競輪界のレジェンドレーサーである神山雄一郎(栃木、61期)が引退を発表。2024年12月24日(火)、品川シーズンテラスにて記者会見を行った。今年は前期・後期1回ずつの失格が響き、2025年はS級2班からA級1班への降格が決まっていたが、その前に自転車を降りることを決断した。A級降格まで実に35年9カ月もの間、S級の地位を守り続けたことになる。これはS級連続在籍の最長記録だ。

記者とカメラマンに囲まれながら、引退の決意を打ち明けた神山雄一郎(栃木) photo: Yuichiro Hosoda

事前告知はなかったものの、会見前日・12月23日(月)の取手競輪最終日、第7レースの「S級 一般」が神山の引退レースとなった。このレースで1着を飾り、バンクを去る際にはファンの声援に応えて自転車を頭上に掲げる姿も見られた。

神山は、自転車競技の名門・栃木県の作新学院高校を卒業。GI初勝利は、1993年9月28日、地元宇都宮でのオールスター競輪。1988年のデビューから5年かかったものの、東西の横綱と並び称された吉岡稔真(福岡)らと鎬を削り、積み重ねた2931走の間に挙げた通算勝利は909。これは松本勝明(京都)の1341勝に次ぐ歴代2位の記録で、GI優勝は歴代最多の16回、GIIを含むと計26勝、GIIIとなる記念競輪は99勝(歴代3位)。年間全てのGIに勝利する「グランドスラム」も6レース制後史上初の達成を遂げている。

引退レースとなった取手競輪の第7レース「S級 一般」に勝利した神山雄一郎(栃木) photo: T.Wako / Keirin Magazine

2014ジャパンカップクリテリウムと同日開催のレジェンドレースにも参戦し、今中大介を振り切り1着となっている photo:Kei Tsuji

会見の冒頭では日本自転車競技連盟会長の橋本聖子氏からビデオメッセージが届き、アトランタ五輪に臨む際に「調整の仕方であったり、自転車のポジションであったり、本当に細かくアドバイスして頂いたことを嬉しく、今でも素晴らしい思い出になっている」と当時を懐かしんだ。

続けて奥様からの手紙が読まれ、その中で「成績が悪くても愚痴一つなく、家族に心配をかけることがありませんでした」と家庭での様子が伝えられた。家族に引退が告げられたのは「今年の夏頃」とも。神山は、同県の仲間のうち、弟子である飯嶋則之、神山拓弥には「あいつらと行くと本当に楽しいんで」と話し、最後に一緒の宿舎で過ごしたいと言う思いから、数ヶ月前、開催への配分が決まる前に伝えていたそうだ。

引退決断の引き金となったのは6月の函館競輪での失格だと言う。「競輪選手を一生やり続けたい、けど、いつかは引退しなきゃいけない。それを考えたのがその時でした。やっぱり競輪が好きだったので、やれることなら一生やり続けて、戦い続けて、それも上位で戦い続けて、と言う気持ちだったので『本当にこの日が来てしまったのか』と言うのが今の心境です。印象に残っているレースは、地元宇都宮のオールスター。ただ、競走のレベルに限らずたくさんあって、それこそ昨日の(取手競輪の)レースも心に残るレースだった」

日本自転車競技連盟会長の橋本聖子氏からビデオメッセージが届く photo: Yuichiro Hosoda
奥様の手紙に聞き入る神山雄一郎(栃木) photo: Yuichiro Hosoda


神山「本当にこの日が来てしまったのか、と言うのが今の心境」 photo: Yuichiro Hosoda

今後の活動については、自分の中で突然やめたと言うイメージがあり、まだ何も決めていないとのこと。後輩のために何かしたいとは思っているが、今のところは家族との時間を過ごしながらゆっくりし、その時が来たらまた報告したいと述べた。

地元・宇都宮で走ることについて問われると、「地元と言うのは特別競輪(GI)とほぼ変わらず、S級シリーズでも同じような感覚で走る。やっぱり地元に対する思いは強いので、心をこめて走ったつもりです。」

時折優しい表情を浮かべながら「率直に言って、よくやったなと言う気持ち。自分が歩んできた練習や自分の競輪に対する姿勢を評価するには『これを獲らないといけない』と言う気持ちが、他の人より強かったかもしれない」と、16勝したGIなどの実績を振り返った。「ただ、決勝戦に乗ってる数もすごく多いんで、もしかしたら割合はあんまり良くなかったかもしれないですね」と笑った。

ここからは会見時の一問一答形式で、神山雄一郎自身の言葉を紡いでいく。

神山「(特別競輪の)決勝戦に乗ってる数もすごく多いんで、もしかしたら割合はあんまり良くなかったかもしれないですね(笑)」 photo: Yuichiro Hosoda



――競輪の魅力とは

神山:自分はもちろん自転車も好きなんですけど、「競輪」が好きなんですよね。競輪を作った倉茂貞助さん(競輪創設に尽力した人物)には本当に感謝していて、こんな素晴らしい競技は世界中探してもないんじゃないかな?と思っています。

その魅力と言うのは、負けてもいいわけじゃないんですけど、負けたとしてもやりきった感が出せるレースがあって、勝ったら――それはそれで良いんですけど――勝っても釈然としないレースもあって、そこが「競輪選手としての」競輪の魅力。負けの中に「かち」があると言うか。勝ち負けの「勝ち」であったり、物の「価値」の「かち」があったり。そのことが競輪に取り憑かれる魅力だと思っている。

そこを後輩とかにも話すんですけど、みんな目先の1勝が欲しいのはわかるんですけど「その今日の負けの中に、お前は何を感じ取ったか?」と言う、そこがすごく大事かなと。そこに競輪と言う競技の魅力と奥深さがあり、僕は取り憑かれました。

「負けの中に『かち』がある」と話す神山雄一郎(栃木) photo: Yuichiro Hosoda

――36年間競技生活を続けられた原動力は何か

先程お話しした通り、競輪の魅力にハマったと言うのが一番。あと、競輪はクラス分けがあって、強い人は強い人同士、脚力落ちてきたら同じレベルの人での戦い。結局走ってる人からしたら、どこで走っても一緒なわけです。自分は特別競輪を5年ほど走れなくなりましたが、特別競輪と同じ気持ちで走れるんですよ。僕の場合は、特別競輪の決勝でも、昨日のようなS級の一般戦でも同じ気持ちで走れるので、次、明日のレースでなんとかして1着を獲ってやろうとなる。なので、なかなかやめられなかったのは、それがあったと思います。

あとはやっぱりファンの方の声援も多いですし、自分勝手にやめられなくなっちゃったと言うのもあります。900勝獲れないかなとなった事もありましたけど、それもいろんな方に支えられながら、獲るまではやめられないなと言う感じもありました。周りの方の支えも原動力になったと思っています。

――競輪とは

神山:人生そのものです。ちょっと前までは競輪で力を出し尽くして、最後、棺桶の中になんとかして辿り着くだけの力を残して競輪を走り続けようと思っていた。それくらい魅力のあるものですね。

――取手開催に入った時の気持ちについて

神山:自分の中では最後と言う気持ちでいた。でも意外と落ち着いていた。自分よりも周りの方が気を遣っていて、不思議な感覚だった。最後のレースに対しても、普段通りの気持ちでいられました。

取手競輪3日目の第7レース勝利後、ファンの声援に応える神山雄一郎(栃木) photo: T.Wako / Keirin Magazine

――強いと思った選手は

ここまで穏やかな表情で質問に応じていた神山だが、共に過ごした選手達に思いを馳せ、涙をこらえられなかった。

神山:数え切れないほどいっぱいいるし、魅力的な選手がいるんで(涙で言葉を詰まらせながら)……強い弱い関係なくみんな素晴らしくて……素晴らしい選手がたくさんいるんで……。そんな中でも吉岡稔真選手は、自分の中で勝手にライバル視して、常に頭の中にいて、練習して、それこそ吉岡くんに認められる選手になりたくて頑張ってきたつもりです。

競輪選手、いい選手がいっぱいいて、そんな仲間がライバルである僕を応援してくれたり、引退するにあたって言葉をかけてくれたり、本当に競輪ていいなと思った。みんな競輪学校を受けて選手になって、一生懸命頑張って、上を目指して、一緒に戦ったりしている。そういった選手達が自分の財産だと思っています。

競輪を共に戦った仲間たちへの想いが溢れ出て、神山が涙する photo: Yuichiro Hosoda

――KEIRINグランプリへの想い

数々の金字塔を打ち立てた神山だが、KEIRINグランプリは16回出場し、2着4回。あと一歩をライバルに阻まれ手が届かなかった。

神山:選手としてここまでの成績を残すならば、グランプリを勝ちたかったなと言う気持ちは、正直すごく強いです。ただ、やっぱりそこはみんなが目指すところなので、絶対勝てるとは限りませんので、まあかっこよくいえば、そこを目指して頑張ってこれたのは良かったかなと思います。獲りたかったのはそうですけど、本当にまあ…「しょうがない」という感じですね。

笑い話になりますが、毎年12月30日がグランプリで、いい正月迎えたことがなかったので、今年は選手を引退したことですし、気持ちよくレースを見たい。同県の眞杉(匠)はもちろんですけど、選手みんな素晴らしいんで、全員応援して見ていたいと思います。

日本競輪選手会栃木支部の支部長を務める山口貴弘が駆けつけ、神山に花束を贈呈 photo: Yuichiro Hosoda
花束贈呈を行った皆さんとのフォトセッション photo: Yuichiro Hosoda


公益財団法人 JKAの木戸寛会長、日本競輪選手会の安田光義理事長が神山雄一郎と握手を交わす photo: Yuichiro Hosoda



会見の途中では、「デビューしてからたくさん応援いただいたファンの方には感謝しかありません。今後も競輪界に携わっていければいいなと思ってますので、応援していただけたら嬉しいです」とファンへの感謝も忘れなかった神山選手。シクロワイアードでも「競輪場へ行こう! Vol.9」で神山選手の地元・宇都宮で開催された共同通信社杯を特集した際、「あなたの自転車見せてください」にご登場頂いた。

自転車のセッティングについて丁寧に話してくださった神山雄一郎選手(栃木) photo: Yuichiro Hosoda

お会いするまでは、たいへんな実績を残された方なので、近寄り難いオーラがあるものと構えていたのだが、会った瞬間から終始笑顔で、逆にこちらの緊張を解きほぐしてくださった。その語り口から、自転車好きな想いと気さくな人柄が溢れ出る方であった。

長きにわたり競輪界を盛り上げたビッグレジェンドに、改めて敬意を表したい。

text&photo: Yuichiro Hosoda
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