2015/05/01(金) - 09:00
週刊少年チャンピオンにて連載中で、先日アニメの第2クールの放送が終わったばかりの人気自転車漫画「弱虫ペダル」。作者である渡辺航先生が新たな愛車として選んだのは、トレックの超軽量バイク「エモンダSLR」。新車を手にした渡辺先生にCW編集部が独占インタビューを行いました。
4月6日、千葉県鎌ヶ谷市のトレックコンセプトストア「BRIDGE BIKE PRODUCTS(ブリッジバイクプロダクツ)」にて、渡辺航先生の新しい愛車「エモンダSLR」が納車されるその瞬間にお邪魔させて頂いたCW編集部。
聞けば、BRIDGE BIKE PRODUCTS店長の安田さんと渡辺先生は、この店がオープンする前からの長い付き合いがあるとのことで、店内には弱虫ペダルのイラストボードやグッズが置かれたギャラリーも設置されているほど。そんな弱虫ペダルファンにとってはたまらない環境で、渡辺先生に色々なお話を聞かせていただきました。
―― まずは納車おめでとうございます。今回のバイクチョイスのきっかけはなんだったのでしょう?
渡辺先生:ありがとうございます。エモンダSLRを選んだ理由は、とにかく最先端のバイクに乗りたい、ということなんです。現在コルナゴのC60に乗っているのですが、外ラグ方式の非常にトラディショナルな作り方をしている、ある種古典的な自転車なんです。だからあえてアルミホイールを組み合わせて「ザ・ヨーロピアンバイク!」をイメージして作ったんですね。
ですので、今回はとにかく最新・最先端のテクノロジーや規格、流行を詰め込んだバイクにしようと。実は、昨年にマドン7を購入したかったのですが、いざ試乗してみるとすごくソリッドで切れ味の強いバイクだと感じたんです。踏めば踏んだだけ進むんですが、それが身体にも返ってきそうだな、という印象だったんですよ。
自分自身、ガチガチのレーサーというわけではなく、長距離ツーリングも楽しんでいるんです。その中でもかなり大切にしているのが、ツール・ド・夏休みと称した4泊程度のロングツーリング。そこで使いたいとなるとやっぱりある程度の快適性が欲しかったんです。
それで、迷っていたところにエモンダの試乗車がブリッジバイクさんに入ってきて、1日お借りして40kmほど試走させてもらいました。そしたらこれが求めていたものにすごく近かったんですよ。もっと、このバイクに乗り込んで性能を味わいたいな、と感じて注文してしまったんですね(笑)。
安田店長:実は...試乗車をオーダーする時に渡辺先生のことが頭にあったので、ジャストサイズの50サイズをどうにかして引っ張ってきたんです。狙い通りでした(笑)。
―― 安田店長マジックというやつでしょうか(笑)。重視するという快適性ですと、エンデュランスロードをうたうドマーネの方が上手だと思うのですが
渡辺先生:実はドマーネも試乗したんですよ。本当に振動吸収性能はすごくて、快適性に関してはこれ以上のものはなかなか無いだろうなと思いましたね。でも、僕にとってはそこまでの快適性は必要無くて、その分もう少し軽い方がいいかなと思ったんです。
2011年モデルのマドンに乗っていたことがあるんですが、現行のマドンとドマーネの中間くらいの剛性感で、戦闘力もありつつ、乗り心地も良いバランスの取れたバイクだったんです。決して超高剛性ではなく、イベントでご一緒した新城選手も結構柔らかいですね!って言っていたほどですが、逆にプロレベルの脚力が無い僕にとってはちょうど良かった。
エモンダの剛性感は、ちょうどそれに似ていて、すごくしっくりきたんですね。トップモデルでありながら、決してレース指向に寄りすぎず、ロングライドからスプリントまで高いレベルでこなすことができるようなフィーリングをエモンダからは感じ取れたし、しかも軽い。これはぜひ自分のものにして、骨の髄まで味わいたいなと思ったんですよ。
実はこのバイクはこのロケ日より少し前に完成していて、待ちきれずに少し乗ってしまいまして(笑)。
―― あれ、そうなんですか(笑)どんなフィーリングですか?
渡辺先生:最初は少しステムの位置が低く感じたのですが、高さを調整してからは「これを求めていたんだ!」という感じです。実際、峠のタイムは以前のバイクよりも早くなっていますし、あまり意識せずに登っても意外に良いタイムが出ます。一方で、下りは軽さのためか少し腰高な感じがします。バイクが曲がっていこうとするのを自分で抑える必要があるんですが、慣れてくるとその挙動をコーナーのきっかけにすればより速く曲がれそうな気がしますね。
トレックって昔から、自転車だけど自転車とは少し違う、不思議な物に乗っているような感覚があるんです。良い意味で自転車らしくないと言いますか、ペダルを回している間に、気づけば目的地に着いているというか...。少ない労力でより遠くへと行く喜び、少しでも効率の良さを追求する面白さがあります。手持ちのコルナゴとはシチュエーションによって、使い分けていきたいですね。
―― 渡辺先生といえば赤と黄色の総北(主人公の所属校)ジャージのイメージが強いですが、プロジェクトワンで箱学(ライバル校)カラーのブルーにペイントされているのは、何か理由が?
渡辺先生:言われてみればそうですね!(笑)。もともとブルーが好きだったというだけで、特に理由はありません(笑)実は最初の自転車を選ぶときに、真っ黄色のバイクが欲しくて調べていたんです。でもその内にマイヨジョーヌの事を知り、「あれ? 黄色い自転車に乗るのってもしかして凄くハードル高い?」ということに気付いたわけです(笑)。それで黄色のバイクは諦めました。
―― (笑)ちなみに自転車に乗り始めたのと、弱虫ペダルの連載ではどちらが先だったのですか?
渡辺先生:弱虫ペダルの制作は、もちろん自分が自転車に乗っていて、しかも大好きだったことがきっかけです。
僕が担当編集に自転車の話をした時に「その漫画を書かないの?」と言われて、でも一度断りました。趣味で乗っているだけだから、と。でもどうやら自転車の話をしているときの熱っぽさが尋常じゃなかったみたいで、絶対描いたほうがいいですよ!ということになりました(笑)。
―― 漫画のインスピレーションはどういった時に思いつくのでしょうか
渡辺先生:もちろん実体験からですね。パンクした時の心境、ステムやサドルを変えたら調子よく走れるようになった時...。そういう体験って誰にでもあるじゃないですか。漫画のできごともバイクと対話の中から得たものだったりします。
僕が表現したいのは、スピード感や地面との接地感など、ロードレーサーならではの「空気感」なんです。読者がまるで自分も乗っているような気分になるように、実際に自分の体験したものをペン先から原稿に叩きつけているというか...。
でも例えばコーナーでペダルが地面にヒットした時、現実であれば弾かれて落車してしまうか、漕ぐのをやめるか、どちらかですよね。
でも、漫画だからそれでも攻めちゃう。ペダルガリガリ!! 火花バチバチ!!ってなれば、自転車を知らない人にとっては「スゲェ!」って思ってもらえるじゃないですか。そんなの実際にはできっこないですが、そういう描写だからこそ楽しんでもらえると思っています(笑)。
他には、前に追いつくとき、あえて後ろではなく横に並んで、キャラクター同士がやり取りする、とか、レースファンからすれば現実離れしてつまらないかもしれません。でも自転車を知らない人がそんな描写で興味を持ってくれて、実際のレースを観戦しようと思ってもらえれば本当に嬉しいことなんです。
―― 確かにイベントでも弱虫ペダルがきっかけで自転車を始めたという方が多いように感じます。特に女性ファンが多いイメージですが、そのあたりは意識されていたりするのでしょうか
渡辺先生:少年誌に連載していますので、基本的には少年漫画。女性ファンもあからさまに女性向けの描写を入れると引いてしまうのでは?? とは思います。実際、女性ファンにお話を聞いたところ、部活動の上下関係や、男同士の友情、上が命令して下が従うザ・体育会ノリを疑似体験できるから面白いと仰ってくれました。
―― 漫画で気になっているのがどのキャラクターがどのブランドのバイクに乗っているか、ということなのですが、どのようにして決めているのですか?
渡辺先生:完全に僕のイメージです(笑)。例えばメイン2校の主将なら、2大メーカーであるジャイアントとトレックというふうに、なんとなくのフィーリングで決めていますね。ただしたまにバイクが決まらないキャラクターもいたりします。例えばライバル校のスプリンターとして登場する新開も、ぎりぎりまでフェルトとサーヴェロで迷っていました。
―― ちなみに主人公が長期間にわたってクロモリバイクのままだったのは?
渡辺先生:当初はもっと早い段階でBMCに乗せるつもりだったんです。でも、機材のお陰で速くなるというのは作品のテーマとは違うんじゃないかと。キャラクター本人が、チームのために成長し、頑張って速くなる。そのストーリーが大切なのであって、フレームがカーボンになったから軽く速く登れるようになりました、というのは自転車マニア以外には響かないと思うんですよ。
―― 弱虫ペダルではあまりヒロインがフィーチャーされることがないですが、これも理由があるのでしょうか?
渡辺先生:それも先ほどの機材の話と通ずるものがあります。女の子が大きな声で「頑張って」と応援して、選手が速く走るようになると、女の子のために頑張っているというお話になってしまいます。「お前チームの為に走ってたんじゃないの?」ということになる。
僕が描きたいのは、チームメイト全員が頑張って守ってきたジャージを、最後にゴールへと届けるのがロードレースだというストーリーで、そこに女の子が出てくるとテーマがブレてしまう。ヒロインの寒咲さんの影がドンドン薄くなってしまうのは、そういった理由なんです(笑)。
―― なるほど。あくまで、チームのために選手が頑張るというストーリーが大切だということですね。チームと言えば昨年、シクロクロスシーズンでは弱虫ペダルシクロクロスチームを結成しましたが、振りかえってみていかがだったでしょうか?
渡辺先生:シクロクロスに関してはカズ(山本和弘)選手がスゴイ成績を収めてくれて、大成功だったと思います。シクロクロス東京のカズ選手と竹之内選手の勝負は本当にエキサイティングで、お客さんにも喜んでいただけたのではないでしょうか。
裏話としては、最初チームジャージをカズ選手に見せた時に、「かなり派手で奇抜なデザインだよね...(汗)」という反応だったんです(笑)。でも、その少し奇妙なデザインのジャージが、カズさんの手にかかると、いつの間にかカッコいいジャージになっていた。
優勝につぐ優勝で、あのド派手なジャージスゴイぞ!、と。あのヘンテコなジャージ速い、カッコいい!というふうに、みんなの価値観を変えてくれたんです。選手にはそんな力があって、それを一番近いところで見ることができて素晴らしい体験が出来ました。全日本は惜しくも逃してしまいましたが、それ以外の目標は全て達成できましたし、大成功というほか無いですね。
―― 今季はロードチームであるチャンピオンシステムや宇都宮ブリッツェンのサポートも行うんですね。
渡辺先生:まず第一に、日本のロードレースを盛り上げたいという想いがあります。4年前に結成されたチャンピオンシステムに関しては、若手選手中心という方針のチームということがサポートの決め手でした。
ブリッツェンは地域密着型ですから、僕が入っていくのは微妙かなと感じていました。でもちょうど漫画のインターハイが宇都宮を舞台にして、日光いろは坂を走っているということもあり、ちょうどいいのではないかとのことでスポンサードが実現しました。
海外と比べてどうしても国内レースは人気が薄いのですが、日本人が日本語でコミュニケーションがとれる最高峰のレースであることには間違いないわけです。弱虫ペダルがスポンサーにつくことで、少しでもJPTに注目を集めることが出来れば、自転車界も盛り上がるのかなと思っています。
―― シクロクロスのように「弱虫ペダルチーム」を作ることは視野にあったりしますか?
渡辺先生:今のところ、そういった考えはないですね。シクロクロスって、ちょっとしたお祭りみたいな感覚があるじゃないですか。だから私としてもすっと入れた。
一方でロードレースはどうしてもかっちりとした「競技」であって、それまでの歴史の積み重ねや伝統が大切にされている世界だと思うんです。だから今を頑張っているチームをサポートするのが一番合っているような気がしました。
先ほども言いましたが、実業団レースには本当に盛り上がって欲しいんです。この前、大分のレースでサインをくださいと声をかけてくださった方の息子さんが自転車競技をやられているそうで、その子の将来の夢がシマノレーシングで走ることだというんです。それを聞いた時、本当に良いなと思ったんですよ。
世界を目指して挑戦することこそ正義、という価値観ももちろんあると思いますが、JPTで走ることを夢にしてもいいと思うんです。日本のロードレースにもっとお客さんが来て、観戦する人が増えて、きちんとお金が循環するような環境が出来れば非常に素晴らしいと思います。
時々、新城幸也選手とかがワールドツアーレースでトップ10に入ったり、とんでもない結果を残していますよね。最高なんですけど、僕にも少し漫画で展開するネタを残しておいてほしいな、なんて(笑)...いや、嘘です! どんどんやってください!(笑)。
渡辺先生のインタビューはいかがだったでしょうか。話していくほどに、ひしひしと自転車愛、漫画愛が伝わってくるひと時で、ついつい取材時間が長引いてしまい、気付けば辺りは暗くなっていました。これからも、弱虫ペダルの熱い展開から目が離せそうにありません。
text :Naoki.YASUOKA
photo:So.Isobe
4月6日、千葉県鎌ヶ谷市のトレックコンセプトストア「BRIDGE BIKE PRODUCTS(ブリッジバイクプロダクツ)」にて、渡辺航先生の新しい愛車「エモンダSLR」が納車されるその瞬間にお邪魔させて頂いたCW編集部。
聞けば、BRIDGE BIKE PRODUCTS店長の安田さんと渡辺先生は、この店がオープンする前からの長い付き合いがあるとのことで、店内には弱虫ペダルのイラストボードやグッズが置かれたギャラリーも設置されているほど。そんな弱虫ペダルファンにとってはたまらない環境で、渡辺先生に色々なお話を聞かせていただきました。
―― まずは納車おめでとうございます。今回のバイクチョイスのきっかけはなんだったのでしょう?
渡辺先生:ありがとうございます。エモンダSLRを選んだ理由は、とにかく最先端のバイクに乗りたい、ということなんです。現在コルナゴのC60に乗っているのですが、外ラグ方式の非常にトラディショナルな作り方をしている、ある種古典的な自転車なんです。だからあえてアルミホイールを組み合わせて「ザ・ヨーロピアンバイク!」をイメージして作ったんですね。
ですので、今回はとにかく最新・最先端のテクノロジーや規格、流行を詰め込んだバイクにしようと。実は、昨年にマドン7を購入したかったのですが、いざ試乗してみるとすごくソリッドで切れ味の強いバイクだと感じたんです。踏めば踏んだだけ進むんですが、それが身体にも返ってきそうだな、という印象だったんですよ。
自分自身、ガチガチのレーサーというわけではなく、長距離ツーリングも楽しんでいるんです。その中でもかなり大切にしているのが、ツール・ド・夏休みと称した4泊程度のロングツーリング。そこで使いたいとなるとやっぱりある程度の快適性が欲しかったんです。
それで、迷っていたところにエモンダの試乗車がブリッジバイクさんに入ってきて、1日お借りして40kmほど試走させてもらいました。そしたらこれが求めていたものにすごく近かったんですよ。もっと、このバイクに乗り込んで性能を味わいたいな、と感じて注文してしまったんですね(笑)。
安田店長:実は...試乗車をオーダーする時に渡辺先生のことが頭にあったので、ジャストサイズの50サイズをどうにかして引っ張ってきたんです。狙い通りでした(笑)。
―― 安田店長マジックというやつでしょうか(笑)。重視するという快適性ですと、エンデュランスロードをうたうドマーネの方が上手だと思うのですが
渡辺先生:実はドマーネも試乗したんですよ。本当に振動吸収性能はすごくて、快適性に関してはこれ以上のものはなかなか無いだろうなと思いましたね。でも、僕にとってはそこまでの快適性は必要無くて、その分もう少し軽い方がいいかなと思ったんです。
2011年モデルのマドンに乗っていたことがあるんですが、現行のマドンとドマーネの中間くらいの剛性感で、戦闘力もありつつ、乗り心地も良いバランスの取れたバイクだったんです。決して超高剛性ではなく、イベントでご一緒した新城選手も結構柔らかいですね!って言っていたほどですが、逆にプロレベルの脚力が無い僕にとってはちょうど良かった。
エモンダの剛性感は、ちょうどそれに似ていて、すごくしっくりきたんですね。トップモデルでありながら、決してレース指向に寄りすぎず、ロングライドからスプリントまで高いレベルでこなすことができるようなフィーリングをエモンダからは感じ取れたし、しかも軽い。これはぜひ自分のものにして、骨の髄まで味わいたいなと思ったんですよ。
実はこのバイクはこのロケ日より少し前に完成していて、待ちきれずに少し乗ってしまいまして(笑)。
―― あれ、そうなんですか(笑)どんなフィーリングですか?
渡辺先生:最初は少しステムの位置が低く感じたのですが、高さを調整してからは「これを求めていたんだ!」という感じです。実際、峠のタイムは以前のバイクよりも早くなっていますし、あまり意識せずに登っても意外に良いタイムが出ます。一方で、下りは軽さのためか少し腰高な感じがします。バイクが曲がっていこうとするのを自分で抑える必要があるんですが、慣れてくるとその挙動をコーナーのきっかけにすればより速く曲がれそうな気がしますね。
トレックって昔から、自転車だけど自転車とは少し違う、不思議な物に乗っているような感覚があるんです。良い意味で自転車らしくないと言いますか、ペダルを回している間に、気づけば目的地に着いているというか...。少ない労力でより遠くへと行く喜び、少しでも効率の良さを追求する面白さがあります。手持ちのコルナゴとはシチュエーションによって、使い分けていきたいですね。
―― 渡辺先生といえば赤と黄色の総北(主人公の所属校)ジャージのイメージが強いですが、プロジェクトワンで箱学(ライバル校)カラーのブルーにペイントされているのは、何か理由が?
渡辺先生:言われてみればそうですね!(笑)。もともとブルーが好きだったというだけで、特に理由はありません(笑)実は最初の自転車を選ぶときに、真っ黄色のバイクが欲しくて調べていたんです。でもその内にマイヨジョーヌの事を知り、「あれ? 黄色い自転車に乗るのってもしかして凄くハードル高い?」ということに気付いたわけです(笑)。それで黄色のバイクは諦めました。
―― (笑)ちなみに自転車に乗り始めたのと、弱虫ペダルの連載ではどちらが先だったのですか?
渡辺先生:弱虫ペダルの制作は、もちろん自分が自転車に乗っていて、しかも大好きだったことがきっかけです。
僕が担当編集に自転車の話をした時に「その漫画を書かないの?」と言われて、でも一度断りました。趣味で乗っているだけだから、と。でもどうやら自転車の話をしているときの熱っぽさが尋常じゃなかったみたいで、絶対描いたほうがいいですよ!ということになりました(笑)。
―― 漫画のインスピレーションはどういった時に思いつくのでしょうか
渡辺先生:もちろん実体験からですね。パンクした時の心境、ステムやサドルを変えたら調子よく走れるようになった時...。そういう体験って誰にでもあるじゃないですか。漫画のできごともバイクと対話の中から得たものだったりします。
僕が表現したいのは、スピード感や地面との接地感など、ロードレーサーならではの「空気感」なんです。読者がまるで自分も乗っているような気分になるように、実際に自分の体験したものをペン先から原稿に叩きつけているというか...。
でも例えばコーナーでペダルが地面にヒットした時、現実であれば弾かれて落車してしまうか、漕ぐのをやめるか、どちらかですよね。
でも、漫画だからそれでも攻めちゃう。ペダルガリガリ!! 火花バチバチ!!ってなれば、自転車を知らない人にとっては「スゲェ!」って思ってもらえるじゃないですか。そんなの実際にはできっこないですが、そういう描写だからこそ楽しんでもらえると思っています(笑)。
他には、前に追いつくとき、あえて後ろではなく横に並んで、キャラクター同士がやり取りする、とか、レースファンからすれば現実離れしてつまらないかもしれません。でも自転車を知らない人がそんな描写で興味を持ってくれて、実際のレースを観戦しようと思ってもらえれば本当に嬉しいことなんです。
―― 確かにイベントでも弱虫ペダルがきっかけで自転車を始めたという方が多いように感じます。特に女性ファンが多いイメージですが、そのあたりは意識されていたりするのでしょうか
渡辺先生:少年誌に連載していますので、基本的には少年漫画。女性ファンもあからさまに女性向けの描写を入れると引いてしまうのでは?? とは思います。実際、女性ファンにお話を聞いたところ、部活動の上下関係や、男同士の友情、上が命令して下が従うザ・体育会ノリを疑似体験できるから面白いと仰ってくれました。
―― 漫画で気になっているのがどのキャラクターがどのブランドのバイクに乗っているか、ということなのですが、どのようにして決めているのですか?
渡辺先生:完全に僕のイメージです(笑)。例えばメイン2校の主将なら、2大メーカーであるジャイアントとトレックというふうに、なんとなくのフィーリングで決めていますね。ただしたまにバイクが決まらないキャラクターもいたりします。例えばライバル校のスプリンターとして登場する新開も、ぎりぎりまでフェルトとサーヴェロで迷っていました。
―― ちなみに主人公が長期間にわたってクロモリバイクのままだったのは?
渡辺先生:当初はもっと早い段階でBMCに乗せるつもりだったんです。でも、機材のお陰で速くなるというのは作品のテーマとは違うんじゃないかと。キャラクター本人が、チームのために成長し、頑張って速くなる。そのストーリーが大切なのであって、フレームがカーボンになったから軽く速く登れるようになりました、というのは自転車マニア以外には響かないと思うんですよ。
―― 弱虫ペダルではあまりヒロインがフィーチャーされることがないですが、これも理由があるのでしょうか?
渡辺先生:それも先ほどの機材の話と通ずるものがあります。女の子が大きな声で「頑張って」と応援して、選手が速く走るようになると、女の子のために頑張っているというお話になってしまいます。「お前チームの為に走ってたんじゃないの?」ということになる。
僕が描きたいのは、チームメイト全員が頑張って守ってきたジャージを、最後にゴールへと届けるのがロードレースだというストーリーで、そこに女の子が出てくるとテーマがブレてしまう。ヒロインの寒咲さんの影がドンドン薄くなってしまうのは、そういった理由なんです(笑)。
―― なるほど。あくまで、チームのために選手が頑張るというストーリーが大切だということですね。チームと言えば昨年、シクロクロスシーズンでは弱虫ペダルシクロクロスチームを結成しましたが、振りかえってみていかがだったでしょうか?
渡辺先生:シクロクロスに関してはカズ(山本和弘)選手がスゴイ成績を収めてくれて、大成功だったと思います。シクロクロス東京のカズ選手と竹之内選手の勝負は本当にエキサイティングで、お客さんにも喜んでいただけたのではないでしょうか。
裏話としては、最初チームジャージをカズ選手に見せた時に、「かなり派手で奇抜なデザインだよね...(汗)」という反応だったんです(笑)。でも、その少し奇妙なデザインのジャージが、カズさんの手にかかると、いつの間にかカッコいいジャージになっていた。
優勝につぐ優勝で、あのド派手なジャージスゴイぞ!、と。あのヘンテコなジャージ速い、カッコいい!というふうに、みんなの価値観を変えてくれたんです。選手にはそんな力があって、それを一番近いところで見ることができて素晴らしい体験が出来ました。全日本は惜しくも逃してしまいましたが、それ以外の目標は全て達成できましたし、大成功というほか無いですね。
―― 今季はロードチームであるチャンピオンシステムや宇都宮ブリッツェンのサポートも行うんですね。
渡辺先生:まず第一に、日本のロードレースを盛り上げたいという想いがあります。4年前に結成されたチャンピオンシステムに関しては、若手選手中心という方針のチームということがサポートの決め手でした。
ブリッツェンは地域密着型ですから、僕が入っていくのは微妙かなと感じていました。でもちょうど漫画のインターハイが宇都宮を舞台にして、日光いろは坂を走っているということもあり、ちょうどいいのではないかとのことでスポンサードが実現しました。
海外と比べてどうしても国内レースは人気が薄いのですが、日本人が日本語でコミュニケーションがとれる最高峰のレースであることには間違いないわけです。弱虫ペダルがスポンサーにつくことで、少しでもJPTに注目を集めることが出来れば、自転車界も盛り上がるのかなと思っています。
―― シクロクロスのように「弱虫ペダルチーム」を作ることは視野にあったりしますか?
渡辺先生:今のところ、そういった考えはないですね。シクロクロスって、ちょっとしたお祭りみたいな感覚があるじゃないですか。だから私としてもすっと入れた。
一方でロードレースはどうしてもかっちりとした「競技」であって、それまでの歴史の積み重ねや伝統が大切にされている世界だと思うんです。だから今を頑張っているチームをサポートするのが一番合っているような気がしました。
先ほども言いましたが、実業団レースには本当に盛り上がって欲しいんです。この前、大分のレースでサインをくださいと声をかけてくださった方の息子さんが自転車競技をやられているそうで、その子の将来の夢がシマノレーシングで走ることだというんです。それを聞いた時、本当に良いなと思ったんですよ。
世界を目指して挑戦することこそ正義、という価値観ももちろんあると思いますが、JPTで走ることを夢にしてもいいと思うんです。日本のロードレースにもっとお客さんが来て、観戦する人が増えて、きちんとお金が循環するような環境が出来れば非常に素晴らしいと思います。
時々、新城幸也選手とかがワールドツアーレースでトップ10に入ったり、とんでもない結果を残していますよね。最高なんですけど、僕にも少し漫画で展開するネタを残しておいてほしいな、なんて(笑)...いや、嘘です! どんどんやってください!(笑)。
渡辺先生のインタビューはいかがだったでしょうか。話していくほどに、ひしひしと自転車愛、漫画愛が伝わってくるひと時で、ついつい取材時間が長引いてしまい、気付けば辺りは暗くなっていました。これからも、弱虫ペダルの熱い展開から目が離せそうにありません。
text :Naoki.YASUOKA
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