2024/08/01(木) - 19:00
ツール・ド・フランスが終わり帰国し、ロードレースファンの方々といくつか触れ合う機会があった。そこで必ずといっていいほど、「今年のツールは面白かったですね」という話が出た。
このこと自体は毎年のことであるが(結局のところ、つまらないツールというものはない)、とりわけ前半に逃げの起こらないステージが頻発し、退屈な展開の是非が議論になった今大会も、「終わってみれば面白かった」と多くの人が感じていることは興味深い。大会主催者が最終週に山場を集めた意図そのままに、終わり良ければ全て良し、ということだろうと合点はいく。
しかしレース後半を改めて振り返ってみると、最終8ステージ中5ステージを制したのはポガチャル。その勝ち方はどれも圧倒的で、「ポガチャルショー」として楽しむ分にはエンターテイメントだったが、ステージ優勝を信じて逃げた選手がいとも簡単に飲み込まれる構図は、前半の平坦ステージのそれと変わらない。
スプリントステージが多すぎた2024年
逃げが決まらない2週間が過ぎ、最終週初日のスプリントステージとなった第16ステージをフィリプセンが制したあとの2日間。3週目にしてやってきた中級山岳ステージの2日間に、現地報道は「いよいよ逃げのためのステージか?」と見出しをつける。多くの選手が疲労を溜め込む3週目は伝統的に逃げが決まりやすい。主催者もそれを想定して中級山岳ステージを設定した。しかし、ここまで逃げ切りが待望されることになるとは予想していなかっただろう。
結果的に第17ステージはカラパス、第18ステージはカンペナールツといった役者の勝利、そしてそれぞれの感動的な勝利に、ひとたびロードレースファンは「ポガチャルvsヴィンゲゴー」とは別軸のツール・ド・フランスを楽しむことができた。
とはいえ逃げ切り勝利を夢見る選手たちにとって難儀なレースであることは間違いない。カラパスが優勝した第17ステージの2位はサイモン・イェーツ、3位はエンリク・マス。グランツールで総合優勝を狙うような選手でないと、ステージ優勝争いにも絡めないほどにレベルが高い。かといってコースの山岳比重を落とすと今度は登れるスプリンターを擁するチームたちがコントロールを始めてしまう。逃げには難儀なツールである。
その意味でバルスロネットにフィニッシュする第18ステージはコース全域に3級山岳を5つ配するという絶妙な塩梅の効いたステージだったといえる。優勝のカンペナールツ、ステージ3位のクフィアトコフスキといったレース巧者に、若手のマッテオ・ヴェルシェが絡む三つ巴のスプリントという、典型的な逃げステージの結末にフィニッシュ地点は大いに沸いた。
この例からもわかるように逃げが決まるか否かは、コース設定によるところが多大に影響する。
コースディレクターのティエリー・グヴヌー氏に大会2週目に話を聞いた。そこで氏は今年スプリンター向けのステージを多く設定したことで多くのスプリンターチームが集結し、逃げには厳しいレース展開が生まれたことを認めている。そしてこう付け加えた。
「今後、今回のような(逃げが決まらない)傾向が続いてはならないことは明白だ。レースとして失っているものが多い」
一方でカンペナールツの勝利に終わった第18ステージは、「クライマー、TTスペシャリスト、スプリンター、逃げ屋……あらゆる選手に活躍の場があること」をルート作りの原則に掲げる氏にとっても満足のいくものだったようだ。
フランスの音声媒体ラジオ・スポールに「逃げを狙う選手たちは昨日(第17ステージ)と今日(第18ステージ)に狙いを絞っていた。将来的にこうしたタイプのステージを増やしていきたい。スプリンター向けに作ったステージには少しがっかりさせられたから、その数を増やすことはない」と氏は心境を吐露している。
コースがレース展開を決定づける要素の大部分を占めることは疑いえないが、今年のツールではそれを左右するものがもうひとつあった。前記事でも書いたが、タデイ・ポガチャルの存在だ。
イゾラ2000にフィニッシュする第19ステージで、マッテオ・ヨルゲンソンのステージ優勝を封じ込め、ヴィンゲゴーの総合優勝の夢を完全に砕いたポガチャルは「明日は逃げに行ってもらおう。僕はいつもトレーニングしているルートでのレースを楽しむよ」とレース後のインタビューで語った。すでにこの言葉を額面通りに受け取った者は多くなかったと思うが、蓋を開けてみれば第20ステージを勝ったのもポガチャルだった。
ポガチャルが「レースを楽しむ」こと、それはすなわち勝利を楽しむことと同義と言っていい。
ポガチャルは勝ち過ぎなのか?
レース終盤にかけてのポガチャルの圧倒的な力は、観る者を魅了した。5月のジロからレースを追いかけている熱心なファンにとってはいつまでも終わらない「ポガチャルショー」といった趣だろう。
しかしロードレース界では強すぎるチャンピオンは時に不興を買う。純粋な子どものように楽しんでレースを走り、そこに茶目っ気が加わるポガチャルは、万人に愛されるキャラクターの持ち主であるが、それでもツール最終週、ヴィンゲゴーが弱みを見せるのと対照的にますます強さを見せたことである種の議論が立ち上がった。
「ポガチャルは勝ち過ぎなのではないか。強いチャンピオンは勝利をライバルに譲ることも必要だ」
この議論には、どちらの意見があってもよいと個人的には思う。純粋なスポーツとして、パフォーマンスを追求した先にある勝利はどんな状況でも尊重されるべきであるし、あるいはプロトンを人間社会の縮図と見るならば時に温情や友情が自己犠牲を上回るかもしれない。どちらの側でレースを見るかは、視聴者に委ねられている。
しかしひとつ言えるのは、後者のような主張は近い将来に消えてなくなるだろうということだ。ツールは三下選手がやぶれかぶれの逃げに出て、ステージを勝てるレースではもはやなくなっている。そもそも三下選手が出られる大会ではなくなっている。そして高度に体系化されたチーム・選手・戦術によって、ツールはより純粋なパフォーマンスを競う場としての性格を強めている。
ロードレースにおいて長い間「勝利を譲る」ことはチャンピオンの美徳とされてきた。しかしなぜこの文化が美徳となったのか、そしてなぜこの文化が消えゆく運命にあるのか。それについてまだ考えをまとめきれていないのだが、それはドーピングとSNSという2つの文化が関係しているのではないかと思っている。これについてはまた機会を改めて書いてみたい。
このツールの終盤から、ポガチャルをエディ・メルクスと比肩するデータや論調が増えてきた。彼を通じて、私たちは全盛期のメルクスを見ているような気にもなる。
しかしメルクスは強すぎるがゆえに不興を買った。1975年大会、ピュイ・ド・ドームの登坂中に彼が受けた殴打は、無敵の選手に対する憎悪の象徴として今日まで語り継がれている。
そのメルクスにして、2023年のヘント〜ウェベルヘムでワウト・ファンアールトがチームメイトのクリストフ・ラポルトに勝利を譲ったことを「自分ならそんなことはしない」と痛烈に批判した。
ポガチャルは今年のツールにおいて、「そんなこと」をしなかった。どうやら、50年の時を経て、私たちは正当なカンニバルの後継者の誕生を目撃したようだ。
ポガチャルはひとりのチャンピオンであるに留まらずツール、そしてロードレース全体の規律、さらには不文律を塗り替える存在だ。彼の登場前後でロードレースが別のスポーツになると言えるかもしれない。あまり懐古主義に浸っていると、あっという間に時代に置いていかれそうだ。速いのはレース展開そのものだけではない。
ニースで行われた優勝者記者会見の第一声で「疲れたよ」と苦笑いしてみせたポガチャル。走れば冷徹なまでの強さを持ち、バイクを降りれば柔和な表情で場を和ませる。彼がメルクスの後継者だったとしても、「人食い」などという物騒なニックネームで呼ばれることはないだろう。
そういえばポガチャルには主だった二つ名がない。この新時代の王者にふさわしいニックネームをつけるのは、なんとも大変なことだろう。
小俣雄風太プロフィール:フリーランスの編集者・ジャーナリスト・実況人。毎年ツール・ド・フランスを追いかけ、レースだけに留まらない情報を発信。太田出版から自身初の著書「旅するツール・ ド・フランス」が発売中。不定期配信のニュースレター&ポッドキャストArenbergにて、今年もツール現地からポッドキャスト DailyTourを毎日配信した。現在もApple Podcast | Spotifyで聴くことができる。
このこと自体は毎年のことであるが(結局のところ、つまらないツールというものはない)、とりわけ前半に逃げの起こらないステージが頻発し、退屈な展開の是非が議論になった今大会も、「終わってみれば面白かった」と多くの人が感じていることは興味深い。大会主催者が最終週に山場を集めた意図そのままに、終わり良ければ全て良し、ということだろうと合点はいく。
しかしレース後半を改めて振り返ってみると、最終8ステージ中5ステージを制したのはポガチャル。その勝ち方はどれも圧倒的で、「ポガチャルショー」として楽しむ分にはエンターテイメントだったが、ステージ優勝を信じて逃げた選手がいとも簡単に飲み込まれる構図は、前半の平坦ステージのそれと変わらない。
スプリントステージが多すぎた2024年
逃げが決まらない2週間が過ぎ、最終週初日のスプリントステージとなった第16ステージをフィリプセンが制したあとの2日間。3週目にしてやってきた中級山岳ステージの2日間に、現地報道は「いよいよ逃げのためのステージか?」と見出しをつける。多くの選手が疲労を溜め込む3週目は伝統的に逃げが決まりやすい。主催者もそれを想定して中級山岳ステージを設定した。しかし、ここまで逃げ切りが待望されることになるとは予想していなかっただろう。
結果的に第17ステージはカラパス、第18ステージはカンペナールツといった役者の勝利、そしてそれぞれの感動的な勝利に、ひとたびロードレースファンは「ポガチャルvsヴィンゲゴー」とは別軸のツール・ド・フランスを楽しむことができた。
とはいえ逃げ切り勝利を夢見る選手たちにとって難儀なレースであることは間違いない。カラパスが優勝した第17ステージの2位はサイモン・イェーツ、3位はエンリク・マス。グランツールで総合優勝を狙うような選手でないと、ステージ優勝争いにも絡めないほどにレベルが高い。かといってコースの山岳比重を落とすと今度は登れるスプリンターを擁するチームたちがコントロールを始めてしまう。逃げには難儀なツールである。
その意味でバルスロネットにフィニッシュする第18ステージはコース全域に3級山岳を5つ配するという絶妙な塩梅の効いたステージだったといえる。優勝のカンペナールツ、ステージ3位のクフィアトコフスキといったレース巧者に、若手のマッテオ・ヴェルシェが絡む三つ巴のスプリントという、典型的な逃げステージの結末にフィニッシュ地点は大いに沸いた。
この例からもわかるように逃げが決まるか否かは、コース設定によるところが多大に影響する。
コースディレクターのティエリー・グヴヌー氏に大会2週目に話を聞いた。そこで氏は今年スプリンター向けのステージを多く設定したことで多くのスプリンターチームが集結し、逃げには厳しいレース展開が生まれたことを認めている。そしてこう付け加えた。
「今後、今回のような(逃げが決まらない)傾向が続いてはならないことは明白だ。レースとして失っているものが多い」
一方でカンペナールツの勝利に終わった第18ステージは、「クライマー、TTスペシャリスト、スプリンター、逃げ屋……あらゆる選手に活躍の場があること」をルート作りの原則に掲げる氏にとっても満足のいくものだったようだ。
フランスの音声媒体ラジオ・スポールに「逃げを狙う選手たちは昨日(第17ステージ)と今日(第18ステージ)に狙いを絞っていた。将来的にこうしたタイプのステージを増やしていきたい。スプリンター向けに作ったステージには少しがっかりさせられたから、その数を増やすことはない」と氏は心境を吐露している。
コースがレース展開を決定づける要素の大部分を占めることは疑いえないが、今年のツールではそれを左右するものがもうひとつあった。前記事でも書いたが、タデイ・ポガチャルの存在だ。
イゾラ2000にフィニッシュする第19ステージで、マッテオ・ヨルゲンソンのステージ優勝を封じ込め、ヴィンゲゴーの総合優勝の夢を完全に砕いたポガチャルは「明日は逃げに行ってもらおう。僕はいつもトレーニングしているルートでのレースを楽しむよ」とレース後のインタビューで語った。すでにこの言葉を額面通りに受け取った者は多くなかったと思うが、蓋を開けてみれば第20ステージを勝ったのもポガチャルだった。
ポガチャルが「レースを楽しむ」こと、それはすなわち勝利を楽しむことと同義と言っていい。
ポガチャルは勝ち過ぎなのか?
レース終盤にかけてのポガチャルの圧倒的な力は、観る者を魅了した。5月のジロからレースを追いかけている熱心なファンにとってはいつまでも終わらない「ポガチャルショー」といった趣だろう。
しかしロードレース界では強すぎるチャンピオンは時に不興を買う。純粋な子どものように楽しんでレースを走り、そこに茶目っ気が加わるポガチャルは、万人に愛されるキャラクターの持ち主であるが、それでもツール最終週、ヴィンゲゴーが弱みを見せるのと対照的にますます強さを見せたことである種の議論が立ち上がった。
「ポガチャルは勝ち過ぎなのではないか。強いチャンピオンは勝利をライバルに譲ることも必要だ」
この議論には、どちらの意見があってもよいと個人的には思う。純粋なスポーツとして、パフォーマンスを追求した先にある勝利はどんな状況でも尊重されるべきであるし、あるいはプロトンを人間社会の縮図と見るならば時に温情や友情が自己犠牲を上回るかもしれない。どちらの側でレースを見るかは、視聴者に委ねられている。
しかしひとつ言えるのは、後者のような主張は近い将来に消えてなくなるだろうということだ。ツールは三下選手がやぶれかぶれの逃げに出て、ステージを勝てるレースではもはやなくなっている。そもそも三下選手が出られる大会ではなくなっている。そして高度に体系化されたチーム・選手・戦術によって、ツールはより純粋なパフォーマンスを競う場としての性格を強めている。
ロードレースにおいて長い間「勝利を譲る」ことはチャンピオンの美徳とされてきた。しかしなぜこの文化が美徳となったのか、そしてなぜこの文化が消えゆく運命にあるのか。それについてまだ考えをまとめきれていないのだが、それはドーピングとSNSという2つの文化が関係しているのではないかと思っている。これについてはまた機会を改めて書いてみたい。
このツールの終盤から、ポガチャルをエディ・メルクスと比肩するデータや論調が増えてきた。彼を通じて、私たちは全盛期のメルクスを見ているような気にもなる。
しかしメルクスは強すぎるがゆえに不興を買った。1975年大会、ピュイ・ド・ドームの登坂中に彼が受けた殴打は、無敵の選手に対する憎悪の象徴として今日まで語り継がれている。
そのメルクスにして、2023年のヘント〜ウェベルヘムでワウト・ファンアールトがチームメイトのクリストフ・ラポルトに勝利を譲ったことを「自分ならそんなことはしない」と痛烈に批判した。
ポガチャルは今年のツールにおいて、「そんなこと」をしなかった。どうやら、50年の時を経て、私たちは正当なカンニバルの後継者の誕生を目撃したようだ。
ポガチャルはひとりのチャンピオンであるに留まらずツール、そしてロードレース全体の規律、さらには不文律を塗り替える存在だ。彼の登場前後でロードレースが別のスポーツになると言えるかもしれない。あまり懐古主義に浸っていると、あっという間に時代に置いていかれそうだ。速いのはレース展開そのものだけではない。
ニースで行われた優勝者記者会見の第一声で「疲れたよ」と苦笑いしてみせたポガチャル。走れば冷徹なまでの強さを持ち、バイクを降りれば柔和な表情で場を和ませる。彼がメルクスの後継者だったとしても、「人食い」などという物騒なニックネームで呼ばれることはないだろう。
そういえばポガチャルには主だった二つ名がない。この新時代の王者にふさわしいニックネームをつけるのは、なんとも大変なことだろう。
小俣雄風太プロフィール:フリーランスの編集者・ジャーナリスト・実況人。毎年ツール・ド・フランスを追いかけ、レースだけに留まらない情報を発信。太田出版から自身初の著書「旅するツール・ ド・フランス」が発売中。不定期配信のニュースレター&ポッドキャストArenbergにて、今年もツール現地からポッドキャスト DailyTourを毎日配信した。現在もApple Podcast | Spotifyで聴くことができる。
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