2012/07/08(日) - 18:36
穏やかに晴れ渡った朝。昨ステージの大量落車の惨劇のあとだけに選手たちの顔は浮かない。スタートサインにやってくる選手たちがお互いを気遣い、状況を確かめ合う。プロトンは数を大きく減らし、走りだす。
傷ついた選手たち プロトンのボリュームは8.5%減少
ジロ覇者ライダー・ヘジダル(ガーミン・シャープ)はやはりスタートしない。同チームのロバート・ハンターは自転車にまたがってみるも、走れる状態にないことがわかり、リタイアをヴォーターズ監督に告げたという。
オスカル・フレイレ(カチューシャ)、ユベール・デュポン(アージェードゥーゼル)、マールテン・ワイナンツ(ラボバンク)、モビスターのイマノル・エルビディとホセイバン・グティエレスが出走しなかった。グティエレスはグティエレスはツール出場12年目にして初めて喫するリタイア。落車現場で救急車に乗ったワウテル・ポエルス(ヴァカンソレイユDCM)はマーストリヒトの大学病院の集中治療室へ。
この日、スペインはサンフェルミン祭。モビスターの選手が赤いスカーフを首に巻いて現れたが、落車で負傷したアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)は腕に包帯を巻いて現れた。歩くときに脚を引きずる仕草が痛々しい。調子そのものは悪くないと言い、タイム挽回をかけて走りだす。しかし再び不運に見舞われることになろうとは。
スタートしてすぐの集団を見送りながら、人数が少なくなったことが目で見てわかる。開幕1週間ですでに17名が減ると、プロトンのボリュームは明らかに小さくなる。数で言えば8.5%もの減少になる。
そして走りだしてからアントニー・ドゥラプラス(ソール・ソジャサン)がリタイアした。第4ステージでユキヤと逃げたドゥラプラスは舟状骨を骨折した状態でスタートしていたようだ。
ツール初登場の激坂の峠
ツールに初めて登場する峠、オートソーヌ県のプランシェ・デ・ベルフィーユ。このスキーリゾートに向かうたった6kmの坂道は、平均勾配は8.5%。しかしゴール前の最後の250m〜100mには20%以上の勾配の坂が待つ。
この峠は総合ディレクターのクリスチャン・プリュドム氏がインターネット上で、レ・トロワ・バロンという自転車イベント参加者の「高所フィニッシュでひどく疲れた」というコメントを見つけ、採用を決めた峠だという。標高は1000mをわずかに越える程度。短い山岳でツール最初の山岳テストだ。
この峠は道幅が狭く、頂上に十分なスペースがないためプレスたちふくめ関係車両は麓の駐車場に置き、シャトルで上る。頂上には小一時間で到着したが、ラストの勾配の厳しさはある意味「ツールらしくない」極端なもの。この付近に在住する日本人女性にお会いし、お話を伺ったところによれば数カ月前にツールでのテストも兼ねたレジオナルクラスのレースが開催され、日本のプジョーサイクルズニッポンの選手たちが走ったという。最後はまさに空に向けて上る感じで、選手たちは「度肝を抜かれた」と言っていたという。
ゴール前200mでコース内に立ち入って撮影する許可がでるのも勾配がきついからで、ツールでは初めての経験。選手たちが到着するまでにキャラバン隊がグッズをばらまきながら通り過ぎるが、サラミを配るシトロエン2CVの隊列はクラッチを焼いて煙を上げていた。立ち往生する車両を、消防隊員たちが押してクリア。プロトン到着前から観客たちも大盛り上がりだった。
炸裂したスカイのチーム力
峠へ向けて「数の力」を見せたのはチームスカイだ。ラスト5kmでマイケル・ロジャース、ラスト3kmでリッチー・ポルトが引くと、有力選手たちもぼろぼろと脱落。エヴァンス、ニーバリ、タラマエ、ウィギンズ、そして最後までウィギンズのアシストとして付き添ったクリス・フルームに絞られる。たった6kmの上りで、チームスカイの力が有力選手を絞り込んだ。
ニーバリはレース後に言う「スカイのペースは地獄のような速さだった。何も対抗することができず、ただ耐えるだけだった」。
ラスト400mを切ってからのエヴァンスのアタックに対処したフルームは、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャのペーニャ・カバルガの激坂で見せた驚異的な登坂力を見せつけた。アタックしながらも後ろを振り返ってウィギンズがエヴァンスに遅れていないかを確認すると、そのままゴールに飛び込んだ。
「フルーミー」の愛称で呼ばれるが、その細い肢体から”FroomyDog”とあだ名されるフルーム。たしかに痩せた犬に似たフルームのことを、デーヴィッド・ミラーは「クレイジー」の意味を込めて”Sick Puppy”と呼ぶ。細い体をムチのようにフルに使ってペダリングパワーを繰り出すフルームの上りの力は、こと20%に迫るような急勾配においては世界1、2を争う。
急勾配の弱点を克服してきたウィギンズ
ポディウムでマイヨジョーヌを着たウィギンズは、今までに見せたことがないような穏やかな表情をしてみせた。パリ〜ニース、クリテリウム・ドーフィネ、そしてロマンディの勝利でもはやイエローが似合うイメージだが、ツールでのマイヨジョーヌ着用は初めての経験だ。
いざとなればウィギンズの代役をフルームが務めることさえできるチームスカイは早くもシャンゼリゼに向かう列車の指定席を手に入れた。あとはトラブル無く走り、エヴァンスをどう調理するかだ。
最後に5人しか残らなかった先頭集団は、ウィギンズにとっても驚きだったという。
「カデル(エヴァンス)に対してタイムを失わないことだけに注意を払っていた。最後のコーナーを抜けるまで15人は残っていると思ったのに、あれだけだった。僕らにとってはいいサインだ」。
ウィギンズは昨年のブエルタでフルームが登坂力を爆発させたステージで遅れ、コボに優勝を、そしてフルームにポディウム上の順位を譲ってしまったが、それは昨2011ツールでリタイアの原因となった鎖骨を骨折したことが原因のひとつにもなっているという。
そして、もともとそれほど得意とは言えない激坂の上りを克服するべく、ここまでにマシントレーニングで体幹を鍛え直し、勾配の厳しい上りを登る練習を繰り返してきたという。徹底的な弱点の克服をもって臨んでいるツールであることを話す。早いタイミングのマイヨジョーヌも、今のチームスカイの力なら不安が少ない。
チームスカイの Strength in Numbers=数の力
チームスカイのGM、デイブ・ブレイルスフォード監督の考えるチーム戦略において重要な根本をなすのが「Strength in Numbers」(=数の力)という方針だ。
「チームの戦略的アプローチにおいて”数の力”という考えが根本にある。それがブラッド(ウィギンズ)にタイムを失わせない。チームはシーズン当初から通して今日のようにチーム力で戦ってきた。私の短い経験においても、それをしばしば口にして、準備を進めてきた。チームの目指すところでもある」とブレイルスフォード氏。
氏は今日のフルームやロジャース、ポルトの働きを讃えつつ、ステージ途中でボトル運びに従事したカヴェンディッシュのことも賞賛する。
「落車やパンクもあり、カヴにとっては思い通りに行かない、いい第1週じゃなかった。しかし彼は一日中ウィゴとチームメイトのためのボトルを受け取りチームカーに戻ってきて過ごした。それが彼を真の世界チャンピオンたらしめている。尊敬に値するそのような行動こそがチームの連帯にとって必要なこと」。
レディオシャックの失態
闘いのまずさが目立ったのがレディオシャック・ニッサンだ。チームで最初に登ってきたのはフランク・シュレクでもなく、アンドレアス・クレーデンでもなく、アイマル・スベルディアとマキシム・モンフォールのアシストコンビ。この日上りで「悪い日」がきて遅れたクレーデンを助けようとしてフランクが下がり、前に引き上げようとしたがクレーデンの調子は戻らなかった。そしてフランクは前に追いつくこともできず、1分9秒遅れでゴールした。フランクはまだ落車の影響が身体にあるという。
予想通りマイヨジョーヌを失うも、予想以上に健闘したのが1分52秒遅れにとどめたカンチェラーラ。しかしクレーデンはクリス・ホーナーとともに2分19秒も遅れ、カンチェラーラよりも後にゴールする大失態。
レディオシャックはもはや誰がエースなのかさえわからない状態になってしまった。このあとはそれぞれがステージ優勝を狙っていくしかない。
JVDVとバルベルデがパンクでタイムを失う
上りが始まる前、ユルゲン・ファンデンブロック(ロット・ベリソル)とアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)がパンクに見舞われた。2人とも交換して前を追うが、約2分を失った。総合を狙えるふたりの脱落が、さらに総合を狙える選手を絞り込む結果に。ウィギンズ、エヴァンス、ニーバリ、フルーム。他の選手に明るい材料が見えてこない。第9ステージのブザンソンのタイムトライアルと本格的山岳の始まる前に、早くもツールは総合争いの選手を少数に絞り込んでしまった。
photo&text:Makoto.AYANO
傷ついた選手たち プロトンのボリュームは8.5%減少
ジロ覇者ライダー・ヘジダル(ガーミン・シャープ)はやはりスタートしない。同チームのロバート・ハンターは自転車にまたがってみるも、走れる状態にないことがわかり、リタイアをヴォーターズ監督に告げたという。
オスカル・フレイレ(カチューシャ)、ユベール・デュポン(アージェードゥーゼル)、マールテン・ワイナンツ(ラボバンク)、モビスターのイマノル・エルビディとホセイバン・グティエレスが出走しなかった。グティエレスはグティエレスはツール出場12年目にして初めて喫するリタイア。落車現場で救急車に乗ったワウテル・ポエルス(ヴァカンソレイユDCM)はマーストリヒトの大学病院の集中治療室へ。
この日、スペインはサンフェルミン祭。モビスターの選手が赤いスカーフを首に巻いて現れたが、落車で負傷したアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)は腕に包帯を巻いて現れた。歩くときに脚を引きずる仕草が痛々しい。調子そのものは悪くないと言い、タイム挽回をかけて走りだす。しかし再び不運に見舞われることになろうとは。
スタートしてすぐの集団を見送りながら、人数が少なくなったことが目で見てわかる。開幕1週間ですでに17名が減ると、プロトンのボリュームは明らかに小さくなる。数で言えば8.5%もの減少になる。
そして走りだしてからアントニー・ドゥラプラス(ソール・ソジャサン)がリタイアした。第4ステージでユキヤと逃げたドゥラプラスは舟状骨を骨折した状態でスタートしていたようだ。
ツール初登場の激坂の峠
ツールに初めて登場する峠、オートソーヌ県のプランシェ・デ・ベルフィーユ。このスキーリゾートに向かうたった6kmの坂道は、平均勾配は8.5%。しかしゴール前の最後の250m〜100mには20%以上の勾配の坂が待つ。
この峠は総合ディレクターのクリスチャン・プリュドム氏がインターネット上で、レ・トロワ・バロンという自転車イベント参加者の「高所フィニッシュでひどく疲れた」というコメントを見つけ、採用を決めた峠だという。標高は1000mをわずかに越える程度。短い山岳でツール最初の山岳テストだ。
この峠は道幅が狭く、頂上に十分なスペースがないためプレスたちふくめ関係車両は麓の駐車場に置き、シャトルで上る。頂上には小一時間で到着したが、ラストの勾配の厳しさはある意味「ツールらしくない」極端なもの。この付近に在住する日本人女性にお会いし、お話を伺ったところによれば数カ月前にツールでのテストも兼ねたレジオナルクラスのレースが開催され、日本のプジョーサイクルズニッポンの選手たちが走ったという。最後はまさに空に向けて上る感じで、選手たちは「度肝を抜かれた」と言っていたという。
ゴール前200mでコース内に立ち入って撮影する許可がでるのも勾配がきついからで、ツールでは初めての経験。選手たちが到着するまでにキャラバン隊がグッズをばらまきながら通り過ぎるが、サラミを配るシトロエン2CVの隊列はクラッチを焼いて煙を上げていた。立ち往生する車両を、消防隊員たちが押してクリア。プロトン到着前から観客たちも大盛り上がりだった。
炸裂したスカイのチーム力
峠へ向けて「数の力」を見せたのはチームスカイだ。ラスト5kmでマイケル・ロジャース、ラスト3kmでリッチー・ポルトが引くと、有力選手たちもぼろぼろと脱落。エヴァンス、ニーバリ、タラマエ、ウィギンズ、そして最後までウィギンズのアシストとして付き添ったクリス・フルームに絞られる。たった6kmの上りで、チームスカイの力が有力選手を絞り込んだ。
ニーバリはレース後に言う「スカイのペースは地獄のような速さだった。何も対抗することができず、ただ耐えるだけだった」。
ラスト400mを切ってからのエヴァンスのアタックに対処したフルームは、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャのペーニャ・カバルガの激坂で見せた驚異的な登坂力を見せつけた。アタックしながらも後ろを振り返ってウィギンズがエヴァンスに遅れていないかを確認すると、そのままゴールに飛び込んだ。
「フルーミー」の愛称で呼ばれるが、その細い肢体から”FroomyDog”とあだ名されるフルーム。たしかに痩せた犬に似たフルームのことを、デーヴィッド・ミラーは「クレイジー」の意味を込めて”Sick Puppy”と呼ぶ。細い体をムチのようにフルに使ってペダリングパワーを繰り出すフルームの上りの力は、こと20%に迫るような急勾配においては世界1、2を争う。
急勾配の弱点を克服してきたウィギンズ
ポディウムでマイヨジョーヌを着たウィギンズは、今までに見せたことがないような穏やかな表情をしてみせた。パリ〜ニース、クリテリウム・ドーフィネ、そしてロマンディの勝利でもはやイエローが似合うイメージだが、ツールでのマイヨジョーヌ着用は初めての経験だ。
いざとなればウィギンズの代役をフルームが務めることさえできるチームスカイは早くもシャンゼリゼに向かう列車の指定席を手に入れた。あとはトラブル無く走り、エヴァンスをどう調理するかだ。
最後に5人しか残らなかった先頭集団は、ウィギンズにとっても驚きだったという。
「カデル(エヴァンス)に対してタイムを失わないことだけに注意を払っていた。最後のコーナーを抜けるまで15人は残っていると思ったのに、あれだけだった。僕らにとってはいいサインだ」。
ウィギンズは昨年のブエルタでフルームが登坂力を爆発させたステージで遅れ、コボに優勝を、そしてフルームにポディウム上の順位を譲ってしまったが、それは昨2011ツールでリタイアの原因となった鎖骨を骨折したことが原因のひとつにもなっているという。
そして、もともとそれほど得意とは言えない激坂の上りを克服するべく、ここまでにマシントレーニングで体幹を鍛え直し、勾配の厳しい上りを登る練習を繰り返してきたという。徹底的な弱点の克服をもって臨んでいるツールであることを話す。早いタイミングのマイヨジョーヌも、今のチームスカイの力なら不安が少ない。
チームスカイの Strength in Numbers=数の力
チームスカイのGM、デイブ・ブレイルスフォード監督の考えるチーム戦略において重要な根本をなすのが「Strength in Numbers」(=数の力)という方針だ。
「チームの戦略的アプローチにおいて”数の力”という考えが根本にある。それがブラッド(ウィギンズ)にタイムを失わせない。チームはシーズン当初から通して今日のようにチーム力で戦ってきた。私の短い経験においても、それをしばしば口にして、準備を進めてきた。チームの目指すところでもある」とブレイルスフォード氏。
氏は今日のフルームやロジャース、ポルトの働きを讃えつつ、ステージ途中でボトル運びに従事したカヴェンディッシュのことも賞賛する。
「落車やパンクもあり、カヴにとっては思い通りに行かない、いい第1週じゃなかった。しかし彼は一日中ウィゴとチームメイトのためのボトルを受け取りチームカーに戻ってきて過ごした。それが彼を真の世界チャンピオンたらしめている。尊敬に値するそのような行動こそがチームの連帯にとって必要なこと」。
レディオシャックの失態
闘いのまずさが目立ったのがレディオシャック・ニッサンだ。チームで最初に登ってきたのはフランク・シュレクでもなく、アンドレアス・クレーデンでもなく、アイマル・スベルディアとマキシム・モンフォールのアシストコンビ。この日上りで「悪い日」がきて遅れたクレーデンを助けようとしてフランクが下がり、前に引き上げようとしたがクレーデンの調子は戻らなかった。そしてフランクは前に追いつくこともできず、1分9秒遅れでゴールした。フランクはまだ落車の影響が身体にあるという。
予想通りマイヨジョーヌを失うも、予想以上に健闘したのが1分52秒遅れにとどめたカンチェラーラ。しかしクレーデンはクリス・ホーナーとともに2分19秒も遅れ、カンチェラーラよりも後にゴールする大失態。
レディオシャックはもはや誰がエースなのかさえわからない状態になってしまった。このあとはそれぞれがステージ優勝を狙っていくしかない。
JVDVとバルベルデがパンクでタイムを失う
上りが始まる前、ユルゲン・ファンデンブロック(ロット・ベリソル)とアレハンドロ・バルベルデ(モビスター)がパンクに見舞われた。2人とも交換して前を追うが、約2分を失った。総合を狙えるふたりの脱落が、さらに総合を狙える選手を絞り込む結果に。ウィギンズ、エヴァンス、ニーバリ、フルーム。他の選手に明るい材料が見えてこない。第9ステージのブザンソンのタイムトライアルと本格的山岳の始まる前に、早くもツールは総合争いの選手を少数に絞り込んでしまった。
photo&text:Makoto.AYANO
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