2015/05/12(火) - 16:29
ラパッロの街を見渡した時、4年前の悪夢を思い出さずにはいられなかった。そしてフィニッシュ地点セストリレヴァンテで目の当たりにしたポッツォヴィーヴォの落車リタイア。悪夢の再現になってしまうんじゃないかと心配したが、意識があり命に別状がないと聞いて関係者は胸をなでおろした。
第3ステージの獲得標高差は約2500m。数値的にはそこまで「登る」ステージではないが、距離が今大会最短クラスの136kmしかないということを忘れてはいけない。終盤の30kmが平坦なので、実質的に100km強で2500mを登ることになる。
スタート直後に登りが始まるため、チームバス横に並べたローラー台や近くの登りを利用してアップする選手もちらほら。開幕からここまで、どことなく緊張感が解けないままジロは進んでいる。
「昨日は萎縮してしまって、いつも通りの走りができていませんでした。初めてのUCIワールドツアーレースにびびってしまった」と、第2ステージを1人大きく遅れてフィニッシュした石橋学(NIPPOヴィーニファンティーニ)は緩い笑みを浮かべながら話す。1940年代であれば総合最下位の証であるマリアネーラ(黒ジャージ)を着ているポジションだ。
22歳のネオプロだから仕方がないと言われればそれまでだが、本人は焦りもせずに落ち着いてこれからのステージに目を向ける。「フィニッシュ後に色んな選手からアドバイスをもらいました。今日はいつも通りの走りをしたい」。そう言ってスタートを切った石橋は序盤の3級山岳を集団でこなし、中盤に遅れてしっかりとグルペット入り。問題なく22分遅れでフィニッシュしている。
「ティンコフとアスタナが2級山岳でペースアップしてニッツォロが遅れることが予想されるので、そこで縮小した集団に残りたい」と語っていた別府史之(トレックファクトリーレーシング)は、2級山岳バルバジェラータの頂上手前で脱落。14分遅れの集団でセストリレヴァンテにフィニッシュした。
「あと少しで集団に残れそうだった」と悔しさを見せる別府。勝負には絡めなかったが、チームメイトのファビオ・フェリーネ(イタリア)が惜しい2位に入っている。オーストラリア勢の活躍が目立つ中でのイタリア人最高位ということでフェリーネの評価は上がった印象だ。
スタート地点はリグーリアの定番観光地としてレストランやホテルが立ち並んでいるラパッロ。美しい海沿いの街がジロ・デ・イタリアに登場するのは2011年以来となる。
4年前の前回は第3ステージのフィニッシュ地点として登場。そう、ワウテル・ウェイラント(ベルギー)が落車事故死したステージのフィニッシュ地点として登場した。近辺には今でもウェイラントを偲ぶペイントや看板がある。彼が着用していたゼッケン108は今も欠番のままだ。
その4年前の悪夢が繰り返されるんじゃないかと、フィニッシュ地点で待っていた関係者の顔は一様に強張った。2級山岳バルバジェラータの下りで落車したドメニコ・ポッツォヴィーヴォ(イタリア、AG2Rラモンディアール)が地面に倒れこんだまま動きを見せなかったためだ。ウェイラントが落車したボッコ峠と現場は直線距離で8kmほどしか離れていない。
最初に駆けつけたチームメイトのアクセル・ドモン(フランス、AG2Rラモンディアール)は、フィニッシュ後に報道陣に当時をこう振り返っている。「本当に恐怖の瞬間だった。彼の目は視点が定まらずに彷徨い続けていた。沿道の観客がすぐに彼を仰向けにして、気道を確保した。医療スタッフが到着するまでの時間がどれだけ長く感じたことか」。
チームカーの隊列が通過後、救急車が駆けつけて応急手当を開始。医療スタッフの到着時には意識はなかったが、徐々に意識が戻り、スタッフと意思疎通ができたとガゼッタ紙は報じている。ポッツォヴィーヴォは峠の麓まで救急車で移動し、そこからドクターヘリでジェノヴァのサンマルティーノ病院に搬送された。
地面に横たわったまま動かないポッツォヴィーヴォの姿にひやりとしたが、国営放送RAIは医療スタッフの話として「外傷を負っているが意識があり、危険な状況ではない」と真っ先に報じた。
まぶたの上に深い切り傷を負ったものの骨折や頭蓋内出血は無し。病院への搬送中もはっきりと意識があり、呼吸やバイタルサインも通常で、手足も動いているという。危険な状況ではないが、ポッツォヴィーヴォは集中治療室で一晩を過ごす。
イタリアメディアの取材に対し、ポッツォヴィーヴォは「大丈夫。でも衝撃は強烈だった。テクニカルな下りを走っていたことは覚えているけど、どうやって落車したのかは覚えていない。おそらくタイヤがスリップしたのだと思う。このジロを走り切りたかった。レースを去ることは残念でならない」とコメントしている。
ポッツォヴィーヴォの4台後ろを走っていたマシューズは「この勝利を彼に捧げたい」とプロトンの仲間を気遣う。別府も「無事で本当に良かった」と胸をなでおろした。
ナーバスなレースは明日も明後日も続く。第4ステージはより多くのアップダウンが詰め込まれた難易度4つ星の中級山岳ステージ。ティンコフ・サクソの積極性が再び光るのか?こんなに序盤から飛ばしてアシスト陣は大丈夫なのか?レースに帯同しているオレグ・ティンコフ氏は今日もリグーリアのオーシャンロードでサイクリングを楽しんでいます。
text&photo:Kei Tsuji in Sestri Levante, Italy
第3ステージの獲得標高差は約2500m。数値的にはそこまで「登る」ステージではないが、距離が今大会最短クラスの136kmしかないということを忘れてはいけない。終盤の30kmが平坦なので、実質的に100km強で2500mを登ることになる。
スタート直後に登りが始まるため、チームバス横に並べたローラー台や近くの登りを利用してアップする選手もちらほら。開幕からここまで、どことなく緊張感が解けないままジロは進んでいる。
「昨日は萎縮してしまって、いつも通りの走りができていませんでした。初めてのUCIワールドツアーレースにびびってしまった」と、第2ステージを1人大きく遅れてフィニッシュした石橋学(NIPPOヴィーニファンティーニ)は緩い笑みを浮かべながら話す。1940年代であれば総合最下位の証であるマリアネーラ(黒ジャージ)を着ているポジションだ。
22歳のネオプロだから仕方がないと言われればそれまでだが、本人は焦りもせずに落ち着いてこれからのステージに目を向ける。「フィニッシュ後に色んな選手からアドバイスをもらいました。今日はいつも通りの走りをしたい」。そう言ってスタートを切った石橋は序盤の3級山岳を集団でこなし、中盤に遅れてしっかりとグルペット入り。問題なく22分遅れでフィニッシュしている。
「ティンコフとアスタナが2級山岳でペースアップしてニッツォロが遅れることが予想されるので、そこで縮小した集団に残りたい」と語っていた別府史之(トレックファクトリーレーシング)は、2級山岳バルバジェラータの頂上手前で脱落。14分遅れの集団でセストリレヴァンテにフィニッシュした。
「あと少しで集団に残れそうだった」と悔しさを見せる別府。勝負には絡めなかったが、チームメイトのファビオ・フェリーネ(イタリア)が惜しい2位に入っている。オーストラリア勢の活躍が目立つ中でのイタリア人最高位ということでフェリーネの評価は上がった印象だ。
スタート地点はリグーリアの定番観光地としてレストランやホテルが立ち並んでいるラパッロ。美しい海沿いの街がジロ・デ・イタリアに登場するのは2011年以来となる。
4年前の前回は第3ステージのフィニッシュ地点として登場。そう、ワウテル・ウェイラント(ベルギー)が落車事故死したステージのフィニッシュ地点として登場した。近辺には今でもウェイラントを偲ぶペイントや看板がある。彼が着用していたゼッケン108は今も欠番のままだ。
その4年前の悪夢が繰り返されるんじゃないかと、フィニッシュ地点で待っていた関係者の顔は一様に強張った。2級山岳バルバジェラータの下りで落車したドメニコ・ポッツォヴィーヴォ(イタリア、AG2Rラモンディアール)が地面に倒れこんだまま動きを見せなかったためだ。ウェイラントが落車したボッコ峠と現場は直線距離で8kmほどしか離れていない。
最初に駆けつけたチームメイトのアクセル・ドモン(フランス、AG2Rラモンディアール)は、フィニッシュ後に報道陣に当時をこう振り返っている。「本当に恐怖の瞬間だった。彼の目は視点が定まらずに彷徨い続けていた。沿道の観客がすぐに彼を仰向けにして、気道を確保した。医療スタッフが到着するまでの時間がどれだけ長く感じたことか」。
チームカーの隊列が通過後、救急車が駆けつけて応急手当を開始。医療スタッフの到着時には意識はなかったが、徐々に意識が戻り、スタッフと意思疎通ができたとガゼッタ紙は報じている。ポッツォヴィーヴォは峠の麓まで救急車で移動し、そこからドクターヘリでジェノヴァのサンマルティーノ病院に搬送された。
地面に横たわったまま動かないポッツォヴィーヴォの姿にひやりとしたが、国営放送RAIは医療スタッフの話として「外傷を負っているが意識があり、危険な状況ではない」と真っ先に報じた。
まぶたの上に深い切り傷を負ったものの骨折や頭蓋内出血は無し。病院への搬送中もはっきりと意識があり、呼吸やバイタルサインも通常で、手足も動いているという。危険な状況ではないが、ポッツォヴィーヴォは集中治療室で一晩を過ごす。
イタリアメディアの取材に対し、ポッツォヴィーヴォは「大丈夫。でも衝撃は強烈だった。テクニカルな下りを走っていたことは覚えているけど、どうやって落車したのかは覚えていない。おそらくタイヤがスリップしたのだと思う。このジロを走り切りたかった。レースを去ることは残念でならない」とコメントしている。
ポッツォヴィーヴォの4台後ろを走っていたマシューズは「この勝利を彼に捧げたい」とプロトンの仲間を気遣う。別府も「無事で本当に良かった」と胸をなでおろした。
ナーバスなレースは明日も明後日も続く。第4ステージはより多くのアップダウンが詰め込まれた難易度4つ星の中級山岳ステージ。ティンコフ・サクソの積極性が再び光るのか?こんなに序盤から飛ばしてアシスト陣は大丈夫なのか?レースに帯同しているオレグ・ティンコフ氏は今日もリグーリアのオーシャンロードでサイクリングを楽しんでいます。
text&photo:Kei Tsuji in Sestri Levante, Italy
フォトギャラリー
Amazon.co.jp