2016/02/24(水) - 12:10
マヨルカ島でのチームスカイの冬期キャンプを訪問した宮澤崇史。今回はフィジオセラピストが選手のボディメンテナンスを行うシーンを見学、自身の選手時代との違いも含め興味津々だ。
マッサーはおなじみだが、フィジオセラピスト(理学療法士)とは、医学的な知識を持って施術する人のことを指す。疲労回復のためのマッサージとともに、身体のトラブルを見抜き、メンテンナンスすることで選手のパフォーマンスを引き出す重要な役割だ。
日本でいう整体のような身体のバランスを整える施術、超音波などを使ったマッサージでは手の届きにくい場所のメンテナンスをすることで、選手のパフォーマンスを引き出す重要な役割だ。
今回チームスカイのホテルを訪れた時、施術ルームではリードフィジオセラピストのダン・ジルメッテが、選手のイアン・ボズウェルに施術していた。ジャパンカップの際日本にも来てレースを走ったボズウェルはステージレーサーとして期待の25歳のアメリカ人選手だ。
ジルメッテ氏がボズウェルに施術しながら、もうひとりのフィジオセラピストのネイサン・トーマス氏を通じて話をしてくれた。ネイサンはウェールズ出身なので通訳ということもある。
ネイサン氏はラグビーやウェルシュ式ボクシング、ラグビーやクリケットなど自転車以外のスポーツに携わった経験が長く、2014年シーズンからチームに加わっている。それらのスポーツはエンデュランス系スポーツである自転車とは種類が大きく異なっているが、コンタクトスポーツ(つまり接触することが多い競技)であるため、落車からくる身体トラブルについて対応できる知識が豊富なのだという。
自転車界は常に自転車中心の話題や流行り等があるため、こういった他のスポーツを見ているフィジオテラピストは選手にとっても新鮮だ。自転車は落車や体のアンバランスでの故障はあっても、ラグビーのように常に接触するスポーツではないため、私自身が選手の時は、フィジオには怪我からのリハビリテーションの知識は少ないと感じていた。
とりあえず痛みを取ることは出来ても、「そこにどんなトレーニングが必要だ」といったことまで指導できる施術は少なかった。
私の選手時代は、トップチームであっても自転車界に長く居座っている変化の少ないフィジオテラピストが多かった。そのため、常に行う施術は同じで、その選手の癖まで見抜けるフィジオテラピストというのは少なかった。
トーマスは年間150〜170日チームに帯同している。シーズン初めの仕事は、10月に新規加入するライダーの医療系テストをBritish Institute of Sport(英国スポーツ研究所)で行う。循環器や身体のあらゆるパートについてテストをして、通常の状況での身体の動きや、何が強みで何が弱みか、あらゆる方向からテストをするという。
そして、選手の特性に合わせて年間をプログラミングする。その当たり前なことを、当たり前にできるプロチームというのは以外と少ないことを知っている人は少ない。数日で変わるわけではない選手を、年間を通して、もしかしたら数年かかるかもしれないことを見通して、チームスカイは選手に対して投資していることが伺える。
数年前までは「選手は走ることに一生懸命であれば良い」という風潮があったが、今は多くのチームが体幹トレーニングや、ヨガ、ウエイトトレーニングを取り入れている。これは「100人の選手のなかから3人のスーパースターを出そう」という従来の発想から、「3人のスーパースターと40人のスター選手を育成しよう」という取り組みなのだと感じている。その効果を120%発揮するためにも、個々の意思を高く、普段の生活の中に強くなるための最大限の努力をする準備が垣間見える。
チームスカイでは、トレーニング前にはライドの内容ごとにクラス分けを行い、特定の動きを強化するトレーニングが行われた後にライドへ出かけるという。体幹トレーニングをする選手、ストレッチが必要な選手、特性に合わせた「準備」をしてからのライドは意識ももちろんだが、Pre-Activation(走行前の活性化)、High torq / High Resistance sessions → (SFR, 50rpmのようなトレーニング)、Evidence Based workに合わせた、「速く走るための身体の動き」を獲得しながら走り始めるということの重要性を盛り込ませているのだという。
それは、自分の体調や身体(筋肉)の状態を知らないまま自転車に乗ってしまっては故障の原因になることもあるし、筋肉が固く可動範囲が悪い状態でトレーニングを行っても良いトレーニングができないからだ。これはトップ選手だけに言えることではなく、私たちのような一般ライダーにも同じく言えること。料理人が包丁を使う前に刃先を整えるのと同じだと言えるだろう。
選手にとって故障のリスクは、腰(背中下部)やアキレス腱があげられる。シーズン初めに故障のリスクを取り払うことによって、シーズンを通して良いコンディションで戦う準備をする。
プロ選手の多くも腰の痛みはシーズンを通して起こる可能性が高い。私も現役時代は腸腰筋が張ってくると、付け根である腰椎(腰の痛くなる部分)が引っ張られすぎて痛みが出ていた。それを知って、自分で腸腰筋、腸骨筋をマッサージできるように勉強したくらいだった。
ちょうど施術を受けていたボズウェルは、自分でコンディションを作るトレーニングを非常に多く取り入れている選手の一人だという。それによって回復力やトレーニングの効果が高まることを感じていると言う。
自分自身を知ることで、自分のライディングスタイルや、フォーム、ペダリングまで気を遣いはじめる。「この筋肉が張りはじめると、体調が悪くなり始はじめる」といった細かいことまでわかってくる。
ボズウェルがセルフケアをすることにはきっかけがあった。新人であった2015年に膝の故障で悩んだ時期があり、故障を防ぐためのワークアウトの重要性を経験しているからなのだ。そして、自分のやり方にこだわるのではなく、常に周りの声に耳を傾け、自分の形を作ることのできる選手だからこそ、その重要性が分かっているのだ。
最近では、私(宮澤)もトレーニング本を出したのだが、まさにそういったことを書いている。それは、トッププロ選手でも必要なことだからだ。毎日の身体の状態を把握し、その時に一番効果の出るトレーニング、レース内容を遂行するためにも、こういった意識の高い選手、それを支えるフィジオテラピストが必要であり自信につながるのだ。
私が監督をしているレモネード・ベルマーレも、福田昌弘(ハムスタースピン)、安藤隼人(スマートコーチング)に同じく選手の特徴に合わせた必要なトレーニングメニュー作成を行ってもらっている。日本のチームにも、こういった選手を育てる教育的なチーム作りが今後求められるだろう。
ヨガや体幹トレーニングも、その選手の特徴を生かしたトレーニング内容にしなければ伸びないし、どう結果に繋がったかという実感はない。当たり前のことなのだが、個々の特徴にフォーカスして、トレーニングしているチームスカイはとてもレベルの高いチームだと感じた。
パフォーマンスが高ければ高いほど選手はどんどん成長するし、それは常に生活の中で細かな気配りを選手自身が行い、フィジオセラピストとの信頼関係を築き合うことで、チームとして大きな目標に立ち向えるのだと感じた。
だからこそ選手は真面目でないとプロは務まらない。その真面目さは、何キロ走ったとか、何時間走ったかではなく、「どれだけのパフォーマンスを出せたか!」というシンプルなものなのだ。
文:宮澤崇史
写真:綾野 真
story:Takashi.MIYAZAWA
photography&edit:Makoto.AYANO
宮澤崇史プロフィール
1978年2月27日生まれ 長野県出身 自転車プロロードレーサー(2014年引退)
高校卒業後、イタリアのチームに所属しロードレーサーとしての経験を積む。しかし23歳の時に母に肝臓の一部を生体移植で提供、成績振るわず戦力外通告によりチーム解雇される。その後フランスで単独活動、オリンピック出場や 日本チャンピオン、アジアチャンピオンなど実績を重ねる。イタリアのアミーカチップス、ファルネーゼヴィーニを経て34歳の時にUCIプロチーム サクソバンクに所属。在籍中にリーダージャージ(個人総合時間賞)・ポイントジャージ(スプリントポイント賞)に日本人選手として唯一袖を通した。18年間の海外レース活動を経て、2014年に引退。現在はチームマネジメントやコーチング、スポーツサイクリング関連のアドバイザーやメディア出演など多方面で活躍。
【主な戦歴】
2006年〜2007年 ツール・ド・おきなわ 大会史上初の2年連続優勝
2007年 アジア選手権ロード優勝 アジアチャンピオン
2008年 北京オリンピック出場
2008〜2009年 ツール・ド・北海道 大会史上初2年連続総合優勝
2010年 全日本選手権ロードレース優勝
2010年 アジア大会ロード出場(アジアオリンピック)銀メダル獲得
オフィシャルサイト:bravo
マッサーはおなじみだが、フィジオセラピスト(理学療法士)とは、医学的な知識を持って施術する人のことを指す。疲労回復のためのマッサージとともに、身体のトラブルを見抜き、メンテンナンスすることで選手のパフォーマンスを引き出す重要な役割だ。
日本でいう整体のような身体のバランスを整える施術、超音波などを使ったマッサージでは手の届きにくい場所のメンテナンスをすることで、選手のパフォーマンスを引き出す重要な役割だ。
今回チームスカイのホテルを訪れた時、施術ルームではリードフィジオセラピストのダン・ジルメッテが、選手のイアン・ボズウェルに施術していた。ジャパンカップの際日本にも来てレースを走ったボズウェルはステージレーサーとして期待の25歳のアメリカ人選手だ。
ジルメッテ氏がボズウェルに施術しながら、もうひとりのフィジオセラピストのネイサン・トーマス氏を通じて話をしてくれた。ネイサンはウェールズ出身なので通訳ということもある。
ネイサン氏はラグビーやウェルシュ式ボクシング、ラグビーやクリケットなど自転車以外のスポーツに携わった経験が長く、2014年シーズンからチームに加わっている。それらのスポーツはエンデュランス系スポーツである自転車とは種類が大きく異なっているが、コンタクトスポーツ(つまり接触することが多い競技)であるため、落車からくる身体トラブルについて対応できる知識が豊富なのだという。
自転車界は常に自転車中心の話題や流行り等があるため、こういった他のスポーツを見ているフィジオテラピストは選手にとっても新鮮だ。自転車は落車や体のアンバランスでの故障はあっても、ラグビーのように常に接触するスポーツではないため、私自身が選手の時は、フィジオには怪我からのリハビリテーションの知識は少ないと感じていた。
とりあえず痛みを取ることは出来ても、「そこにどんなトレーニングが必要だ」といったことまで指導できる施術は少なかった。
私の選手時代は、トップチームであっても自転車界に長く居座っている変化の少ないフィジオテラピストが多かった。そのため、常に行う施術は同じで、その選手の癖まで見抜けるフィジオテラピストというのは少なかった。
トーマスは年間150〜170日チームに帯同している。シーズン初めの仕事は、10月に新規加入するライダーの医療系テストをBritish Institute of Sport(英国スポーツ研究所)で行う。循環器や身体のあらゆるパートについてテストをして、通常の状況での身体の動きや、何が強みで何が弱みか、あらゆる方向からテストをするという。
そして、選手の特性に合わせて年間をプログラミングする。その当たり前なことを、当たり前にできるプロチームというのは以外と少ないことを知っている人は少ない。数日で変わるわけではない選手を、年間を通して、もしかしたら数年かかるかもしれないことを見通して、チームスカイは選手に対して投資していることが伺える。
数年前までは「選手は走ることに一生懸命であれば良い」という風潮があったが、今は多くのチームが体幹トレーニングや、ヨガ、ウエイトトレーニングを取り入れている。これは「100人の選手のなかから3人のスーパースターを出そう」という従来の発想から、「3人のスーパースターと40人のスター選手を育成しよう」という取り組みなのだと感じている。その効果を120%発揮するためにも、個々の意思を高く、普段の生活の中に強くなるための最大限の努力をする準備が垣間見える。
チームスカイでは、トレーニング前にはライドの内容ごとにクラス分けを行い、特定の動きを強化するトレーニングが行われた後にライドへ出かけるという。体幹トレーニングをする選手、ストレッチが必要な選手、特性に合わせた「準備」をしてからのライドは意識ももちろんだが、Pre-Activation(走行前の活性化)、High torq / High Resistance sessions → (SFR, 50rpmのようなトレーニング)、Evidence Based workに合わせた、「速く走るための身体の動き」を獲得しながら走り始めるということの重要性を盛り込ませているのだという。
それは、自分の体調や身体(筋肉)の状態を知らないまま自転車に乗ってしまっては故障の原因になることもあるし、筋肉が固く可動範囲が悪い状態でトレーニングを行っても良いトレーニングができないからだ。これはトップ選手だけに言えることではなく、私たちのような一般ライダーにも同じく言えること。料理人が包丁を使う前に刃先を整えるのと同じだと言えるだろう。
選手にとって故障のリスクは、腰(背中下部)やアキレス腱があげられる。シーズン初めに故障のリスクを取り払うことによって、シーズンを通して良いコンディションで戦う準備をする。
プロ選手の多くも腰の痛みはシーズンを通して起こる可能性が高い。私も現役時代は腸腰筋が張ってくると、付け根である腰椎(腰の痛くなる部分)が引っ張られすぎて痛みが出ていた。それを知って、自分で腸腰筋、腸骨筋をマッサージできるように勉強したくらいだった。
ちょうど施術を受けていたボズウェルは、自分でコンディションを作るトレーニングを非常に多く取り入れている選手の一人だという。それによって回復力やトレーニングの効果が高まることを感じていると言う。
自分自身を知ることで、自分のライディングスタイルや、フォーム、ペダリングまで気を遣いはじめる。「この筋肉が張りはじめると、体調が悪くなり始はじめる」といった細かいことまでわかってくる。
ボズウェルがセルフケアをすることにはきっかけがあった。新人であった2015年に膝の故障で悩んだ時期があり、故障を防ぐためのワークアウトの重要性を経験しているからなのだ。そして、自分のやり方にこだわるのではなく、常に周りの声に耳を傾け、自分の形を作ることのできる選手だからこそ、その重要性が分かっているのだ。
最近では、私(宮澤)もトレーニング本を出したのだが、まさにそういったことを書いている。それは、トッププロ選手でも必要なことだからだ。毎日の身体の状態を把握し、その時に一番効果の出るトレーニング、レース内容を遂行するためにも、こういった意識の高い選手、それを支えるフィジオテラピストが必要であり自信につながるのだ。
私が監督をしているレモネード・ベルマーレも、福田昌弘(ハムスタースピン)、安藤隼人(スマートコーチング)に同じく選手の特徴に合わせた必要なトレーニングメニュー作成を行ってもらっている。日本のチームにも、こういった選手を育てる教育的なチーム作りが今後求められるだろう。
ヨガや体幹トレーニングも、その選手の特徴を生かしたトレーニング内容にしなければ伸びないし、どう結果に繋がったかという実感はない。当たり前のことなのだが、個々の特徴にフォーカスして、トレーニングしているチームスカイはとてもレベルの高いチームだと感じた。
パフォーマンスが高ければ高いほど選手はどんどん成長するし、それは常に生活の中で細かな気配りを選手自身が行い、フィジオセラピストとの信頼関係を築き合うことで、チームとして大きな目標に立ち向えるのだと感じた。
だからこそ選手は真面目でないとプロは務まらない。その真面目さは、何キロ走ったとか、何時間走ったかではなく、「どれだけのパフォーマンスを出せたか!」というシンプルなものなのだ。
文:宮澤崇史
写真:綾野 真
story:Takashi.MIYAZAWA
photography&edit:Makoto.AYANO
宮澤崇史プロフィール
1978年2月27日生まれ 長野県出身 自転車プロロードレーサー(2014年引退)
高校卒業後、イタリアのチームに所属しロードレーサーとしての経験を積む。しかし23歳の時に母に肝臓の一部を生体移植で提供、成績振るわず戦力外通告によりチーム解雇される。その後フランスで単独活動、オリンピック出場や 日本チャンピオン、アジアチャンピオンなど実績を重ねる。イタリアのアミーカチップス、ファルネーゼヴィーニを経て34歳の時にUCIプロチーム サクソバンクに所属。在籍中にリーダージャージ(個人総合時間賞)・ポイントジャージ(スプリントポイント賞)に日本人選手として唯一袖を通した。18年間の海外レース活動を経て、2014年に引退。現在はチームマネジメントやコーチング、スポーツサイクリング関連のアドバイザーやメディア出演など多方面で活躍。
【主な戦歴】
2006年〜2007年 ツール・ド・おきなわ 大会史上初の2年連続優勝
2007年 アジア選手権ロード優勝 アジアチャンピオン
2008年 北京オリンピック出場
2008〜2009年 ツール・ド・北海道 大会史上初2年連続総合優勝
2010年 全日本選手権ロードレース優勝
2010年 アジア大会ロード出場(アジアオリンピック)銀メダル獲得
オフィシャルサイト:bravo
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