2020/02/24(月) - 18:16
スイス、デューベンドルフ空軍基地で開催された2020年シクロクロス世界選手権の現地レポート後編。オランダに一泡吹かせたベルギー、そしてマチュー・ファンデルポールが圧倒的な王者ぶりを見せつけた2日目を、現地で取材したフォトグラファーの田辺信彦さんが振り返ります。
明けた日曜日は一転、現地会場はしとしとと雨が降る悪天候だった。昨夜から降り続いた雨によってコースは超マッドコンディションへと姿を変えた。最初に行われるレースは男子ジュニアだ。
ジュニアでもっとも優勝候補に近い選手はシクロクロスレジェンド、スヴェン・ネイスの息子であるティボー・ネイスだ。昨日はオランダがアルカンシエルを独占しており、大国ベルギーとしては何としてもチャンピオンが欲しいところ。ベルギー人ファン、ベルギーメディアが彼に対して大きく注目していることを感じた。
会場がオープンするや否や、彼のキャンパーを囲う溢れんばかりのベルギーファン。父ネイスはメカニックと打ち合わせ、そしてコースチェックを共に行うなど入念にサポートに徹した。午前11時、雨が降る中男子ジュニアがスタートする。ホールショットこそアメリカのマグナス・シェフィールドが奪ったが、今シーズン一際目立つ強さを見せているティボーが一枚上手だった。
ベルギーの期待を背負うネイスジュニアは1周目後半から先頭に立ち、どんどんとペースを上げていく。マグナスは無念の失速。代わってスイスのダリオ・リロ、ベルギーのレナート・ベルマンスとエミール・フェルストリング、オランダのティボー・デルグロッソが続く。
昨日から一転してのベルギー勢による応酬に、これまで大人しくしていたベルギー人サポーターが大きく湧いた。ネイスは2位以下を大きく引き離す完璧な独走態勢に持ち込み、2位以降もサポーターの後押しを受けたベルギーが表彰台県内を独占。ネイスは涙を浮かべながらフィニッシュし、ジュニア2年目で自身初となるアルカンシェルを手にした。
フィニッシュ後、父スヴェンは息子に駆け寄り勝利を祝った。ベルギーが表彰台を独占したことでようやくライバルであるオランダへ一矢報いることに成功。これに安堵したのか、やっとベルギー人サポーターに元気が戻ってくるのを感じた気がした。
ジュニアレース終了後雨足はさらに強まり、女子U23のレースはこの日一番となる悪天候の中行われることとなった。優勝候補筆頭はやはり昨年王者インゲ・ファンデルヘイデン(オランダ)で、ライバルとなりそうなのはイギリスのアンナ・ケイやオランダのマノン・バッカー。このレースも多くのドラマが生まれそうな雰囲気の中スタートが切られた。
好スタートを切ったのはアメリカのケイティー・クロースで、そこに続いたのはフランスのマリオン・ノーブルリブロールだった。昨年大会では中盤にトップに立つなど強い走りを見せたが、オランダ勢に敵わずレース後に涙したノーブルリブロールがこの日は圧倒的な強さを見せた。
1周目中盤からトップに立ち、そこからは誰も寄せ付けず独走へと持ち込んだ彼女は、フランスにポリーヌ・フェランプレヴォ以来となるアルカンシェルをもたらした。
2位以下の争いはかなり熾烈なものとなり、スタートで出遅れたケイ、ハンガリーのカータ・ヴァス、そしてバッカーらが激しく競り合った末、泥さばきに抜きん出ていたヴァスがハンガリーに初めての世界選手権表彰台をもたらす快挙。ケイも3位に入り、フィニッシュラインでは笑顔を見せている。
そして、トリを飾るのは男子エリートだ。雨脚が弱まったことでコースのコンディションは変化し続ける状況だ。今シーズン無敵の強さを誇るオランダのマチュー・ファンデルポールはアルカンシエルに一番近い存在であり、泥レースを得意とするベルギーのトーン・アールツ、そしてツール・ド・フランスでの大怪我から奇跡の復活を遂げたワウト・ファンアールトが対抗馬だ。
今回、例年と違う雰囲気を纏っていたのはファンデルポールだった。それは連覇にかける並々ならぬ気合いの現れなのだろう。彼は会場にレース当日までほとんど姿を見せず、試走していたのもレース当日のわずかな時間だけ。これは余計なストレスを感じさせず完璧な状態でレースへと臨むためだろう。一方、(おそらくマチューの情報提供役として)兄のデイヴィッドは金曜から試走を重ねていたほか、父アドリ・ファンデルポールを中心としたチームは慌ただしく準備を重ねる。マチューに用意されたのは、今回のために用意されたスペシャルペイントのバイクが2台と、通常バイクが3台ほど、そして無数のホイールたち。静寂のマチューと、慌ただしいその周辺とのコントラストは鮮明だった。
14時35分、いよいよ男子エリートレースがスタート。完璧な体制で臨んだファンデルポールのホールショットからレース動き出す。普段と違うなと感じることはここでもあった。今までのレース運びならば序盤は様子を見ながらレースを運んでいくのだが、この日は違った。ホールショットを奪ってから、1周目に関わらず猛烈なペースアップで2位以下を大きく引き離したのだ。
彼の調子が良かったというのもあるだろうが、その後は一度も合流を許さない、ホールショットtoウィンという完璧なレース運びと共に文句なしの世界選手権2連覇を達成した。ゴールで見せたお辞儀は彼の大きな自信の表れだったのだろう。2位に入ったエリート初挑戦トーマス・ピドコック(イギリス)の素晴らしい戦いにも心を打たれた。彼もマチューに並ぶスーパースターになるポテンシャルを秘めており、今後も期待している一人だ。
オランダが大勝利を納めた2020年のシクロクロス世界選手権だったが、全てのレースには世界一を目指して戦った、ドラマチックで、感動的なドラマがあった。
その中でもやはり印象に残ったのはシクロクロスが産んだスーパースター、ファンデルポールだ。彼が今年のロードレース、そして東京オリンピックでのMTBでも大旋風を巻き起こすのは間違い無いが、レース後のインタビューではMTBのエンデューロレースにも出たいというコメントが飛び出た。このままあらゆるジャンルでその才能を見せて欲しい、と思うのは僕だけでは無いはずだ。
来年の世界選手権はシクロクロスの本場ベルギーに戻る。今年1勝のみに終わったベルギー勢は威信と共に猛攻を掛けてくるだろう。また来年、再び素晴らしいドラマを見るのが今から楽しみだ。
田辺信彦aka”NB”プロフィール
フリーランスフォトグラファー。自転車を中心としたあらゆるスポーツや、音楽などの中心に宿るカルチャーを、写真を通じて美しく切り取る。ヨーロッパのシクロクロスに魅せられ、それを切り取った写真集プロジェクト「CROSS IS HERE」を進行中。
https://nobuhikotanabe.com/
明けた日曜日は一転、現地会場はしとしとと雨が降る悪天候だった。昨夜から降り続いた雨によってコースは超マッドコンディションへと姿を変えた。最初に行われるレースは男子ジュニアだ。
ジュニアでもっとも優勝候補に近い選手はシクロクロスレジェンド、スヴェン・ネイスの息子であるティボー・ネイスだ。昨日はオランダがアルカンシエルを独占しており、大国ベルギーとしては何としてもチャンピオンが欲しいところ。ベルギー人ファン、ベルギーメディアが彼に対して大きく注目していることを感じた。
会場がオープンするや否や、彼のキャンパーを囲う溢れんばかりのベルギーファン。父ネイスはメカニックと打ち合わせ、そしてコースチェックを共に行うなど入念にサポートに徹した。午前11時、雨が降る中男子ジュニアがスタートする。ホールショットこそアメリカのマグナス・シェフィールドが奪ったが、今シーズン一際目立つ強さを見せているティボーが一枚上手だった。
ベルギーの期待を背負うネイスジュニアは1周目後半から先頭に立ち、どんどんとペースを上げていく。マグナスは無念の失速。代わってスイスのダリオ・リロ、ベルギーのレナート・ベルマンスとエミール・フェルストリング、オランダのティボー・デルグロッソが続く。
昨日から一転してのベルギー勢による応酬に、これまで大人しくしていたベルギー人サポーターが大きく湧いた。ネイスは2位以下を大きく引き離す完璧な独走態勢に持ち込み、2位以降もサポーターの後押しを受けたベルギーが表彰台県内を独占。ネイスは涙を浮かべながらフィニッシュし、ジュニア2年目で自身初となるアルカンシェルを手にした。
フィニッシュ後、父スヴェンは息子に駆け寄り勝利を祝った。ベルギーが表彰台を独占したことでようやくライバルであるオランダへ一矢報いることに成功。これに安堵したのか、やっとベルギー人サポーターに元気が戻ってくるのを感じた気がした。
ジュニアレース終了後雨足はさらに強まり、女子U23のレースはこの日一番となる悪天候の中行われることとなった。優勝候補筆頭はやはり昨年王者インゲ・ファンデルヘイデン(オランダ)で、ライバルとなりそうなのはイギリスのアンナ・ケイやオランダのマノン・バッカー。このレースも多くのドラマが生まれそうな雰囲気の中スタートが切られた。
好スタートを切ったのはアメリカのケイティー・クロースで、そこに続いたのはフランスのマリオン・ノーブルリブロールだった。昨年大会では中盤にトップに立つなど強い走りを見せたが、オランダ勢に敵わずレース後に涙したノーブルリブロールがこの日は圧倒的な強さを見せた。
1周目中盤からトップに立ち、そこからは誰も寄せ付けず独走へと持ち込んだ彼女は、フランスにポリーヌ・フェランプレヴォ以来となるアルカンシェルをもたらした。
2位以下の争いはかなり熾烈なものとなり、スタートで出遅れたケイ、ハンガリーのカータ・ヴァス、そしてバッカーらが激しく競り合った末、泥さばきに抜きん出ていたヴァスがハンガリーに初めての世界選手権表彰台をもたらす快挙。ケイも3位に入り、フィニッシュラインでは笑顔を見せている。
そして、トリを飾るのは男子エリートだ。雨脚が弱まったことでコースのコンディションは変化し続ける状況だ。今シーズン無敵の強さを誇るオランダのマチュー・ファンデルポールはアルカンシエルに一番近い存在であり、泥レースを得意とするベルギーのトーン・アールツ、そしてツール・ド・フランスでの大怪我から奇跡の復活を遂げたワウト・ファンアールトが対抗馬だ。
今回、例年と違う雰囲気を纏っていたのはファンデルポールだった。それは連覇にかける並々ならぬ気合いの現れなのだろう。彼は会場にレース当日までほとんど姿を見せず、試走していたのもレース当日のわずかな時間だけ。これは余計なストレスを感じさせず完璧な状態でレースへと臨むためだろう。一方、(おそらくマチューの情報提供役として)兄のデイヴィッドは金曜から試走を重ねていたほか、父アドリ・ファンデルポールを中心としたチームは慌ただしく準備を重ねる。マチューに用意されたのは、今回のために用意されたスペシャルペイントのバイクが2台と、通常バイクが3台ほど、そして無数のホイールたち。静寂のマチューと、慌ただしいその周辺とのコントラストは鮮明だった。
14時35分、いよいよ男子エリートレースがスタート。完璧な体制で臨んだファンデルポールのホールショットからレース動き出す。普段と違うなと感じることはここでもあった。今までのレース運びならば序盤は様子を見ながらレースを運んでいくのだが、この日は違った。ホールショットを奪ってから、1周目に関わらず猛烈なペースアップで2位以下を大きく引き離したのだ。
彼の調子が良かったというのもあるだろうが、その後は一度も合流を許さない、ホールショットtoウィンという完璧なレース運びと共に文句なしの世界選手権2連覇を達成した。ゴールで見せたお辞儀は彼の大きな自信の表れだったのだろう。2位に入ったエリート初挑戦トーマス・ピドコック(イギリス)の素晴らしい戦いにも心を打たれた。彼もマチューに並ぶスーパースターになるポテンシャルを秘めており、今後も期待している一人だ。
オランダが大勝利を納めた2020年のシクロクロス世界選手権だったが、全てのレースには世界一を目指して戦った、ドラマチックで、感動的なドラマがあった。
その中でもやはり印象に残ったのはシクロクロスが産んだスーパースター、ファンデルポールだ。彼が今年のロードレース、そして東京オリンピックでのMTBでも大旋風を巻き起こすのは間違い無いが、レース後のインタビューではMTBのエンデューロレースにも出たいというコメントが飛び出た。このままあらゆるジャンルでその才能を見せて欲しい、と思うのは僕だけでは無いはずだ。
来年の世界選手権はシクロクロスの本場ベルギーに戻る。今年1勝のみに終わったベルギー勢は威信と共に猛攻を掛けてくるだろう。また来年、再び素晴らしいドラマを見るのが今から楽しみだ。
田辺信彦aka”NB”プロフィール
フリーランスフォトグラファー。自転車を中心としたあらゆるスポーツや、音楽などの中心に宿るカルチャーを、写真を通じて美しく切り取る。ヨーロッパのシクロクロスに魅せられ、それを切り取った写真集プロジェクト「CROSS IS HERE」を進行中。
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