2021/07/18(日) - 20:50
ボルドーワインで有名なシャトーを繋いだ2回めの個人TT。3週間を経ての最終日前日とあって選手たちにとっては蓄積した疲労との闘い。そしてウェットで涼しかったピレネー山岳を抜けてきた身に堪える本格的な暑くドライな夏日になった。
冷却用のアイスベストを着てウォームアップするクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto AYANO
各チームのピットとなるバスエリアには前回の第5ステージのTTではほとんど使われなかった大型扇風機が並んだ。総合争いやステージ争いと関係のない選手には別の目標があればそれに備えて体力をセーブする日でもある。といっても明日のシャンゼリゼか、それともこの週末に迫る東京五輪か。そして選手やスタッフたちは朝から月曜の東京へのフライトに備えPCR検査に奔走していた。
3本ローラーでアップするマッズ・ピーダスン(デンマーク、トレック・セガフレード) photo:Makoto AYANO
「また脚が伸びたみたいでサドルを上げてみる」とヴェガールステイク・ラエンゲン(UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)が駆るタイムトライアルバイク、コルナゴK-ONE photo:Makoto AYANO
UAEチームエミレーツのマチン・フェルナンデス監督はポガチャルがブエルタに出場することは否定した photo:Makoto AYANO
9番目という今までにないほど早いスタート順のクリス・フルームはリラックスした表情でローラーでアップする。アイスベストを着て、身体を冷却しながらのウォームアップ。そしてスタート待機場所に入ると総合ディレクターのクリスティアン・プリュドム氏がフルームに声を掛けるためにやってきた。
総合ディレクターのクリスティアン・プリュドム氏がクリス・フルームを激励する photo:Makoto AYANO
おそらくは、命さえ危ぶまれた大怪我からの復活となった2年ぶりのツールを完走しようとしていること、しかしその復帰も第3ステージの落車による怪我によって再び困難な3週間となってしまったことへのねぎらいの言葉をかけたのだろう。プリュドム氏はフルームがスタートに向かうとき、拳を付き合わせて激励していた。
ところで昨年のツールではプリュドム氏は大会スポンサーなど外部の人と接触することが多いというその役職上、選手やチームスタッフとは接触の許されない「バブル外」に属した。しかし今もってアナウンスはないものの、こうして選手と接する距離が許されたのはひとつの変化だ。毎日重ねられるPCR検査でも陽性者が出ていないこともその判断基準にあるのだろう。
スタートするクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto AYANO
そして5分28秒遅れの123位で走り終えたフルームはレース後、明日シャンゼリゼに向かう心境を次のように話した。
「シャンゼリゼには今までとは全く違うポジションで向かうことになるね。前までの数回は僕がイエローを着ているか、チームメイトが着ているかだったからね。明日ははたしてどう感じるんだろう? ともかく3週間走りきったことを楽しみたいね」。
TTのコースについては「僕はすごく疲れた(笑)。コースはすごくピュアタイムトライアリスト向き。フラットで高速、ビッグパワーが必要で、たぶんキュングやファンアールトに向いているね」と分析した。
メディアの仕事をするツール覇者サー・ブラドレー・ウィギンズ photo:Makoto AYANO
そしてフルームらイスラエルスタートアップネイションには明日のシャンゼリゼで別の大きな目標ができたようだった。
スタートの2時間ほど前、アンドレ・グライペルが今シーズンをもって引退することを発表したのだ。2006年のプロデビューから15年のキャリアを終える39歳のグライペル。身長183cm、筋肉質で大柄な身体のドイツ人スプリンターは「ロストックのゴリラ」とあだ名され、ツールでは通算11勝している。そのゴリラにとって最後のツールであり、今日は最後のTT。そして明日はシャンゼリゼがフィナーレとなる。グライペルの勝利はチームの目標になる。
集中するシュテファン・ビッセガー(スイス、EFエデュケーション・NIPPO) photo:Makoto AYANO
34番目スタートのシュテファン・ビッセガー(EFエデュケーション・NIPPO)は暑さ対策として氷水をかぶり、ストッキングにアイスキューブを仕込んだものを背中へ、そして氷そのものをジャージの袖口やパンツの裾から中へ滑り込ませ、グローブの中にまで仕込んで冷却に努めていた。
至るところに氷を仕込むシュテファン・ビッセガー(スイス、EFエデュケーション・NIPPO) photo:Makoto AYANO
ゼッケンはネットに収めて斜めに photo:Makoto AYANO
スタートするシュテファン・ビッセガー(スイス、EFエデュケーション・NIPPO) photo:Makoto AYANO
パリ〜ニースの個人T.Tステージ覇者のビッセガーは、前回のTTでは雨の時間帯の出走になり、濡れた路面でスリップして失速。その悔しさをもっての好走で長くホットシートに座ることになる。
ボルドーワインの名産地「ドルドーニュ川右岸地区」を巡った個人TT
延々と葡萄畑が広がるコース photo:Kei Tsuji
スタート地点のリブルヌはボルドーから東35kmほどに位置する小さな街。ここから「グラン・クリュ」と呼ばれる名シャトーの点在するフィニッシュ地点のサン=テミリオンにかけての一帯はプレミアムなワインの産地。「ボルドー」を名乗ることができるジロンド県全域のなかでも「ドルドーニュ川右岸地区」として数々の有名なシャトーが点在するエリア。ボルドーワインはカベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、メルローといった品種が中心で、ここサン=テミリオン周辺ではメルローの比率が高まるという。
4位に終わったシュテファン・キュング(スイス、グルパマFDJ) photo:Makoto AYANO
コースは葡萄畑の間を縫うような道を繋いで走り抜ける。筆者がおもな撮影ポイントに選んだ10km地点のポムロール(Pomerol)もまさにシャトーが有名な町。ちなみに地元の人によればツールがこの一帯を通るのは初めてとのことで、沿道のシャトーやカーヴ(ワインセラー)など要所でレース後のパーティの準備が進められていた。さらにカンタン・パシェ(B&Bホテルズ・KTM)がまさにこの近くの出身選手ということで、葡萄畑の沿道は大いに盛り上がっていた。
走り終えてオールアウト状態だったシュテファン・キュング(スイス、グルパマFDJ) photo:CorVos
撮影しているすぐ脇に居たシャトー勤務の男性は「夜はワインパーティだし、この暑さにはやっぱりビールだね」とクーラーボックスの缶ビールを立て続けに開けていた。「シャトーには日本のワイン買付人や料理人が良く来るんだ」とも話してくれた。
カスパー・アスグリーン(デンマーク、ドゥクーニンク・クイックステップ)は2位のタイム photo:CorVos
ビッセガー(スイス)、ミッケル・ビョーグ(デンマーク、UAEチームエミレーツ)、カスパー・アスグリーン(デンマーク、ドゥクーニンク・クイックステップ)、シュテファン・キュング(スイス、グルパマFDJ)と、スイスとデンマークの選手が続いてホットシートを奪い合った。柄は違うものの赤地に白十字の国旗は似ていているのが面白い。
トップタイムを叩き出したワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
そんな赤白国旗の選手たちのひしめき合う上位争いを大差で制したベルギー人のワウト・ファンアールトは、アップダウンが多くパンチャー向きの第5ステージのTTよりもパワーとスピードが要求されるこのコースのほうが自分には向いていたことが有利に働いたと分析する。2年前の2019年ツールでステージ優勝が期待されたポーでの個人TTは、コーナーのインを攻めすぎてバリケードに引っかかり落車、太腿に大怪我を負った。それ以来「ウィッシュリスト」に入っていた目標をまたひとつ叶えることができた。
「僕たちのチームにとって困難の多いツールになったけど、戦い抜いてステージ3勝とヨナスの総合2位という結果を得ることができた。たった4人で戦い続けた僕らチームを誇りに思う」とワウトは言う。
トップタイムで走り終えたワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:CorVos
モンヴァントゥーを2回登った第12ステージに続くステージ2勝目。第10ステージではカヴェンディッシュに次いで2位になっており、山も登れる、スプリントもできる、そして個人TTでも勝てる。つまり万能で何でもできるということを改めて証明したファンアールト。もともと5月の盲腸の手術以来、練習が中断した空白期間からこのツールには調子を上げきれないまま参戦していた。そしてこの勝利はツールと今週末に迫る東京五輪のロード&個人TTに向けての調子が完璧に仕上がってきたことも意味する。
昨冬のオフシーズンの間には東京五輪TTを睨んでアイントホーフェン工科大学に通いTTポジションの改善に努めていたというワウト。東京五輪ではロードとともにTTでも優勝候補だろう。
ワウトは言う「僕が東京五輪のTTの最有力候補だとは考えていない。今日のTTは標高差がたった250mだったけど、東京は700mもある。自分にとってはハードなコースへのビッグチャレンジになる。でもその一方で、今日の暑さのなかでのTTはいい予習になった」「この結果を踏まえれば、東京へのいい自信になった。全力を尽くすけど、それでもタデイ(ポガチャル)のような総合系の選手向きであると思っている。彼は出ないんだっけ? たぶんそれは自分たちには幸運かもしれない」。
3位と好走したヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
赤字に白十字の選手たちの活躍ぶりは総合2位のヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク)にまで及んだ。体重58kgしかない総合系ライダーがコーナーを果敢に攻め、トップ3に食い込む好走。ヴィンゲゴーはすでに個人TTでは実績があったものの、スペシャリストを相手に驚きのパフォーマンスだった。総合2位をほぼ確定。初出場のツールデビューでパリの表彰台に上がることになるのは2002年のライモンダス・ルムサス(ランプレ)、2013年ナイロ・キンタナ、2020年ポガチャルに続くツール史上4人目となる。
ヘルメットを手で抑える仕草でフィニッシュしたヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク、ユンボ・ヴィスマ) photo:CorVos
ヴィンゲゴーは「初出場のツールで総合2位なんて思いもしない結果だよ。ツールにはプリモシュ(ログリッチ)のアシストとして参加し、彼をサポートしながら総合順位でも上位に食い込めればいいなという程度だった。不運にもプリモシュを失い、僕にチャンスが巡ってきた。とても素晴らしいし、まだ実感が湧かないよ」と話す。
リチャル・カラパス(エクアドル、イネオス・グレナディアーズ)は23位のタイム photo:Makoto AYANO
総合3位リチャル・カラパスに対するリードは6秒から1分43秒に。それでも総合3位までの表彰台の順位の入れ替わりは無く、カラパスもエクアドル人として初のシャンゼリゼのポディウムに登ることを決めた。
ヴィンゲゴーが死力を尽くしたのに比べて、おそらくポガチャルはマイヨ・ジョーヌが確実なことでリスクを負わず、安全に走りきった。ヴィンゲゴーに25秒差を返されても微塵も痛くない5分20秒の差がある。ともかくポガチャルはツールに2回勝ったもっとも若い覇者(22歳と300日)としてパリに向かうことになる。
タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)は8位のタイムでマイヨジョーヌを守った photo:Makoto AYANO
UAEエミレーツはこの日、レースを終えてすぐマクドナルドにチームバスを横付けしているところを目撃されている。ポガチャルが食べたのはビッグマックかチキンナゲットか、サイドメニューのフライドポテトこそがメインだった可能性もある。チームのメインスポンサーのUAEは(バーレーン同様)アラブの国だけに酒はご法度で、夜のディナーでもサンテミリオンの特級ワインとはチーム内規的に無縁だったはずだ。
手堅く走ってマイヨジョーヌを堅持したタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:CorVos
最終ステージ、シャンゼリゼへの凱旋フィニッシュはマーク・カヴェンディッシュがエディ・メルクスの記録を更新する35勝目を挙げるかどうかに注目だ。しかしファンアールトも勝利インタビューの中で明日のシャンゼリゼでも勝利を目指してスプリントすることを公言した。
「明日はやってみるよ。なぜならシャンゼリゼステージは特別で誰もが勝ちたがるもの。マーク(カヴェンディッシュ)はすごく強くてチームのリードアウトもすごくいいけど、勝利を目指さない理由はない。やってみるよ」。
記録更新への期待に拍手喝采を受けて走ったマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANO
ワウトがスプリンターかつパヴェのクラシックも得意とすることを忘れてはいけない。シャンゼリゼの石畳はパリ〜ルーベ未満、ロンド・ファン・フラーンデレンに近い荒れ具合だ。
そしてこのツールが最後のグライペルも有終の美を飾ることに意欲を覗かせる。2015、2016年と2度シャンゼリゼで勝っているグライペルの勝利を狙うことがこの数日でチームが決めた大きな目標になっていたという。イスラエル・スタートアップネイションのリック・フェルブリュッヘ監督はこの日のレース後、「我々はパリでの最終ステージでグライペルが勝利できるようフォーカスする」と宣言した。この数日はチームを挙げてグライペルを勝利させるべく準備をしてきていた、と。
自身最後のツール・ド・フランスで最後のTTを走るアンドレ・グライペル(ドイツ、イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto AYANO
グライペルは2006年にTモバイルでプロデビュー、2010年まで所属したHTCコロンビアまでカヴェンディッシュとは一緒のチームで過ごした期間が長かっただけでなく、ときにスプリンター2人体制で同じレースを走ってスプリントでワン・ツー勝利も重ね、勝利を分け合った仲でもある。
そしてスプリンターの多くはすでに去ってはいるが、未だにこのツールで1勝もしていないチームが23チーム中8チームもある。なんとかして勝利を挙げたく、スプリントに持ち込めないなら奇襲を掛けてくる。昨年サプライズを仕掛けたジャスパー・ストゥイヴェン&マッズ・ピーダスンのトレックコンビも、昨年以上にうまくやるべく連携を深めている様子だ。カヴの35勝記録達成は決して易しいことじゃない。
そしてスーパー敢闘賞は投票を終えてフランク・ボナムール(フランス、B&Bホテルズ・KTM)に決まった。アタックを繰り返し、ステージのトップ10入りは5位が2回、6位が1回、9位が1回。ステージ優勝は無く、ステージ敢闘賞の受賞も無かったが、連日の積極的な走りが投票に結びついたようだ。
text&photo:Makoto.AYANO in Bordeaux FRANCE
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ところで昨年のツールではプリュドム氏は大会スポンサーなど外部の人と接触することが多いというその役職上、選手やチームスタッフとは接触の許されない「バブル外」に属した。しかし今もってアナウンスはないものの、こうして選手と接する距離が許されたのはひとつの変化だ。毎日重ねられるPCR検査でも陽性者が出ていないこともその判断基準にあるのだろう。
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そして5分28秒遅れの123位で走り終えたフルームはレース後、明日シャンゼリゼに向かう心境を次のように話した。
「シャンゼリゼには今までとは全く違うポジションで向かうことになるね。前までの数回は僕がイエローを着ているか、チームメイトが着ているかだったからね。明日ははたしてどう感じるんだろう? ともかく3週間走りきったことを楽しみたいね」。
TTのコースについては「僕はすごく疲れた(笑)。コースはすごくピュアタイムトライアリスト向き。フラットで高速、ビッグパワーが必要で、たぶんキュングやファンアールトに向いているね」と分析した。
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そしてフルームらイスラエルスタートアップネイションには明日のシャンゼリゼで別の大きな目標ができたようだった。
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34番目スタートのシュテファン・ビッセガー(EFエデュケーション・NIPPO)は暑さ対策として氷水をかぶり、ストッキングにアイスキューブを仕込んだものを背中へ、そして氷そのものをジャージの袖口やパンツの裾から中へ滑り込ませ、グローブの中にまで仕込んで冷却に努めていた。
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ボルドーワインの名産地「ドルドーニュ川右岸地区」を巡った個人TT
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ビッセガー(スイス)、ミッケル・ビョーグ(デンマーク、UAEチームエミレーツ)、カスパー・アスグリーン(デンマーク、ドゥクーニンク・クイックステップ)、シュテファン・キュング(スイス、グルパマFDJ)と、スイスとデンマークの選手が続いてホットシートを奪い合った。柄は違うものの赤地に白十字の国旗は似ていているのが面白い。
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「僕たちのチームにとって困難の多いツールになったけど、戦い抜いてステージ3勝とヨナスの総合2位という結果を得ることができた。たった4人で戦い続けた僕らチームを誇りに思う」とワウトは言う。
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モンヴァントゥーを2回登った第12ステージに続くステージ2勝目。第10ステージではカヴェンディッシュに次いで2位になっており、山も登れる、スプリントもできる、そして個人TTでも勝てる。つまり万能で何でもできるということを改めて証明したファンアールト。もともと5月の盲腸の手術以来、練習が中断した空白期間からこのツールには調子を上げきれないまま参戦していた。そしてこの勝利はツールと今週末に迫る東京五輪のロード&個人TTに向けての調子が完璧に仕上がってきたことも意味する。
昨冬のオフシーズンの間には東京五輪TTを睨んでアイントホーフェン工科大学に通いTTポジションの改善に努めていたというワウト。東京五輪ではロードとともにTTでも優勝候補だろう。
ワウトは言う「僕が東京五輪のTTの最有力候補だとは考えていない。今日のTTは標高差がたった250mだったけど、東京は700mもある。自分にとってはハードなコースへのビッグチャレンジになる。でもその一方で、今日の暑さのなかでのTTはいい予習になった」「この結果を踏まえれば、東京へのいい自信になった。全力を尽くすけど、それでもタデイ(ポガチャル)のような総合系の選手向きであると思っている。彼は出ないんだっけ? たぶんそれは自分たちには幸運かもしれない」。
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赤字に白十字の選手たちの活躍ぶりは総合2位のヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク)にまで及んだ。体重58kgしかない総合系ライダーがコーナーを果敢に攻め、トップ3に食い込む好走。ヴィンゲゴーはすでに個人TTでは実績があったものの、スペシャリストを相手に驚きのパフォーマンスだった。総合2位をほぼ確定。初出場のツールデビューでパリの表彰台に上がることになるのは2002年のライモンダス・ルムサス(ランプレ)、2013年ナイロ・キンタナ、2020年ポガチャルに続くツール史上4人目となる。
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ヴィンゲゴーは「初出場のツールで総合2位なんて思いもしない結果だよ。ツールにはプリモシュ(ログリッチ)のアシストとして参加し、彼をサポートしながら総合順位でも上位に食い込めればいいなという程度だった。不運にもプリモシュを失い、僕にチャンスが巡ってきた。とても素晴らしいし、まだ実感が湧かないよ」と話す。
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ヴィンゲゴーが死力を尽くしたのに比べて、おそらくポガチャルはマイヨ・ジョーヌが確実なことでリスクを負わず、安全に走りきった。ヴィンゲゴーに25秒差を返されても微塵も痛くない5分20秒の差がある。ともかくポガチャルはツールに2回勝ったもっとも若い覇者(22歳と300日)としてパリに向かうことになる。
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UAEエミレーツはこの日、レースを終えてすぐマクドナルドにチームバスを横付けしているところを目撃されている。ポガチャルが食べたのはビッグマックかチキンナゲットか、サイドメニューのフライドポテトこそがメインだった可能性もある。チームのメインスポンサーのUAEは(バーレーン同様)アラブの国だけに酒はご法度で、夜のディナーでもサンテミリオンの特級ワインとはチーム内規的に無縁だったはずだ。
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最終ステージ、シャンゼリゼへの凱旋フィニッシュはマーク・カヴェンディッシュがエディ・メルクスの記録を更新する35勝目を挙げるかどうかに注目だ。しかしファンアールトも勝利インタビューの中で明日のシャンゼリゼでも勝利を目指してスプリントすることを公言した。
「明日はやってみるよ。なぜならシャンゼリゼステージは特別で誰もが勝ちたがるもの。マーク(カヴェンディッシュ)はすごく強くてチームのリードアウトもすごくいいけど、勝利を目指さない理由はない。やってみるよ」。

ワウトがスプリンターかつパヴェのクラシックも得意とすることを忘れてはいけない。シャンゼリゼの石畳はパリ〜ルーベ未満、ロンド・ファン・フラーンデレンに近い荒れ具合だ。
そしてこのツールが最後のグライペルも有終の美を飾ることに意欲を覗かせる。2015、2016年と2度シャンゼリゼで勝っているグライペルの勝利を狙うことがこの数日でチームが決めた大きな目標になっていたという。イスラエル・スタートアップネイションのリック・フェルブリュッヘ監督はこの日のレース後、「我々はパリでの最終ステージでグライペルが勝利できるようフォーカスする」と宣言した。この数日はチームを挙げてグライペルを勝利させるべく準備をしてきていた、と。

グライペルは2006年にTモバイルでプロデビュー、2010年まで所属したHTCコロンビアまでカヴェンディッシュとは一緒のチームで過ごした期間が長かっただけでなく、ときにスプリンター2人体制で同じレースを走ってスプリントでワン・ツー勝利も重ね、勝利を分け合った仲でもある。
そしてスプリンターの多くはすでに去ってはいるが、未だにこのツールで1勝もしていないチームが23チーム中8チームもある。なんとかして勝利を挙げたく、スプリントに持ち込めないなら奇襲を掛けてくる。昨年サプライズを仕掛けたジャスパー・ストゥイヴェン&マッズ・ピーダスンのトレックコンビも、昨年以上にうまくやるべく連携を深めている様子だ。カヴの35勝記録達成は決して易しいことじゃない。
そしてスーパー敢闘賞は投票を終えてフランク・ボナムール(フランス、B&Bホテルズ・KTM)に決まった。アタックを繰り返し、ステージのトップ10入りは5位が2回、6位が1回、9位が1回。ステージ優勝は無く、ステージ敢闘賞の受賞も無かったが、連日の積極的な走りが投票に結びついたようだ。
text&photo:Makoto.AYANO in Bordeaux FRANCE
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