2017/07/13(木) - 14:40
ピレネー山脈に玄関口として知られ、スペイン国境が近いポーに到着。ツールのスプリントで勝率46.7%を誇るマルセル・キッテルはこの日もアンストッパブルだった。ツール第11ステージの様子をお届けします。
ツール第11ステージはヌーヴェル=アキテーヌ地域圏をズバッと南下。ドルドーニュ県からロット=エ=ガロンヌ県とジェール県、ランド県をまたいでピレネー=アトランティック県に向かう。なぜか人口の25%をイギリス人が占めるというエイメの村をスタートする203.5kmコースはほぼ真っ平ら。
空がどんよりとしているので決してヒマワリ写真日和ではないが、ヒマワリ以外に特徴がないような単調なコースなので、フォトグラファーたち(自分を含む)はヒマワリ畑を見つけては立ち止まる。向かい風が吹いたにもかかわらずレースは予定通りのスケジュールで進行。それだけ3人の逃げは強力だった。
フィニッシュ地点のポーの街がツールを迎えるのは69回目。これはパリ(103回)とボルドー(75回)に次いで3番目に多い数字。近年はほぼ毎年ツールに登場しており、結構な勢いでボルドーを追い上げている。1998年にポーでステージ優勝を飾っているレオン・ファンボン(オランダ)は現在プロのフォトグラファーとしてツールに帯同中。パリ〜ルーベ4位、ロンド・ファン・フラーンデレン4位、ヘント〜ウェヴェルヘム2位という成績を残している現在45歳のファンボンは2007年までラボバンクに所属し、2008年にUCIコンチネンタルチームのトレック・マルコポーロに移籍。同年ツアー・オブ・ジャパンとツール・ド・熊野を走っている。
補給地点で落車して手首を骨折したダリオ・カタルド(イタリア、アスタナ)は今大会19人目のリタイア者となった。総合2位ファビオ・アル(イタリア、アスタナ)で逆転を狙うアスタナにとっては痛手以外の何物でもない。しかも、同様に落車したヤコブ・フルサング(デンマーク、アスタナ)は舟状骨と橈骨(とうこつ)に小さなヒビが見つかった。フルサングはレースを継続するが、アスタナにとっては痛手以外の何物でもない。チームスカイのライバルたちが徐々に自滅しつつある。
そしてここまで転ばずにいたアルベルト・コンタドール(スペイン、トレック・セガフレード)がついに転んでしまった。2014年は落車によって第10ステージでリタイアし、2015年は落車で総合表彰台を逃している。2016年は序盤ステージで複数回落車し、第9ステージでレースを去った。
落車で左腰にダメージを負ったコンタドールは「運命なんて信じていないけど、今年のツールは不運が続きすぎる。精神的に限界だと思えるほどに。でもこれでタオルを投げる(降参する)なんて思わないでほしい」と諦めない構え。しかし総合で5分以上の差をひっくり返すには何か大きな作戦を敢行する必要がある。
今大会すでに571km逃げているフレデリック・バカールト(ベルギー、ワンティ・グループゴベール)はマルコ・マルカート(イタリア、UAEチームエミレーツ)と一緒に逃げを諦めたが、コンタドールの元チーメイトであるマチェイ・ボドナル(ポーランド、ボーラ・ハンスグローエ)は諦めなかった。
「チームにはエース(サガンとマイカ)がいないので、このチャンスを生かして何かを成し遂げたかった」というボドナルは最後の5分間を平均52.3km/hで走り続けた。しかし、逃げきるには十分なスピードではなかった。200km以上逃げて残り250mで吸収。ボドナルは喜びも苦しみも悔しさも何も浮かんでいない顔で、ステージ敢闘賞の表彰のために表彰台の裏に吸い込まれていった。
アンストッパブル(誰にも止められない)なキッテルがステージ5勝目。2012年の初出場以降、これまで30回スプリントに絡んで14勝している。勝率にすると46.7%で、仮に今大会残り3つの平坦ステージ(第16、19、21ステージ)で勝利すれば勝率は50%を超える。
21世紀に入ってから1大会でステージ5勝以上を飾ったのはマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)に続いて2人目。1大会のステージ最多勝はシャルル・ペリシエ(1930年)とエディ・メルクス(1970年と1974年)、フレディ・マルテンス(1976年)がマークした8勝。キッテルがあと3勝すればこれらレジェンドの記録に並ぶ。
この日もディラン・フルーネウェーヘン(オランダ、ロットNLユンボ)がキッテルを上回るトップスピードを記録したが、先頭フィニッシュには一歩届かなかった。キッテルのトップスピードは71.24km/hでフルーネウェーヘンは72.04km/h。早駆けで先行して3位に入ったボアッソンハーゲンは67.80km/h。キッテルは素早くトップスピードまで加速し、そのスピードをフィニッシュラインまで維持している。
大会側が用意する4賞ジャージのうち、キッテルのマイヨヴェールはワンピースのスキンスーツ。これはジャージスポンサーのルコック社がキッテルを採寸してこしらえたもの。仮にクリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ)が総合首位のまま最終個人TTに挑むことになれば、同様にオーダーメイドのワンピースを着ることになる。チームスカイは肩から上腕の外側にかけてヴォルテックスジェネレーター(渦流生成器)と呼ばれる空気の流れを整えるための凸凹のシートを装着したスキンスーツを用意し、初日の個人TTで他チームからクレームが入るほど圧勝。しかし総合首位であればその特製スキンスーツを着ることはなく、クレームを受けることもない。
サンセバスティアンという交通標識も出るほどスペイン国境近くまで南下したツールはいよいよピレネー山脈に入る。とは言ってもピレネーで過ごすのは2日間だけ。最大16%の激坂滑走路にフィニッシュする第12ステージがピレネーの最難関ステージだ。
text&photo:Kei Tsuji in Pau, France
ツール第11ステージはヌーヴェル=アキテーヌ地域圏をズバッと南下。ドルドーニュ県からロット=エ=ガロンヌ県とジェール県、ランド県をまたいでピレネー=アトランティック県に向かう。なぜか人口の25%をイギリス人が占めるというエイメの村をスタートする203.5kmコースはほぼ真っ平ら。
空がどんよりとしているので決してヒマワリ写真日和ではないが、ヒマワリ以外に特徴がないような単調なコースなので、フォトグラファーたち(自分を含む)はヒマワリ畑を見つけては立ち止まる。向かい風が吹いたにもかかわらずレースは予定通りのスケジュールで進行。それだけ3人の逃げは強力だった。
フィニッシュ地点のポーの街がツールを迎えるのは69回目。これはパリ(103回)とボルドー(75回)に次いで3番目に多い数字。近年はほぼ毎年ツールに登場しており、結構な勢いでボルドーを追い上げている。1998年にポーでステージ優勝を飾っているレオン・ファンボン(オランダ)は現在プロのフォトグラファーとしてツールに帯同中。パリ〜ルーベ4位、ロンド・ファン・フラーンデレン4位、ヘント〜ウェヴェルヘム2位という成績を残している現在45歳のファンボンは2007年までラボバンクに所属し、2008年にUCIコンチネンタルチームのトレック・マルコポーロに移籍。同年ツアー・オブ・ジャパンとツール・ド・熊野を走っている。
補給地点で落車して手首を骨折したダリオ・カタルド(イタリア、アスタナ)は今大会19人目のリタイア者となった。総合2位ファビオ・アル(イタリア、アスタナ)で逆転を狙うアスタナにとっては痛手以外の何物でもない。しかも、同様に落車したヤコブ・フルサング(デンマーク、アスタナ)は舟状骨と橈骨(とうこつ)に小さなヒビが見つかった。フルサングはレースを継続するが、アスタナにとっては痛手以外の何物でもない。チームスカイのライバルたちが徐々に自滅しつつある。
そしてここまで転ばずにいたアルベルト・コンタドール(スペイン、トレック・セガフレード)がついに転んでしまった。2014年は落車によって第10ステージでリタイアし、2015年は落車で総合表彰台を逃している。2016年は序盤ステージで複数回落車し、第9ステージでレースを去った。
落車で左腰にダメージを負ったコンタドールは「運命なんて信じていないけど、今年のツールは不運が続きすぎる。精神的に限界だと思えるほどに。でもこれでタオルを投げる(降参する)なんて思わないでほしい」と諦めない構え。しかし総合で5分以上の差をひっくり返すには何か大きな作戦を敢行する必要がある。
今大会すでに571km逃げているフレデリック・バカールト(ベルギー、ワンティ・グループゴベール)はマルコ・マルカート(イタリア、UAEチームエミレーツ)と一緒に逃げを諦めたが、コンタドールの元チーメイトであるマチェイ・ボドナル(ポーランド、ボーラ・ハンスグローエ)は諦めなかった。
「チームにはエース(サガンとマイカ)がいないので、このチャンスを生かして何かを成し遂げたかった」というボドナルは最後の5分間を平均52.3km/hで走り続けた。しかし、逃げきるには十分なスピードではなかった。200km以上逃げて残り250mで吸収。ボドナルは喜びも苦しみも悔しさも何も浮かんでいない顔で、ステージ敢闘賞の表彰のために表彰台の裏に吸い込まれていった。
アンストッパブル(誰にも止められない)なキッテルがステージ5勝目。2012年の初出場以降、これまで30回スプリントに絡んで14勝している。勝率にすると46.7%で、仮に今大会残り3つの平坦ステージ(第16、19、21ステージ)で勝利すれば勝率は50%を超える。
21世紀に入ってから1大会でステージ5勝以上を飾ったのはマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)に続いて2人目。1大会のステージ最多勝はシャルル・ペリシエ(1930年)とエディ・メルクス(1970年と1974年)、フレディ・マルテンス(1976年)がマークした8勝。キッテルがあと3勝すればこれらレジェンドの記録に並ぶ。
この日もディラン・フルーネウェーヘン(オランダ、ロットNLユンボ)がキッテルを上回るトップスピードを記録したが、先頭フィニッシュには一歩届かなかった。キッテルのトップスピードは71.24km/hでフルーネウェーヘンは72.04km/h。早駆けで先行して3位に入ったボアッソンハーゲンは67.80km/h。キッテルは素早くトップスピードまで加速し、そのスピードをフィニッシュラインまで維持している。
大会側が用意する4賞ジャージのうち、キッテルのマイヨヴェールはワンピースのスキンスーツ。これはジャージスポンサーのルコック社がキッテルを採寸してこしらえたもの。仮にクリストファー・フルーム(イギリス、チームスカイ)が総合首位のまま最終個人TTに挑むことになれば、同様にオーダーメイドのワンピースを着ることになる。チームスカイは肩から上腕の外側にかけてヴォルテックスジェネレーター(渦流生成器)と呼ばれる空気の流れを整えるための凸凹のシートを装着したスキンスーツを用意し、初日の個人TTで他チームからクレームが入るほど圧勝。しかし総合首位であればその特製スキンスーツを着ることはなく、クレームを受けることもない。
サンセバスティアンという交通標識も出るほどスペイン国境近くまで南下したツールはいよいよピレネー山脈に入る。とは言ってもピレネーで過ごすのは2日間だけ。最大16%の激坂滑走路にフィニッシュする第12ステージがピレネーの最難関ステージだ。
text&photo:Kei Tsuji in Pau, France
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