今シーズン、ファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)は常に話題の中心にいる。春のクラシックでは圧倒的な力で勝利を量産。そして先月にはモーターをバイクに仕込んでいたという噂が立ち、世間の目が一斉にカンチェラーラに向いた。当の本人はそんな疑惑そっちのけでツール・ド・フランスに目を向ける。

ロンド・ファン・フラーンデレン ミュール・カペルミュールでボーネンを一気に突き放したファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)ロンド・ファン・フラーンデレン ミュール・カペルミュールでボーネンを一気に突き放したファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク) photo:Cor Vosツール・ド・フランスの準備はハードワークだ。カンチェラーラにとって、地元スイスで開催されるツール・ド・スイスは良いリフレッシュになるに違いない。特にこの3週間はカンチェラーラにとってストレスフルな期間だった。

イタリアのダヴィデ・カッサーニ氏が電動モーター付きロードバイクを紹介したのは5月下旬のこと。それ以来、ずっとカンチェラーラには疑いの目が向けられている。カッサーニ氏が独自に得た情報によると、バッテリーによる電動アシスト付きロードバイクを駆った選手がプロトンの中にいると言う。

パリ〜ルーベ 独走でパヴェを駆け抜けるファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)パリ〜ルーベ 独走でパヴェを駆け抜けるファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク) photo:Cor Vosカッサーニ氏はカンチェラーラの名前を出さなかったが、それから数日後、動画投稿サイトのYouTubeに、カンチェラーラがロンド・ファン・フラーンデレンとパリ〜ルーベで電動アシストバイクを使用していたことを告発するような動画がアップされた。

「現状、何も言うことは無い。本当にフラストレーションがたまる噂だ。でも、それもロードレーサーに課せられた試練なのかも知れない」。ツール・ド・スイス開幕を翌日に控えた6月11日、カンチェラーラはインタビューでそう答えた。

ゴール後、リース監督がファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)に駆け寄るゴール後、リース監督がファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)に駆け寄る photo:Cor Vos「中には、YouTubeの動画の内容を鵜呑みにしている人がいる。でも自分はプロだ。どうすればレースに勝てるかを心得ている。そんな汚い手で勝とう何て思うわけが無い。自分の走りのエンジンは脚に備わっているもので、バイクの中に組み込まれたものなんかじゃない。そのことを、ここ10年で証明して来たはずなのに」。

「噂のYouTubeの動画は再生回数が300万回を超えたらしい。それを見た人が更に間違った情報を流している。ブラケットの何処にボタンが付いていて、何指でシフティングしているかどうかなんて、そんなことどうでもいい。そんなことを考える暇があったら、ロードレースの魅力について話したい」。

2009年ツール・ド・フランス第1ステージ トップタイムを叩き出したファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)2009年ツール・ド・フランス第1ステージ トップタイムを叩き出したファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク) photo:Makoto Ayanoサクソバンクのチームディレクターを務めるビャルヌ・リース氏もカンチェラーラを擁護する。

「ファビアンのような偉大な選手が、あんなくだらないことで注目を集めているなんて残念で仕方が無い。彼にとってもチームにとっても明らかにアンフェアだ」。リース監督は怒りを抑えながら言葉を選ぶ。

2009年ツール・ド・スイス 最終TTを制して逆転総合優勝に輝いたファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)2009年ツール・ド・スイス 最終TTを制して逆転総合優勝に輝いたファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク) photo:www.tds.ch「とにかくメディアの反応が馬鹿げていた。残念な気持ちで一杯だ。ただ注目を集めたくて、モーターやバッテリーの仕組みを真剣に調査しているジャーナリストがいるなら、彼らは自分の行為を戒めるべき。それが彼らの仕事だとは思えない。ここは不思議の国のアリスの世界じゃなくて現実の世界なんだ。彼らは自分の書いていることに責任を持つべきだ」。

カンチェラーラはエディ・メルクス氏にも意見を仰いだ。メルクスは以下のように語ったと言う。「強すぎる選手がいると、周りの人間は嫉妬し、フラストレーションが貯まり、チャンピオンに不利な話をでっち上げ始める。そんな非難を上手くかわすのもチャンピオンの務めだ」。

2009年ロード世界選手権タイムトライアル 圧倒的なタイムで優勝したファビアン・カンチェラーラ(スイス)2009年ロード世界選手権タイムトライアル 圧倒的なタイムで優勝したファビアン・カンチェラーラ(スイス) photo:Cor Vosカンチェラーラの現在の目標は、ツール・ド・フランスでアンディ・シュレク(ルクセンブルク)をアシストすること。昨年総合2位だったアンディをサポートし、アルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)を打破するのが目標だ。

アンディとフランクのシュレク兄弟は、2人揃ってピレネー山脈でトレーニングを行なった。もちろんマイヨジョーヌ争いの要となるであろうトゥールマレー峠も試走済み。そこで兄弟はコンタドールと遭遇したそうだ。

現TT世界チャンピオンのファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク)現TT世界チャンピオンのファビアン・カンチェラーラ(スイス、サクソバンク) photo:Cor Vos「ピレネーの山岳は本当に厳しい。クライマーじゃなければ太刀打ち出来ない。コースを試走したアンディとフランクは『ピレネーではハードな闘いが待っている』と語っていたよ」。

カンチェラーラは初日のプロローグや、パリ〜ルーベの石畳が設定された第3ステージで充分に勝利を狙えるだろう。しかし仮にプロローグでマイヨジョーヌを獲得したとしても、第3ステージではシュレク兄弟のサポートに徹する考えだ。

「今年は1週目がナーバスだ。石畳ステージはスペイン人選手たちの鬼門になるはず。雨が降れば過酷なコンディションになる。とにかく石畳区間では集団内でのポジション取りが非常に重要。最後の石畳区間はゴールから6kmしか離れておらず、思わぬタイム差がつく可能性もある。サクソバンクはスチュアート・オグレディとマッティ・ブレシェルを揃え、万全の体制で石畳に挑むよ」。

「実は、すでにチームは石畳ステージの試走を終えているんだ。ツール開幕直前にもう一度試走する予定。70km/h近いようなスピードで突入することになるので、危険なポイントのチェックは欠かせない」。

昨年カンチェラーラはモナコの個人タイムトライアルで優勝。コンタドールを18秒引き離す走りでマイヨジョーヌを獲得した。オランダ・ロッテルダムをスタートする今年も、もちろん初日の個人タイムトライアルで勝利を狙う。仮にその目標を達成することが出来れば、カンチェラーラにとって4度目のツール初日TT制覇になる。

「カンチェラーラの挑戦は始まったばかり」。現世界TTチャンピオンはそう言ってインタビューの席を立った。6月12日に開幕するツール・ド・スイスで、カンチェラーラはシュレク兄弟のアシストを担う。

text:Gregor Brown
photo:Cor Vos
translation:Kei Tsuji