奄美大島で年越しした次はフェリーで徳之島へと渡った。奄美と同じく世界自然遺産に登録された豊かな森があり、闘牛とトライアスロンの島、長寿と子宝の島として知られる島を旅した。
苦戦したアイランドホッピング フェリーで徳之島へ渡る

荒天が続いた奄美。古仁屋港に寄港する小型フェリーはすぐに欠航する photo:Makoto AYANO
徳之島は隣り合った奄美大島からフェリーで渡れる。島から島へ渡る旅、横文字で言えば「アイランド・ホッピング」。しかし今回それは容易ではなかった。海が荒れたからだ。
本来なら滞在していた古仁屋から徳之島へと渡ろうと思っていたのだが、海がシケるためフェリーが欠航するのだ。古仁屋発のフェリーは小型船であるため、簡単に運航取りやめになるという。しかし北部の名瀬から出る鹿児島〜沖縄航路のフェリーなら大型船のためシケに強く、多少の悪天でも運航される可能性があるという。

奄美沖縄航路はマリックスラインとマルエーフェリーが交互に運航する 
鹿児島〜沖縄航路の大型船が奄美大島・名瀬に機構。この船で徳之島へ向かう
そのため予定を変更し、わざわざ名瀬まで戻ってからの1月3日の朝5:50発のフェリーに乗ることにした。果たして海は荒れていたが、その便は無事運航されることに。
といってもあくまで「条件付き運航」であって、「徳之島の亀津港に寄港するかどうかはその時の波次第」と言われて、場合によっては「抜港(ばっこう)」となり、那覇まで連れて行かれることになる。それに同意したうえでの乗船となる...。

4時間の航海で徳之島の亀徳港に入港できた photo:Makoto AYANO
フェリー会社はあくまで断言しないが、地元の人に言わせるとよっぽどの波でない限り徳之島には寄港するとか。なぜならスーパーなどに卸す食料品など生活物資を大量に積んでいるから。そして沖永良部島と世論島は割と簡単にスキップするらしい。
荒れた海を航行するフェリーは半端なく揺れたが、問題なく徳之島の亀徳港に入港。朝9時すぎに下船することができた。良かった...。
長寿と子宝の島

ローカル色あふれる亀津のホテルニューにしだに泊まることに photo:Makoto AYANO
正月三が日で食事難民になるのはゴメンだったので、まずは食事付きで泊まれるホテルを確保。できるだけ地元色のあるホテルに泊まりたかったので、街に出て直接ホテルに出向いて選ぶことにした。決めたのはホテルニューにしだというローカル色たっぷりのホテル。2食付で8,400円と良心的お値段。亀津にはチェーン系のビジネスホテルもあるが、そういうホテルでは快適さ以外に得られるものは無い。
朝だというのにすぐ部屋に案内してもらえ、荷物を置くことができた。この柔軟な対応ですでに正解を確信できる。なんでも「夜は食堂が地元老人会の長寿のお祝い宴会になるけど、それで良ければ」とのことだったが、むしろそういうのは大歓迎だ。

喜念浜のコーラルブルーが美しい photo:Makoto AYANO
身支度を整え、すぐに走りに出かける。調べたところ昼から伊仙町で闘牛大会があるとのこと。今日は船旅の後だから、長いライドより迷わずそちらを選ぶ。徳之島は闘牛の島だと聞いていたから。
徳之島はそれなりに大きな島で、外周路を一周すれば80km程度ある。2日半かけて走る時間があるので、今日は島の南部の観光ライドへ。

サトウキビ畑に伸びる農道を快走する photo:Makoto AYANO
ずっと雨が続いた奄美から徳之島にきて、やっとカラッと晴れた。そして島には平坦部も多く、スピードを出して快走できるのが嬉しい。海を横目にシーサイドロードを飛ばし、脇道に逸れてはサトウキビ畑のなかに伸びる農道を走る。奄美ではどこもアップダウンが激しかっただけに、平坦系ロードを飛ばせるのが新鮮だ。そして海はクリアで美しい。

闘牛神社があるのが徳之島らしい photo:Makoto AYANO
7月にはトライアスロンが開催される島だけに、海岸沿いの外周道路には距離表示の看板が立てられている。島の人にも「トライアスロンがんばって!」と声をかけられるし、いかにも地元の人っぽいバイクの練習をしている島民をときどき見かける。

ヤギがそこらじゅうにいます 
島のメイン道路はトライアスロンのバイクコースだ

犬田布岬の戦艦大和の鎮魂碑 photo:Makoto AYANO
「きゅ〜うがめら(こんにちは)」って島の人に声をかけられる。奄美群島は島によって話されるシマ言葉が違いすぎませんか!(笑)。
サンゴの石垣で知られる伊仙町の阿権集落には「樹齢300年がじゅまる」があった。民家の庭に生えた巨樹で、これほどの大きさのがじゅまるは島内随一だとのこと。自分が今まで奄美各地で見てきたなかでもいちばんの迫力だ。

阿権集落の珊瑚石垣と300年がじゅまる photo:Makoto AYANO
300年前といえば江戸時代の中頃。このがじゅまるは300年以上の間、人の手を加えずにここまでの大きさになったそうだ。この樹にはケンムン(悪戯好きの子供の精霊)が棲む言い伝えがあって、それも納得の雰囲気だ。

泉重千代翁の像が建つ photo:Makoto AYANO
阿権集落から離れたところには、僕が幼い頃に長寿世界一で有名だった泉重千代(いずみしげちよ)さんが住んだという一軒家があった(2010年まで世界最長寿とされていたが、その後否定されている)。

泉重千代翁の暮らした家 
生前の泉重千代翁の様子が展示される
その家は今も訪問可能で、ミニ展示館のようになっていたが、今は訪れる人は少ないようで、あまり綺麗にされてはいなかった。が、それがかえって味わい深かった。
近くには同じく長寿の「本郷かまと」バァの散歩道や家もあり、「長寿の道」と呼ばれている道を自転車で走った。ご利益はあるだろうか。

犬田布岬からの小原海岸。強い波風で立っているのがやっとだった photo:Makoto AYANO
シマ全体が燃える闘牛の全島一大会

闘牛の島だけあって牛がたくさん photo:Makoto AYANO
午後2過ぎに伊仙町の闘牛場「なくさみ館」へ。「なくさみ」とは島の言葉で闘牛を指す。諸説あるようだが「なぐさめる」が語源で、農作業などの慰労に闘牛を楽しんできたからではないかと言われている。

伊仙町の闘牛場「なくさみ館」 photo:Makoto AYANO
1月3日は、正月三が日の3連戦の「全島一大会」最終日にあたり、文字通り「島でナンバーワンの牛」を決めるもっとも盛り上がる闘牛大会のハイライトだという。徳之島に初めて来た日が島いちばんの闘牛の決戦日。こんなチャンスは2度と無い。

闘牛を熱く見守る大観衆 photo:Makoto AYANO
開会時間に遅刻して到着すると、なくさみ館から地響きのような大歓声が聞こえてきた。すでに遠方からも分かる盛り上がりぶり。本来なら入場料3,000円なのだけど、島の人ではない珍客と思われたのか、管理人のおばちゃんは無料で通してくれた。

角と角を突き合わせた静かな闘いが繰り広げられる photo:Makoto AYANO
闘牛は、日本では他に宇和島(愛媛)、壱岐(島根)、久慈(岩手)、小千谷、山古志(新潟)うるま(沖縄)などで行われている。なかでも徳之島は島全体が盛り上がる一大行事として定着していると言われ、島民の一大関心事なのだ。

審判員が並ぶ。電光掲示板にはタイムが計測される photo:Makoto AYANO
地元の人に「島のどこにそんなに居たのか!ってぐらい若者がいっぱい集まるよ」と聞いていたとおり、闘牛場の満員の観客席には若者や子供の姿が目立つ。しかもどの人にもそれぞれ応援する牛がいて、その応援団となっているようだ。

「ワイドー!ワイドー!」新チャンピオン誕生に湧く photo:Makoto AYANO
ルールも何も分からずに観戦を始めたが、隣に座った中学生から闘牛の基本を教えてもらえることに。2頭の牛が角を突き合わせる相撲のような勝負は、10秒で終わることも、30分かかることもある。要するに「逃げたら負け」だそうだが、一度逃げても戻ったら戦意があるとされ、闘いは継続する。正面には審査員が並んで座り、勝負がつくまでのタイムが計測される。

闘牛全島一大会の取組表
体重により「ミニ軽量級」などの重量別に分れており、相撲のような番付もあり、頂点の横綱は現在、松原の二代目・力道山がタイトルを持っている。それぞれの牛には「居酒屋ヤドカリ」や「チビパンダ」など、飼い主によって好きな名前がつけられているのが面白い。
ちなみに解説が的確な子供によれば、牛飼いは島の人たちの憧れで「将来なりたいヒーロー」的存在なのだそうだ。

飼い主が闘いの労を労う photo:Makoto AYANO
勝負の大トリは「横綱・二代目力道山」と、チャレンジャーの「ヤンバシ会 凛然」の闘い。会場が沸いた激闘の末、凛然の勝ち。勝負は13分09秒でついた。

新チャンピオンのパレードが始まる photo:Makoto AYANO
その瞬間、応援団と観客たちが祝福に競技場内になだれ込み、「ワイドー、ワイドー!」の掛け声で騒然となった。皆すごい興奮状態だ。徳之島の闘牛とはここまで盛り上がるのか。島いちばんの大勝負を観ることができて良かった。

飼い牛がチャンピオンになって男泣き photo:Makoto AYANO
満足感いっぱいで帰路につき、その夜はホテル併設の居酒屋「今年も豊作」で島料理をいただき、黒糖焼酎で一杯。隣の部屋からは長寿会の三線の音が聞こえていた。島の料理はどれも身体に優しい味で、長寿の理由が分かった気がする。

徳之島の島料理をいただく。どれも身体に優しい

黒糖焼酎で一杯 photo:Makoto AYANO 
黒糖焼酎は奄美でしか醸造が許されていない
世界自然遺産の山麓を走る
2日めは島の北半分を巡るように亀津を出発した。ホテルでは和の朝食をいただき、走る準備は十分。年始の1月4日、まだ亀津の街のお店はコンビニ以外どこも営業していないので、やっぱり食事付きで泊まったのは良かった。

三京の森林風景が美しいローカル道を行く photo:Makoto AYANO
徳之島の世界自然遺産登録エリアは、おもに島の北側と南側の2つに別れている。最高峰の井之川岳(645m)や天城岳(533m)、犬田布岳(417m)などの山塊を覆う亜熱帯多雨林には、アマミノクロウサギなどの奄美群島固有種のほか、オビトカゲモドキやトクノシマトゲネズミなど、世界でここにしかいない希少な動植物が生息している。

奄美大島とは違う植生の森が広がる photo:Makoto AYANO
海岸から離れ、内陸へ向かう道は例外無く登坂になるが、島を横切る横断道で徳之島ダム&トンネルの方へと向かう。山へ向かうとすぐに道の両側を深い森が囲む。

徳之島固有のトクノシマトゲネズミの注意喚起看板 
アマミノクロウサギのロードキルが問題だ
路肩の注意標識も、クロウサギに加えてトゲネズミの看板が立ち、ロードキル防止を呼びかける。もっとも共に夜行性のため、日中にお目にかかることは無いのだが。

徳之島ダムから見る井之川岳の世界自然遺産登録地の森 photo:Makoto AYANO
奄美大島に比べて農地が数倍広いという徳之島。サトウキビ畑と森の境目を走り、時々グラベルを見つけては入り込んでみるのも楽しい。標高の高い当部(とべ)集落にみつけた林道もいい雰囲気だった。世界自然遺産登録エリアに入っていく林道は、通行制限があって通ることができない。

内陸部の丘陵地帯から見る山並みが美しい photo:Makoto AYANO

島のグラベルを見つけては走ってみる photo:Makoto AYANO
下界に降ると天城の集落では小学生の鼓笛隊が路上で行進の練習をしていた。訊けば消防署の出初式の先導として、これから行進が始まるのだという。島の行事なら見物しないわけにはいかない!と、しばらく行進について回る。

天城町の小学生の鼓笛隊が練習していた photo:Makoto AYANO

天城町山間部の味のある集落 photo:Makoto AYANO
徳之島は石灰岩性のカルスト地形が発達した島で、海岸沿いでは天然の海蝕洞や波食によって生じた海蝕台等の独特な景観が多く観られる。

ウンブキは陸の中の海と呼ばれる海中鍾乳洞 photo:Makoto AYANO
「ウンブキ」は「陸の中の海」と呼ばれる海中鍾乳洞で、その先の海まで繋がっていることは分かっているが、潜水調査もままならない規模で、まだ全貌は解明されていないという。

松原の闘牛場。島のあちこちにこんな闘牛場があるという photo:Makoto AYANO
松原港には2016年に矢沢永吉がシークレットライブを開いた記念碑があり、松原集落には闘牛場もあった。見上げれば天城岳を主峰とする「寝姿山」(人が寝ているように見える)の山容が広がる。この一帯は世界自然遺産になった深い森が広がる。
見どころが連続するので、食事処を探すのをうっかり忘れていた。そして腹ペコのピンチに。幸い松原集落の商店で弁当を買うことができた。島の北端に近いが、人口多めの集落のようで助かった。

鹿児島から来たサイクリスト・土佐慶就さんとランデブー photo:Makoto AYANO
弁当でお腹を満たして走っていると、グラベルロードに乗ったサイクリストに追いつく。この奄美群島の旅で初めて見かけるサイクルツーリストだ。嬉しくなって思わず話しかけ、意気投合してしばらく一緒に走ることに。
鹿児島からのソロサイクリスト・土佐慶就さんは、フェリーで徳之島に渡り、昨日は同じ亀徳の街に泊まっていたらしく、闘牛場でもニアミスしていたとのこと。奄美群島も各島旅した経験があるようで、話が弾む。正月明けの徳之島にサイクリングに来るなんて、お互い奇特なサイクリストかも(笑)。

トライアスロン会場となるヨナマビーチ photo:Makoto AYANO

すでに2026年のトライアスロン会場となるアーチがあった photo:Makoto AYANO
徳之島トライアスロンのスイム会場となる与名間(ヨナマ)ビーチに立ち寄る。過去には宮古島ストロングマンやハワイ・アイアンマンなどのトライアスロンの取材もしてきた筆者だが、徳之島トライアスロンは取材経験がなく、会場に来るのも初めて。このサンゴ礁のビーチのスイム会場からスタートするバイクコースは島の外周道路1周の75kmだ。

金見崎のソテツトンネルを潜るようにライドしたままクリア
島の北端の金見崎(かなみざき)には群生する蘇鉄が200mに渡ってアーチ状に続く名所「ソテツトンネル」がある。トンネルは立ったままでは歩けない高さ。自転車ならライド姿勢そのままでなんとか行ける(ただし他に歩行者が居なければ)。

群生したアダンのジャングルをくぐり抜けていく
自転車に乗って蘇鉄のトンネルを潜るように抜け、アダンが繁るジャングルを徒歩で抜け、海に向かって開けた展望スポットに出る。高台からは岬周辺に広がる独特の集落の風景も楽しめた。

金見崎から見る海岸線と井之川岳 photo:Makoto AYANO
奄美群島に広く多く自生する蘇鉄だが、残念なことに奄美大島に生えるものは害虫のカイガラムシにやられて茶色く枯れ、ほとんど壊滅に近いのを見てきた。それだけに徳之島の蘇鉄が緑に繁っているのを見るのは嬉しかった。

緑みずみずしい蘇鉄の群生 photo:Makoto AYANO
それでも島の随所で茶色くなりかけた蘇鉄を見かけた。外来のカイガラムシに対し有効な薬剤は現在も見つかっておらず、徳之島の蘇鉄のこれからが心配だ。頑丈に見える蘇鉄だが、自然は脆いのだ。

サンゴ礁がそこまで迫る畦プリンスビーチ photo:Makoto AYANO
畦プリンスビーチは、かつて皇太子殿下と美智子妃殿下が訪れたことでその名がついた白砂の浜で、波打ち際まで美しいサンゴ礁が迫っている。夏に来るなら海水浴とシュノーケリングが楽しめそうだ。

夕暮れの母間の里久浜海岸 photo:Makoto AYANO
日が傾きかけた頃、下久志の民宿ときわやに到着。土佐さんとはここでお別れ。
海岸線の県道80号線沿いにある民宿ときわやは徳之島で一番最初に営業をはじめた民宿とのことで、開業時に植えたというがじゅまるの巨樹の脇には民宿発祥の記念樹の看板が立っている。

徳之島の民宿発祥の宿、民宿ときわや photo:Makoto AYANO
旅人の間では家族的な歓待が人気の民宿で、かつては「飲み会に参加すること」 「午前3時前に寝た者、一泊につき5,000円なり」「ときわ屋に泊まるもの、家族の一員なり」という“ときわや宿泊者三大原則”があったのだが、今は宿主のトオルさんが高齢になり、お酒を飲むにはベストな体調ではないため、緩めの歓迎に切り替わっているようだ。

民宿の開業時に植樹したがじゅまるは今や大樹に 
建物は古くとも清潔感あふれる民宿ときわや
それでもトオルさんが「サービスの黒糖焼酎は好きなだけ飲んでいってよ〜」と言う通り、お安い宿代にもかかわらず夕食時の晩酌は無料サービス継続中だ。当方、お酒はそんなに飲みませんが。

民宿ときわやの食堂。メッセージが強い 
民宿ときわやの夕食。黒糖焼酎は飲み放題だ
建物が古いから潔癖症の方や女子には敬遠されそうだけど、清潔感ある素朴で温かい宿でした。
雨の最終日は世界自然遺産の縁を走るクロウサギロードへ
ライド最終日の朝、民宿ときわ屋の焼き魚と味噌汁とご飯の朝食が何よりのスターター。しかし天気はまたしても、の雨。しかもザーザーと本降り...。

花徳にある徳之島世界遺産センター photo:Makoto AYANO
「そんなときは博物館」 とばかり、花徳にある徳之島世界遺産センターへ。徳之島の自然環境を再現したジオラマや豊富な映像コンテンツで世界自然遺産の価値である「生物多様性」について楽しみながら学べた。

森のジオラマで動植物の様子が砕巌される photo:Makoto AYANO
世界遺産センターには「道の駅とくのしま」も併設されており、食事もできる。この日は昼までゆっくり見学し、レストランおススメメニューの鶏飯オムライスをいただいた。

まだ真新しいできたばかりの施設だ 
奄美名物の鶏飯を洋風にアレンジしたオムライス
センターの山側には世界遺産の森が広がっており、その山麓エリアを南北に縦断する道を選んで走ってみた。地図であたりをつけたその選択は大正解。走ってみるとその林道には「クロウサギロード」の愛称がついており、道の山側が世界自然遺産の森、海側がサトウキビ畑やたんかん畑になっていた。周囲の森が深く、動植物の観察ルートになっているようだ。

「牛が夕方トレーニング中です」 
陸上競技の合宿地としても有名だという

農地と世界遺産の森を眺めながら標高を上げていく photo:Makoto AYANO
緩いアップダウンがあるものの、同じ標高あたりを北上しながら走れる道で、徳之島の森を堪能しながら走ることができた。風景は奄美大島と似ているようで異なり、植生も違っているので、森の雰囲気はけっこう違っているのが面白い。道沿いに絶滅危惧種のオオタニワタリなども見つけることができた。

花徳からクロウサギロードへ 
クロウサギロードの注意喚起看板

標高があるクロウサギロードから海岸線を見下ろす photo:Makoto AYANO
自然たっぷりの山の道を堪能して、夕方には下界へ下った。徳和瀬には煙突に「さとうきびは島を救う」のメッセージを掲げる製糖工場(南西糖業)があった。奄美群島は薩摩藩統治時代に米からサトウキビに農地転換し、その名残が製糖業や黒糖焼酎づくりになっているのだ。

「さとうきびは島を救う」のメッセージを掲げる製糖工場(南西糖業) photo:Makoto AYANO
亀徳港17:00発のフェリーで奄美・名瀬へ向けて出港。昨日一緒に走った土佐君と合流し、ビールを飲みながらお互いの旅を語り合った。彼はこの便で鹿児島へと帰るとのことだった。

徳之島の亀徳港に着岸したクイーンコーラル号 photo:Makoto AYANO
フェリーを使ったアイランドホッピングは連日の強風で欠航が続き、最後まで予定通りにはいかなかったが、この日は波も無い静かな船旅だった。しかし20:30に名瀬に着く頃には土砂降りになり、宿までの夜道はレインギアを着込んで走ることに...。
最後まで雨に降られた奄美旅だった。少し走り残した感がありつつ、翌日は昼前のピーチ便で東京へと帰った。気候が良い3月から、森に新緑萌える6月がベストシーズンというから、またその頃に再訪できればと思っている。
おぼ〜らだれん(ありがとう:徳之島ことば)、ありがっさまりょ〜た(ありがとう:奄美大島ことば)素晴らしいシマ、奄美群島。
オールロードで走った奄美群島ツーリング
奄美大島、加計呂麻島、そして徳之島。世界自然遺産の森を巡る奄美群島のツーリングで走った道は、舗装の幹線道路が6割、簡易舗装の林道が3割、グラベルが1割ほどで、「舗装路メイン+グラベル少々」と、事前に予想したとおりだった。

奄美群島ツーリングを走ったサーヴェロAspero5 photo:Makoto AYANO
選んだバイクはエアログラベルレーサー、サーヴェロAspero5で、42Cという極太ロードタイヤをセットしたデフォルト状態ではオールロード的なセッティングと言えるもので、そのバイクからインスピレーションを受けて決めた旅の走り方と目的地だったという面もある。
旅の装備はバイクパッキングバッグをサドル後方に取り付け、背中には1デイパックを背負うスタイル。宿泊まりが基本で、宿に入ったらサドルバッグは外し、デイパックのみの身軽なスタイルで軽快に走りを楽しんだ。
こうしたバイクセッティングと旅のスタイルは自分にとっても新しい経験だったが、走るごとに新たな発見があった。

舗装路6割、簡易舗装の林道3割、グラベル1割ほどで奄美群島を走り回った photo:Makoto AYANO
極太で軽量な42Cロードタイヤを履いたAspero5は舗装路では軽快に走り、高い巡航性を発揮してくれた。エアロ形状のフレームにホイール、そしてコンパクトなエアロフォームが取れるハンドルにより、強風下でもスイスイと気持ちよく距離を稼げた。

オンロードとグラベルを走破してくれたヴィットリアCORSA PRO CONTROL 42C photo:Makoto AYANO
ヴィットリアCORSA PRO CONTROLはTLR対応タイヤだが、ソロツーリングかつグラベルを含む路面という条件のため、パンク時のリカバリー性を考慮してTPUチューブを用いたクリンチャー状態で使用した。
路面の悪い簡易舗装の林道ではタイヤの太さから安心感をもって走れたし、グラベルでは路面状況に気を配りながらも難無く走り切れた。結果的にはパンクはゼロだった。
エアロが重視されたバイクのメリットをさらに活かすべく、荷物は身体に隠れるサドルバッグにまとめ、ウェア選択もエアロ効果も損ねないようにした。「ツーリングにエアロなんて関係無い」と言われそうだが、装備チョイスの細かな積み重ねで空気抵抗を少なくすれば、速く快適に走れ、結果的に距離も伸ばせるという点を再認識した。

徳之島ではサトウキビ畑に伸びるグラベルを走ってみた photo:Makoto AYANO
Aspero5は過剰な硬さやクセが無い素直な乗り味で、いつまででも乗っていたいと感じる気持ち良さ。オンロードではグラベルバイクであることを忘れてしまうナチュラルさだった。
僕にとってバイクは単なる旅の道具ではなく、走り自体を楽しむもの。だから旅している間じゅう、Aspero5の性能の高さを感じながら走れたのは幸せな時間だった。新しい走りを拓いてくれる最高の乗り物にまたがって、世界自然遺産のジャングルや未知の土地へと分け入っていく素晴らしい旅だった。
写真と文:綾野 真
苦戦したアイランドホッピング フェリーで徳之島へ渡る

徳之島は隣り合った奄美大島からフェリーで渡れる。島から島へ渡る旅、横文字で言えば「アイランド・ホッピング」。しかし今回それは容易ではなかった。海が荒れたからだ。
本来なら滞在していた古仁屋から徳之島へと渡ろうと思っていたのだが、海がシケるためフェリーが欠航するのだ。古仁屋発のフェリーは小型船であるため、簡単に運航取りやめになるという。しかし北部の名瀬から出る鹿児島〜沖縄航路のフェリーなら大型船のためシケに強く、多少の悪天でも運航される可能性があるという。


そのため予定を変更し、わざわざ名瀬まで戻ってからの1月3日の朝5:50発のフェリーに乗ることにした。果たして海は荒れていたが、その便は無事運航されることに。
といってもあくまで「条件付き運航」であって、「徳之島の亀津港に寄港するかどうかはその時の波次第」と言われて、場合によっては「抜港(ばっこう)」となり、那覇まで連れて行かれることになる。それに同意したうえでの乗船となる...。

フェリー会社はあくまで断言しないが、地元の人に言わせるとよっぽどの波でない限り徳之島には寄港するとか。なぜならスーパーなどに卸す食料品など生活物資を大量に積んでいるから。そして沖永良部島と世論島は割と簡単にスキップするらしい。
荒れた海を航行するフェリーは半端なく揺れたが、問題なく徳之島の亀徳港に入港。朝9時すぎに下船することができた。良かった...。
長寿と子宝の島

正月三が日で食事難民になるのはゴメンだったので、まずは食事付きで泊まれるホテルを確保。できるだけ地元色のあるホテルに泊まりたかったので、街に出て直接ホテルに出向いて選ぶことにした。決めたのはホテルニューにしだというローカル色たっぷりのホテル。2食付で8,400円と良心的お値段。亀津にはチェーン系のビジネスホテルもあるが、そういうホテルでは快適さ以外に得られるものは無い。
朝だというのにすぐ部屋に案内してもらえ、荷物を置くことができた。この柔軟な対応ですでに正解を確信できる。なんでも「夜は食堂が地元老人会の長寿のお祝い宴会になるけど、それで良ければ」とのことだったが、むしろそういうのは大歓迎だ。

身支度を整え、すぐに走りに出かける。調べたところ昼から伊仙町で闘牛大会があるとのこと。今日は船旅の後だから、長いライドより迷わずそちらを選ぶ。徳之島は闘牛の島だと聞いていたから。
徳之島はそれなりに大きな島で、外周路を一周すれば80km程度ある。2日半かけて走る時間があるので、今日は島の南部の観光ライドへ。

ずっと雨が続いた奄美から徳之島にきて、やっとカラッと晴れた。そして島には平坦部も多く、スピードを出して快走できるのが嬉しい。海を横目にシーサイドロードを飛ばし、脇道に逸れてはサトウキビ畑のなかに伸びる農道を走る。奄美ではどこもアップダウンが激しかっただけに、平坦系ロードを飛ばせるのが新鮮だ。そして海はクリアで美しい。

7月にはトライアスロンが開催される島だけに、海岸沿いの外周道路には距離表示の看板が立てられている。島の人にも「トライアスロンがんばって!」と声をかけられるし、いかにも地元の人っぽいバイクの練習をしている島民をときどき見かける。



「きゅ〜うがめら(こんにちは)」って島の人に声をかけられる。奄美群島は島によって話されるシマ言葉が違いすぎませんか!(笑)。
サンゴの石垣で知られる伊仙町の阿権集落には「樹齢300年がじゅまる」があった。民家の庭に生えた巨樹で、これほどの大きさのがじゅまるは島内随一だとのこと。自分が今まで奄美各地で見てきたなかでもいちばんの迫力だ。

300年前といえば江戸時代の中頃。このがじゅまるは300年以上の間、人の手を加えずにここまでの大きさになったそうだ。この樹にはケンムン(悪戯好きの子供の精霊)が棲む言い伝えがあって、それも納得の雰囲気だ。

阿権集落から離れたところには、僕が幼い頃に長寿世界一で有名だった泉重千代(いずみしげちよ)さんが住んだという一軒家があった(2010年まで世界最長寿とされていたが、その後否定されている)。


その家は今も訪問可能で、ミニ展示館のようになっていたが、今は訪れる人は少ないようで、あまり綺麗にされてはいなかった。が、それがかえって味わい深かった。
近くには同じく長寿の「本郷かまと」バァの散歩道や家もあり、「長寿の道」と呼ばれている道を自転車で走った。ご利益はあるだろうか。

シマ全体が燃える闘牛の全島一大会

午後2過ぎに伊仙町の闘牛場「なくさみ館」へ。「なくさみ」とは島の言葉で闘牛を指す。諸説あるようだが「なぐさめる」が語源で、農作業などの慰労に闘牛を楽しんできたからではないかと言われている。

1月3日は、正月三が日の3連戦の「全島一大会」最終日にあたり、文字通り「島でナンバーワンの牛」を決めるもっとも盛り上がる闘牛大会のハイライトだという。徳之島に初めて来た日が島いちばんの闘牛の決戦日。こんなチャンスは2度と無い。

開会時間に遅刻して到着すると、なくさみ館から地響きのような大歓声が聞こえてきた。すでに遠方からも分かる盛り上がりぶり。本来なら入場料3,000円なのだけど、島の人ではない珍客と思われたのか、管理人のおばちゃんは無料で通してくれた。

闘牛は、日本では他に宇和島(愛媛)、壱岐(島根)、久慈(岩手)、小千谷、山古志(新潟)うるま(沖縄)などで行われている。なかでも徳之島は島全体が盛り上がる一大行事として定着していると言われ、島民の一大関心事なのだ。

地元の人に「島のどこにそんなに居たのか!ってぐらい若者がいっぱい集まるよ」と聞いていたとおり、闘牛場の満員の観客席には若者や子供の姿が目立つ。しかもどの人にもそれぞれ応援する牛がいて、その応援団となっているようだ。

ルールも何も分からずに観戦を始めたが、隣に座った中学生から闘牛の基本を教えてもらえることに。2頭の牛が角を突き合わせる相撲のような勝負は、10秒で終わることも、30分かかることもある。要するに「逃げたら負け」だそうだが、一度逃げても戻ったら戦意があるとされ、闘いは継続する。正面には審査員が並んで座り、勝負がつくまでのタイムが計測される。

体重により「ミニ軽量級」などの重量別に分れており、相撲のような番付もあり、頂点の横綱は現在、松原の二代目・力道山がタイトルを持っている。それぞれの牛には「居酒屋ヤドカリ」や「チビパンダ」など、飼い主によって好きな名前がつけられているのが面白い。
ちなみに解説が的確な子供によれば、牛飼いは島の人たちの憧れで「将来なりたいヒーロー」的存在なのだそうだ。

勝負の大トリは「横綱・二代目力道山」と、チャレンジャーの「ヤンバシ会 凛然」の闘い。会場が沸いた激闘の末、凛然の勝ち。勝負は13分09秒でついた。

その瞬間、応援団と観客たちが祝福に競技場内になだれ込み、「ワイドー、ワイドー!」の掛け声で騒然となった。皆すごい興奮状態だ。徳之島の闘牛とはここまで盛り上がるのか。島いちばんの大勝負を観ることができて良かった。

満足感いっぱいで帰路につき、その夜はホテル併設の居酒屋「今年も豊作」で島料理をいただき、黒糖焼酎で一杯。隣の部屋からは長寿会の三線の音が聞こえていた。島の料理はどれも身体に優しい味で、長寿の理由が分かった気がする。



世界自然遺産の山麓を走る
2日めは島の北半分を巡るように亀津を出発した。ホテルでは和の朝食をいただき、走る準備は十分。年始の1月4日、まだ亀津の街のお店はコンビニ以外どこも営業していないので、やっぱり食事付きで泊まったのは良かった。

徳之島の世界自然遺産登録エリアは、おもに島の北側と南側の2つに別れている。最高峰の井之川岳(645m)や天城岳(533m)、犬田布岳(417m)などの山塊を覆う亜熱帯多雨林には、アマミノクロウサギなどの奄美群島固有種のほか、オビトカゲモドキやトクノシマトゲネズミなど、世界でここにしかいない希少な動植物が生息している。

海岸から離れ、内陸へ向かう道は例外無く登坂になるが、島を横切る横断道で徳之島ダム&トンネルの方へと向かう。山へ向かうとすぐに道の両側を深い森が囲む。


路肩の注意標識も、クロウサギに加えてトゲネズミの看板が立ち、ロードキル防止を呼びかける。もっとも共に夜行性のため、日中にお目にかかることは無いのだが。

奄美大島に比べて農地が数倍広いという徳之島。サトウキビ畑と森の境目を走り、時々グラベルを見つけては入り込んでみるのも楽しい。標高の高い当部(とべ)集落にみつけた林道もいい雰囲気だった。世界自然遺産登録エリアに入っていく林道は、通行制限があって通ることができない。


下界に降ると天城の集落では小学生の鼓笛隊が路上で行進の練習をしていた。訊けば消防署の出初式の先導として、これから行進が始まるのだという。島の行事なら見物しないわけにはいかない!と、しばらく行進について回る。


徳之島は石灰岩性のカルスト地形が発達した島で、海岸沿いでは天然の海蝕洞や波食によって生じた海蝕台等の独特な景観が多く観られる。

「ウンブキ」は「陸の中の海」と呼ばれる海中鍾乳洞で、その先の海まで繋がっていることは分かっているが、潜水調査もままならない規模で、まだ全貌は解明されていないという。

松原港には2016年に矢沢永吉がシークレットライブを開いた記念碑があり、松原集落には闘牛場もあった。見上げれば天城岳を主峰とする「寝姿山」(人が寝ているように見える)の山容が広がる。この一帯は世界自然遺産になった深い森が広がる。
見どころが連続するので、食事処を探すのをうっかり忘れていた。そして腹ペコのピンチに。幸い松原集落の商店で弁当を買うことができた。島の北端に近いが、人口多めの集落のようで助かった。

弁当でお腹を満たして走っていると、グラベルロードに乗ったサイクリストに追いつく。この奄美群島の旅で初めて見かけるサイクルツーリストだ。嬉しくなって思わず話しかけ、意気投合してしばらく一緒に走ることに。
鹿児島からのソロサイクリスト・土佐慶就さんは、フェリーで徳之島に渡り、昨日は同じ亀徳の街に泊まっていたらしく、闘牛場でもニアミスしていたとのこと。奄美群島も各島旅した経験があるようで、話が弾む。正月明けの徳之島にサイクリングに来るなんて、お互い奇特なサイクリストかも(笑)。


徳之島トライアスロンのスイム会場となる与名間(ヨナマ)ビーチに立ち寄る。過去には宮古島ストロングマンやハワイ・アイアンマンなどのトライアスロンの取材もしてきた筆者だが、徳之島トライアスロンは取材経験がなく、会場に来るのも初めて。このサンゴ礁のビーチのスイム会場からスタートするバイクコースは島の外周道路1周の75kmだ。

島の北端の金見崎(かなみざき)には群生する蘇鉄が200mに渡ってアーチ状に続く名所「ソテツトンネル」がある。トンネルは立ったままでは歩けない高さ。自転車ならライド姿勢そのままでなんとか行ける(ただし他に歩行者が居なければ)。

自転車に乗って蘇鉄のトンネルを潜るように抜け、アダンが繁るジャングルを徒歩で抜け、海に向かって開けた展望スポットに出る。高台からは岬周辺に広がる独特の集落の風景も楽しめた。

奄美群島に広く多く自生する蘇鉄だが、残念なことに奄美大島に生えるものは害虫のカイガラムシにやられて茶色く枯れ、ほとんど壊滅に近いのを見てきた。それだけに徳之島の蘇鉄が緑に繁っているのを見るのは嬉しかった。

それでも島の随所で茶色くなりかけた蘇鉄を見かけた。外来のカイガラムシに対し有効な薬剤は現在も見つかっておらず、徳之島の蘇鉄のこれからが心配だ。頑丈に見える蘇鉄だが、自然は脆いのだ。

畦プリンスビーチは、かつて皇太子殿下と美智子妃殿下が訪れたことでその名がついた白砂の浜で、波打ち際まで美しいサンゴ礁が迫っている。夏に来るなら海水浴とシュノーケリングが楽しめそうだ。

日が傾きかけた頃、下久志の民宿ときわやに到着。土佐さんとはここでお別れ。
海岸線の県道80号線沿いにある民宿ときわやは徳之島で一番最初に営業をはじめた民宿とのことで、開業時に植えたというがじゅまるの巨樹の脇には民宿発祥の記念樹の看板が立っている。

旅人の間では家族的な歓待が人気の民宿で、かつては「飲み会に参加すること」 「午前3時前に寝た者、一泊につき5,000円なり」「ときわ屋に泊まるもの、家族の一員なり」という“ときわや宿泊者三大原則”があったのだが、今は宿主のトオルさんが高齢になり、お酒を飲むにはベストな体調ではないため、緩めの歓迎に切り替わっているようだ。


それでもトオルさんが「サービスの黒糖焼酎は好きなだけ飲んでいってよ〜」と言う通り、お安い宿代にもかかわらず夕食時の晩酌は無料サービス継続中だ。当方、お酒はそんなに飲みませんが。


建物が古いから潔癖症の方や女子には敬遠されそうだけど、清潔感ある素朴で温かい宿でした。
雨の最終日は世界自然遺産の縁を走るクロウサギロードへ
ライド最終日の朝、民宿ときわ屋の焼き魚と味噌汁とご飯の朝食が何よりのスターター。しかし天気はまたしても、の雨。しかもザーザーと本降り...。

「そんなときは博物館」 とばかり、花徳にある徳之島世界遺産センターへ。徳之島の自然環境を再現したジオラマや豊富な映像コンテンツで世界自然遺産の価値である「生物多様性」について楽しみながら学べた。

世界遺産センターには「道の駅とくのしま」も併設されており、食事もできる。この日は昼までゆっくり見学し、レストランおススメメニューの鶏飯オムライスをいただいた。


センターの山側には世界遺産の森が広がっており、その山麓エリアを南北に縦断する道を選んで走ってみた。地図であたりをつけたその選択は大正解。走ってみるとその林道には「クロウサギロード」の愛称がついており、道の山側が世界自然遺産の森、海側がサトウキビ畑やたんかん畑になっていた。周囲の森が深く、動植物の観察ルートになっているようだ。



緩いアップダウンがあるものの、同じ標高あたりを北上しながら走れる道で、徳之島の森を堪能しながら走ることができた。風景は奄美大島と似ているようで異なり、植生も違っているので、森の雰囲気はけっこう違っているのが面白い。道沿いに絶滅危惧種のオオタニワタリなども見つけることができた。



自然たっぷりの山の道を堪能して、夕方には下界へ下った。徳和瀬には煙突に「さとうきびは島を救う」のメッセージを掲げる製糖工場(南西糖業)があった。奄美群島は薩摩藩統治時代に米からサトウキビに農地転換し、その名残が製糖業や黒糖焼酎づくりになっているのだ。

亀徳港17:00発のフェリーで奄美・名瀬へ向けて出港。昨日一緒に走った土佐君と合流し、ビールを飲みながらお互いの旅を語り合った。彼はこの便で鹿児島へと帰るとのことだった。

フェリーを使ったアイランドホッピングは連日の強風で欠航が続き、最後まで予定通りにはいかなかったが、この日は波も無い静かな船旅だった。しかし20:30に名瀬に着く頃には土砂降りになり、宿までの夜道はレインギアを着込んで走ることに...。
最後まで雨に降られた奄美旅だった。少し走り残した感がありつつ、翌日は昼前のピーチ便で東京へと帰った。気候が良い3月から、森に新緑萌える6月がベストシーズンというから、またその頃に再訪できればと思っている。
おぼ〜らだれん(ありがとう:徳之島ことば)、ありがっさまりょ〜た(ありがとう:奄美大島ことば)素晴らしいシマ、奄美群島。
オールロードで走った奄美群島ツーリング
奄美大島、加計呂麻島、そして徳之島。世界自然遺産の森を巡る奄美群島のツーリングで走った道は、舗装の幹線道路が6割、簡易舗装の林道が3割、グラベルが1割ほどで、「舗装路メイン+グラベル少々」と、事前に予想したとおりだった。

選んだバイクはエアログラベルレーサー、サーヴェロAspero5で、42Cという極太ロードタイヤをセットしたデフォルト状態ではオールロード的なセッティングと言えるもので、そのバイクからインスピレーションを受けて決めた旅の走り方と目的地だったという面もある。
旅の装備はバイクパッキングバッグをサドル後方に取り付け、背中には1デイパックを背負うスタイル。宿泊まりが基本で、宿に入ったらサドルバッグは外し、デイパックのみの身軽なスタイルで軽快に走りを楽しんだ。
こうしたバイクセッティングと旅のスタイルは自分にとっても新しい経験だったが、走るごとに新たな発見があった。

極太で軽量な42Cロードタイヤを履いたAspero5は舗装路では軽快に走り、高い巡航性を発揮してくれた。エアロ形状のフレームにホイール、そしてコンパクトなエアロフォームが取れるハンドルにより、強風下でもスイスイと気持ちよく距離を稼げた。

ヴィットリアCORSA PRO CONTROLはTLR対応タイヤだが、ソロツーリングかつグラベルを含む路面という条件のため、パンク時のリカバリー性を考慮してTPUチューブを用いたクリンチャー状態で使用した。
路面の悪い簡易舗装の林道ではタイヤの太さから安心感をもって走れたし、グラベルでは路面状況に気を配りながらも難無く走り切れた。結果的にはパンクはゼロだった。
エアロが重視されたバイクのメリットをさらに活かすべく、荷物は身体に隠れるサドルバッグにまとめ、ウェア選択もエアロ効果も損ねないようにした。「ツーリングにエアロなんて関係無い」と言われそうだが、装備チョイスの細かな積み重ねで空気抵抗を少なくすれば、速く快適に走れ、結果的に距離も伸ばせるという点を再認識した。

Aspero5は過剰な硬さやクセが無い素直な乗り味で、いつまででも乗っていたいと感じる気持ち良さ。オンロードではグラベルバイクであることを忘れてしまうナチュラルさだった。
僕にとってバイクは単なる旅の道具ではなく、走り自体を楽しむもの。だから旅している間じゅう、Aspero5の性能の高さを感じながら走れたのは幸せな時間だった。新しい走りを拓いてくれる最高の乗り物にまたがって、世界自然遺産のジャングルや未知の土地へと分け入っていく素晴らしい旅だった。
写真と文:綾野 真