2022/07/14(木) - 17:44
フィニッシュから遠い時点で始まったユンボ・ヴィスマの波状攻撃。狂ったように繰り返されるアタックの裏には確固たる戦略と数の優位があった。独りで対応しながらも攻撃的に走ったポガチャルには自信過剰があったのだろうか。ツール史上に残る名ステージになった第11ステージを振り返る。
ユンボ・ヴィスマはこの日スタートサインにはメンバー全員がアイスベストを着て登壇した。オリンピックの街アルヴェービルは朝から快晴で出走の正午に向け気温が上がりつつあったが、まだ汗ばむほどの気温ではなかった。少しでも有利を探そうと、ディテールにこだわるチームの姿勢が現れていた。
昨日のレース中の主催者判断によりサニタリー(衛生)プロトコルが過去2年と同じものに戻された。選手たちは念入りにマスクをしている。ポガチャルはメンバーと距離をとってスタートポディウムに向かった。
ヴェガールスターケ・ラエンゲンに続き、昨日のジョージ・ベネットの新型コロナ陽性による不出走。このツール・ド・フランスのための移籍リクルートだった山岳スペシャリストのベネットが、肝心の難関山岳を前にして去ったことはあまりに痛い。ベネットの仕事は本来、今日から始まる予定だった。ラファウ・マイカもチーム内のPCR検査で陽性となるも検出量が規定値に達していないため出走は認められたのはポガチャルにとって大きな救いだが、マイヨジョーヌ保持チームのUAEエミレーツにCOVID-19の影が漂っているという危うさ。
追加しての「ポジティブ(陽性)」なニュースは幸いにして無く、無事迎えたスタート。しかし危ぶまれるのはアシストが減ってしまったマイヨジョーヌ。これからのエピックステージ2連戦の勝負とユンボ・ヴィスマが今日から攻撃に出ることは誰の目にも予測できたことだった。
超級山岳ガリビエ峠と超級山岳グラノン峠が詰め込まれた過酷なコースレイアウト。0kmからユンボ・ヴィスマが動いた。ワウト・ファンアールトとクリストフ・ラポルトが逃げに乗り、「前待ち」が可能な体制に。1級山岳テレグラフ峠ではティシュ・ベノートがヨナス・ヴィンゲゴーを連れてアタック。ポガチャルが追うことに。下りではプリモシュ・ログリッチがアタック。そしてガリビエ峠の麓ではログリッチとヴィンゲゴーが2人で連続アタックを繰り広げた。
ポガチャルはそのいずれにも反応、自身で対応し、エネルギーを消耗した。数で波状攻撃をかけてくるユンボ勢に対し、ポガチャルは単騎で対応。ガリビエ峠では逆にユンボにアタックを仕掛けてふるいにかけ、山頂までついてこれたのはヴィンゲゴーのみ。他のユンボ勢を振り切ってしまう。
しかし前を行くファンアールトとラポルトが遅れたログリッチを引き上げるために呼び戻され、最後の超級山岳グラノン峠へ向かうまでに再浮上。5人を総合争い集団に再び揃えた。代わる代わる飛び出すユンボ勢。ログリッチの捨て身の献身。攻撃を繰り返すうちに、ラスト5kmのヴィンゲゴーのアタックでポガチャルは反応できず、遅れてしまった。
2020年のツール最終日前日、ログリッチに対して劇的な逆転勝利を飾って以来、弱点を見せず、強さを誇示してきたポガチャルのまさかの陥落だった。チームに守られたヴィンゲゴーとユンボの波状攻撃は功を奏した。
遅れた理由は分からないと言うポガチャルだが、振り返ればこの日、8回に渡るヴィンゲゴーとログリッチらのアタックに独りで対応し、ガリビエでは自分から4回アタックした。グラノン峠では脱落する前には15分間に渡ってヴィンゲゴーの前をただ引いてしまっていた。
「ガリビエではまだ調子が本当に良かった。ユンボからアタックをたくさん受けた。彼らは本当にうまくやった。そして最後の登りでは、わからない、なぜか良くなかった」。
「ポガチャルも人間だった」という声が挙がっているが、後で振り返れば、そんな走りで最後まで持つわけがない、という声も。ここまでの調子の良さからくる自信過剰だったことが失敗につながったのだろうか。アタックに対応するのに忙しく、補給を摂ることが疎かになり、ハンガーノックを起こしていたのではないかという説もある。回復力に優れ、怪物的なパフォーマンスを見せてきたポガチャルの失速は今までに見たことがなかったものだった。
しかし前向きな姿勢は崩さない。「まだ終わっていない。今日3分失ったら、明日3分取り返す。最終日まで戦い抜く。最後まで苦しんだ。最高の日じゃなかった。明日、調子が良いなら見ていて欲しい。最後までレースをする。後悔が無いよう全力を尽くすよ」とポガチャルはリベンジを誓う。
マイヨジョーヌを失ってなお爽やかな笑顔でポディウムに登り、マイヨブランを着るポガチャル。ちなみにツールでのマイヨブランの連続着用日数が41ステージとなり、96-98年のヤン・ウルリッヒを超えた。もはや誰も破れない記録は続くことに。
ここまでのポガチャルの他を圧倒するパフォーマンスは驚異的だったが、この日のヴィンゲゴーの登りのパフォーマンスは新鮮な驚きだった。「難関山岳でポガチャルに対抗できるとしたら、昨年のモン・ヴァントゥーでポガチャルを引き離したヴィンゲゴーしか居ない」と言われてきた力を披露することに。
データ上でも驚異的で、グラノン峠の登りは平均スピード18.87km/h、VAM1733m/h、6.0-6.1W/kg (est)、麓からのタイム35分56秒。前回ツールにグラノン峠が採用された36年前、1986年のウルス・ツィンマーマン(スイス)がグレッグ・レモンとのデッドヒートの末にマークしたタイムと比べて5分速いというだけでなく、近似標高の峠でのエガン・ベルナルのマークした数値を上回っているという。
ちなみに当時マイヨジョーヌを着るベルナール・イノーがそれをレモンに明け渡したことで、グラノン峠がマイヨジョーヌ交替の地であるというジンクスができた。しかしポガチャルの近似標高の峠でのデータからすれば、本来の調子ならヴィンゲゴーに着いていけたはずだ。
「ここでのアタックは(チームで)数ヶ月前に決めていた」と話したヴィンゲゴー。コース下見の際にはあまりの登りの厳しさにチームカーに乗ってしまったと言う。下見と作戦。しかしポガチャルが弱っていたかどうかはアタックした時にはわからなかったというヴィンゲゴー。
「ガリビエ峠の頂上ではポガチャルは本当に強くて皆を脱落させてしまった。彼が全力をつかっているのかそうでないかはわからなかったけど、最後の上りでは”ここでトライしなかったら勝利はない”と自分に言い聞かせてアタックしたんだ」。
「(何回もアタックして)リスクはあった。でも、僕もプリモシュもすでにツールで2位になっている。昨年は2位で素晴らしかった。でももし挑戦しなかったらまた2位だろう。僕はトライして勝利を掴みに行くよ。それがチームのメンタリティーの現れだと思う」。
アタックを続けたログリッチは、パヴェの第5ステージで負った自分のタイム差を取り返すのではなく、ヴィンゲゴーのアシストとなるべくアタックを繰り返す捨て身の献身を見せた。結果約14分遅れでのフィニッシュで、自身が総合優勝を狙うことは無くなった。言われてきた2人のエース体制ではなく、一人に絞れたことも逆転に繋がった。
そしてステージ勝利した後にヴィンゲゴーが真っ先に電話をしたのはガールフレンド。携帯電話を片手にローラーを回していたとき、笑顔のポガチャルと握手を交わしあったが、電話に専念。「彼女は僕のすべて。彼女の応援と娘の応援、それがすべて。彼女ら無しでは僕は何もできなかった。ホントの意味ですべてなんだ。だから最初に電話した」。
レースを大きくひっくり返すことに成功したヴィンゲゴーとユンボ・ヴィスマが明日からはマイヨジョーヌを守ることになる。「ポガチャルが最大のライバルであることに変わりはない。彼はチャンスが有れば毎日でも僕に対してアタックしてくるだろう。これからパリまで厳しいレースが続くはずだ。僕らは毎日ベストを尽くすよ」とヴィンゲゴー。
まずは明日再びガリビエ峠に登り返し、伝説の舞台ラルプデュエズにフィニッシュする2日連続のクイーンステージの残りが待っている。今日できなかったとしても明日アタックするはずだったユンボは守りに回ることになるが、もう一度ダメ押しの攻撃を仕掛けたいとも思っているはずだ。
ロマン・バルデ(チームDSM)に2分16秒、ポガチャルに2分22秒のタイム差はあまりにも小さい。マイヨジョーヌを着てなお攻撃に徹することが最大の防御となるか。ユンボに加えてイネオスも数の力を活かす攻撃をする力をまだ持っている。
2018年ぶりのラルプデュエズはフランス革命記念日にあたる。 そして2018年のラルプデュエズはゲラント・トーマスがマイヨジョーヌを着てステージ2連勝を飾った幸運の地でもある。
text&photo:Makoto.AYANO in France
ユンボ・ヴィスマはこの日スタートサインにはメンバー全員がアイスベストを着て登壇した。オリンピックの街アルヴェービルは朝から快晴で出走の正午に向け気温が上がりつつあったが、まだ汗ばむほどの気温ではなかった。少しでも有利を探そうと、ディテールにこだわるチームの姿勢が現れていた。
昨日のレース中の主催者判断によりサニタリー(衛生)プロトコルが過去2年と同じものに戻された。選手たちは念入りにマスクをしている。ポガチャルはメンバーと距離をとってスタートポディウムに向かった。
ヴェガールスターケ・ラエンゲンに続き、昨日のジョージ・ベネットの新型コロナ陽性による不出走。このツール・ド・フランスのための移籍リクルートだった山岳スペシャリストのベネットが、肝心の難関山岳を前にして去ったことはあまりに痛い。ベネットの仕事は本来、今日から始まる予定だった。ラファウ・マイカもチーム内のPCR検査で陽性となるも検出量が規定値に達していないため出走は認められたのはポガチャルにとって大きな救いだが、マイヨジョーヌ保持チームのUAEエミレーツにCOVID-19の影が漂っているという危うさ。
追加しての「ポジティブ(陽性)」なニュースは幸いにして無く、無事迎えたスタート。しかし危ぶまれるのはアシストが減ってしまったマイヨジョーヌ。これからのエピックステージ2連戦の勝負とユンボ・ヴィスマが今日から攻撃に出ることは誰の目にも予測できたことだった。
超級山岳ガリビエ峠と超級山岳グラノン峠が詰め込まれた過酷なコースレイアウト。0kmからユンボ・ヴィスマが動いた。ワウト・ファンアールトとクリストフ・ラポルトが逃げに乗り、「前待ち」が可能な体制に。1級山岳テレグラフ峠ではティシュ・ベノートがヨナス・ヴィンゲゴーを連れてアタック。ポガチャルが追うことに。下りではプリモシュ・ログリッチがアタック。そしてガリビエ峠の麓ではログリッチとヴィンゲゴーが2人で連続アタックを繰り広げた。
ポガチャルはそのいずれにも反応、自身で対応し、エネルギーを消耗した。数で波状攻撃をかけてくるユンボ勢に対し、ポガチャルは単騎で対応。ガリビエ峠では逆にユンボにアタックを仕掛けてふるいにかけ、山頂までついてこれたのはヴィンゲゴーのみ。他のユンボ勢を振り切ってしまう。
しかし前を行くファンアールトとラポルトが遅れたログリッチを引き上げるために呼び戻され、最後の超級山岳グラノン峠へ向かうまでに再浮上。5人を総合争い集団に再び揃えた。代わる代わる飛び出すユンボ勢。ログリッチの捨て身の献身。攻撃を繰り返すうちに、ラスト5kmのヴィンゲゴーのアタックでポガチャルは反応できず、遅れてしまった。
2020年のツール最終日前日、ログリッチに対して劇的な逆転勝利を飾って以来、弱点を見せず、強さを誇示してきたポガチャルのまさかの陥落だった。チームに守られたヴィンゲゴーとユンボの波状攻撃は功を奏した。
遅れた理由は分からないと言うポガチャルだが、振り返ればこの日、8回に渡るヴィンゲゴーとログリッチらのアタックに独りで対応し、ガリビエでは自分から4回アタックした。グラノン峠では脱落する前には15分間に渡ってヴィンゲゴーの前をただ引いてしまっていた。
「ガリビエではまだ調子が本当に良かった。ユンボからアタックをたくさん受けた。彼らは本当にうまくやった。そして最後の登りでは、わからない、なぜか良くなかった」。
「ポガチャルも人間だった」という声が挙がっているが、後で振り返れば、そんな走りで最後まで持つわけがない、という声も。ここまでの調子の良さからくる自信過剰だったことが失敗につながったのだろうか。アタックに対応するのに忙しく、補給を摂ることが疎かになり、ハンガーノックを起こしていたのではないかという説もある。回復力に優れ、怪物的なパフォーマンスを見せてきたポガチャルの失速は今までに見たことがなかったものだった。
しかし前向きな姿勢は崩さない。「まだ終わっていない。今日3分失ったら、明日3分取り返す。最終日まで戦い抜く。最後まで苦しんだ。最高の日じゃなかった。明日、調子が良いなら見ていて欲しい。最後までレースをする。後悔が無いよう全力を尽くすよ」とポガチャルはリベンジを誓う。
マイヨジョーヌを失ってなお爽やかな笑顔でポディウムに登り、マイヨブランを着るポガチャル。ちなみにツールでのマイヨブランの連続着用日数が41ステージとなり、96-98年のヤン・ウルリッヒを超えた。もはや誰も破れない記録は続くことに。
ここまでのポガチャルの他を圧倒するパフォーマンスは驚異的だったが、この日のヴィンゲゴーの登りのパフォーマンスは新鮮な驚きだった。「難関山岳でポガチャルに対抗できるとしたら、昨年のモン・ヴァントゥーでポガチャルを引き離したヴィンゲゴーしか居ない」と言われてきた力を披露することに。
データ上でも驚異的で、グラノン峠の登りは平均スピード18.87km/h、VAM1733m/h、6.0-6.1W/kg (est)、麓からのタイム35分56秒。前回ツールにグラノン峠が採用された36年前、1986年のウルス・ツィンマーマン(スイス)がグレッグ・レモンとのデッドヒートの末にマークしたタイムと比べて5分速いというだけでなく、近似標高の峠でのエガン・ベルナルのマークした数値を上回っているという。
ちなみに当時マイヨジョーヌを着るベルナール・イノーがそれをレモンに明け渡したことで、グラノン峠がマイヨジョーヌ交替の地であるというジンクスができた。しかしポガチャルの近似標高の峠でのデータからすれば、本来の調子ならヴィンゲゴーに着いていけたはずだ。
「ここでのアタックは(チームで)数ヶ月前に決めていた」と話したヴィンゲゴー。コース下見の際にはあまりの登りの厳しさにチームカーに乗ってしまったと言う。下見と作戦。しかしポガチャルが弱っていたかどうかはアタックした時にはわからなかったというヴィンゲゴー。
「ガリビエ峠の頂上ではポガチャルは本当に強くて皆を脱落させてしまった。彼が全力をつかっているのかそうでないかはわからなかったけど、最後の上りでは”ここでトライしなかったら勝利はない”と自分に言い聞かせてアタックしたんだ」。
「(何回もアタックして)リスクはあった。でも、僕もプリモシュもすでにツールで2位になっている。昨年は2位で素晴らしかった。でももし挑戦しなかったらまた2位だろう。僕はトライして勝利を掴みに行くよ。それがチームのメンタリティーの現れだと思う」。
アタックを続けたログリッチは、パヴェの第5ステージで負った自分のタイム差を取り返すのではなく、ヴィンゲゴーのアシストとなるべくアタックを繰り返す捨て身の献身を見せた。結果約14分遅れでのフィニッシュで、自身が総合優勝を狙うことは無くなった。言われてきた2人のエース体制ではなく、一人に絞れたことも逆転に繋がった。
そしてステージ勝利した後にヴィンゲゴーが真っ先に電話をしたのはガールフレンド。携帯電話を片手にローラーを回していたとき、笑顔のポガチャルと握手を交わしあったが、電話に専念。「彼女は僕のすべて。彼女の応援と娘の応援、それがすべて。彼女ら無しでは僕は何もできなかった。ホントの意味ですべてなんだ。だから最初に電話した」。
レースを大きくひっくり返すことに成功したヴィンゲゴーとユンボ・ヴィスマが明日からはマイヨジョーヌを守ることになる。「ポガチャルが最大のライバルであることに変わりはない。彼はチャンスが有れば毎日でも僕に対してアタックしてくるだろう。これからパリまで厳しいレースが続くはずだ。僕らは毎日ベストを尽くすよ」とヴィンゲゴー。
まずは明日再びガリビエ峠に登り返し、伝説の舞台ラルプデュエズにフィニッシュする2日連続のクイーンステージの残りが待っている。今日できなかったとしても明日アタックするはずだったユンボは守りに回ることになるが、もう一度ダメ押しの攻撃を仕掛けたいとも思っているはずだ。
ロマン・バルデ(チームDSM)に2分16秒、ポガチャルに2分22秒のタイム差はあまりにも小さい。マイヨジョーヌを着てなお攻撃に徹することが最大の防御となるか。ユンボに加えてイネオスも数の力を活かす攻撃をする力をまだ持っている。
2018年ぶりのラルプデュエズはフランス革命記念日にあたる。 そして2018年のラルプデュエズはゲラント・トーマスがマイヨジョーヌを着てステージ2連勝を飾った幸運の地でもある。
text&photo:Makoto.AYANO in France