2022/12/28(水) - 18:30
2022年XCO全日本チャンピオン、平林安里(スコット・テラシステム)は昨年の大怪我から1年で復活を遂げた。昨年との違いはなんだったのか? それを「機材です」と断言する平林。新たなるチャンピオンマシンをじっくりと観察した。(平林の22シーズンを振り返るインタビューはこちらより)
『ヒラバヤシ レーシング ラボラトリー』はパーツをタイムで選ぶ
立つこともできない大怪我から1年間で日本XCO最速の称号を獲得した平林安里。それをまざまざと見せつけた雨のMTB全日本選手権で、平林は他の誰も追いつけない速さと技量で、世界最難関コースであるオリンピック・伊豆MTBコースを走り抜いた。
平林の勝利バイク、ベース車両はスコット SPARK RCチームイシュー。SPARK RCシリーズは前後トラベル120mmのXCOレーシング軽量フルサスMTBだ。ただこのチームイシューは、最高級グレードではない。コロナ禍のおり、機材供給の都合によるものだ。
この仕様でバイクの総重量はおよそ11.3 kg。2023年度はより軽量な最高級モデルのフレームを利用する予定なので、まずはそれだけでも来季の戦闘力は上がるはずだ。
これらのバイクに使うパーツやサイズの選択を、平林はすべてタイムを基準に行う。タイム計測は長野県白馬エリアの岩岳スキー場周辺にあるテスト用の周回コースで行う。MTB文化が花開く長野県白馬村は平林の地元。そこで2022年前半に身体の回復を待ち、動き始めたと共に、最も合理的な方法でレース再起に挑んだ。それがタイムを基準とした機材の選択と再設定である。
試せることは一通り全て試したと平林、そして彼をチームとして父としてサポートする平林織部氏は言う。織部氏はスキーレーサー、そしてラリーレーサーとしてプロとして活躍してきた人物だ。機材の足回り、サスペンションやワックスの大事さを息子ともども知っている。平林のメカを見るプライベート・メカニックである榎本真弥氏は、とことんまで平林に付き合う。ある種オカルトと自嘲するまでタイムに粘る話と、現場を足早に回るチームの姿を見ると、『ヒラバヤシ レーシング ラボラトリー』という呼び名も浮かぶ。
ベースコンポには機能性を最優先した最新パーツ群を使用
フロントサスにはロックショックス SID SELECTを使用。最上位モデル「SL」との大きな違いは、設定の幅が少し狭くなるだけで性能的にほぼ変わりはない、と平林。一方でリアサスユニットは同じくロックショックスのNUDEを搭載し、前後のサスバランスを大切にしている。
またドライブトレインのコンポーネントをSCOTTチーム御用達のスラム、MTBコンポの最高級グレードのXX1 EAGLE AXSに変更。フロントシングルの36T、リア変速はワイヤレスで行うモデルだ。
また、今やXCOでもドロッパーシートポストを使う。レース中にサドルを下げ、難度の高いセクションで安全を確保するためだ。平林は雨の全日本選手権で危険度の増した『浄蓮の滝』『枯山水』セクションを走るときにサドルを下げていた。使うのはロックショックス・リバーブAXS。ワイヤレスなのでワイヤー起因のトラブルも防げるという。
ステム&ハンドルはシンクロスの一体型Fraser IC SL WCだ。ステム突き出し量は100mm、角度は−20度。ハンドル幅は680mm。これに10mmのスペーサーを入れてポジションを出す。
ハンドルバーにはドロッパーポストとサスペンションのロックアウト・レバーをつける。ドロッパーは右、ロックアウトは左にしてあるのは、同時に使うこともあるからだ。ロックアウトは1回のレバー操作で前後サスをロックさせる。スピードの必要な登りでは積極的にサスペンションを固める、と平林。
ホイールにはシンクロスの上位カーボンホイール SILVERTON 1.0Sを使用。ホイール前後セットの重量はカタログ値で1,340g、当然29インチ外径のリム内幅は30mmと太めだが、今どきの標準だ。
タイヤには、チャオヤンのレース用モデル PHANTOM SPEEDを使っている。7月から使い始めたが、かなり気に入っているとのこと。タイヤのノブがとても低く、サイドのケーシングにはコシがある。ノブではなく全体がしなって路面に食いつき、低圧でも転がりの速さを保てる。高まったレース速度に合わせて全体スピードを重視したセレクトだ。サイズは29x2.2。タイヤの空気は1.35気圧で使う。
「フレーム剛性が高いので、サス設定次第で速度はさらに上がる」
このバイクの特徴的な部分を平林に聞いた。
「やっぱり内蔵サスペンションですね。カバーで覆われていることで(泥被りなどを防ぎ)リアサスペンションの動きが損なわれないのがいいですね。寿命が伸びるのも気に入っています。
この機構のおかげでフレームのBB周りの剛性が増えているので、下りのときの剛性感と登りでのパワーロスの少なさがとても特徴的です。フレーム剛性が上がった分、サスペンションをきちんと設定するとものすごく良く走ります。
また重量部が下にあるのでコーナーの入りも抜けも良く、サスペンションの設定次第でさらにタイムを上げられます。基礎の部分がしっかりしているということですね。
「とにかくタイムを左右するのは、タイヤとサスのセッティングです。これが今のところのその僕とチームの、仮説と言いますか、予想ですね。
それが修善寺・伊豆MTBコースでの雨のコンディションでも、下りでのスピードに繋がったんですね。タイヤも「ドライまたはウェットで選ぶ」という決めつけではなく、セッティングを安定させることがタイムにすごく大きく影響するんだというのも感じました」
「新品のFサスに使い込んだRサスでは、車重バランスが崩れてしまう」
サスに関する平林の話は続く。
「例えば千葉公園での全日本選手権XCCの失敗(途中で失速し9位に)は、車体のマネジメントが反省点です。予選でサスが抜けた感触があったので、決勝ではフロントフォークを新品に交換したんです。ですが走り込んだリアサスと、オーバーホールしたばかりのフレッシュなフロントサスだと、やっぱり車重バランスが変わるんです。
使い込んだリアサスの方が、沈みのタイミングもフレッシュなサスに比べて、シールとかが使い込まれてちょっと柔らかいんですよね。そこの差が、コーナリングとか立ち上がりの伸びで大きく出るんです。これからは、サスのオーバーホールや車体整備のタイミングも変えていく必要があるなっていうのを感じたレースでした。
サスのエア圧もそうですが、自分の規程圧でタイムを測って、良いタイムが出るものに合わせます。基準値プラス自分の好みの設定で合わせていきます。それに上りと下りのバランスを考えたサスペンションセッティングを意識しています。周回コースで走った時に、トータルで走った時にタイムが出るような合わせ方をしています」。
しかし肝心のサスペンションセッティングの詳細、これについては教えてもらえなかった。『ヒラバヤシ レーシング ラボラトリー』の最大機密であるようだ。
text&photo:Koichiro Nakamura
『ヒラバヤシ レーシング ラボラトリー』はパーツをタイムで選ぶ
立つこともできない大怪我から1年間で日本XCO最速の称号を獲得した平林安里。それをまざまざと見せつけた雨のMTB全日本選手権で、平林は他の誰も追いつけない速さと技量で、世界最難関コースであるオリンピック・伊豆MTBコースを走り抜いた。
平林の勝利バイク、ベース車両はスコット SPARK RCチームイシュー。SPARK RCシリーズは前後トラベル120mmのXCOレーシング軽量フルサスMTBだ。ただこのチームイシューは、最高級グレードではない。コロナ禍のおり、機材供給の都合によるものだ。
この仕様でバイクの総重量はおよそ11.3 kg。2023年度はより軽量な最高級モデルのフレームを利用する予定なので、まずはそれだけでも来季の戦闘力は上がるはずだ。
これらのバイクに使うパーツやサイズの選択を、平林はすべてタイムを基準に行う。タイム計測は長野県白馬エリアの岩岳スキー場周辺にあるテスト用の周回コースで行う。MTB文化が花開く長野県白馬村は平林の地元。そこで2022年前半に身体の回復を待ち、動き始めたと共に、最も合理的な方法でレース再起に挑んだ。それがタイムを基準とした機材の選択と再設定である。
試せることは一通り全て試したと平林、そして彼をチームとして父としてサポートする平林織部氏は言う。織部氏はスキーレーサー、そしてラリーレーサーとしてプロとして活躍してきた人物だ。機材の足回り、サスペンションやワックスの大事さを息子ともども知っている。平林のメカを見るプライベート・メカニックである榎本真弥氏は、とことんまで平林に付き合う。ある種オカルトと自嘲するまでタイムに粘る話と、現場を足早に回るチームの姿を見ると、『ヒラバヤシ レーシング ラボラトリー』という呼び名も浮かぶ。
ベースコンポには機能性を最優先した最新パーツ群を使用
フロントサスにはロックショックス SID SELECTを使用。最上位モデル「SL」との大きな違いは、設定の幅が少し狭くなるだけで性能的にほぼ変わりはない、と平林。一方でリアサスユニットは同じくロックショックスのNUDEを搭載し、前後のサスバランスを大切にしている。
またドライブトレインのコンポーネントをSCOTTチーム御用達のスラム、MTBコンポの最高級グレードのXX1 EAGLE AXSに変更。フロントシングルの36T、リア変速はワイヤレスで行うモデルだ。
また、今やXCOでもドロッパーシートポストを使う。レース中にサドルを下げ、難度の高いセクションで安全を確保するためだ。平林は雨の全日本選手権で危険度の増した『浄蓮の滝』『枯山水』セクションを走るときにサドルを下げていた。使うのはロックショックス・リバーブAXS。ワイヤレスなのでワイヤー起因のトラブルも防げるという。
ステム&ハンドルはシンクロスの一体型Fraser IC SL WCだ。ステム突き出し量は100mm、角度は−20度。ハンドル幅は680mm。これに10mmのスペーサーを入れてポジションを出す。
ハンドルバーにはドロッパーポストとサスペンションのロックアウト・レバーをつける。ドロッパーは右、ロックアウトは左にしてあるのは、同時に使うこともあるからだ。ロックアウトは1回のレバー操作で前後サスをロックさせる。スピードの必要な登りでは積極的にサスペンションを固める、と平林。
ホイールにはシンクロスの上位カーボンホイール SILVERTON 1.0Sを使用。ホイール前後セットの重量はカタログ値で1,340g、当然29インチ外径のリム内幅は30mmと太めだが、今どきの標準だ。
タイヤには、チャオヤンのレース用モデル PHANTOM SPEEDを使っている。7月から使い始めたが、かなり気に入っているとのこと。タイヤのノブがとても低く、サイドのケーシングにはコシがある。ノブではなく全体がしなって路面に食いつき、低圧でも転がりの速さを保てる。高まったレース速度に合わせて全体スピードを重視したセレクトだ。サイズは29x2.2。タイヤの空気は1.35気圧で使う。
「フレーム剛性が高いので、サス設定次第で速度はさらに上がる」
このバイクの特徴的な部分を平林に聞いた。
「やっぱり内蔵サスペンションですね。カバーで覆われていることで(泥被りなどを防ぎ)リアサスペンションの動きが損なわれないのがいいですね。寿命が伸びるのも気に入っています。
この機構のおかげでフレームのBB周りの剛性が増えているので、下りのときの剛性感と登りでのパワーロスの少なさがとても特徴的です。フレーム剛性が上がった分、サスペンションをきちんと設定するとものすごく良く走ります。
また重量部が下にあるのでコーナーの入りも抜けも良く、サスペンションの設定次第でさらにタイムを上げられます。基礎の部分がしっかりしているということですね。
「とにかくタイムを左右するのは、タイヤとサスのセッティングです。これが今のところのその僕とチームの、仮説と言いますか、予想ですね。
それが修善寺・伊豆MTBコースでの雨のコンディションでも、下りでのスピードに繋がったんですね。タイヤも「ドライまたはウェットで選ぶ」という決めつけではなく、セッティングを安定させることがタイムにすごく大きく影響するんだというのも感じました」
「新品のFサスに使い込んだRサスでは、車重バランスが崩れてしまう」
サスに関する平林の話は続く。
「例えば千葉公園での全日本選手権XCCの失敗(途中で失速し9位に)は、車体のマネジメントが反省点です。予選でサスが抜けた感触があったので、決勝ではフロントフォークを新品に交換したんです。ですが走り込んだリアサスと、オーバーホールしたばかりのフレッシュなフロントサスだと、やっぱり車重バランスが変わるんです。
使い込んだリアサスの方が、沈みのタイミングもフレッシュなサスに比べて、シールとかが使い込まれてちょっと柔らかいんですよね。そこの差が、コーナリングとか立ち上がりの伸びで大きく出るんです。これからは、サスのオーバーホールや車体整備のタイミングも変えていく必要があるなっていうのを感じたレースでした。
サスのエア圧もそうですが、自分の規程圧でタイムを測って、良いタイムが出るものに合わせます。基準値プラス自分の好みの設定で合わせていきます。それに上りと下りのバランスを考えたサスペンションセッティングを意識しています。周回コースで走った時に、トータルで走った時にタイムが出るような合わせ方をしています」。
しかし肝心のサスペンションセッティングの詳細、これについては教えてもらえなかった。『ヒラバヤシ レーシング ラボラトリー』の最大機密であるようだ。
text&photo:Koichiro Nakamura
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