2018/05/06(日) - 13:17
高層ビルの建設ラッシュで、夜遅くまで賑やかなテルアビブにやってきたジロ・デ・イタリア。ローハン・デニスが全グランツール総合リーダージャージ着用を果たした第2ステージの模様を、現地からフォトグラファーの辻啓がお届けします。
数年前からイスラエルでジロが開幕するという話は噂されていた。その噂に対する反応はもちろん「おいおいマジかよ」だった。それはヨーロッパ以外の国で開幕するという前例のなさと、イタリアへの長く複雑な移動、そして「ニュースでよく聞くけど実際はよくわからない国」であること。そして正式にコース発表が行われると「おいおいマジかよ」と再び思い、やはりイスラエルと聞いて身構えてしまった。
そんなイスラエルのイメージを覆し、安全な地であるイメージを伝え、国内の自転車競技を発展させるために一人の男がジロの誘致に尽力した。2015年にテルアビブに移り住んだカナダの資産家シルヴァン・アダムス氏が巨額のジロ誘致資金を用意。その額は実に1800万ユーロ(約23億5000万円)におよび、合計2700万ユーロ(約35億2000万円)かかっていると言われる誘致の3分の2を同氏が負担している計算。
テルアビブにベロドロームを建設中のアダムス氏は自身も熱心なサイクリストであり、マスターカテゴリーでカナダのナショナルチャンピオンに輝いている実力者。そして、皆様ご想像の通り、イスラエルサイクリングアカデミーの共同オーナーも務めている。表彰台に登壇した際の肩書きは「ジロ2018年開幕の名誉委員長」。アダムス氏はジロに合わせてエルサレムを訪問するようフランシスコ法王を説得したが、スケジュールの関係で実現せず。今年はミラノではなくローマで閉幕するため、3週間後に法王がジロを見ることになるかもしれない。
ジロのために海外からイスラエル入りした報道陣は約380人で、レース観戦のために1万人がイスラエルを訪れると試算している。個人的な印象なので正式な数字ではないものの、取材陣の比率は海外メディアと国内メディアが半々と言ったところ。自転車競技を初めて取材するという報道陣も多く、危険度の高いフィニッシュラインでの撮影は混沌としていた。
ここ最近ジロは2年に1回のインターバルで海外での開幕を迎えている。つまり次の海外開幕はおそらく2020年。ヨーロッパ以外の国で開幕する前例ができたため、数年前に話題になった日本での開幕について海外ジャーナリストから意見を聞かれることも多い。彼らは「イスラエルでいけたから日本でも大丈夫だろう」ぐらいの勢いで聞いてくるが、「直行便で11〜12時間かかり、時差は7時間ある」と言うと、ほとんどの場合は興味を失って去っていく。
個人的な意見としては、東京五輪の年にわざわざジロを呼ばなくてもいいと思うし、逆に東京五輪の年だからこそジロを呼ぶべきなのかとも思うし。そして、チームスカイの年間予算に匹敵するような巨額の誘致資金があればもっと効率的で継続的な国内ロードレースの発展が実現できるとも思う。
ただ、イスラエルの場合は自国の名前を背負うチームの出場もあって、ジロ開幕が確実にロードレースの知名度向上に寄与している印象を受ける。ちなみにイスラエルサイクリングアカデミーの年間予算はUCIプロコンチネンタルチームの中でトップクラスで、2018年はUCIワールドチームから好条件で多くの選手を獲得した。前述のアダムス氏の資金力がジロ開幕とイスラエルサイクリングアカデミーを強力に支えている。
そんな国内でスター扱いを受けているイスラエルサイクリングアカデミーには、イスラエルとパレスチナの和平を目指す「ペレス平和センター」がスポンサーにつく。選手たちは「平和アンバサダー」という役割を担ってレースに参戦している。
しかし、イスラエルでのジロの開催は、武力による不当な占拠(入植)を肯定するものであるというパレスチナ側や人権団体からの批判の的にもなっているのも事実。スポーツと政治は完全に分離すべきではあるが、コース発表時から開催地の移動を求める声が常にパレスチナ側から出ている。仮にユダヤ側から見て商業的に成功であっても、なかなかすっきりと一筋縄にはいかない。
中間スプリントで狙い通りのボーナスタイム3秒を獲得したローハン・デニス(オーストラリア、BMCレーシング)は、史上23人目となる全グランツール総合リーダージャージ着用者になった。デニスは2015年ツール・ド・フランスでマイヨジョーヌを、2017年ブエルタ・ア・エスパーニャでマイヨロホを着ている。現役選手の中ではヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)とファビオ・アル(イタリア、UAEチームエミレーツ)、マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)だけが全グランツール総合リーダージャージ着用を達成している。
そしてデニスはジロで総合リーダーの座に就いた9人目のオーストラリア人選手に。これまでマリアローザに袖を通しているオーストラリア人選手は、カデル・エヴァンス、ブラドリー・マクギー、ロビー・マキュアン、ブレット・ランカスター、リッチー・ポート、マイケル・マシューズ、サイモン・ゲランス、サイモン・クラーク。
これまで6回グランツールに出場しているデニスは2014年ブエルタの総合84位が最高位。つまりグランツールの総合争いでは実績がないが、近年は登坂力を磨いてオールラウンダーとして中規模のステージレースで総合争いに絡んでいる。まだ本人もそのポテンシャルを計りかねている様子だが、ブラドリー・ウィギンズやトム・デュムランが歩んだ進化を辿って、グランツールレーサーに化ける日が近いかもしれない。
「3年前のブエルタで自分が終盤まで総合首位に立っていたこともあるし、実際にこれから何が起こるかわからない。ローハン・デニスがそのまま総合リードを守り続けるかも」と、デニスの可能性について語るのは、マリアローザを明け渡したトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)。総合2位にダウンしたものの、クリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ)とのタイム差は37秒のままだ。
「サンウェブの作戦は力を浪費しないことだった。自分からマリアローザを手放そうとしたのではなくて、他のチームが奪いにきただけ。マリアローザを失うことは嬉しくないけど、3週間の戦いが終わったときに、あの時マリアローザを手放しておいて良かったと思うことになるかもしれない」。総合首位の選手に課せられるドーピング検査や表彰式、記者会見の時間が省略され、リカバリー時間が増加することをデュムランは歓迎しているはずだ。
text&photo:Kei Tsuji in Tel Aviv, Israel
数年前からイスラエルでジロが開幕するという話は噂されていた。その噂に対する反応はもちろん「おいおいマジかよ」だった。それはヨーロッパ以外の国で開幕するという前例のなさと、イタリアへの長く複雑な移動、そして「ニュースでよく聞くけど実際はよくわからない国」であること。そして正式にコース発表が行われると「おいおいマジかよ」と再び思い、やはりイスラエルと聞いて身構えてしまった。
そんなイスラエルのイメージを覆し、安全な地であるイメージを伝え、国内の自転車競技を発展させるために一人の男がジロの誘致に尽力した。2015年にテルアビブに移り住んだカナダの資産家シルヴァン・アダムス氏が巨額のジロ誘致資金を用意。その額は実に1800万ユーロ(約23億5000万円)におよび、合計2700万ユーロ(約35億2000万円)かかっていると言われる誘致の3分の2を同氏が負担している計算。
テルアビブにベロドロームを建設中のアダムス氏は自身も熱心なサイクリストであり、マスターカテゴリーでカナダのナショナルチャンピオンに輝いている実力者。そして、皆様ご想像の通り、イスラエルサイクリングアカデミーの共同オーナーも務めている。表彰台に登壇した際の肩書きは「ジロ2018年開幕の名誉委員長」。アダムス氏はジロに合わせてエルサレムを訪問するようフランシスコ法王を説得したが、スケジュールの関係で実現せず。今年はミラノではなくローマで閉幕するため、3週間後に法王がジロを見ることになるかもしれない。
ジロのために海外からイスラエル入りした報道陣は約380人で、レース観戦のために1万人がイスラエルを訪れると試算している。個人的な印象なので正式な数字ではないものの、取材陣の比率は海外メディアと国内メディアが半々と言ったところ。自転車競技を初めて取材するという報道陣も多く、危険度の高いフィニッシュラインでの撮影は混沌としていた。
ここ最近ジロは2年に1回のインターバルで海外での開幕を迎えている。つまり次の海外開幕はおそらく2020年。ヨーロッパ以外の国で開幕する前例ができたため、数年前に話題になった日本での開幕について海外ジャーナリストから意見を聞かれることも多い。彼らは「イスラエルでいけたから日本でも大丈夫だろう」ぐらいの勢いで聞いてくるが、「直行便で11〜12時間かかり、時差は7時間ある」と言うと、ほとんどの場合は興味を失って去っていく。
個人的な意見としては、東京五輪の年にわざわざジロを呼ばなくてもいいと思うし、逆に東京五輪の年だからこそジロを呼ぶべきなのかとも思うし。そして、チームスカイの年間予算に匹敵するような巨額の誘致資金があればもっと効率的で継続的な国内ロードレースの発展が実現できるとも思う。
ただ、イスラエルの場合は自国の名前を背負うチームの出場もあって、ジロ開幕が確実にロードレースの知名度向上に寄与している印象を受ける。ちなみにイスラエルサイクリングアカデミーの年間予算はUCIプロコンチネンタルチームの中でトップクラスで、2018年はUCIワールドチームから好条件で多くの選手を獲得した。前述のアダムス氏の資金力がジロ開幕とイスラエルサイクリングアカデミーを強力に支えている。
そんな国内でスター扱いを受けているイスラエルサイクリングアカデミーには、イスラエルとパレスチナの和平を目指す「ペレス平和センター」がスポンサーにつく。選手たちは「平和アンバサダー」という役割を担ってレースに参戦している。
しかし、イスラエルでのジロの開催は、武力による不当な占拠(入植)を肯定するものであるというパレスチナ側や人権団体からの批判の的にもなっているのも事実。スポーツと政治は完全に分離すべきではあるが、コース発表時から開催地の移動を求める声が常にパレスチナ側から出ている。仮にユダヤ側から見て商業的に成功であっても、なかなかすっきりと一筋縄にはいかない。
中間スプリントで狙い通りのボーナスタイム3秒を獲得したローハン・デニス(オーストラリア、BMCレーシング)は、史上23人目となる全グランツール総合リーダージャージ着用者になった。デニスは2015年ツール・ド・フランスでマイヨジョーヌを、2017年ブエルタ・ア・エスパーニャでマイヨロホを着ている。現役選手の中ではヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)とファビオ・アル(イタリア、UAEチームエミレーツ)、マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)だけが全グランツール総合リーダージャージ着用を達成している。
そしてデニスはジロで総合リーダーの座に就いた9人目のオーストラリア人選手に。これまでマリアローザに袖を通しているオーストラリア人選手は、カデル・エヴァンス、ブラドリー・マクギー、ロビー・マキュアン、ブレット・ランカスター、リッチー・ポート、マイケル・マシューズ、サイモン・ゲランス、サイモン・クラーク。
これまで6回グランツールに出場しているデニスは2014年ブエルタの総合84位が最高位。つまりグランツールの総合争いでは実績がないが、近年は登坂力を磨いてオールラウンダーとして中規模のステージレースで総合争いに絡んでいる。まだ本人もそのポテンシャルを計りかねている様子だが、ブラドリー・ウィギンズやトム・デュムランが歩んだ進化を辿って、グランツールレーサーに化ける日が近いかもしれない。
「3年前のブエルタで自分が終盤まで総合首位に立っていたこともあるし、実際にこれから何が起こるかわからない。ローハン・デニスがそのまま総合リードを守り続けるかも」と、デニスの可能性について語るのは、マリアローザを明け渡したトム・デュムラン(オランダ、サンウェブ)。総合2位にダウンしたものの、クリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ)とのタイム差は37秒のままだ。
「サンウェブの作戦は力を浪費しないことだった。自分からマリアローザを手放そうとしたのではなくて、他のチームが奪いにきただけ。マリアローザを失うことは嬉しくないけど、3週間の戦いが終わったときに、あの時マリアローザを手放しておいて良かったと思うことになるかもしれない」。総合首位の選手に課せられるドーピング検査や表彰式、記者会見の時間が省略され、リカバリー時間が増加することをデュムランは歓迎しているはずだ。
text&photo:Kei Tsuji in Tel Aviv, Israel
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