定や路面状況などから落車の要因を減らし、熱中症などを起こさせないよう水分補給を促すなど、落車を起こさせないような対策をする。起きてしまったら重篤化しないような対応を出来るだけする。そのために心臓マッサージや止血の方法などを、我々医療従事者だけでなく最初に対応する審判のみなさんに覚えてもらうこと。それらをこの講習会でやっていこうと考えています。

頸椎固定が出来る担架への移乗と固定方法を説明する関さん photo:Satoru Kato

これまで落車の対応は具体的なマニュアルがあるわけではなく、経験で学んでいくものでした。だから落車に直面して流血を見たら慌ててしまいますよね。医療従事者でなければ仕方のないことではありますが、それを普段からトレーニングしておけば少しは落ち着いて対応出来るのではないかと思います。普段から一緒に執務している審判仲間と共通認識をもつことも良いことだと思います。

近年はヘルメットの性能が向上して安全性が高まった一方で、自転車の性能と個人の能力の差が出てしまい、落車の要因につながっていると感じています。自転車競技は部活のある学校が少なく、バイクコントロールや集団走行など基本的なことを学ぶ機会がとても少ないとも感じています。

選手の皆さんは、バイクコントロールの練習したり、試走でコースの危険箇所をチェックしたり、テクニカルガイドをよく読んでスタート前の注意事項を良く聞くなど、落車をしないような対処を心がけて欲しいですね」



参加した審判の意識の高さを感じられた講習会 photo:Satoru Kato
講習会参加者のアンケートでは「このような講習を待っていた」という感想が多く寄せられ、「参加者の皆さんが真剣な眼差しで座学を受講し、能動的に実技に参加する姿は、落車対応への強い関心の表れと感じています」と、平さん、関さんは言う。

とは言え、主催者や審判がどれだけ落車対策をしたとしても、最終的には走る選手次第であることを忘れてはならない。関さんの言葉にあるように、自転車競技は「重傷な状況になりうる、命が脅かされる可能性が高い種目」であることを、自転車競技に関わる全ての方々に改めて認識して欲しい。


(※講習会開催についてのお問い合わせはメール<com.med.cycling@gmail.com>まで)


text&photo:Satoru Kato