2024/11/19(火) - 18:00
なぜ誰もポガチャルの独走を止められないのか。その問いにジェイコ・アルウラーのヘイマン監督は「僕らには関係ないから」という意外な言葉で答えた。その真意に迫ると、チームが直面する厳しい現実が浮かび上がってきた。

2019年からジェイコの監督としてハンドルを握るマシュー・ヘイマン photo:So Isobe
今年のモニュメント(5大クラシック)で、4つのレースが独走勝利で決まった。10月12日のイル・ロンバルディアでも、タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)が残り48.4km地点でアタック。その圧倒的な走りで4連覇を成し遂げた。
「作戦通りだった」と語るポガチャルに対し、レムコ・エヴェネプール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)は「仕掛けてくるポイントは予想できていた」と話した。ならば疑問が生じる。なぜ他の選手たちは、仕掛けるポイントを把握していながらポガチャルのアタックを止められないのか。
この問いの答えを、ジャパンカップに参戦したジェイコ・アルウラーのマシュー・ヘイマン監督が明かしてくれた。2012年パリ〜ルーベ優勝の経歴を持つヘイマンは、2019年からチームの指揮を執っている。
勝利よりも大切なものがある

独走からイル・ロンバルディア4連覇を決めたタデイ・ポガチャル(スロベニア) photo:CorVos
「秘密を教えてあげようか? UCIポイントだよ」とヘイマンは切り出した。
「優勝を目指して選手たちが一か八かの勝負を仕掛けては、UCIポイントの量産は見込めない。僕らにポガチャルの勝利なんて関係ないんだ。モンレアル*では、選手たちが代わる代わるアタックして先頭集団を絞り込むのではなく、『UAEに集団牽引は任せ、僕らは確実に複数人のトップ10フィニッシュを狙いにいくんだ』と指示をした」
*ポガチャルが23.3kmの独走勝利を決めたグランプリ・シクリスト・ド・モンレアル。
モンレアルの優勝者に与えられるUCIポイントは500点。しかしヘイマンが言う通り、仮にチームから2位、5位、9位に選手を送り込めたとすると、その合計は725点と大きく上回る。
チーム存続さえも左右するUCIポイント
UCI(国際自転車競技連合)は2020年より、3年間におけるUCIポイントの総獲得点数に応じてトップ18にワールドチームライセンスを与える施策をスタートさせた。その2度目の周期(2023〜25年)に入る今年は2年目。この制度が各チームの戦術に大きな影響を及ぼしているのだという。

プロトンのリアルを語ってくれたマシュー・ヘイマン photo:Makoto AYANO
「最初から勝利を諦めているわけではない。戦術は3年周期のどの年かによっても変わるし、イル・ロンバルディアでは僕らも勝利を目指していた。だがポガチャルが飛び出し、勝利が濃厚になった時点で、UCIポイントの獲得に作戦を切り替えた」とヘイマンは説明する。
「UAEやヴィスマ、イネオスなどは優勝以外を狙う必要なんてない。だけど僕らは違う。UCIポイントを着実に積み重ね、チームランキングを上げていかなければならないんだ」
スポンサー獲得の鍵を握るチームランキング

2024年はチーム3位のUCIポイントをもたらしたサイモン・イェーツ(イギリス) photo:Kei Tsuji
2024年終了時点でジェイコは15位。降格圏である19位に近いものの、順調に行けばワールドチームを確保できる位置にいる。なぜそこまでチームランキングにこだわるのか。ヘイマンは説明を続ける。
「常にスポンサーからのプレッシャーを受けているからね。降格の危機にあればレースで3勝するよりも、チームランキングで8位〜6位へ上がるためのUCIポイントの方が大事なんだ。チームがスポンサー権利を売る際に、世界でトップ10にいるのか、あるいは降格圏争いをしているのかで金額が大きく変わってしまう。常にツール・ド・フランスで名前を売りたい企業はいるからね」
2025年はワールドチームの昇降格争いの最終年となる。「3年サイクルの最終年である来シーズンはもっと面白く、リアルな戦いが観られることだろう」とヘイマン。実際、21位と降格の危機にあるアスタナ・カザクスタンは、即戦力の獲得や首脳陣の入れ替えを実施し、巻き返しを狙う執念を見せている。
変わりゆくレースの本質

2016年パリ〜ルーベを制したマシュー・ヘイマン photo:Makoto.AYANO
勝利ではなくUCIポイントを求めざるを得ない現状を、ヘイマンも手放しで受け入れているわけではない。「ロードレースという競技を殺すシステムだ」と語るように、勝利を目指す、本来の目的から離れていることへの懸念も示す。
「ポガチャルが仮にスーダルやEFにいたとしても、グランツールなどビッグレースで勝っていたはず」とヘイマンが言うように、たとえ昇降格制度がなくとも現世界王者の圧倒的な力は変わらない。しかし、UCIポイントの価値を必要以上に高めてしまう現行のシステムが、皮肉にもポガチャルの独走を許す一因となっているのだ。
オーストラリア初のワールドチームとして、2012年に創設されたグリーンエッジのDNAを受け継ぐジェイコ・アルウラー。ヘイマンは最後に「世知辛い戦いではあるものの、僕らは今後もグリーンエッジの流れを受け継いだチーム作りをしていきたい」と、笑顔とともにインタビューを締めくくった。
その2日後に行われたジャパンカップにて、ジェイコはエースと目されていたサイモン・イェーツ(イギリス)を逃げに送り、序盤から激しい展開を作り出した。ポガチャルの独走勝利の他にも、シビアなUCIポイント争いの影響は、ジャパンカップでワールドチームが見せた「容赦ない」走りにも表れているのだろう。
text:Sotaro.Arakawa
photo:So Isobe

今年のモニュメント(5大クラシック)で、4つのレースが独走勝利で決まった。10月12日のイル・ロンバルディアでも、タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)が残り48.4km地点でアタック。その圧倒的な走りで4連覇を成し遂げた。
「作戦通りだった」と語るポガチャルに対し、レムコ・エヴェネプール(ベルギー、スーダル・クイックステップ)は「仕掛けてくるポイントは予想できていた」と話した。ならば疑問が生じる。なぜ他の選手たちは、仕掛けるポイントを把握していながらポガチャルのアタックを止められないのか。
この問いの答えを、ジャパンカップに参戦したジェイコ・アルウラーのマシュー・ヘイマン監督が明かしてくれた。2012年パリ〜ルーベ優勝の経歴を持つヘイマンは、2019年からチームの指揮を執っている。
勝利よりも大切なものがある

「秘密を教えてあげようか? UCIポイントだよ」とヘイマンは切り出した。
「優勝を目指して選手たちが一か八かの勝負を仕掛けては、UCIポイントの量産は見込めない。僕らにポガチャルの勝利なんて関係ないんだ。モンレアル*では、選手たちが代わる代わるアタックして先頭集団を絞り込むのではなく、『UAEに集団牽引は任せ、僕らは確実に複数人のトップ10フィニッシュを狙いにいくんだ』と指示をした」
*ポガチャルが23.3kmの独走勝利を決めたグランプリ・シクリスト・ド・モンレアル。
モンレアルの優勝者に与えられるUCIポイントは500点。しかしヘイマンが言う通り、仮にチームから2位、5位、9位に選手を送り込めたとすると、その合計は725点と大きく上回る。
チーム存続さえも左右するUCIポイント
UCI(国際自転車競技連合)は2020年より、3年間におけるUCIポイントの総獲得点数に応じてトップ18にワールドチームライセンスを与える施策をスタートさせた。その2度目の周期(2023〜25年)に入る今年は2年目。この制度が各チームの戦術に大きな影響を及ぼしているのだという。

「最初から勝利を諦めているわけではない。戦術は3年周期のどの年かによっても変わるし、イル・ロンバルディアでは僕らも勝利を目指していた。だがポガチャルが飛び出し、勝利が濃厚になった時点で、UCIポイントの獲得に作戦を切り替えた」とヘイマンは説明する。
「UAEやヴィスマ、イネオスなどは優勝以外を狙う必要なんてない。だけど僕らは違う。UCIポイントを着実に積み重ね、チームランキングを上げていかなければならないんだ」
スポンサー獲得の鍵を握るチームランキング

2024年終了時点でジェイコは15位。降格圏である19位に近いものの、順調に行けばワールドチームを確保できる位置にいる。なぜそこまでチームランキングにこだわるのか。ヘイマンは説明を続ける。
「常にスポンサーからのプレッシャーを受けているからね。降格の危機にあればレースで3勝するよりも、チームランキングで8位〜6位へ上がるためのUCIポイントの方が大事なんだ。チームがスポンサー権利を売る際に、世界でトップ10にいるのか、あるいは降格圏争いをしているのかで金額が大きく変わってしまう。常にツール・ド・フランスで名前を売りたい企業はいるからね」
2025年はワールドチームの昇降格争いの最終年となる。「3年サイクルの最終年である来シーズンはもっと面白く、リアルな戦いが観られることだろう」とヘイマン。実際、21位と降格の危機にあるアスタナ・カザクスタンは、即戦力の獲得や首脳陣の入れ替えを実施し、巻き返しを狙う執念を見せている。
変わりゆくレースの本質

勝利ではなくUCIポイントを求めざるを得ない現状を、ヘイマンも手放しで受け入れているわけではない。「ロードレースという競技を殺すシステムだ」と語るように、勝利を目指す、本来の目的から離れていることへの懸念も示す。
「ポガチャルが仮にスーダルやEFにいたとしても、グランツールなどビッグレースで勝っていたはず」とヘイマンが言うように、たとえ昇降格制度がなくとも現世界王者の圧倒的な力は変わらない。しかし、UCIポイントの価値を必要以上に高めてしまう現行のシステムが、皮肉にもポガチャルの独走を許す一因となっているのだ。
オーストラリア初のワールドチームとして、2012年に創設されたグリーンエッジのDNAを受け継ぐジェイコ・アルウラー。ヘイマンは最後に「世知辛い戦いではあるものの、僕らは今後もグリーンエッジの流れを受け継いだチーム作りをしていきたい」と、笑顔とともにインタビューを締めくくった。
その2日後に行われたジャパンカップにて、ジェイコはエースと目されていたサイモン・イェーツ(イギリス)を逃げに送り、序盤から激しい展開を作り出した。ポガチャルの独走勝利の他にも、シビアなUCIポイント争いの影響は、ジャパンカップでワールドチームが見せた「容赦ない」走りにも表れているのだろう。
text:Sotaro.Arakawa
photo:So Isobe
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