2021/08/07(土) - 13:51
8月5日、男子オムニアムに出場した橋本英也(チームブリヂストンサイクリング)の東京オリンピックが終わった。最終順位は15位。願っていた順位には遠い、不本意なものであった。この結果に橋本は何を思ったのか。じっくりと話を聞いた。
6年前、橋本はリオ2016オリンピックの選考に漏れた。この時の悔しさを橋本はことあるごとに語っていた。そのために一時は自転車を嫌いになったほどだと言うが、その悔しさを乗り越え、橋本は確かな走力を身につけた。そして2019年のワールドカップでは表彰台にも登り、東京2020オリンピックの男子オムニアムの日本代表として選ばれた。
その念願のオリンピックの舞台に立った橋本は、その大舞台を存分に楽しむはずだった。全4種目の合計ポイントで競うオムニアム。橋本のレースを簡単に振り返ってみよう。
第1種目のスクラッチでは、5名の選手にラップ(周回追い抜き)されたものの、フィニッシュでは集団で3位、結果8位の悪くないスタートだった。
第2種目のテンポレースでは途端に全体の速度が上がった。選手たちがいよいよ本領を発揮し始める。橋本は序盤は前方で先頭ポイントを狙い、まずは1ポイントを獲得するも、10周ほどで後方に追いやられ、そのまま上がれなかった。結果は16位、総合10位。
第3種目のエリミネーションでも、前方で展開しながら残り15名ほどまでは好調に運ぶ。終盤に向けて全体ペースが上がったとき、イン側にいた橋本は一旦後ろに下がってしまい、そのまま上がれることなく12位でエリミネート。総合13位。
最終種目のポイントレースでは、最終段階に向けた速い速度と展開で進む。周回追い抜きを決める選手が連発し、橋本も序盤に前方に上がり4位ポイントを稼ぐものの、その後は後方に追いやられる展開に。その後ポイントを取ることなくレースを終えた。最終結果15位。(レポート記事)
その日の夜、日記に橋本はこう書き込んだ。『悔しいオリンピックだった』。レース次の日の朝、橋本に話を聞いた。こうして文字にして読むよりも、ゆっくりと、時間をかけて、橋本は答えた。
――全体の走りを振り返っての感想は?
悔しいです。オリンピックがこんな悔しいものだとは思わなかったです。
――今回のレースで、ターニングポイントになったと思う種目、瞬間は?
はい、テンポレースじゃないですかね。そこでちょっと流れが変わった感じはあって。
最初のスクラッチは想定通りで、ゴールスプリント、ラストのゴールでのスピードも良くていい感触だったんですけど。その次のテンポレースが想像よりレーススピードが速くて、そこでかなり消耗してしまった。終始スピードが速くて、その速いスピードの中で休めなくて、かなりあそこで、もう後手後手になってしまったなというのはありますね。それが尾を引きました。
――今回は重た目のギアで挑んでいるように見えたが?
スクラッチはすごく重くしていて、予想通りだったんですけど、テンポでは軽かったですね。逆にテンポはスピードに対してギアが軽くて、もっと(ギア数が)必要だったんじゃないかなって思いました。
――エリミネーションは積極的に前に出たように見えた。そこは気持ちの切り替えがあったか?
エリミネーションは得意種目だったので、やはり前での展開が必要になってくるんですけど、前で展開すると体力は使うので……。要するにレーススピードが速くて、後ろでリカバリーしている時に降ろされたっていう流れになってしまったので。
――最終種目のポイントレースを振り返ると?
ポイントレースは表彰台の圏外に入ってしまったので、やはりそのラップ(周回追い抜き)をメインに見せ場を作りたいと思って走ったんですが、スピードがやはり速くて、僕は休むことができなくて、全体に引きずられてしまうような感覚でした。
――2020年2月の世界選手権から、速度や筋力を上げてきたと思うが、その実感をレースで感じられたか?
トップスピードの速さに関しては対応できていました、確実に。スクラッチのゴールでスピードが出てくれたので、そこは対応できたと思っています。ただ、全体の平均的な速さが自分の想定より早くて。そこに対応できなかったのが、1番の敗因じゃないかなって思いました。
――このレースをどういう戦略で走ろうとしていた?
全部の種目を5位以内に入りたいなと思っていて。最初のスクラッチは、もともと逃げるつもりではなかったので、5人の逃げを容認した中での3着(結果8位)だったので、まあ自分の中でも大丈夫なポジションでしたが、そこからのテンポレースでちょっと歯車が崩れたという感じでしょうか。
――レースの中で、自分なりに気持ち良く走れた瞬間や場面はあったか?
気持ちよく走れたのはスクラッチの最初のゴールぐらいじゃないですかね。そこからは……。スクラッチまではレースが見えていたというか、視野の広い感じで走れていたんですが、テンポレースのかなり速いスピードで引きずり回されて、踏んでしまって以降は、ちょっと視野が狭くなっちゃって。電光掲示板を見る余裕であったり、そういった余裕がもうなくなっていたなって思いました。
――今までそういった辛いレースはあったか?
ありましたね。これはなんか、世界選手権の時に似てるなって思いましたね。
いつも僕はレースでは限界の所まで行かないようにレースを走っていました。コップから水が溢れちゃうと、もうそこからもうダメダメなレースになっちゃうので。ですが今回はテンポでもうオーバーヒートっていうか、その限界の所に来ちゃったので。ここからは視野が狭くなって、レースに行くことがいっぱいで。やっぱりその時の記憶では楽しいことはできなかったです。
――レース中に1番考えていたことは?
考えていたことは……。何もなかったです。1つでも上の順位に、っていうことだけを考えていました。
――この最終順位に思う気持ちは?
はい……。悔しくて……、悔しいですね。悔しい。
現実との解離というか、その、自分の描いていたプランと現実の解離がすごくって。
ここまでいろんな人が応援しにきてくれて。日本で、テレビでも放映してくれて、たくさんの人が応援してくれたんですけど。結果を出すことができなかったっていうのが、すごく悔しいですね、本当に。
――これでまずは一旦の区切りに。次のビジョンは?
次のビジョンとしては、世界選手権を優勝したいなというのはありますね。このために、ちょっと考えます。
――今は何がしたい?
今は、楽しく、自転車に乗りたいです。景色のいいところで、自転車に乗りたいって思っています。
――応援してくれた方への言葉を
はい、本当にたくさん、たくさんの応援をありがとうございました。皆さまの応援の前で走れるっていうのは、本当に幸せな瞬間で。すごく嬉しかったです。
それに対して、その内容は、ちょっとって。自分でも悔しいレース内容だったので、そのギャップに今も……。そんなオリンピックだったと思います。
でも、たくさんの皆様の応援のおかげで、この舞台、オリンピックで走れたので、まずそれに感謝をして。それで悔しさを解消していきたいと思っています。
「オリンピックを楽しく走る」という橋本の目論見は外れた。ただそこに、東京2020オリンピック結果15位という事実が横たわる。それをどう捉えるのかは本人の、そしてそれを見た個々の判断次第ではあるが、まずは大会直後の彼の心を、記録としてここに書き残す。
これは何かの形で、誰かの糧となるのか。それは今の段階では全くわからない。しかし、初めてのオリンピック出場で、とても悔しい思いをした橋本英也という選手は、今後も自転車選手としてさらに成熟していく。これだけは間違いない。
text:Koichiro Nakamura
6年前、橋本はリオ2016オリンピックの選考に漏れた。この時の悔しさを橋本はことあるごとに語っていた。そのために一時は自転車を嫌いになったほどだと言うが、その悔しさを乗り越え、橋本は確かな走力を身につけた。そして2019年のワールドカップでは表彰台にも登り、東京2020オリンピックの男子オムニアムの日本代表として選ばれた。
その念願のオリンピックの舞台に立った橋本は、その大舞台を存分に楽しむはずだった。全4種目の合計ポイントで競うオムニアム。橋本のレースを簡単に振り返ってみよう。
第1種目のスクラッチでは、5名の選手にラップ(周回追い抜き)されたものの、フィニッシュでは集団で3位、結果8位の悪くないスタートだった。
第2種目のテンポレースでは途端に全体の速度が上がった。選手たちがいよいよ本領を発揮し始める。橋本は序盤は前方で先頭ポイントを狙い、まずは1ポイントを獲得するも、10周ほどで後方に追いやられ、そのまま上がれなかった。結果は16位、総合10位。
第3種目のエリミネーションでも、前方で展開しながら残り15名ほどまでは好調に運ぶ。終盤に向けて全体ペースが上がったとき、イン側にいた橋本は一旦後ろに下がってしまい、そのまま上がれることなく12位でエリミネート。総合13位。
最終種目のポイントレースでは、最終段階に向けた速い速度と展開で進む。周回追い抜きを決める選手が連発し、橋本も序盤に前方に上がり4位ポイントを稼ぐものの、その後は後方に追いやられる展開に。その後ポイントを取ることなくレースを終えた。最終結果15位。(レポート記事)
その日の夜、日記に橋本はこう書き込んだ。『悔しいオリンピックだった』。レース次の日の朝、橋本に話を聞いた。こうして文字にして読むよりも、ゆっくりと、時間をかけて、橋本は答えた。
――全体の走りを振り返っての感想は?
悔しいです。オリンピックがこんな悔しいものだとは思わなかったです。
――今回のレースで、ターニングポイントになったと思う種目、瞬間は?
はい、テンポレースじゃないですかね。そこでちょっと流れが変わった感じはあって。
最初のスクラッチは想定通りで、ゴールスプリント、ラストのゴールでのスピードも良くていい感触だったんですけど。その次のテンポレースが想像よりレーススピードが速くて、そこでかなり消耗してしまった。終始スピードが速くて、その速いスピードの中で休めなくて、かなりあそこで、もう後手後手になってしまったなというのはありますね。それが尾を引きました。
――今回は重た目のギアで挑んでいるように見えたが?
スクラッチはすごく重くしていて、予想通りだったんですけど、テンポでは軽かったですね。逆にテンポはスピードに対してギアが軽くて、もっと(ギア数が)必要だったんじゃないかなって思いました。
――エリミネーションは積極的に前に出たように見えた。そこは気持ちの切り替えがあったか?
エリミネーションは得意種目だったので、やはり前での展開が必要になってくるんですけど、前で展開すると体力は使うので……。要するにレーススピードが速くて、後ろでリカバリーしている時に降ろされたっていう流れになってしまったので。
――最終種目のポイントレースを振り返ると?
ポイントレースは表彰台の圏外に入ってしまったので、やはりそのラップ(周回追い抜き)をメインに見せ場を作りたいと思って走ったんですが、スピードがやはり速くて、僕は休むことができなくて、全体に引きずられてしまうような感覚でした。
――2020年2月の世界選手権から、速度や筋力を上げてきたと思うが、その実感をレースで感じられたか?
トップスピードの速さに関しては対応できていました、確実に。スクラッチのゴールでスピードが出てくれたので、そこは対応できたと思っています。ただ、全体の平均的な速さが自分の想定より早くて。そこに対応できなかったのが、1番の敗因じゃないかなって思いました。
――このレースをどういう戦略で走ろうとしていた?
全部の種目を5位以内に入りたいなと思っていて。最初のスクラッチは、もともと逃げるつもりではなかったので、5人の逃げを容認した中での3着(結果8位)だったので、まあ自分の中でも大丈夫なポジションでしたが、そこからのテンポレースでちょっと歯車が崩れたという感じでしょうか。
――レースの中で、自分なりに気持ち良く走れた瞬間や場面はあったか?
気持ちよく走れたのはスクラッチの最初のゴールぐらいじゃないですかね。そこからは……。スクラッチまではレースが見えていたというか、視野の広い感じで走れていたんですが、テンポレースのかなり速いスピードで引きずり回されて、踏んでしまって以降は、ちょっと視野が狭くなっちゃって。電光掲示板を見る余裕であったり、そういった余裕がもうなくなっていたなって思いました。
――今までそういった辛いレースはあったか?
ありましたね。これはなんか、世界選手権の時に似てるなって思いましたね。
いつも僕はレースでは限界の所まで行かないようにレースを走っていました。コップから水が溢れちゃうと、もうそこからもうダメダメなレースになっちゃうので。ですが今回はテンポでもうオーバーヒートっていうか、その限界の所に来ちゃったので。ここからは視野が狭くなって、レースに行くことがいっぱいで。やっぱりその時の記憶では楽しいことはできなかったです。
――レース中に1番考えていたことは?
考えていたことは……。何もなかったです。1つでも上の順位に、っていうことだけを考えていました。
――この最終順位に思う気持ちは?
はい……。悔しくて……、悔しいですね。悔しい。
現実との解離というか、その、自分の描いていたプランと現実の解離がすごくって。
ここまでいろんな人が応援しにきてくれて。日本で、テレビでも放映してくれて、たくさんの人が応援してくれたんですけど。結果を出すことができなかったっていうのが、すごく悔しいですね、本当に。
――これでまずは一旦の区切りに。次のビジョンは?
次のビジョンとしては、世界選手権を優勝したいなというのはありますね。このために、ちょっと考えます。
――今は何がしたい?
今は、楽しく、自転車に乗りたいです。景色のいいところで、自転車に乗りたいって思っています。
――応援してくれた方への言葉を
はい、本当にたくさん、たくさんの応援をありがとうございました。皆さまの応援の前で走れるっていうのは、本当に幸せな瞬間で。すごく嬉しかったです。
それに対して、その内容は、ちょっとって。自分でも悔しいレース内容だったので、そのギャップに今も……。そんなオリンピックだったと思います。
でも、たくさんの皆様の応援のおかげで、この舞台、オリンピックで走れたので、まずそれに感謝をして。それで悔しさを解消していきたいと思っています。
「オリンピックを楽しく走る」という橋本の目論見は外れた。ただそこに、東京2020オリンピック結果15位という事実が横たわる。それをどう捉えるのかは本人の、そしてそれを見た個々の判断次第ではあるが、まずは大会直後の彼の心を、記録としてここに書き残す。
これは何かの形で、誰かの糧となるのか。それは今の段階では全くわからない。しかし、初めてのオリンピック出場で、とても悔しい思いをした橋本英也という選手は、今後も自転車選手としてさらに成熟していく。これだけは間違いない。
text:Koichiro Nakamura
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