東京五輪に向けて改修が終わった伊豆ベロドロームで行われた日本初となるアワーレコードのチャレンジ。今村駿介は1時間で52.468kmを走破する好記録を出した。走行後の今村のコメントとあわせてレポートする。
アワーレコード世界記録は55.089 km
250mバンクを1時間走り続ける photo:Satoru Kato
改めて説明すると、「アワーレコード」は1時間で走った距離が記録となる単純明快な種目。1973年にエディ・メルクスが記録した49.431kmが長らく最高記録とされていたが、1990年代に専用自転車を投入したクリス・ボードマンやグレン・オブリーらによる記録更新合戦により56km台まで伸びた。
しかしUCI(国際自転車競技連合)が2000年にアワーレコードに使用する自転車に関するルールをメルクスが使用したものと同等のものと改め、それを過去に遡って適用したことで、ボードマンやオブリーの記録はアワーレコードからは除外されることになってしまった。
その後2014年に再度ルールが改められ、トラック種目の自転車と同じものが使用出来るようになると、イェンス・フォイクトが51.115kmを記録したのを皮切りに、再び50kmオーバーの記録が誕生し始める。最新の記録は、ヴィクトール・カンペナールツが2019年に出した55.089kmだ。2014年以降の記録更新は以下の通り。余談になるが、アワーレコードの最高齢記録もあり、2017年にフランスのロベール・マルシャン氏が105歳で22.547kmを走破している。
イェンス・フォイクト 51.115 km(2014年9月18日)
マティアス・ブランドル 51.852 km(2014年10月30日 )
ローハン・デニス 52.491 km(2015年2月8日 )
アレックス・ドーセット 52.937 km(2015年5月2日)
ブラドレー・ウィギンズ 54.526 km(2015年6月7日)
ヴィクトール・カンペナールツ 55.089 km(2019年4月16日)
ちなみに、日本では1980年代にホビーレーサーの中村仁さんが挑戦し、41.292kmを記録したと当時の雑誌に紹介されているが、公式記録ではない。
スタート準備中は笑顔も見せるほどリラックスした様子の今村駿介 photo:Satoru Kato
スタート前 使用バイクの検車が行われる photo:Satoru Kato
今回挑戦する今村駿介は、中央大学に在学しながらチームブリヂストンサイクリングに所属。ロードレースでは昨年のJプロツアー宇都宮ロードレースや、UCIクリテリウムのおおいた いこいの道クリテリウムで優勝している。トラック競技では中距離の日本代表として今年2月の世界選手権に出場。ジュニア時代にはポイントレースで世界チャンピオンになった経験をもつ。
会場は東京五輪のトラック種目会場となる伊豆ベロドローム。この日の最高気温は20℃を超える季節違いの暖かさだったが、ベロドロームの中は24.2℃まで加温され、暑さを感じるほど。温度を上げることは空気密度の低下=空気抵抗の減少につながるので、若干ながら記録に寄与することが期待される。
スタート5分前 集中モードに入る photo:Satoru Kato
11月23日午前10時30分 スタート photo:Satoru Kato
スタート前、リラックスした表情を見せていた今村だが、スタートまで5分を切ったあたりから一気にスイッチが入ったような表情へ。午前10時30分、カウントダウンの合図に合わせてスタートすると、ターゲットとする1周17秒台前半を維持して周回を開始する。
周回を重ねる今村駿介 折り返しの30分を過ぎてもペースもフォームも崩れない photo:Satoru Kato
ラップタイムを掲示するクレイグ・グリフィン中距離ヘッドコーチ photo:Satoru Kato
チームブリヂストンサイクリングのチームメイト橋本英也も見守る photo:Satoru Kato
コントロールラインには走行距離(上段のモニター)と、経過時間(下段)が表示された photo:Satoru Kato
ナショナルチームのトラック中距離メンバーが声援を送る photo:Satoru Kato
残り10分を切って、やや苦しそうにも見える今村駿介 photo:Satoru Kato
20分経過時点で18kmを走行し、このまま行けば54kmとなるハイペースを刻む。その後ペースを落とし、30分経過時点で26kmと、目標の52kmのペースに戻す。後半に入ってもペースが落ちることなく一定のラップタイムを刻みながら残り5分へ。57分を経過したところで50kmを走破すると、1周16秒台にペースアップ。残り2周は15秒台にのせ、フィニッシュラインを越えた。
記録は52.468km。2015年にローハン・デニスが出した52.491kmに迫る好記録だ。
210周52.5kmを走破 photo:Satoru Kato
ダウンのローラーを回しながらチームメイトと話す今村駿介 photo:Satoru Kato
走り終えた今村はかなり消耗しているかと思いきや、息が切れる様子さえ感じられないほど余裕の表情。きつい顔を見せるどころか、まるで長い周回練習を終えた後かのように、スタッフと言葉を交わしながらクールダウンのローラーを回す。52.468kmという暫定記録が発表されると、スタッフや報道陣の盛り上がりをよそに、あまりピンときてない様子で記者会見の席についた。
今村駿介「この記録を破られたら、1番目に出した者として塗り替えたい」
アワーレコード挑戦を終えて報道陣の質問に答える今村駿介 photo:Satoru Kato
今村は大学の教育実習の期間と重なったため、11月初めに行われたトラックの全日本選手権に出場しなかった。今回のアワーレコードは、全日本の代わりとなるターゲットとして、ナショナルチームの中距離ヘッドコーチであるクレイグ・グリフィン氏から提案され、挑戦を決めたと言う。
52.468kmの記録を出した今村駿介と相棒のバイク photo:Satoru Kato走った後の感想は?
走りきれてよかったです。事前に30分を2回走ってみて、突っ込まなければ走り切れるだろうと。52kmはいけるかなと感じていました。
52.468kmという記録はどう評価されますか?
速かったと思うけれど、1時間初めて走ってみて、パワーだったりフォームもふくめて次やる時には詰められるところはあるんじゃないかなと感じました。
前半は17秒2から3を刻むと、クレイグコーチと決めていて、余裕を持たせていれば後半持つと考えていたので、少しセーブ気味で走りました。でも体の色々な箇所に疲労や不具合が出てきて、あと30分あるんだと言い聞かせて走りました。
今村駿介がアワーレコードに使用したブリヂストンのトラックバイク photo:Satoru Kato
試走を重ねて決めたという60×15のギア これで103rpmを維持するという photo:Satoru Kato
残り30分はスプリンターレーンの黒いラインだけを見て走りました。クレイグコーチが設定ラップより早ければコースを逆向きに移動してくれることになっていて、あのへん(バックストレート側)にいたのでこれはいけるなと思っていました。あとはキツかったけれど、ペース配分考えながら、これだけの皆さんがきてくれているのだから、自分の気持ちに負けて悔しい姿を見せるのはイヤだったので、最後までしっかりプッシュしてる走りを見せたいと思って走りました。
終わったあとまだ余裕がありそうでしたが?
キツかったです。1時間走るパワーと心拍数があるので、終わった直後に息が切れているようではおかしいので、これくらいかなと。他の選手が1時間走ったあとにどうなっているのか怖くて見られなかったので、こんな感じかなと思っています。最後は追い込めるとわかっていたので、でも水分が体から抜けていて足がつる可能性もあったので、どこから踏み始めようかと考えていました。でも最後はスピードが上がりながら終われたのでよかったです。
シャンパンを開ける今村駿介 photo:Satoru Katoローハン・デニスの記録に近いが?
でも5、6年前だし、世界の選手はもっと強い。でも頑張った方かなと思っています。
挑戦してよかったですか?
今の出し切れる力を1時間ちゃんと出せたというところと、このくらいというのがわかったのはよかったです。自分の体の調子を感じて途中でペースを変えて良いとコーチには言われていましたが、途中で麻痺しはじめてこれでいいかなという感じでした。
走行中心がけていたことは?
ペダリングはサドル圧が高かったので、頭だけ落とすようにして肩を意識して、CdAの数値(空気抵抗を示す数値)はだいぶ下がっていたので、空気抵抗を少なくするようにしてスプリンターレーンのブラックラインだけを見て走りました。途中パッドを踏んでしまったけれど、もっときれいに走れればもう少しいけたかなと。今回のパワーデータは残っていないけれど、これまでの数値も参考にして個人TTなどに活かせればと思っています。
今村駿介のアワーレコードを支えたスタッフと審判員 photo:Satoru Katoもう1回挑戦しますか?記録を更新されたら?
引退するまでにはもう1回くらいはやってもいいかなと思っています。近谷涼さんや窪木一茂さんは僕よりもパワーがあるので、個人TTに強い選手が走ればある程度いくと思います。僕もパワーはあると自負しているので、1番目に出した者として塗り替えたいとは思います。「僕の記録を越えてみろ」とは言わないけれど、「キツいよ」ということだけは言いたいですね(笑)。
挑戦する前と後で、気づいたこと、変わったことはありますか?
やっぱりキツいんだなというのはあるけれど、やってみたからこそもう1回やってみようかなと思う気持ちもあります。だいたい30分走ってみればどのくらい行けるかはわかるので、計画通りちゃんとここに合わせてきてパフォーマンスを出せたことはよかったと思っています。
今村が今回出した記録は、アワーレコードでの日本人選手の可能性を示したとも言えるだろう。今後チャレンジする選手が続くのか?期待したい。
text&photo:Satoru Kato
アワーレコード世界記録は55.089 km

改めて説明すると、「アワーレコード」は1時間で走った距離が記録となる単純明快な種目。1973年にエディ・メルクスが記録した49.431kmが長らく最高記録とされていたが、1990年代に専用自転車を投入したクリス・ボードマンやグレン・オブリーらによる記録更新合戦により56km台まで伸びた。
しかしUCI(国際自転車競技連合)が2000年にアワーレコードに使用する自転車に関するルールをメルクスが使用したものと同等のものと改め、それを過去に遡って適用したことで、ボードマンやオブリーの記録はアワーレコードからは除外されることになってしまった。
その後2014年に再度ルールが改められ、トラック種目の自転車と同じものが使用出来るようになると、イェンス・フォイクトが51.115kmを記録したのを皮切りに、再び50kmオーバーの記録が誕生し始める。最新の記録は、ヴィクトール・カンペナールツが2019年に出した55.089kmだ。2014年以降の記録更新は以下の通り。余談になるが、アワーレコードの最高齢記録もあり、2017年にフランスのロベール・マルシャン氏が105歳で22.547kmを走破している。
イェンス・フォイクト 51.115 km(2014年9月18日)
マティアス・ブランドル 51.852 km(2014年10月30日 )
ローハン・デニス 52.491 km(2015年2月8日 )
アレックス・ドーセット 52.937 km(2015年5月2日)
ブラドレー・ウィギンズ 54.526 km(2015年6月7日)
ヴィクトール・カンペナールツ 55.089 km(2019年4月16日)
ちなみに、日本では1980年代にホビーレーサーの中村仁さんが挑戦し、41.292kmを記録したと当時の雑誌に紹介されているが、公式記録ではない。


今回挑戦する今村駿介は、中央大学に在学しながらチームブリヂストンサイクリングに所属。ロードレースでは昨年のJプロツアー宇都宮ロードレースや、UCIクリテリウムのおおいた いこいの道クリテリウムで優勝している。トラック競技では中距離の日本代表として今年2月の世界選手権に出場。ジュニア時代にはポイントレースで世界チャンピオンになった経験をもつ。
会場は東京五輪のトラック種目会場となる伊豆ベロドローム。この日の最高気温は20℃を超える季節違いの暖かさだったが、ベロドロームの中は24.2℃まで加温され、暑さを感じるほど。温度を上げることは空気密度の低下=空気抵抗の減少につながるので、若干ながら記録に寄与することが期待される。


スタート前、リラックスした表情を見せていた今村だが、スタートまで5分を切ったあたりから一気にスイッチが入ったような表情へ。午前10時30分、カウントダウンの合図に合わせてスタートすると、ターゲットとする1周17秒台前半を維持して周回を開始する。






20分経過時点で18kmを走行し、このまま行けば54kmとなるハイペースを刻む。その後ペースを落とし、30分経過時点で26kmと、目標の52kmのペースに戻す。後半に入ってもペースが落ちることなく一定のラップタイムを刻みながら残り5分へ。57分を経過したところで50kmを走破すると、1周16秒台にペースアップ。残り2周は15秒台にのせ、フィニッシュラインを越えた。
記録は52.468km。2015年にローハン・デニスが出した52.491kmに迫る好記録だ。


走り終えた今村はかなり消耗しているかと思いきや、息が切れる様子さえ感じられないほど余裕の表情。きつい顔を見せるどころか、まるで長い周回練習を終えた後かのように、スタッフと言葉を交わしながらクールダウンのローラーを回す。52.468kmという暫定記録が発表されると、スタッフや報道陣の盛り上がりをよそに、あまりピンときてない様子で記者会見の席についた。
今村駿介「この記録を破られたら、1番目に出した者として塗り替えたい」

今村は大学の教育実習の期間と重なったため、11月初めに行われたトラックの全日本選手権に出場しなかった。今回のアワーレコードは、全日本の代わりとなるターゲットとして、ナショナルチームの中距離ヘッドコーチであるクレイグ・グリフィン氏から提案され、挑戦を決めたと言う。

走りきれてよかったです。事前に30分を2回走ってみて、突っ込まなければ走り切れるだろうと。52kmはいけるかなと感じていました。
52.468kmという記録はどう評価されますか?
速かったと思うけれど、1時間初めて走ってみて、パワーだったりフォームもふくめて次やる時には詰められるところはあるんじゃないかなと感じました。
前半は17秒2から3を刻むと、クレイグコーチと決めていて、余裕を持たせていれば後半持つと考えていたので、少しセーブ気味で走りました。でも体の色々な箇所に疲労や不具合が出てきて、あと30分あるんだと言い聞かせて走りました。


残り30分はスプリンターレーンの黒いラインだけを見て走りました。クレイグコーチが設定ラップより早ければコースを逆向きに移動してくれることになっていて、あのへん(バックストレート側)にいたのでこれはいけるなと思っていました。あとはキツかったけれど、ペース配分考えながら、これだけの皆さんがきてくれているのだから、自分の気持ちに負けて悔しい姿を見せるのはイヤだったので、最後までしっかりプッシュしてる走りを見せたいと思って走りました。
終わったあとまだ余裕がありそうでしたが?
キツかったです。1時間走るパワーと心拍数があるので、終わった直後に息が切れているようではおかしいので、これくらいかなと。他の選手が1時間走ったあとにどうなっているのか怖くて見られなかったので、こんな感じかなと思っています。最後は追い込めるとわかっていたので、でも水分が体から抜けていて足がつる可能性もあったので、どこから踏み始めようかと考えていました。でも最後はスピードが上がりながら終われたのでよかったです。

でも5、6年前だし、世界の選手はもっと強い。でも頑張った方かなと思っています。
挑戦してよかったですか?
今の出し切れる力を1時間ちゃんと出せたというところと、このくらいというのがわかったのはよかったです。自分の体の調子を感じて途中でペースを変えて良いとコーチには言われていましたが、途中で麻痺しはじめてこれでいいかなという感じでした。
走行中心がけていたことは?
ペダリングはサドル圧が高かったので、頭だけ落とすようにして肩を意識して、CdAの数値(空気抵抗を示す数値)はだいぶ下がっていたので、空気抵抗を少なくするようにしてスプリンターレーンのブラックラインだけを見て走りました。途中パッドを踏んでしまったけれど、もっときれいに走れればもう少しいけたかなと。今回のパワーデータは残っていないけれど、これまでの数値も参考にして個人TTなどに活かせればと思っています。

引退するまでにはもう1回くらいはやってもいいかなと思っています。近谷涼さんや窪木一茂さんは僕よりもパワーがあるので、個人TTに強い選手が走ればある程度いくと思います。僕もパワーはあると自負しているので、1番目に出した者として塗り替えたいとは思います。「僕の記録を越えてみろ」とは言わないけれど、「キツいよ」ということだけは言いたいですね(笑)。
挑戦する前と後で、気づいたこと、変わったことはありますか?
やっぱりキツいんだなというのはあるけれど、やってみたからこそもう1回やってみようかなと思う気持ちもあります。だいたい30分走ってみればどのくらい行けるかはわかるので、計画通りちゃんとここに合わせてきてパフォーマンスを出せたことはよかったと思っています。
今村が今回出した記録は、アワーレコードでの日本人選手の可能性を示したとも言えるだろう。今後チャレンジする選手が続くのか?期待したい。
text&photo:Satoru Kato
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