「もうヨーロッパのレースは走りたくない」と言い切った留目夕陽は、愛三工業レーシングチームで再出発する。「モチベーションがなかった」と語るジャパンカップを含め、ワールドチームで過ごした2年間と2026年シーズンへの意気込みを聞いた。

2026年は愛三工業レーシングチームで走ることが発表された留目夕陽 photo:CorVos
これでワールドチームから日本人選手がいなくなった。留目夕陽がEFエデュケーション・イージーポストを退団し、2026年より愛三工業レーシングチームに移籍したからだ。UCI(国際自転車競技連合)の登録区分上、留目は”プロ選手”ではなくなったことになる。しかし留目に悲壮感はなく、2025年12月中旬に終わった愛三での合宿を「楽しかった」と振り返った。
「チームの雰囲気がとても良く、何より全員日本人で言語が共通しているので、アットホームな空気感があります」。
そう語る留目に、2年間過ごしたEFでの日々が辛かったのかと問うと、「ヨーロッパでの生活自体は、天国かと思うほど楽しかった」のだという。「自分の好きなところに住み、(暮らしていたスペインのマラガは)海も近かったですし、お金や言語面でも困ることはありませんでした」。
ただ、「レースで結果が出なかった」のだと。
出場機会が減ったプロ2年目の裏側
2024年にEFエデュケーション・イージーポストの育成チームから昇格し、掴んだのは2年間のプロ契約。1年目はミラノ〜サンレモやヘント〜ウェヴェルヘムをはじめとするベルギーのセミクラシックを転戦。グランツールへの出場こそなかったが、春のクラシックをはじめ、ワールドツアーで経験を積んだ。

2024年シーズンは自身初となるワールドツアーを転戦した photo:CorVos
そして契約更新のかかった2025年、ワールドツアーであるツアー・ダウンアンダーでシーズンインこそしたものの、サーフコースト・クラシックで左鎖骨を骨折。2ヶ月で実戦復帰すると、いきなりクラシック・ブルッヘ〜デパンネとヘント〜ウェヴェルヘムに出場するなど、世界トップレベルのメンバーに選ばれた。しかし、シーズン後半は出番を失い、出場したUCIレースもシーズンを通して24レースと前年から大きく減った。
その原因を、留目は次のように話した。
「6、7月頃からチームとの関係が悪化していきました。レースメンバーに入れてもらえず、歯がゆい状況が続きました。チームの意向で全日本選手権も出場を認められず、ヨーロッパに戻ったのに(出場)レースがないと言われました。原因はよくわかりません」。
チームと2026年以降の契約がないと聞かされたのは、関係が悪くなる少し前のこと。「チームメイトに『(契約の有無は)なるべく早く聞いた方が良い』とアドバイスされ、自分で聞きに行きました」。「ないと言われたので、日本に戻って大学に復学することを決め、そこから日本のチームを探しました」。
そして12月3日、留目の愛三工業レーシングチームへの加入が発表された。
愛三は2026年、例年戦っていたJプロツアーには参戦せず、国内やアジアのUCIレースを中心に戦う。「日本で活躍し、再び世界へ」という青写真を描いているのなら、日本に愛三ほど適したチームはない。しかし留目の答えは、「単純に、もうヨーロッパのレースは走りたくありません」と意外なものだった。
留目が語るワールドツアーの壁

ワールドツアーの厳しさを語った留目 photo:CorVos
「現状では再挑戦したいとは思っていません。まだ分からないです。正直、まだだと思っています」。あまりにも自分の気持ちを包み隠さないその答え。留目は「厳しいのが一番の理由だと思います。レベルが高すぎました。(1つ下のカテゴリーである)プロレースや1クラスならば自分にもチャンスはあるのですが、ワールドツアーになるといまは戦えません」と続けた。
「チームから指示されるアシストはこなせるのですが、メンタル的にも自分の結果も欲しいじゃないですか。僕は自分で戦えるレースが走りたい。その点から見ると、ワールドツアーはかなり厳しいです」。
「まずは国内やアジアツアーで成績を残し、そこで(再挑戦の)モチベーションが湧いてくるのであれば、またヨーロッパに挑戦してもいいかなと。その時に、そういう気持ちになるかもしれません」。
このインタビューを通して留目が持つ、「その時々で考えが変化する」ことを厭わない姿勢を知ることができた。思えば2024年にトップチームへの昇格が決まった際、留目の「本当は1年契約がよかった」という発言が物議を醸した。本人はそれをいまこう振り返る。
「いま考えると2年契約で良かったと思います。でも当時は本当に『1年でダメだったらすぐに日本に戻ってきてやる』という気持ちでした」
「モチベーションがなかった」宇都宮ジャパンカップでの日本人最上位

日本人最高位でフィニッシュした宇都宮ジャパンカップ photo:Makoto AYANO
インタビューも終盤に差し掛かると、ますます留目らしさが顔を出す。こちらの求める物語を語るのではなく、その時の気持ちをそのままの言葉で振り返る、限りなく本音に近い言葉だ。今回、それを象徴するのが、EFでの最終レースとなった10月の宇都宮ジャパンカップロードレースについてだった。
留目はトップから6分59秒遅れでフィニッシュした集団のスプリントに加わり、22位。日本人最上位でレースを終えた。だが本人は、結果とは裏腹に当時の心境を飾らない。「その時、正直モチベーションがありませんでした。なかったというか、久しぶりのレース過ぎて。それに来年の契約もないし、ちゃんと走らなくていいやと思っていました」。
それでも「どうせなら最後はスプリントしようと思った」と言い、最後に踏み込んだ。

宇都宮ジャパンカップで留目を応援するファンたち photo:Makoto AYANO
一方で、変わらないものもある。大学卒業へのこだわりだ。
留目は2021年に中央大学法学部に入学し、2年終了時に休学を選んだ。そして今年4月、3年生として復学する。「自転車選手を辞めた時のことを考えると、絶対に卒業しておかないとと思っています。将来困らないように最低限。大学中退だといまの世の中厳しいかなと思っているので」と留目は言う。そしてそれは、決して親の意向ではないのだとも。
「3年生(の1年間)を頑張れば、卒業は何とかなると思っています。だからしっかり勉強して、学業と競技を両立したい。それに愛三との契約は2026年の12月31日まで。その頃はちょうど学年末試験を控える時期でもある。その時点で自転車選手を続けるかどうか、自由に決めることができる。その状態が良いと思っています」。
2026年は2月にアジア選手権が行われ、9月には名古屋でアジア競技大会が開催される。留目はそこに6月の日本選手権を合わせた3つの大会が、今シーズンの目標だと語る。「いまは世界を目指すよりも、とにかく結果を残すことです。2025年は自分の出たいレースに出られず、走りたい走りができなくてストレスが溜まっていましたから」。
1年後の自分の気持ちは「まだ分からない」。それを隠さないのは、変わりうる自分を自覚しているから。愛三での再出発は、その“いまの自分”を確かめる一年になる。
text:Sotaro.Arakawa
photo:CorVos

これでワールドチームから日本人選手がいなくなった。留目夕陽がEFエデュケーション・イージーポストを退団し、2026年より愛三工業レーシングチームに移籍したからだ。UCI(国際自転車競技連合)の登録区分上、留目は”プロ選手”ではなくなったことになる。しかし留目に悲壮感はなく、2025年12月中旬に終わった愛三での合宿を「楽しかった」と振り返った。
「チームの雰囲気がとても良く、何より全員日本人で言語が共通しているので、アットホームな空気感があります」。
そう語る留目に、2年間過ごしたEFでの日々が辛かったのかと問うと、「ヨーロッパでの生活自体は、天国かと思うほど楽しかった」のだという。「自分の好きなところに住み、(暮らしていたスペインのマラガは)海も近かったですし、お金や言語面でも困ることはありませんでした」。
ただ、「レースで結果が出なかった」のだと。
出場機会が減ったプロ2年目の裏側
2024年にEFエデュケーション・イージーポストの育成チームから昇格し、掴んだのは2年間のプロ契約。1年目はミラノ〜サンレモやヘント〜ウェヴェルヘムをはじめとするベルギーのセミクラシックを転戦。グランツールへの出場こそなかったが、春のクラシックをはじめ、ワールドツアーで経験を積んだ。

そして契約更新のかかった2025年、ワールドツアーであるツアー・ダウンアンダーでシーズンインこそしたものの、サーフコースト・クラシックで左鎖骨を骨折。2ヶ月で実戦復帰すると、いきなりクラシック・ブルッヘ〜デパンネとヘント〜ウェヴェルヘムに出場するなど、世界トップレベルのメンバーに選ばれた。しかし、シーズン後半は出番を失い、出場したUCIレースもシーズンを通して24レースと前年から大きく減った。
その原因を、留目は次のように話した。
「6、7月頃からチームとの関係が悪化していきました。レースメンバーに入れてもらえず、歯がゆい状況が続きました。チームの意向で全日本選手権も出場を認められず、ヨーロッパに戻ったのに(出場)レースがないと言われました。原因はよくわかりません」。
チームと2026年以降の契約がないと聞かされたのは、関係が悪くなる少し前のこと。「チームメイトに『(契約の有無は)なるべく早く聞いた方が良い』とアドバイスされ、自分で聞きに行きました」。「ないと言われたので、日本に戻って大学に復学することを決め、そこから日本のチームを探しました」。
そして12月3日、留目の愛三工業レーシングチームへの加入が発表された。
愛三は2026年、例年戦っていたJプロツアーには参戦せず、国内やアジアのUCIレースを中心に戦う。「日本で活躍し、再び世界へ」という青写真を描いているのなら、日本に愛三ほど適したチームはない。しかし留目の答えは、「単純に、もうヨーロッパのレースは走りたくありません」と意外なものだった。
留目が語るワールドツアーの壁

「現状では再挑戦したいとは思っていません。まだ分からないです。正直、まだだと思っています」。あまりにも自分の気持ちを包み隠さないその答え。留目は「厳しいのが一番の理由だと思います。レベルが高すぎました。(1つ下のカテゴリーである)プロレースや1クラスならば自分にもチャンスはあるのですが、ワールドツアーになるといまは戦えません」と続けた。
「チームから指示されるアシストはこなせるのですが、メンタル的にも自分の結果も欲しいじゃないですか。僕は自分で戦えるレースが走りたい。その点から見ると、ワールドツアーはかなり厳しいです」。
「まずは国内やアジアツアーで成績を残し、そこで(再挑戦の)モチベーションが湧いてくるのであれば、またヨーロッパに挑戦してもいいかなと。その時に、そういう気持ちになるかもしれません」。
このインタビューを通して留目が持つ、「その時々で考えが変化する」ことを厭わない姿勢を知ることができた。思えば2024年にトップチームへの昇格が決まった際、留目の「本当は1年契約がよかった」という発言が物議を醸した。本人はそれをいまこう振り返る。
「いま考えると2年契約で良かったと思います。でも当時は本当に『1年でダメだったらすぐに日本に戻ってきてやる』という気持ちでした」
「モチベーションがなかった」宇都宮ジャパンカップでの日本人最上位

インタビューも終盤に差し掛かると、ますます留目らしさが顔を出す。こちらの求める物語を語るのではなく、その時の気持ちをそのままの言葉で振り返る、限りなく本音に近い言葉だ。今回、それを象徴するのが、EFでの最終レースとなった10月の宇都宮ジャパンカップロードレースについてだった。
留目はトップから6分59秒遅れでフィニッシュした集団のスプリントに加わり、22位。日本人最上位でレースを終えた。だが本人は、結果とは裏腹に当時の心境を飾らない。「その時、正直モチベーションがありませんでした。なかったというか、久しぶりのレース過ぎて。それに来年の契約もないし、ちゃんと走らなくていいやと思っていました」。
それでも「どうせなら最後はスプリントしようと思った」と言い、最後に踏み込んだ。

一方で、変わらないものもある。大学卒業へのこだわりだ。
留目は2021年に中央大学法学部に入学し、2年終了時に休学を選んだ。そして今年4月、3年生として復学する。「自転車選手を辞めた時のことを考えると、絶対に卒業しておかないとと思っています。将来困らないように最低限。大学中退だといまの世の中厳しいかなと思っているので」と留目は言う。そしてそれは、決して親の意向ではないのだとも。
「3年生(の1年間)を頑張れば、卒業は何とかなると思っています。だからしっかり勉強して、学業と競技を両立したい。それに愛三との契約は2026年の12月31日まで。その頃はちょうど学年末試験を控える時期でもある。その時点で自転車選手を続けるかどうか、自由に決めることができる。その状態が良いと思っています」。
2026年は2月にアジア選手権が行われ、9月には名古屋でアジア競技大会が開催される。留目はそこに6月の日本選手権を合わせた3つの大会が、今シーズンの目標だと語る。「いまは世界を目指すよりも、とにかく結果を残すことです。2025年は自分の出たいレースに出られず、走りたい走りができなくてストレスが溜まっていましたから」。
1年後の自分の気持ちは「まだ分からない」。それを隠さないのは、変わりうる自分を自覚しているから。愛三での再出発は、その“いまの自分”を確かめる一年になる。
text:Sotaro.Arakawa
photo:CorVos
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