2021/07/20(火) - 00:11
シャンゼリゼを制したのは記録更新が期待されたカヴェンディッシュではなく万能ファンアールト。「メルクスには及ばない」と言うワウトに対し、メルクス自身が認める「新しいカニバル」のポガチャルは今年も3つのジャージを持ち去った。
スタート前にバイクを点検するマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:CorVos
最終ステージのシャンゼリゼへの凱旋フィニッシュにおいてエディ・メルクスの記録を更新する35勝目を挙げるかどうかが大いに注目されたマーク・カヴェンディッシュ。カヴにはこの日グリーンに彩られたスペシャルペイントのバイクが用意されたが、それには乗らず、カヴはいつもの乗り馴れたバイクでパリ郊外のシャトゥのスタートラインに並んだ。
4賞ジャージを着た4人が走り出すが、緑以外の3つはポガチャルのもの photo:ASO
スタート前にはバイクの様子を念入りにチェックするカヴ。3日前、エディ・メルクス氏も激励に訪れて記録更新が期待された第18ステージでは、スタート前にバイクのヘッドパーツの調整が完璧でなかったことでメカニックを激しく叱咤したことで謝罪声明を出したカヴだが、その細部に拘る神経質さはこの日も発揮されていた。
「勝利にはこだわるが記録にはこだわらない」と話すカヴだが、いつも以上に神経質なことでやはり歴史に残る記録への挑戦を前にして、それにこだわっていることの証明だろう。
タデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)に用意されたコルナゴV3-RS photo:Makoto AYANO
昨年は前日のTTで決まった総合優勝だったため十分な用意ができなかったタデイ・ポガチャルとUAEチームエミレーツは、この日イエローをあしらったチームジャージを用意してスタートを迎えることができた。チームのバイクにも黄色いバーテープが巻かれた。ポガチャルのバイクは全イエローではなく、部分で塗り分けられたものが使用された。ディスクブレーキ版かつ石畳に快適なチューブレスホイールを選択した。
タディ・ポガチャルに用意されたスペアバイクのうち1台は赤い水玉模様に photo:Makoto AYANO
山岳賞ジャージ:マイヨブラン・アポワ・ルージュ=白に赤い水玉も獲ったことでポガチャルのスペアバイクのもう1台には赤い水玉模様があしらわれ、紐締めのDMTのシューズも赤い水玉の特別バージョンが用意されていた。新人賞ジャージ:マイヨイブランもポガチャルのものだが、地のホワイトがそれを表していると取るべきだろう。
ちなみに3日前には強すぎるポガチャルの走りに対してある選手から「山岳でリアホイールから異音がしていた」と疑問が呈され、この数日はUCI審判団もモータードーピング捜査をせざるを得ない状況があった。スキャン検査によって何も問題は発見されなかったが、それを受けて選手の間ではホイールを回して「ブィン、ブィン〜!」とオートバイの真似ごとをしておどけるのがちょっとした(皮肉を込めた)流行りとなっている。
シャントゥ宮殿を背にパリ市街へと進むプロトン photo:ASO
パリへ向けてローリング走行したのは完走者たった141人という小さなプロトン。そしていつもどうりの記念撮影タイムが続く。例年の最終日においてシャンパングラスを持ってのライドシーンはお約束のカットだが、メインスポンサーがUAE(アラブ首長国連邦)のため宗教上の理由でアルコールが禁止されているUAEチームエミレーツの場合それは無し。マイヨジョーヌを中心に横一線で肩を組んでの走行シーンはむしろチームの結束を表していて、よりふさわしい感じがした。
シャンゼリゼに凱旋するマイヨジョーヌとUAEエミレーツ photo:Makoto AYANO
第3ステージの落車の影響でリタイアしたプリモシュ・ログリッチは居なくなったがマティ・モホリッチのステージ2勝もあり、人口2百万人の”プティ・ペイ(小さな国)”スロベニアの選手たちの大活躍はフランスのメディアを賑わすちょっとしたトピックだった。それに応えるようにスロベニア選手によるフォトセッションも実現したが、ポガチャルらはログリッチの11番ゼッケンを手にして写真に収まった。
そしてポガチャルに次ぐ次点でマイヨアポワを着るワウト・プールスは、走りながらポガチャルにサインペンを渡し、着ているジャージにサインを求めた。
凱旋門をバックにシャンゼリゼを走るプロトン photo:Makoto AYANO
ランタンルージュ=個人総合成績における最下位はティム・デクレルク(ベルギー、ドゥクーニンク・クイックステップ)。連日集団先頭を牽引した「トラクター」はカヴェンディッシュの34勝の大きな貢献者だが、自身は第14ステージで熱中症になり完走さえ危ぶまれた。そして今日もファイナルスプリントへ向け大きな仕事が待っている。
3年振りのツール完走となったクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto AYANO
命さえ危ぶまれた大怪我から2年ぶりの復帰となったツールで完走にこぎつけたクリス・フルームには「もっとも素敵で礼儀正しいライダー賞」が贈られるとラジオツールが伝えた。それを聞いたフルームは「イエロージャージじゃないけど、母が誇りに思ってくれるかも、と笑顔に涙のアイコンを添えてツィート。そして今日はチームキャプテンとしてグライペルの最後のシャンゼリゼスプリントをアシストする。
イスラエル・スタートアップネイションはダニエル・マーティンがこの日走り終われば昨年9月開催のツールから約12ヶ月で4つのグランツール(ツール、ジロ、ブエルタ、ツール)を完走することになる。
マイナーチェンジされたコンコルド広場の石畳を走り抜けるプロトン photo:Makoto AYANO
総走行距離3,414.4kmの長旅は2時間半のクルージングを終えて最終目的地パリへ。ノートルダム大聖堂の近くをかすめてルーヴル美術館の中庭を走り、52km地点でシャンゼリゼ周回コースに入る。
今年、コンコルド広場周辺など周回コースに小さな変化があった。例年オベリスク前に設置された簡易的な観客スタンドは常設の建造物になり(しかし観客は入れなかった)、バリアの設置レイアウトが少し変わり、最終コーナーがやや広くなった(進入角度自体は変わらない)。
レイアウトの変更されたコンコルド広場、オベリスク前を通過するプロトン photo:ASO
そしてフィニッシュラインが凱旋門側に移動したことで最終コーナーからフィニッシュまでのストレートが350mから700mに延長された。つまり最終コーナーを立ち上がってからスプリントまでより長い距離になったため、リヴォリ通りからの複合コーナーを抜けてのタイトだった位置取り争いには余裕が生まれることに。
凱旋門前を通過するマイヨジョーヌのタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:CorVos
そしてコロナ禍においてパリ市内で生活の中に市民の足として自転車が活用されるシーンが増えたことで自転車レーンができ、それによって路肩が整備され、荒れた石畳が慣らされ、石畳の隙間が所々タールで埋められ、自転車が走りやすくなった。しかしスムーズさが増したとはいえ石畳には違いはなく、依然としてシャンゼリゼの路面の大部分は北のクラシックと大差は無い。むしろリヴォリ通りは自転車レーンのおかげで幅が狭くなり、その位置取り争いは難度を増したようだ。
マイヨジョーヌのタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
マイヨジョーヌ擁するUAEチームエミレーツを先頭にフィニッシュラインを一旦通過したところでアタックがスタート。石畳が敷かれたシャンゼリゼ通りや凱旋門の外周路、ルーヴル前のトンネル、コンコルド広場を含む6.8kmの定番周回コースを9周するのはいつもどおり。アタックが頻発し、マイヨヴェール争いは最終逆転の可能性もあったためカヴェンディッシュ自らが中間ポイントを取りにも行った。
シャンゼリゼの上空にトリコローレの煙幕を引いたパトルイユ・ド・フランス photo:Makoto AYANO
マイヨヴェールのマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANO
アクロバット飛行隊パトルイユ・ド・フランスが赤・白・青の煙幕を引いて祝福した。アルカンシェルを着たアラフィリップも積極的に前に出て集団を牽引するが、花の都パリで最後のチャンスに賭けるチームが多く、ドゥクーニンク・クイックステップのウルフパックトレインは先頭でフラムルージュを抜け、最終コーナーでも先頭を保ったものの崩壊、最後までコントロールしきれなかった。
マイヨジョーヌのタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)とワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
最終ラップに向けて位置取り争いが激しくなる photo:Makoto AYANO
スプリントへ向けての最終セッティングで他を圧倒したスピードで牽引したのは昨年のブリュッセルでの開幕ステージでスプリントを制してマイヨジョーヌを着たマイク・テウニッセン(ユンボ・ヴィスマ)だった。
ハンドルを投げたワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
テウニッセンに引かれて続いたワウト・ファンアールトが早めのタイミングで仕掛け、伸びを見せた。フィニッシュラインへハンドルを投げ出し、ヤスパー・フィリプセン(アルペシン・フェニックス)を制し、勝利したことがわかるとステージ3勝目を意味する指3本を突き出して咆哮した。
ステージ3勝目をアピールするワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
カヴェンディッシュは囲まれてラインを変えようと一度脚を止めてしまい失速、ハンドルを叩いて悔しがった。メルクスの記録更新はならず。
北のクラシックのように石畳に暴れるバイクをうまくいなしたワウトのラスト500mのスプリントの平均時速は66.2km/h、最高速度は69.2km/hをマーク。
ステージ3勝目をアピールするワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
1ツール大会で難関山岳ステージを制し、個人タイムトライアルを制し、そしてスプリンターの世界選手権と呼ばれるシャンゼリゼでスペシャリストたちを差し置いて大集団スプリントを制したファンアールト。1大会で同様の3つを制した選手は1979年大会のベルナール・イノー(フランス)以来の快挙。マルチタスクのハットトリックを達成できる真のオールラウンダーとして歴史に名前を刻んだ。
フィニッシュラインを越えてチームメイトと手を取り合うタデイ・ポガチャル photo:Makoto AYANO
そしてマイヨジョーヌを着たポガチャルは集団の中ほどで両手を挙げ、チームメイトたちと手をつなぎ、肩を抱き合いながらフィニッシュ。ポガチャルはすぐさま凱旋門をバックにチーム揃っての記念撮影を自ら取り仕切った。
タデイ・ポガチャルの2度目の総合優勝を祝うUAEチームエミレーツ photo:Makoto AYANO
ファンアールトはフィニッシュするとベビーカーを手にした妻のサラ・デビーさんのもとに駆け寄った photo:CorVos
ファンアールトはフィニッシュするとベビーカーを手にした妻のサラ・デビーさんのもとに駆け寄った。そしてサラさんの同意を得ると、誕生以来その素顔をSNS等でも公開していなかった息子のジョルジュ君を抱いて表彰ポディウムに登壇した。
シャンゼリゼでステージ優勝を挙げたワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
レースが始まる前のエディ・メルクスとの比較はカヴェンディッシュに向けてのものだった。しかしレース後のインタビューでは、すべての種類のレースで勝てるワウトにその質問が向けられた。「君はエディ・メルクスの再来と言われることをどう思う?」
「そう来ると思った」と笑ったワウトは応える。「カヴェンディッシュが34勝したときにされたのと同じ比較だと思うけど、それはまったく無理。メルクスはツールの総合優勝を5回して、世界中のすべてのレースで勝ちまくったんだ。そのエディに比べれば僕はちっぽけな選手にすぎない。ただ僕のパフォーマンスを誇りに思うだけだよ」。
難関山岳が登れてスプリントでも勝てる、タイムトライアルも勝てるとなれば東京五輪のロードとタイムトライアルの両方で勝てる優勝候補だ。ワウトはそれを明確な目標にする。「東京では両方に勝ちたいと思っている。でももちろんそれは本当に難しいと分かっているよ」。
前輪にブルータイヤをセットして走るワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto AYANO
そして何でもこなせる総合力をもってして、次のツールでの目標は「やり残したことで何時かできることといえば、マイヨヴェールを目指すこと。それが次の目標として思いつくことだけど、でも今はまだこの勝利の喜びから頭を切り替えられそうにないよ」と話す。つまり来年はツールに出て記録更新が狙えるかどうか分からないカヴェンディッシュにとって、大きなライバルが立ちはだかることに。
そして東京へ向けての出発時間が迫る。「まずは今夜の東京へのフライトに間に合うこと。機内で今日初めて座ることができるようにね」。
沿道のサポーターに喜びを伝えるタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
昨年の秋のツールでのサプライズ勝利から10ヶ月。ツール史上もっとも若い22歳での2度のツール総合優勝を果たした選手になったポガチャルは個人タイムトライアル1勝、難関山岳の山頂フィニッシュで2勝、総合2位以下に5分20秒以上の大差をつけてツールを完全に制圧した。
マイヨジョーヌの表彰台に向かうタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
2つめのマイヨジョーヌを着て上がったポディウムでポガチャルは昨年以上に弾けた笑顔を見せた。スピーチは紙に書いたものでなく、思いつくことを話すスタイルで臨み、チームへの感謝と家族への感謝、そしてツール・ド・フランスをサポートしてくれた沿道と世界中の観客たちへの感謝を語った。
2枚めのマイヨジョーヌを獲得したタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto AYANO
総合上位3人のポディウムはヨナス・ヴィンゲゴーとリチャル・カラパスとともに。子どもたちを連れての登壇が続く。チーム総合成績トップに輝いたバーレーン・ヴィクトリアス。スーパー敢闘賞は連日のアタックがフランス人の心を捉えたフランク・ボナムール(B&Bホテルズ・KTM)の手に。
総合上位3人がお互いの健闘を讃えあう photo:Makoto AYANO
総合優勝マイヨジョーヌ、山岳賞マイヨブランアポワルージュ、ヤングライダー賞マイヨブランの3つを2年連続勝ちとり、4賞表彰式はマイヨヴェールのカヴェンディッシュと2体のトルソー(胴体マネキン)と並んでの苦肉の策の記念撮影も去年と同じ。隣に立ったサム・ベネットがカヴェンディッシュに変わっただけ。我々はこうしたシーンをこれから何回見ることになるのだろう?
4賞の表彰はタデイ・ポガチャルとマーク・カヴェンディッシュの2人と2体のトルソーに photo:Makoto AYANO
エディ・メルクスとの比較が何度も登場することになったこのツールで、メルクス氏自身はポガチャルのことを「彼こそが新しいカニバル(人食い鬼)だ。彼は極めて強い。これから何年も彼がツールに勝つのを見ることになるだろう。何も問題が起きなければ、ツール・ド・フランスに5回以上勝つことは確実だろうね」と評している。
UAEチームエミレーツの選手・スタッフが表彰台に登って記念撮影 photo:Makoto AYANO
東京五輪に向かう選手たちが多くを占めるため、レース終了後の各チームのシャンゼリゼ撤収は今までにないほどに早かった。東京に向かう必要がないカヴェンディッシュは長くメディア対応に応じ、3台のチームバスしか残っていないコンコルド広場のチームの元に戻ってきた。
スタッフほぼ全員にハグして回るマーク・カヴェンディッシュ photo:Makoto AYANO
この日のために用意されたONE FOR THE HISTORYBOOKS と記された記念Tシャツを着る photo:Makoto AYANO
チームはこの日「ONE FOR THE HISTORYBOOKS」と、記録達成まであとひとつを意味するフレーズが記されたTシャツを作成して臨んでいた。すっかりパーティはお開きになりかけていたところで、戻ったカヴを囲んで再度盛り上がる。
35回の最多勝記録更新は来年に持ち越し? しかし10年ぶりのマイヨヴェールをものにしたカヴは満足しているとコメント。間違いなく近年でもっとも偉大なカムバック。しかしカヴ自身には今日勝てなかったことでどこか不満げな表情と仕草が残り、それを気遣ってスタッフたちの間には微妙な空気が流れていた。
ドゥクーニンク・クイックステップのスタッフ勢揃いしての記念撮影 photo:Makoto AYANO
2日前に叱咤してしまったメカニックにハグして許しを乞うカヴェンディッシュ photo:Makoto AYANO
カヴはシャンパンを派手に開けると、スタッフ全員とハグして回った。そして2日前に叱咤したメカニックととびきり念入りで長いハグをすると、その場に居た少なくない人が目頭を抑えるシーンが見られた。カヴの気性がとびきり荒いのはすでに誰もが承知していたこと。むしろその熱さゆえに皆に愛されるキャラクターだ。
カヴェンディッシュに用意されたスペシャルペイントのバイクだったが、乗られることはなかった photo:Makoto AYANO
トップチューブには34勝していることが記された photo:Makoto AYANO
ウルスカ・ジガードさんはカヴェンディッシュの獲得したオオカミのマスコットとライオンのマスコットを交換した photo:Makoto AYANO
カヴェンディッシュの獲得した緑のオオカミのマスコットが加わった photo:Makoto AYANO
ポガチャルが戻るのを待ったUAEエミレーツも最後まで残ったチームになった。ガールフレンドのウルスカ・ジガードさんは表彰式でもらえるLCLのライオンのぬいぐるみを手に隣のドゥクーニンク・クイックステップのバスに出向き、カヴェンディッシュが獲得した緑のオオカミのぬいぐるみと交換してもらい、UAEのバスの窓に飾った。最後の最後に戻ったポガチャルは改めてチームの皆とハグを重ねた。
チームメイトとハグして回るタデイ・ポガチャル photo:Makoto AYANO
レースがフィニッシュしたのが19時半。それから表彰セレモニーやドーピングコントロールを経て4時間後の深夜の東京行きの飛行機の出発時間に間に合わせるのはかなりのタイトスケジュールだ。トマ・ヴォクレールが監督を務めるフランスチームは予め五輪のための用意をすべて積んだバスを用意し、警察とジャンダルマリー(憲兵隊)のエスコートを依頼して渋滞を割ってシャルル・ド・ゴール空港へと向かい、23時30分発の飛行機に乗った。ファンアールトやティシュ・べノートらベルギーチームも無事飛行機に間に合わせた(しかし飛行機は遅延したようだ)。
パリ空港で東京行きの飛行機に乗り込むファンアールト、ベノート、ファンアーヴェルマートらベルギー組 photo:CorVos
東京五輪ロードの勝利も狙うポガチャルはパリに一泊し、翌日の飛行機で東京へと向かう。
「4年に一度の五輪に出るからには勝利を狙う。新しい経験をするためにモチベーションは高い」とポガチャルは言うが、同時に気温の高さと時差が厳しいとも。そして一旦は否定された秋のブエルタへの興味がまた出てきたことを匂わせた。もちろん出場可否は東京後のコンディション次第だろうが、スペインのグランツールにポガチャル、ログリッチ、ベルナルの3人が揃うこともありそうだ。
text&photo:Makoto.AYANO in Paris, FRANCE
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最終ステージのシャンゼリゼへの凱旋フィニッシュにおいてエディ・メルクスの記録を更新する35勝目を挙げるかどうかが大いに注目されたマーク・カヴェンディッシュ。カヴにはこの日グリーンに彩られたスペシャルペイントのバイクが用意されたが、それには乗らず、カヴはいつもの乗り馴れたバイクでパリ郊外のシャトゥのスタートラインに並んだ。
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「勝利にはこだわるが記録にはこだわらない」と話すカヴだが、いつも以上に神経質なことでやはり歴史に残る記録への挑戦を前にして、それにこだわっていることの証明だろう。
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昨年は前日のTTで決まった総合優勝だったため十分な用意ができなかったタデイ・ポガチャルとUAEチームエミレーツは、この日イエローをあしらったチームジャージを用意してスタートを迎えることができた。チームのバイクにも黄色いバーテープが巻かれた。ポガチャルのバイクは全イエローではなく、部分で塗り分けられたものが使用された。ディスクブレーキ版かつ石畳に快適なチューブレスホイールを選択した。
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山岳賞ジャージ:マイヨブラン・アポワ・ルージュ=白に赤い水玉も獲ったことでポガチャルのスペアバイクのもう1台には赤い水玉模様があしらわれ、紐締めのDMTのシューズも赤い水玉の特別バージョンが用意されていた。新人賞ジャージ:マイヨイブランもポガチャルのものだが、地のホワイトがそれを表していると取るべきだろう。
ちなみに3日前には強すぎるポガチャルの走りに対してある選手から「山岳でリアホイールから異音がしていた」と疑問が呈され、この数日はUCI審判団もモータードーピング捜査をせざるを得ない状況があった。スキャン検査によって何も問題は発見されなかったが、それを受けて選手の間ではホイールを回して「ブィン、ブィン〜!」とオートバイの真似ごとをしておどけるのがちょっとした(皮肉を込めた)流行りとなっている。
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パリへ向けてローリング走行したのは完走者たった141人という小さなプロトン。そしていつもどうりの記念撮影タイムが続く。例年の最終日においてシャンパングラスを持ってのライドシーンはお約束のカットだが、メインスポンサーがUAE(アラブ首長国連邦)のため宗教上の理由でアルコールが禁止されているUAEチームエミレーツの場合それは無し。マイヨジョーヌを中心に横一線で肩を組んでの走行シーンはむしろチームの結束を表していて、よりふさわしい感じがした。
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第3ステージの落車の影響でリタイアしたプリモシュ・ログリッチは居なくなったがマティ・モホリッチのステージ2勝もあり、人口2百万人の”プティ・ペイ(小さな国)”スロベニアの選手たちの大活躍はフランスのメディアを賑わすちょっとしたトピックだった。それに応えるようにスロベニア選手によるフォトセッションも実現したが、ポガチャルらはログリッチの11番ゼッケンを手にして写真に収まった。
そしてポガチャルに次ぐ次点でマイヨアポワを着るワウト・プールスは、走りながらポガチャルにサインペンを渡し、着ているジャージにサインを求めた。
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ランタンルージュ=個人総合成績における最下位はティム・デクレルク(ベルギー、ドゥクーニンク・クイックステップ)。連日集団先頭を牽引した「トラクター」はカヴェンディッシュの34勝の大きな貢献者だが、自身は第14ステージで熱中症になり完走さえ危ぶまれた。そして今日もファイナルスプリントへ向け大きな仕事が待っている。
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命さえ危ぶまれた大怪我から2年ぶりの復帰となったツールで完走にこぎつけたクリス・フルームには「もっとも素敵で礼儀正しいライダー賞」が贈られるとラジオツールが伝えた。それを聞いたフルームは「イエロージャージじゃないけど、母が誇りに思ってくれるかも、と笑顔に涙のアイコンを添えてツィート。そして今日はチームキャプテンとしてグライペルの最後のシャンゼリゼスプリントをアシストする。
イスラエル・スタートアップネイションはダニエル・マーティンがこの日走り終われば昨年9月開催のツールから約12ヶ月で4つのグランツール(ツール、ジロ、ブエルタ、ツール)を完走することになる。
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総走行距離3,414.4kmの長旅は2時間半のクルージングを終えて最終目的地パリへ。ノートルダム大聖堂の近くをかすめてルーヴル美術館の中庭を走り、52km地点でシャンゼリゼ周回コースに入る。
今年、コンコルド広場周辺など周回コースに小さな変化があった。例年オベリスク前に設置された簡易的な観客スタンドは常設の建造物になり(しかし観客は入れなかった)、バリアの設置レイアウトが少し変わり、最終コーナーがやや広くなった(進入角度自体は変わらない)。
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そしてフィニッシュラインが凱旋門側に移動したことで最終コーナーからフィニッシュまでのストレートが350mから700mに延長された。つまり最終コーナーを立ち上がってからスプリントまでより長い距離になったため、リヴォリ通りからの複合コーナーを抜けてのタイトだった位置取り争いには余裕が生まれることに。
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そしてコロナ禍においてパリ市内で生活の中に市民の足として自転車が活用されるシーンが増えたことで自転車レーンができ、それによって路肩が整備され、荒れた石畳が慣らされ、石畳の隙間が所々タールで埋められ、自転車が走りやすくなった。しかしスムーズさが増したとはいえ石畳には違いはなく、依然としてシャンゼリゼの路面の大部分は北のクラシックと大差は無い。むしろリヴォリ通りは自転車レーンのおかげで幅が狭くなり、その位置取り争いは難度を増したようだ。
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マイヨジョーヌ擁するUAEチームエミレーツを先頭にフィニッシュラインを一旦通過したところでアタックがスタート。石畳が敷かれたシャンゼリゼ通りや凱旋門の外周路、ルーヴル前のトンネル、コンコルド広場を含む6.8kmの定番周回コースを9周するのはいつもどおり。アタックが頻発し、マイヨヴェール争いは最終逆転の可能性もあったためカヴェンディッシュ自らが中間ポイントを取りにも行った。
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アクロバット飛行隊パトルイユ・ド・フランスが赤・白・青の煙幕を引いて祝福した。アルカンシェルを着たアラフィリップも積極的に前に出て集団を牽引するが、花の都パリで最後のチャンスに賭けるチームが多く、ドゥクーニンク・クイックステップのウルフパックトレインは先頭でフラムルージュを抜け、最終コーナーでも先頭を保ったものの崩壊、最後までコントロールしきれなかった。
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スプリントへ向けての最終セッティングで他を圧倒したスピードで牽引したのは昨年のブリュッセルでの開幕ステージでスプリントを制してマイヨジョーヌを着たマイク・テウニッセン(ユンボ・ヴィスマ)だった。
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テウニッセンに引かれて続いたワウト・ファンアールトが早めのタイミングで仕掛け、伸びを見せた。フィニッシュラインへハンドルを投げ出し、ヤスパー・フィリプセン(アルペシン・フェニックス)を制し、勝利したことがわかるとステージ3勝目を意味する指3本を突き出して咆哮した。

カヴェンディッシュは囲まれてラインを変えようと一度脚を止めてしまい失速、ハンドルを叩いて悔しがった。メルクスの記録更新はならず。
北のクラシックのように石畳に暴れるバイクをうまくいなしたワウトのラスト500mのスプリントの平均時速は66.2km/h、最高速度は69.2km/hをマーク。

1ツール大会で難関山岳ステージを制し、個人タイムトライアルを制し、そしてスプリンターの世界選手権と呼ばれるシャンゼリゼでスペシャリストたちを差し置いて大集団スプリントを制したファンアールト。1大会で同様の3つを制した選手は1979年大会のベルナール・イノー(フランス)以来の快挙。マルチタスクのハットトリックを達成できる真のオールラウンダーとして歴史に名前を刻んだ。

そしてマイヨジョーヌを着たポガチャルは集団の中ほどで両手を挙げ、チームメイトたちと手をつなぎ、肩を抱き合いながらフィニッシュ。ポガチャルはすぐさま凱旋門をバックにチーム揃っての記念撮影を自ら取り仕切った。


ファンアールトはフィニッシュするとベビーカーを手にした妻のサラ・デビーさんのもとに駆け寄った。そしてサラさんの同意を得ると、誕生以来その素顔をSNS等でも公開していなかった息子のジョルジュ君を抱いて表彰ポディウムに登壇した。

レースが始まる前のエディ・メルクスとの比較はカヴェンディッシュに向けてのものだった。しかしレース後のインタビューでは、すべての種類のレースで勝てるワウトにその質問が向けられた。「君はエディ・メルクスの再来と言われることをどう思う?」
「そう来ると思った」と笑ったワウトは応える。「カヴェンディッシュが34勝したときにされたのと同じ比較だと思うけど、それはまったく無理。メルクスはツールの総合優勝を5回して、世界中のすべてのレースで勝ちまくったんだ。そのエディに比べれば僕はちっぽけな選手にすぎない。ただ僕のパフォーマンスを誇りに思うだけだよ」。
難関山岳が登れてスプリントでも勝てる、タイムトライアルも勝てるとなれば東京五輪のロードとタイムトライアルの両方で勝てる優勝候補だ。ワウトはそれを明確な目標にする。「東京では両方に勝ちたいと思っている。でももちろんそれは本当に難しいと分かっているよ」。
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そして何でもこなせる総合力をもってして、次のツールでの目標は「やり残したことで何時かできることといえば、マイヨヴェールを目指すこと。それが次の目標として思いつくことだけど、でも今はまだこの勝利の喜びから頭を切り替えられそうにないよ」と話す。つまり来年はツールに出て記録更新が狙えるかどうか分からないカヴェンディッシュにとって、大きなライバルが立ちはだかることに。
そして東京へ向けての出発時間が迫る。「まずは今夜の東京へのフライトに間に合うこと。機内で今日初めて座ることができるようにね」。

昨年の秋のツールでのサプライズ勝利から10ヶ月。ツール史上もっとも若い22歳での2度のツール総合優勝を果たした選手になったポガチャルは個人タイムトライアル1勝、難関山岳の山頂フィニッシュで2勝、総合2位以下に5分20秒以上の大差をつけてツールを完全に制圧した。

2つめのマイヨジョーヌを着て上がったポディウムでポガチャルは昨年以上に弾けた笑顔を見せた。スピーチは紙に書いたものでなく、思いつくことを話すスタイルで臨み、チームへの感謝と家族への感謝、そしてツール・ド・フランスをサポートしてくれた沿道と世界中の観客たちへの感謝を語った。

総合上位3人のポディウムはヨナス・ヴィンゲゴーとリチャル・カラパスとともに。子どもたちを連れての登壇が続く。チーム総合成績トップに輝いたバーレーン・ヴィクトリアス。スーパー敢闘賞は連日のアタックがフランス人の心を捉えたフランク・ボナムール(B&Bホテルズ・KTM)の手に。

総合優勝マイヨジョーヌ、山岳賞マイヨブランアポワルージュ、ヤングライダー賞マイヨブランの3つを2年連続勝ちとり、4賞表彰式はマイヨヴェールのカヴェンディッシュと2体のトルソー(胴体マネキン)と並んでの苦肉の策の記念撮影も去年と同じ。隣に立ったサム・ベネットがカヴェンディッシュに変わっただけ。我々はこうしたシーンをこれから何回見ることになるのだろう?

エディ・メルクスとの比較が何度も登場することになったこのツールで、メルクス氏自身はポガチャルのことを「彼こそが新しいカニバル(人食い鬼)だ。彼は極めて強い。これから何年も彼がツールに勝つのを見ることになるだろう。何も問題が起きなければ、ツール・ド・フランスに5回以上勝つことは確実だろうね」と評している。

東京五輪に向かう選手たちが多くを占めるため、レース終了後の各チームのシャンゼリゼ撤収は今までにないほどに早かった。東京に向かう必要がないカヴェンディッシュは長くメディア対応に応じ、3台のチームバスしか残っていないコンコルド広場のチームの元に戻ってきた。


チームはこの日「ONE FOR THE HISTORYBOOKS」と、記録達成まであとひとつを意味するフレーズが記されたTシャツを作成して臨んでいた。すっかりパーティはお開きになりかけていたところで、戻ったカヴを囲んで再度盛り上がる。
35回の最多勝記録更新は来年に持ち越し? しかし10年ぶりのマイヨヴェールをものにしたカヴは満足しているとコメント。間違いなく近年でもっとも偉大なカムバック。しかしカヴ自身には今日勝てなかったことでどこか不満げな表情と仕草が残り、それを気遣ってスタッフたちの間には微妙な空気が流れていた。


カヴはシャンパンを派手に開けると、スタッフ全員とハグして回った。そして2日前に叱咤したメカニックととびきり念入りで長いハグをすると、その場に居た少なくない人が目頭を抑えるシーンが見られた。カヴの気性がとびきり荒いのはすでに誰もが承知していたこと。むしろその熱さゆえに皆に愛されるキャラクターだ。

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
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ポガチャルが戻るのを待ったUAEエミレーツも最後まで残ったチームになった。ガールフレンドのウルスカ・ジガードさんは表彰式でもらえるLCLのライオンのぬいぐるみを手に隣のドゥクーニンク・クイックステップのバスに出向き、カヴェンディッシュが獲得した緑のオオカミのぬいぐるみと交換してもらい、UAEのバスの窓に飾った。最後の最後に戻ったポガチャルは改めてチームの皆とハグを重ねた。
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レースがフィニッシュしたのが19時半。それから表彰セレモニーやドーピングコントロールを経て4時間後の深夜の東京行きの飛行機の出発時間に間に合わせるのはかなりのタイトスケジュールだ。トマ・ヴォクレールが監督を務めるフランスチームは予め五輪のための用意をすべて積んだバスを用意し、警察とジャンダルマリー(憲兵隊)のエスコートを依頼して渋滞を割ってシャルル・ド・ゴール空港へと向かい、23時30分発の飛行機に乗った。ファンアールトやティシュ・べノートらベルギーチームも無事飛行機に間に合わせた(しかし飛行機は遅延したようだ)。

東京五輪ロードの勝利も狙うポガチャルはパリに一泊し、翌日の飛行機で東京へと向かう。
「4年に一度の五輪に出るからには勝利を狙う。新しい経験をするためにモチベーションは高い」とポガチャルは言うが、同時に気温の高さと時差が厳しいとも。そして一旦は否定された秋のブエルタへの興味がまた出てきたことを匂わせた。もちろん出場可否は東京後のコンディション次第だろうが、スペインのグランツールにポガチャル、ログリッチ、ベルナルの3人が揃うこともありそうだ。
text&photo:Makoto.AYANO in Paris, FRANCE
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