2020/12/09(水) - 09:10
12月8日、EFプロサイクリングが別府史之(NIPPO・デルコ・プロヴァンス)の加入を発表した。日本人選手として道を切り開いてきた先駆者が、プロ17年目のシーズンを中根英登が加入するアメリカのUCIワールドチームで過ごすこととなった。
EFプロサイクリング加入を発表した別府史之 (c)www.fumy.jp
「チームは、他のプロチームと比べてもユニークです。サイクリングウェアや自転車はいつも華やかですし、クラッシックやグランツールでも数々の素晴らしいリザルトを収めています。運営もとても組織化されてます。このコロナの状況下でも、来季に向けてしっかりしたコミュニケーションが取れています。もちろんチームワークもよくて、その一員として走れると思うと、気持ちが高ぶります。長年の経験を生かしチームを先導し、チームを勝利へと導いていきたいです」。
1年間所属したNIPPO・デルコ・ワンプロヴァンスを離れ、アメリカチームに移籍を決めた別府史之は、自身のブログで来年に向けての希望をコメントしている。
2005年にディスカバリーチャンネルでプロ入りし、スキルシマノを挟みレディオシャック、オリカ・グリーンエッジ、トレック・セガフレードと英語圏チームに長らく所属してきた別府にとっては1年ぶりのUCIワールドチーム復帰に。新天地では同じくNIPPOから移籍した中根英登と再びタッグを組むこととなった。
「幼少時からヨーロッパのプロサイクリングに憧れて、9歳から競技を始め、高校卒業後にヨーロッパに渡りました。そこでの成績が認められ、2005年には念願だったプロ選手になりました。それから一年一年積み重ねて走ってきました。来シーズンでプロ生活は17年目になります。さらにフランスのアマチュアカテゴリーで走ってきた3年間を加えると、もう20年もの月日をヨーロッパで過ごしてきたことになります。そして新たにもう1年しかもワールドツアーチームで戦えることは、とても光栄であり、幸せなことです」と、別府は自身のブログに気持ちを綴っている。
2009年のツール・ド・フランスのシャンゼリゼ周回コース逃げた別府史之(日本、当時スキル・シマノ) photo:Makoto Ayano
全日本ロードを2度制している別府史之 photo:Hideaki.TAKAGI
別府史之 (c)Nippo Delko One Provence
2007年のツール・ド・ロマンディで日本人初のUCIプロツアーポイントを獲得し、2009年のツール・ド・フランスでは第3ステージで8位、第19ステージで7位、そして最終日にはシャンゼリゼで逃げを打ち敢闘賞を獲得。日本人選手として初めて3大グランツールの出場・完走。全日本選手権はロードとタイムトライアルを合わせて5回優勝に輝いている別府。日本人としてフランスの育成チーム(ラポムマルセイユ)からプロへの道を切り開いた先駆者は、アメリカチームで17年目のシーズンを迎えることとなる。
「新型コロナウィルスの影響で、今年の春先は、外で自転車に乗れない日々が続きました。だからこそロックダウンが解けて外で走れるようになった時には、改めて自分が生きていることを実感しましたし、このスポーツが大好きなのだと再認識しました。まだまだ厳しい状況は続きますが、しっかりと準備をして2021年に備えたいと思います。引き続き応援よろしくお願いします」と、メッセージを書き記している。
text:So Isobe
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「チームは、他のプロチームと比べてもユニークです。サイクリングウェアや自転車はいつも華やかですし、クラッシックやグランツールでも数々の素晴らしいリザルトを収めています。運営もとても組織化されてます。このコロナの状況下でも、来季に向けてしっかりしたコミュニケーションが取れています。もちろんチームワークもよくて、その一員として走れると思うと、気持ちが高ぶります。長年の経験を生かしチームを先導し、チームを勝利へと導いていきたいです」。
1年間所属したNIPPO・デルコ・ワンプロヴァンスを離れ、アメリカチームに移籍を決めた別府史之は、自身のブログで来年に向けての希望をコメントしている。
2005年にディスカバリーチャンネルでプロ入りし、スキルシマノを挟みレディオシャック、オリカ・グリーンエッジ、トレック・セガフレードと英語圏チームに長らく所属してきた別府にとっては1年ぶりのUCIワールドチーム復帰に。新天地では同じくNIPPOから移籍した中根英登と再びタッグを組むこととなった。
「幼少時からヨーロッパのプロサイクリングに憧れて、9歳から競技を始め、高校卒業後にヨーロッパに渡りました。そこでの成績が認められ、2005年には念願だったプロ選手になりました。それから一年一年積み重ねて走ってきました。来シーズンでプロ生活は17年目になります。さらにフランスのアマチュアカテゴリーで走ってきた3年間を加えると、もう20年もの月日をヨーロッパで過ごしてきたことになります。そして新たにもう1年しかもワールドツアーチームで戦えることは、とても光栄であり、幸せなことです」と、別府は自身のブログに気持ちを綴っている。
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2007年のツール・ド・ロマンディで日本人初のUCIプロツアーポイントを獲得し、2009年のツール・ド・フランスでは第3ステージで8位、第19ステージで7位、そして最終日にはシャンゼリゼで逃げを打ち敢闘賞を獲得。日本人選手として初めて3大グランツールの出場・完走。全日本選手権はロードとタイムトライアルを合わせて5回優勝に輝いている別府。日本人としてフランスの育成チーム(ラポムマルセイユ)からプロへの道を切り開いた先駆者は、アメリカチームで17年目のシーズンを迎えることとなる。
「新型コロナウィルスの影響で、今年の春先は、外で自転車に乗れない日々が続きました。だからこそロックダウンが解けて外で走れるようになった時には、改めて自分が生きていることを実感しましたし、このスポーツが大好きなのだと再認識しました。まだまだ厳しい状況は続きますが、しっかりと準備をして2021年に備えたいと思います。引き続き応援よろしくお願いします」と、メッセージを書き記している。
text:So Isobe
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