多くのプロレーサーをして、過酷と言わしめるクラシックレース。そのコースにアマチュアライダーが挑むことが出来る市民レースへ、今年も挑戦してきた宇賀神善之さんからのレポートをお届けします。今年は世界最強の呼び声高い「リエージュ~バストーニュ~リエージュ」のコースにチャレンジしました。

宇賀神さんが過去に挑戦したロンド・ファン・フラーンデレン、パリ~ルーベ、アムステル・ゴールド・レースの市民レースの記事はこちら



仏語、蘭語、英語の3ヶ国語で歓迎する。仏語、蘭語、英語の3ヶ国語で歓迎する。 photo:Yoshiyuki.Ugajin
今年も来ました。クラシック。かれこれ4年目になるクラシックレースを巡る旅行。過去3年で、ロンド・ファン・フラーンデレン、パリ~ルーベ、アムステル・ゴールド、と1週間ずつ日程をずらしクラシック市民レースにトライしてきました。

今回はクラシック最終戦。ラ・ドワイエンヌとも呼ばれ、明治25年に始まり今回で116回目。サイクルロードレース史上最も歴史のあるレースであり、世界最強のタフなコースと言われるリエージュ~バストーニュ ~リエージュ(以下LBL)。その市民レースであるリエージュ~バストーニュ~リエージュ・チャレンジ(以下LBLC)に挑みます。

前日受付の会場は非常にスムーズ前日受付の会場は非常にスムーズ photo:Yoshiyuki.Ugajin明日のコースを確認する明日のコースを確認する photo:Yoshiyuki.Ugajin


前日受付に続々と集まるライダーたち前日受付に続々と集まるライダーたち photo:Yoshiyuki.Ugajin
物販も行われていた物販も行われていた photo:Yoshiyuki.Ugajinマビックのメカニックが検車してくれるマビックのメカニックが検車してくれる photo:Yoshiyuki.Ugajin


LBL。テレビ観戦だとただただ美しい緑の丘陵を走り抜ける光景が延々と続き、世界最強のレースと言われるイメージは掴みにくい。ロンドや、パリ~ルーベのような見た目の凶暴さは全く見受けられなく、その姿は美しく清楚で上品な貴婦人のようだ。

ところがプロレースでは258.5kmの距離で獲得標高4000mを超えるという。距離の長さはクラシックレースの特徴でもあるが、森林限界も超えずアルプスやピレネーでもないのに獲得標高が4000mとは驚きだ。

私の走るコースはリエージュからバストーニュまでは行かず、途中ショートカットして後半の決めコースに合流する154km。アナウンスによると7つの登りがあり獲得標高は2705m。7つの登りも調べでは長い区間ではコル・デュ・ロゼールの4.4km、平均6%。勾配のきつさではコート・ド・ラ・ルドゥットの2km、平均8.9%、最大20%。

トップチューブに貼るプロフィールステッカー。これは便利トップチューブに貼るプロフィールステッカー。これは便利 photo:Yoshiyuki.Ugajin
一つ一つはそれほどキツそうでもない印象で、十分楽しめそうだ。ところがこの考えは甘かった!スタート直後から続く名も無き峠の連続で7つの登りに入る前にかなり消耗してしまい苦しい1日となるのである。

LBLC当日は晴れ。予報では最高気温25℃だ。今年はパリ~ルーベの週から暑い日が続いているらしい。クラシックといえばまだ肌寒いイメージがあった私は少々驚いた。一昨年のLBLは雪が降ったほどだ。

現地入りして昨日までは、アムステルのカウベルグ周辺コースや、足を伸ばしてフランドルの激坂石畳、それにFW(フレーシュ・ワロンヌ)観戦とユイの壁周回のサイクリングを楽しんだ。毎日天気に恵まれ、こんなに暑い日々とは思わず夏ジャージは1セットしか持ってこなかったので毎晩洗濯することになった。一度も雨に降られないベルギー旅行は初めてである。

レース当日、いよいよスタートだ。レース当日、いよいよスタートだ。 photo:Yoshiyuki.Ugajin
「私をドワイエンヌとは呼ばせないわ。」とポーズを決める。「私をドワイエンヌとは呼ばせないわ。」とポーズを決める。 photo:Yoshiyuki.Ugajinこちらはスバルではなくシュコダのマビックカーこちらはスバルではなくシュコダのマビックカー photo:Yoshiyuki.Ugajin


スタート会場に着いたのは8時。スタートは6時30分から9時30分のフリースタートだったのでもう少し早く到着したかったがマーストリヒトに投宿した私は始発が7時19分と遅かったため仕方がない。半分以上はとうにスタートしてしまっただろうがそれでも会場にはこれから出発のライダーでいっぱいだ。参加ライダーは8000人。最長距離は274km。凄い規模だし言葉の異なる人々も多いが全く混乱はない。ASOの運営はさすがだ。素晴らしい。

スタートして、しばらくはマース川沿いに進む。大勢と一緒に走っているとまるでパレード走行のようで気分はワールドツアーライダーだ(笑)とんがり屋根とレンガの建物がいかにもヨーロッパでワクワク感が止まらない。

次々に飛び出していく次々に飛び出していく photo:Yoshiyuki.Ugajin
リエージュの町並みを走るリエージュの町並みを走る photo:Yoshiyuki.Ugajin
プロレースのリアルスタートになる最初の坂プロレースのリアルスタートになる最初の坂 photo:Yoshiyuki.Ugajin
8km走っていよいよプロのリアルスタート地点となる登りに入る。ワクワク感もここまで。これからほとんど平坦のない登りと下りの地獄が始まった。それにしても長い。ガーミンには5%の表示。登りに入って5km。まだまだ登りは終わりそうにない。10km登って5km下り、5km登って10km下るといった感じで進んで行く。登り切れば美しい緑の丘陵が広がり爽快だ。登りは辛いが、下りは必ずやってくる。それを楽しみに走る。

それにしても登りにカウントされない「名も無き峠」がこんなあるとは思わなかった。テレビでは絶対伝わらない。そもそもレース前半は中継がないので知る由もないか。そんなことを考えていると、最初のフィーディングゾーンが見えてきた。

最初の坂が非常に長い。最初の坂が非常に長い。 photo:Yoshiyuki.Ugajin
方向案内に従って進む方向案内に従って進む photo:Yoshiyuki.Ugajin最初のフィーディングゾーンが見えてきた最初のフィーディングゾーンが見えてきた photo:Yoshiyuki.Ugajin


雰囲気のあるゾーン雰囲気のあるゾーン photo:Yoshiyuki.Ugajin
ここにもメカサービスがあり安心だここにもメカサービスがあり安心だ photo:Yoshiyuki.Ugajinおなじみのワッフルとパンケーキおなじみのワッフルとパンケーキ photo:Yoshiyuki.Ugajin


フィーディングゾーンでは、水、スポーツドリンクの飲料、バナナ、オレンジの果物、定番のワッフルやパンケーキ、ETIXXの行動食が補給できる。トイレもありメカサービスも設置されているので、カラダにとってもバイクにとっても一息できる。日本のエイドとほぼ同じだが、こちらは3箇所あるフィードゾーン全てが同じ食べ物なので、日本のようにエイドごとに食べられる地元の美味しいものがないのが少々残念だ。

しばし休んで、コース設定上の最初の登り、ランシャンバリエールに入る。5km/6%だがここまで同じような登りが続いていたためこれも「名も無き峠」と思いこみ気付かずに通過した。

ランシャンバリエール峠。地味に長い登り。ランシャンバリエール峠。地味に長い登り。 photo:Yoshiyuki.Ugajin
トラブルにみんなで協力トラブルにみんなで協力 photo:Yoshiyuki.Ugajin川のほとりを走る。下りきったということだ。川のほとりを走る。下りきったということだ。 photo:Yoshiyuki.Ugajin


すぐに第2フィーディングゾーンが現れた。休んだばかりだがここから先が地獄の一丁目。十分休まなければ。何か食べなくては。もう約半分の70kmを消化したのにまだ登りを1つしかこなしていないことになる。散々登ってまだ1つ。これから来る残り6つの登りの間にどれだけの登りが隠されているのか、考えただけで恐ろしくなってきた。

それは突然やってきた。コート・ド・ラ・オートルベ。3.6km/6%。近くにマルシェがあるらしくクルマも多い。ひとことで言えばどーん!と一直線に空に向けて道が続いているといったところか。一直線登りだから、日光駅から霧降六方沢のイメージで登ればいいかと取り付く。補給を取り休んだばかりなので意外と楽しく進む。そして登りきると待望の平坦道がまっすぐに続いていた。心安らぐ平和な平坦。私の体感した限り平坦はここ2kmだけだった。しばしの平坦を楽しむと5km下ってコル・デュ・ロゼールに突入する。

オートルベ峠入り口オートルベ峠入り口 photo:Yoshiyuki.Ugajin最初の1kmがきつい直登となる最初の1kmがきつい直登となる photo:Yoshiyuki.Ugajin


大自然のダウンヒル。豪快に下る。大自然のダウンヒル。豪快に下る。 photo:Yoshiyuki.Ugajin
ロゼール峠入り口ロゼール峠入り口 photo:Yoshiyuki.Ugajin
目に見える勾配が辛い目に見える勾配が辛い photo:Yoshiyuki.Ugajin地元選手の名前だろうか地元選手の名前だろうか photo:Yoshiyuki.Ugajin


ロゼールは林道になり、まるで古賀志のようだ。木立に包まれ、へアピンカーブがある。小鳥のさえずりが疲れを癒してくれる。路上にも選手名のペイントがあり勝負所、応援ポイントなんだなと教えてくれる。距離は長い(4.5km/6%)が、ジャパンカップの田野セブンから古賀志山頂のイメージでやっつけた。

まだまだ、登りはやってくる。ロゼールからスパを経由し10km下って、目の前に現れたのはコル・ドゥ・マキサール(3km/5.1%)。スイッチバックしてグッと上がって行くマキサールの入り口を見て、一緒のパックで走っていた一人が「ワオ!今度はあれ登るのか!」と叫ぶ。そしてこれがやけにダラダラ長く感じる。

徐々に高度が上がっていく徐々に高度が上がっていく (c)Sportograf
マキサール峠まで10キロマキサール峠まで10キロ photo:Yoshiyuki.Ugajin
登りきって一休み登りきって一休み photo:Yoshiyuki.Ugajin途中のレストランで食事を楽しむ余裕が羨ましい途中のレストランで食事を楽しむ余裕が羨ましい photo:Yoshiyuki.Ugajin


地味なようでなかなかの勾配だ。地味なようでなかなかの勾配だ。 (c)Sportograf
マキサールKOM。マキサールKOM。 photo:Yoshiyuki.Ugajin
目の先に風景がパーッと広がり頂上は森の中に隠され、平らなのか登りなのか麻痺したように分からなくなる。一踏み一踏み何も考えず耐える時間の始まりだ。ふとお腹が減っているのに気づいた。ガス欠か?やばいかも。心がヒヤリとした。ポケットにETIXXのエナジージェルが一本。頂上で休み舌が痺れるほど甘いジェルをカラダに流し込んだ。

どんどん辛くなってくる。カラダもきついがコースもキツイ。アルデンヌ3連戦はAGR(アムステル・ゴールド・レース)よりもFW(フレーシュ・ワロンヌ)の方がより厳しいコース設定だという。そしてFWよりLBLはもっと厳しくなるという。そのLBLは走れば走るほど次々と厳しい登りが現れ、疲れきったカラダにより激しい鞭を打つ。あんなに美しい新緑の風景が、光を受け輝く丘陵が何か恐ろしい魔物に思えてきた。下ることさえもうウンザリで、下れば必ず地獄の登り口が待っている。

そしていよいよ ラ・ルドゥットへそしていよいよ ラ・ルドゥットへ photo:Yoshiyuki.Ugajin
前日入りのキャンピングカー前日入りのキャンピングカー photo:Yoshiyuki.Ugajinベルギーの観客のプロベルギーの観客のプロ photo:Yoshiyuki.Ugajin


カタカナで「ジルベール」!そしてこの先が最大の難所カタカナで「ジルベール」!そしてこの先が最大の難所 photo:Yoshiyuki.Ugajin
20%を登る筆者20%を登る筆者 (c)Sportograf
完全に山岳の風景完全に山岳の風景 (c)Sportograf
世界最難関と言われる理由がよくわかってきた。その最難関のメインディッシュ、ラ・ルドゥットの登場だ。LBLで一番の人気観戦ポイントですでに応援の人々がキャンピングカーで乗り込み寛いでいる。「おっ日本人頑張れー!」と声援を受け、這うように進む。平均で10%、最大勾配20%という厳しさで登れない人続出。むしろ登れる方がすごいことなのかもしれない。

進めば進むほど勾配がキツくなるこの区間。もういっぱいいっぱいのところでさらにガツンとペダルが重くなる。うわマジかよと悲鳴をあげると沿道の応援客が走り寄ってきた。「ほら少し助けてあげるから頑張って!」と腰に手を当てグイーンと押し上げてくれた。ほんの2〜3秒のことだったが空まで飛んで行ってしまいそうな力強さでわずかに足も心も回復、この勢いでなんとかクリアした。

登れない人続出。斜行してしまう人も。登れない人続出。斜行してしまう人も。 photo:Yoshiyuki.Ugajinタイム計測区間でもあるタイム計測区間でもある (c)Sportograf


フィーディングゾーンまでもう少しフィーディングゾーンまでもう少し photo:Yoshiyuki.Ugajinやっとの思いで辿り着くやっとの思いで辿り着く photo:Yoshiyuki.Ugajin


いよいよ終盤戦。ロシュ・オ・フォーコンへいよいよ終盤戦。ロシュ・オ・フォーコンへ photo:Yoshiyuki.UgajinRCCライダーがこの表情RCCライダーがこの表情 (c)Sportograf


そして、第3フィーディングゾーンへ到着。ラ・ルドゥットで力を使い果たし、抜け殻状態。ロッシュ・オ・フォーコンとサンニコラを残し、あとゴールまで40kmもある。とにかく何か食べなくてはとバナナとオレンジを食べられるだけ食べる。体力がなくなったら気力で動くしかない。

ロッシュ・オ・フォーコンは緑の木立に囲まれた気持ちいい区間だった。最大16%でなかなか走り応えのある登り。ところがもう少しというところで後ろから来たライダーと接触。立て直せると思ったらもう一度後輪がハスってしまいあえなく転倒。スピードも出てなかったのでほぼ立ちゴケのように落車してしまった。
原因となったライダーに起こしてもらい再スタート。でもいい刺激になり目が覚めた。

コケましたコケました photo:Yoshiyuki.Ugajinプロレースの決めどころ。サンニコラ峠。住宅街だ。プロレースの決めどころ。サンニコラ峠。住宅街だ。 photo:Yoshiyuki.Ugajin


玄関先で楽しむおばあちゃん玄関先で楽しむおばあちゃん photo:Yoshiyuki.Ugajinこれが最後の坂とフルもがきこれが最後の坂とフルもがき photo:Yoshiyuki.Ugajin


「ラストラストガンバレ!」と声援を受ける「ラストラストガンバレ!」と声援を受ける photo:Yoshiyuki.Ugajinガッツポーズを決めたかったが、苦しさに歯を食いしばってのゴールガッツポーズを決めたかったが、苦しさに歯を食いしばってのゴール (c)Sportograf


完走者にメダルが送られる完走者にメダルが送られる photo:Yoshiyuki.Ugajin女性ライダーの参加も多かった女性ライダーの参加も多かった photo:Yoshiyuki.Ugajin


残るはサンニコラ。あと一つと思うと足は重いが気持ちは軽くなる。コースは生活を感じる街に入りテレビで見たレンガの住宅が増えていく。サンニコラは住宅街なので沿道で応援してくれる人が多い。応援はそのままエネルギーになるのが不思議なところだ。勝負の決めどころの坂道でテレビで見たいくつものシーンが蘇る。もうスピードは出せないが這うようにKOMまで登り詰める。そこまで行ったらあとは下るだけに違いない。そう信じて思い切りペダルを踏み込んだ。

ところが登りははまだあった。その名をコート・ド・オンス。プロレースのフィニッシュライン手前にある1.5km/5%の登りだった。一直線に続く街路で先は見えても一向に近づけない。無くなった足にここが一番辛かった。美しきドワイエンヌは最後のトドメを隠し持つのである。恐るべし。

ヨレヨレでメダルいただきました。ヨレヨレでメダルいただきました。 photo:Yoshiyuki.Ugajin


宇賀神善之さん宇賀神善之さん プロフィール
宇賀神善之(うがじんよしゆき)


出版広告制作会社の撮影部を経て、現在はフリーランスフォトグラファーに。撮影ジャンルはビューティからアウトドアまで幅広いが、趣味が高じて近年は遂に自転車分野に着手。写真を通じてロードレースの文化を伝えたいと意気込む。東京と宇都宮のダブルプレイスで活動し、ジャパンカップには深い思い入れがある。目標はプロの観客。


photo&text:Yoshiyuki.Ugajin