2010/07/25(日) - 20:58
高級ワイン街道を走る「時計への反抗」
コントル・ラ・モントル(フランス語で「時計への反抗」)を意味するタイムトライアルの舞台は、言うまでもなくワインで有名なボルドーだ。
今日のコースはボルドーワインの中でもとびっきり有名な高級ワインの産地をつなぐルート。ジロンド河沿いに点在するメドック一帯の村々は、重厚なボールドー産赤ワインのなかでも飛び抜けて品質の高い高級銘柄を生み出すシャトーが点在する。通過する村や街のマルゴー、サン・ジュリアン、ポーイヤックの名は、ワイン通でなくとも聞いた名前だ。ゴール地点のポーイヤックは、この一帯の5大シャトーのうちラフィット、ラトゥール、ムートンの3銘柄を有するという。
ワインと食事を楽しみながらの観戦
ガロンヌ河沿いをスタートし、市街中心部を抜ける序盤のコースは、ボルドーで最も賑わいを見せる旧市街の中心を通過する。ショッピングしながらの、あるいは歩道脇のカフェやバーで観戦する人々の姿。
ジロンド河の村々をつなぐルート沿いにはカベルネ・ソーヴィニョン種の葡萄畑が広がる。フランス各地に見られる風景だが、確かにここ一帯の葡萄畑の風景は気のせいか高級な感じがする。
地元の人達は沿道にテーブルを持ち出して、ランチを楽しみながら選手たちが通るのを見物する。
コース上を点々と移動しながら撮影していると、アチコチからお呼びがかかる。当然ワインも入ってゴキゲン。応援風景を写真に収めさせてもらうと、「まあ一杯やってけ」とグラスを勧められる。運転があるのでワインは丁重にお断りしながらも、いろいろとご馳走になりました。
ワイン農家を営む人たちのテーブルで、人懐っこいおじさんからこの一帯のワインについて、格付けや銘柄の説明、また自分の作っているワインの自慢話などのヨッパライ話をくどくど聞きながら、選手の通過を待つ。
「ウチのシャトーのワインは格は低いがヨソのより美味いんだ。格付けは参考にしかならん」「応援ボードを作ったんだ、見てくれ」「このぬいぐるみはツールについてしゃべってるんだ」てな話を多分してくれたんだと思います(約10%ぐらい通じます)。
こちらからのお返しとして、選手の解説をサービス(と言っても外人選手の名前の読み方を教えたぐらいですが)。クレーンにも乗せてもらい、高所からレースを眺めるなど、なかなか楽しい時間を過ごさせていただきました。いつか真似したい最高のツールの楽しみ方!。
コースには各国から応援団が詰めかけているが、やはりその人達もここで観戦するなら当然とばかりワインが入っているので、相当陽気。オーストラリア人の若者一行は「選手が通るときジャンプするから撮ってくれ!」。そしてオランダ人はなぜか女装している!ともかく皆さんかなりゴキゲンな状態です。
コースに起伏が少なく、コーナーもほとんどない。TTスペシャリスト向きのコースに、風も弱め。しかし気温は高め。トニ・マルティン(チームHTC・コロンビア)はウォームアップ中から保冷剤の詰まったアイスベストを着用し、スタートまでの時間も極力クールに過ごした。しかしスタート直前に車両検査に引っかかり、出走直前にメカニシャンがサドルの位置を慌しく変えるというシーンが見られた。それでも2位のタイムはさすがだ。
回復力が勝負の鍵を握る最終TT
ロッテルダムでのプロローグからちょうど3週間。アルプスとピレネーを越えて来た選手たちは疲労のピークにある状態だ。グランツール三週間目のタイムトライアルは、真のスペシャリストの勝負ではなく、回復力の勝負という別の要素が絡んでくると言われている。
"スイス超特急"ファビアン・カンチェラーラ(サクソバンク)は昨年、最終タイムトライアルでアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)に破れている。コンタドールは起伏のあるコースで登坂力を見せたことに加え、驚異的な回復力をもってこれを制した。厳しい山岳を越えてなお脚が冴えるコンタドールは、グランツール最終週のTTスペシャリストと呼べるだろう。
そしてカンチェラーラは敗因の一つとして撮影に殺到したオートバイがスリップストリーム(風よけ)をつくり、コンタドールのタイムを助けたと異議を唱えた。しかし今回は文句なしの勝利だ。
カンチェラーラはここまで、マイヨジョーヌを狙うチームメイト、アンディ・シュレクの重要なアシストとして、山岳に入るまでの機関車役をつとめてきた。それでもなおマルティンのタイムを17秒上回る文句なしのトップタイムだ。3位以下は3分差以上のタイム差が開く。この2人の力がずば抜けている結果は、まさにロッテルダムのデジャヴだ。
カンチェラーラは言う。「長い一日に疲れ切った。でもこの勝利をものにできたのは本当にハッピー。今夜は美味しいワインで祝福するよ」と、メドックステージならではのコメント。
最速TTスペシャリストが、TTで逆転したいアンディに対してアドバイスしたことは?
カンチェラーラ「アンディに言ったのは少しのことだけ。『自分を信じて力を出し切れ』、と。アンディはレース開始からその通りにした。彼は強かったね。同時にプレッシャーに対して動じない冷静さがあった。冷静さがあるから力を発揮できたんだ。
僕、オグレディ、ビヤンヌ(リース監督)、すべてのチームスタッフがアンディをサポートした。彼は今までいろいろなシーンの場数を踏んで経験を積んできた。それを今日発揮した。
今まで僕は彼の体力をセーブするための風よけになって走ってきた。でもあとは彼の力だ。アンディがジロで総合2位になったのを今でも覚えている。例えば小便休憩に止った時、『集団に戻るときスプリントするな、ゆっくり、スムーズに戻ればいい。そして体力をセーブしろ』と教えた。しかし今では彼はすべてのことを知っている。そんな細かいことを含めて。
彼は真のチャンピオンだ。そのうちアンディの時代が来る。彼はファンタスティックだ。選手としても友達としても、僕らはいい時間を過ごしてきた」。
カンチェラーラのコンタドール評
カンチェラーラにはコンタドールについても質問が飛んだ。「アルベルトはツール・ド・フランスに何回勝てると思う?」
カンチェラーラ「コンタドールの人となりについてはあまりよく知らない。でも彼は温和な性格で、とても集中することができるプロフェッショナルだ。彼は若いのに、すでにツールといくつかのグランツール、そしてメジャーなステージレースで勝利と経験を積んでいる。彼はまだ今後もいくつものステージレースで勝てるだろう。彼がいくつのツール・ド・フランスに勝てるかは僕には分からないけど、今後何回もチャンスが待っていると思う」。
涙を見せたコンタドール「もっとも苦しんだ一日」
コンタドールがアンディに対してもっていた8秒差は、コンタドールが本来のTTの力を発揮できれば余裕のあるタイム差であると予想されていた。昨年ツールの最終タイムトライアルでコンタドールがアンディにつけたタイム差は1分45秒。それから判断してコンタドールが差を開くと考えるのが妥当。しかし8秒差はパンクひとつでマイヨを失う僅差だ。
しかしコンタドールは警戒を怠らなかった。
「アンディは今年強くなっている。ルクセンブルクのTTナショナルチャンピオンになっていることを忘れちゃいけない」
ツール初制覇を目指すアンディは意地を見せた。レース中盤まで、大きくタイムを失うとの予想を裏切りコンタドールに数秒遅れで対抗した。
同時にコンタドールは明らかに苦しんだ。頭を下げ、腰が入らず、落ち着かない。躍動感のない走りは例年より調子を落としているのは誰の目にも明らかだった。しかし最後には巻き返し、マイヨジョーヌを守りきった。
表彰台に上ったコンタドールにいつもの人懐っこい笑顔はなく、今まさに苦しみから開放されたという険しい顔をしていた。眼を閉じて両手を広げると、深く深く空を仰いだ。手で顔を覆い、しばらく離さなかった。素顔を見せると目には涙が光っている。コンタドールがツールの表彰台で初めて見せた涙だ。マイヨジョーヌを着てのお決まりのバキューンポーズも、いつもの軽さはなく、感慨を込めて打ち込んだ。
コンタドールはこの日が今までで最も苦しい日になったことを認めた。
「アンディを倒せないんじゃないかと思って怖かった。途中で一度、彼から5秒遅れていると聞かされたとき、"オーマイゴッド、これは終わりかもしれない"と思った。彼が数秒しか遅れない間、僕はずっと苦しみ続けていた。でも集中力を切らさなかったし、最後まで守ることができた。
今年の僕は最高の調子になかった。そして今日はあまり調子が良くなかった。昨夜はあまり眠れず、胃痛とともに起きた。でも、結局は最高の一日にすることができた。今年の他のどの日よりもたくさん苦しんだ」。
タイム差を保ったままフィニッシュライン超えた気持ちを聞かれると、
「正直に言ってたくさんの感情が湧きでてきた。こんなに感情的になったツールはこれが初めてだと思う。僕がどれだけこれに捧げたか、誰にも想像できないだろう。その通り、僕は調子がよくない日が何日かあった。それが僕をこんなに感情的にしたんだろうと思う」。
コンタドールのマイヨジョーヌ維持は予想通りの結果だが、予想を超えた闘いがあった。昨年、アームストロングがいるチームでは、チーム内の人間関係に苦しめられた。そして今年は自身の調子が上がらないことに苦しんだ。もっとも苦しめたのはアンディに他ならないが。
text:Makoto Ayano
photo:Cor Vos, Makoto Ayano
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