今やすっかりいちカテゴリーとして認知されたシクロクロスだが、それが市民権を得た理由の一つにiRCが今もラインナップする「SERAC CX」の功績がある。チューブラー至上主義を打ち破り、誰もが泥を走れる環境を作ったiRC。開発の生みの親・山田さんと、テスターを務めた筧太一さんの言葉から、誠実なモノづくりの裏側に迫る。



iRCが主催するiRC TIRE CUP。iRCの操業100周年となる今年(2026年)に開催10年目を迎える photo:So Isobe

愛知県新城市で開催されたiRCカップの会場に漂っていたのは、単なるメーカー主催の冠レースとは思えないほどの熱気と一体感だった。iRCというブランドは、国内シクロクロスのブームに乗ってタイヤを売ってきたのではない。彼ら自身がシーンの土壌を耕し、種をまき、今のカルチャーそのものを作ってきた。その「種」とはまさに、シクロクロスムーブメント真っ只中の2013年に発売されたチューブレスタイヤ「SERAC CX」だった。

iRCの山田浩志さん。SERAC CXシリーズのアイディアを製品として形にしたその人だ photo:So Isobe

かつてシクロクロスの世界には、「チューブラー至上主義」という壁があった。特に国内シクロクロスブームの初期、レースを走るためのタイヤは海外ブランドのチューブラーが主流。しかし、それはロードタイヤの貼り付けとは一線を画する、限られたショップでしか扱えないハードルの高い代物だった。

「当時のシクロクロスは、機材も含めて非常に閉ざされた競技でした」と、シクロクロスタイヤ開発のきっかけを作ったiRCの山田浩志さんは振り返る。試作を経て投入したのがクロスカントリー用MTBタイヤとして定評がある「SERAC(シラク)」の名を冠したシクロクロス用チューブレスタイヤ「SERAC CX」。iRCがロードバイクとMTBで長年培った独自のチューブレス技術をシクロクロス機材へと転用したのだった。

「チューブラーを扱わなければいけないという、ユーザーにとっての高いハードルをうちの技術で壊せるんじゃないかと思いました。当日、コンディションが悪ければその場でタイヤを履き替えられるメリットは絶対に大きいはず、と。100%チューブラーと同等かと聞かれれば違いますが、セッティング次第でトップライダーにも使ってもらえるという確信はありました」。

2013年にデビューした第1作「SERAC CX」を皮切りに、ノブパターンの異なる「SAND」と「MUD」を即座にラインナップ。さらに参入障壁を劇的に下げたクリンチャー版の登場が国内シクロクロスブームの成長にも拍車をかけた。2016年には耐パンク性能を極めた「X-Guard」を、さらにはドライ路面や高速コースに対応する「EDGE」を加え、ラインナップは完成の域に達した。思い返せば、SERACシリーズの持ち味である「誰でも、どんな路面でも戦える武器」の提供こそが、日本のシクロクロス人口を爆発的に増やした一助となったのだった。

国内シクロクロスのムーブメントを支え、今も進化するiRCのSERACシリーズ photo:So Isobe

この進化を支えたのは、iRCの開発拠点と工場が「日本国内」にあるという圧倒的なアドバンテージだ。そして、その現場で誰よりもタイヤを追い込んできたのが、名古屋の人気喫茶店「Bucyo Coffee」を営みつつ、自身も強豪ホビーレーサーとして活躍する筧太一さんだった。

「実は以前の僕はチューブラー信者だったんです。でも、全日本選手権でタイヤを脱落させて以来、チューブラーを実戦で使うのが怖くなってしまった。そんな時に山田さんに「チューブラー以外の選択肢はないの?」と問いかけたのが始まりでした」

そこから始まった、山田さんと筧さんの「対話」は、言葉以上に製品を通じて行われてきた。 「山田さんはいつも、何も言わずに新しい試作品を渡してくるんです。でも、毎日触っていれば違いがわかる。コーティングが変わった、手触りが柔らかくなった……。実はiRCのタイヤは、謳わないけれど常にランニングチェンジを繰り返しているんです。去年モデルと今年モデルでは、明らかに中身が違うこともあって、常に良くなっているんです」。

山田さん自身が元選手であり、ライダーの声を待つだけでなく、自ら評価を下せる「タイヤ論」を持っているからこそ、現場の感覚を即座に工場のラインへと反映できる。この「地産地走」のサイクルがiRC独自のグリップ感を生み出しているのだ。

おなじみBucyo Coffeeの筧太一さん。iRCの開発にも協力し、SERAC CXシリーズを影から支えている photo:So Isobe

筧さんが一番使いやすいと断言するのがスタンダードのSERAC CX photo:So Isobe
「練習で使うタイヤをそのままレースで信じて使える。それがユーザーにとって一番の魅力です」 photo:So Isobe



「ワールドカップの上位陣がチューブラーなのは、膨大な予備ホイールと、タイヤを贅沢に貼り替えられるメカニック環境、そして極限のスピード域があるから。でも、日本の多くのユーザーにとっては、練習で使い込んでいるタイヤを、そのまま本番でも信じ切れること。それが一番の正義なんです」と筧さんは断言する。

かつては低圧時の「外れ」や「ヨレ」が懸念されたチューブレスだが、iRCがここ最近発売したインサート「インナーセイバー」がその常識を打ち破った。筧さんほどパワーをかける乗り手であっても1.3気圧というセッティングを運用できるまでになったという。

さらに、工業製品としての精度もiRCの大きな武器だ。 「iRCでビード上げに失敗したなんて話は聞かない。取り付けのしやすさ、空気漏れの少なさは、長年チューブレスを追求してきた強みに他なりません。パッと乗っただけでは感じないかもしれませんが、極限のコーナーでの安心感は、この精度から生まれているんです」と筧さんはいう。

iRCカップを作ったiRCスタッフたち photo:So Isobe

なぜ、彼らは自前でレースを主催し、全国の会場を回り続けるのか。その答えは、2016年の第1回iRCカップ開催時に掲げられた「おもてなし」の精神にある。

「参加してくれる人に、こちらからしっかりおもてなしをしたかった。それが一番の理由です。今年で9回目。やってよかったと心から思っています」と山田さんは穏やかに笑う。

iRCはPRが得意なブランドではないかもしれない。しかし、日本の土を、日本の泥を、日本のブランドが製品に落とし込み続けるその姿は驚くほど誠実だ。「今の3種類があれば、基本的にはあらゆるレースと路面に対応できる。でも、まだまだ新しいパターンも考えていこうかなと思っています」と山田さんは加える。

この10年、iRCがSERAC CXを通じて提供してきたのは、単なるタイヤではなく、誰もがシクロクロスにチャレンジするための「勇気」だっと言えるのかもしれない。日本の土を見つめ、地道にアップデートを繰り返してきた結果が今に結びついている。来季に向けた機材のアップデートに、今いちどSERAC CXを選び直してみるのも一考だと思う。

text:So Isobe
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