なんという戦い。なんという戦略と戦略のぶつかり合い。誰よりも勝ち方を知る男、ニノ・シューター(スイス)が共に先頭グループを組んだマティアス・フルッキガー(スイス)を下し、自身9度目のMTBクロスカントリー世界王者に輝いた。



男子エリートレースがスタート。一斉にコースへ駆け出していく男子エリートレースがスタート。一斉にコースへ駆け出していく photo:UCI
MTB世界選手権のクロスカントリー最終日となる4日目のトリを飾るのは男子エリートレース。ドライコンディションの1周3.6km、1周あたりの獲得標高差241mのコースに向け、現地時間15時45分、号砲と共に選りすぐられた51名が一気に飛び出した。

位置取りが大きなカギを握るクロスカントリーレース。この日抜群のスタートダッシュを決めたのはヘンリケ・アヴァンチーニ(ブラジル)だった。今季好調のオンドレイ・シンク(チェコ)が続き、人数を揃えるMTB大国フランスとスイス勢がその後ろに続く。ヴィクトール・コレツキー(フランス)、ニノ・シューター(スイス)、マティアス・フルッキガー(スイス)、そしてフィリッポ・コロンボ(スイス)。この1年アルカンシエルに袖を通したジョーダン・サルー(フランス)はこの日徐々にポジションを落とす苦しい戦いを強いられた。

シンクの牽引によって超高速ペースのままメインループに入り、登り区間では3番手のアヴァンチーニが落車したことで前を行くシューターとシンクが抜け出し、さらにダウンヒルスキルに長けるシューターがシンクを置き去りにしてしまう。アタックすることなく一定ペースを刻んだシューターにはすぐ後続グループが追いついたものの、その独走ぶりは周囲に好調さを強く印象づけた。

レース序盤戦。ニノ・シューター(スイス)がヘンリケ・アヴァンチーニ(ブラジル)をリードするレース序盤戦。ニノ・シューター(スイス)がヘンリケ・アヴァンチーニ(ブラジル)をリードする photo:Val di Sole 2021
フルッキガーとシューターはレース後半まで協調体制を組み、リードを広げたフルッキガーとシューターはレース後半まで協調体制を組み、リードを広げた photo:UCI
追走グループから抜け出したオンドレイ・シンク(チェコ)だが、中盤以降メカトラで後退追走グループから抜け出したオンドレイ・シンク(チェコ)だが、中盤以降メカトラで後退 photo:Val di Sole 2021
男子エリートレースは全6周回。2周目の急勾配区間ではマティアス・フルッキガー(スイス)を従えたシューターがペースアップし、シンクやアヴァンチーニ、コレツキー、ヴラッド・ダスカル(ルーマニア)を降り落とすことに成功。こうしてスイスコンビが独走態勢を築き、この後淡々と追走グループに対してリードを積み重ねていくこととなる。

やがて追走グループからは登坂力に秀でるシンクが抜け出し前を追いかけたものの、互いの走りを知り尽くした先頭2人は登りでも下りでもハイペースを崩さない。3周回を終えたタイミングでその差は40秒まで開いていた。

こうしてアルカンシエルの行方はスイスの2人に委ねられ、5周目(残り2周回)からフルッキガーがシューターに対して攻撃を開始する。「自分の方が今日は強いと感じていた」と振り返るフルッキガーは上りのたびにペースを上げ、一時的にシューターから僅かな差を奪うも決定的なリードには繋がらない。1分後方でコレツキーが3位に上がり、抜かれたシンクはやがてシフターが壊れるトラブルに見舞われ後退を強いられた。

何度も仕掛けたマティアス・フルッキガー(スイス)だったものの、シューターを引き離せなかった何度も仕掛けたマティアス・フルッキガー(スイス)だったものの、シューターを引き離せなかった photo:Val di Sole 2021
追走グループを率いるヘンリケ・アヴァンチーニ(ブラジル)追走グループを率いるヘンリケ・アヴァンチーニ(ブラジル) photo:Val di Sole 2021
決定的な動きが無いまま最終周回に入り、先頭の二人はそれまでよりもペースを落とし、互いの出方をうかがいながらコース前半区間をクリアする。岩が露出したテクニカルな上り区間でも互いにミスはなし。コース中盤の上り区間でフルッキガーがペースアップを図るも、どこか余裕を感じさせながら走るシューターは背後から離れずプレッシャーを掛け続けた。

下り手前の緩斜面区間でフルッキガーが踏み込むも独走態勢に持ち込めず、逆にその下りではテクニックに長けるシューターからプレッシャーを与えられてしまう。ゲレンデの下りを終え、勝負はフルッキガー先行のゴールスプリントに持ち込まれるかと思いきや、最後から3つ目の180度コーナー手前でシューターがインサイドを突き、ラインを交錯させてパス。通常ラインでブレーキングしたフルッキガーと、一方でコーナー直前に漕ぎ足してからハードブレーキしたシューター。不意を突かれたフルッキガーを尻目に、シューターがフルスロットルの加速態勢に入った。

フルッキガーを置き去りにし、フィニッシュラインに飛び込むニノ・シューター(スイス)フルッキガーを置き去りにし、フィニッシュラインに飛び込むニノ・シューター(スイス) photo:Val di Sole 2021
雄叫びを上げながら9度目の世界選手権制覇を遂げたニノ・シューター(スイス)雄叫びを上げながら9度目の世界選手権制覇を遂げたニノ・シューター(スイス) photo:Val di Sole 2021
バックストレートを全開で踏み込み、最終コーナーをクリアしたシューター。フルッキガーも追いかけたものの、いち早くトップスピードに乗せたシューターとの距離は開いていくばかり。何度もハンドルを叩きうなだれるフルッキガーの前で、拳を突き上げながらシューターが勝利した。

「再び戻ってくることができて素晴らしい気分だ。僕にとって完璧なレースだった。良いスタートを切ることができて、その後マティアスと協調体制を組みレースをリードできたんだ。最終周回は疲れていたので、ただ彼から振り落とされないようにするだけ。ダウンヒル区間の序盤で抜こうとしたけれど彼に読まれていた。何か試みるにはコーナーは残り1つしかなかったが、成功したんだ」とレースを振り返るシューター。

昨年〜今季は全盛期の強さをなかなか発揮できず、優勝候補に挙げる声が少なかった中で下馬評を覆す大逆転勝利。2008年のU23世界チャンピオンを射止めた際と同じヴァル・ディ・ソーレの会場で、35歳となったニノが9度目の世界選手権優勝を成し遂げた。なおシューターは2009年のオーストラリア大会で最年少世界チャンピオンになり、その12年後の今年、最年長の世界チャンピオンに輝いたことになる。

XCO男子エリート表彰台:2位フルッキガー、1位シューター、3位コレツキーXCO男子エリート表彰台:2位フルッキガー、1位シューター、3位コレツキー photo:UCI
慣れた手つき豪快にスプマンテを開けるニノ・シューター(スイス)慣れた手つき豪快にスプマンテを開けるニノ・シューター(スイス) photo:UCI
「正直に言えばここ数年、自分自身の力を疑問視していた。期待するだけの力を出せなくなっていたからだ。まだ今後どうするか決めていないけれど、世界選手権という舞台で完璧なレースができたという事実が、より良い将来的な決断をさせてくれるはずだ」と加えている。

また、フルッキガーにとっては3年連続となる世界選手権銀メダル。「勝ちたかったけれど、今は3年連続表彰台を誇りに思える。僕の視点からは最後のニノの作戦は極めてリスキーで、自分のチームメイトに対してやっていいことだとは思わない。ただし起こってしまったことなのでここから学び、将来に生かしたい。次のワールドカップを楽しみにしたいと思う」と、SNSに綴っている(翌日に謝罪コメントを出し、シューターの勝利を讃えている)。

スイス勢を追いかけ続けたコレツキーが自身初の世界選手権表彰台を獲得。以降はダスカル、ブランドル、ゲイズと若手選手が続いた。
MTB世界選手権 XCO男子エリート結果
1位 ニノ・シューター(スイス) 1:22:31
2位 マティアス・フルッキガー(スイス) 0:02
3位 ヴィクトール・コレツキー(フランス) 1:03
4位 ヴラッド・ダスカル(ルーマニア) 1:36
5位 マキシミリアン・ブランドル(ドイツ) 1:43
6位 サムエル・ゲイズ(ニュージーランド) 2:30
7位 ヘンリケ・アヴァンチーニ(ブラジル) 2:31
8位 アラン・ハースリー(南アフリカ) 2:31
9位 フィリッポ・コロンボ(スイス) 2:35
10位 ミラン・ファーダー(オランダ) 2:44
text:So Isobe

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