2015/05/10(日) - 07:42
トンネルを抜けると左の視界に広がるのは青い地中海。いつも混雑したピンク色のサンレモに向かって、2001年まで列車が走っていたコースをTTマシンの隊列が駆け抜けた。ジロ・デ・イタリア第1ステージの模様と日本人選手の様子とともにお伝えします。
ピンクに着色された噴水があちこちにあるサンレモから西に25km進み、国境を越えたことを感じさせないフランス国境を過ぎると同時に、地中海に面した海岸線の呼び名はリヴィエラからコートダジュールに変わる(同時にコーヒーの味が落ち、パンの香りが上がる)。つまりサンレモの一帯は所謂コートダジュールのイタリア版と思っていただければ分かりやすい。
サンレモは1987年にもジロの開幕を迎えているものの、国の端っこに位置していることも手伝ってジロの通過は意外にも少ない。なお、ジロ主催者は数年前からジロの開幕を「ビッグスタート」と呼んでおり、明らかにツールの「グランデパール」に対抗している。日本語に訳すとどちらも「大きなスタート」だ。
1872年に開通し、長年リヴィエラ海岸に沿ってクネクネと走っていた線路は2001年に内陸のトンネル内に移された。それに伴い不要となった海岸沿いの線路の跡地こそが、初日のチームタイムトライアルの舞台。廃線は「リヴィエラ・デイ・フィオーリ」もしくは「リヴィエラ・サイクリング」と呼ばれる全長60kmのチクラービレ(自転車道)として、地元市民や観光客に快適なサイクリングの場を提供している。
路面も整ったチクラービレは現在地元自治体が絶賛プロモーション中だ。数年前にはミラノ〜サンレモの通過も提案されたというが、道が狭すぎるとの理由で主催者が却下したという話も。サイクリングペースで走るならば直線的で安全で起伏も少なくて楽チンなコースだが、区間によっては70km近くまで出るレースでは話が別だ。
チクラービレがチームタイムトライアルのコースに選ばれた理由としては他にも、慢性的に渋滞するサンレモ市内の大通りを規制しなくて済むという点が挙げられる。ミラノ〜サンレモの名物ローマ通りが地元住民の反対でしばらく使われていなかったことからも分かるように、ただでさえ観光客でごった返す街中を封鎖するのは難しい。チクラービレを走ることで地元への影響を最小限に抑え、さらに自転車活用を促すのが狙いだ。
スタート地点はサンロレンツォの駅舎の跡地で、フィニッシュ地点もサンレモの駅舎の跡地。つまり1872年から2001年まで列車が走っていた17.6kmの行程を、9人編成のトレインが走る。何かのトラブルでチームカーが止まると後続のチームがつっかえる可能性があったため、スタートの間隔はたっぷりと5分間取られた。
開幕前から優勝候補に挙げられ、パオロ・ベッティーニ元イタリア代表監督も太鼓判を押していたオリカ・グリーンエッジが17.6kmを平均スピード54.339km/hで駆け抜けた。ちなみに1年前のチームタイムトライアルでは、オリカ・グリーンエッジが21.7kmコースを平均52.7km/hで走って優勝している。
向かい風が吹いていたものの、直線的で減速するポイントが少なかったことが高速化につながった。とは言っても2006年にイヴァン・バッソ(イタリア)擁するチームCSCがクレモナ〜ピアチェンツァの35kmコースでマークした56.860km/h(!)という最速記録には届いていない。
総合争いの面ではアルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ・サクソ)がファビオ・アル(イタリア、アスタナ)に対して7秒、リゴベルト・ウラン(コロンビア、エティックス・クイックステップ)に対して13秒、リッチー・ポート(オーストラリア、チームスカイ)に対して20秒のリードを奪った。このタイム差を大きいと見るか小さいと見るかは選手次第。ほとんどの選手は「長いジロでは取るに足らないタイム差」と捉えている印象だ。
チームスカイのダリオ・チオーニ監督曰く「リッチーは落ち着いているし、調子は依然として良い。今日も全く苦しむことなくレースを終えている」とのこと。
確かにポートは涼しい顔でフィニッシュしている。対してチームの中で4番目でフィニッシュしたコンタドールは苦しみながら少しポジションを下げているようにも見える。一概には比較できないが、個人のコンディションが必ずしもタイムに反映されているとは言えない。各コンディションは今後のレースの進行とともに明らかになっていくだろう。とにかく初日はティンコフ・サクソが総合力の高さを示す結果となった。
「良いペースで走れていたものの、ちょっとしたミスで隊列から離れてしまった。隊列に戻れなかったことで後半のペースダウンにつながってしまいました」と振り返るのはトレックファクトリーレーシングの別府史之。
「明日は平坦ステージ。ジャコモのスプリントでステージ優勝をアシストしたい」と前を向く別府は翌日以降を見据えて無理に追い込むことなくチームメイトから2分40秒遅れでフィニッシュしている。
グランツールの初出場の石橋学(NIPPOヴィーニファンティーニ)は、スタート前に鹿屋体育大学の黒川剛監督の激励を受けた。チームには石橋の他にも鹿屋体育大学出身の福井響メカニックが帯同中。はるばる駆けつけた恩師に見守られながら2人はそれぞれの仕事をこなした。
石橋はチームメイトから遅れてフィニッシュしたものの「前半は後ろで待機し、中盤を過ぎたところで前半に前を引いた選手とローテーションを交代。最後は目一杯引いて離脱しました。作戦通りの走りだった」と手応えを感じながら初グランツールの初日を終えている。「まだ第1ステージなので、とにかくこれから体調を崩さないようにしたいですね」とも。
今年も日本人選手の動向はもちろんのこと、イタリアを巡るバラ色の3週間の雰囲気を少しでも現地レポートでお伝えできればと思います。レース結果は毎日先行してアップするレースレポートをご覧ください。
text&photo:Kei Tsuji in Sanremo, Italy
ピンクに着色された噴水があちこちにあるサンレモから西に25km進み、国境を越えたことを感じさせないフランス国境を過ぎると同時に、地中海に面した海岸線の呼び名はリヴィエラからコートダジュールに変わる(同時にコーヒーの味が落ち、パンの香りが上がる)。つまりサンレモの一帯は所謂コートダジュールのイタリア版と思っていただければ分かりやすい。
サンレモは1987年にもジロの開幕を迎えているものの、国の端っこに位置していることも手伝ってジロの通過は意外にも少ない。なお、ジロ主催者は数年前からジロの開幕を「ビッグスタート」と呼んでおり、明らかにツールの「グランデパール」に対抗している。日本語に訳すとどちらも「大きなスタート」だ。
1872年に開通し、長年リヴィエラ海岸に沿ってクネクネと走っていた線路は2001年に内陸のトンネル内に移された。それに伴い不要となった海岸沿いの線路の跡地こそが、初日のチームタイムトライアルの舞台。廃線は「リヴィエラ・デイ・フィオーリ」もしくは「リヴィエラ・サイクリング」と呼ばれる全長60kmのチクラービレ(自転車道)として、地元市民や観光客に快適なサイクリングの場を提供している。
路面も整ったチクラービレは現在地元自治体が絶賛プロモーション中だ。数年前にはミラノ〜サンレモの通過も提案されたというが、道が狭すぎるとの理由で主催者が却下したという話も。サイクリングペースで走るならば直線的で安全で起伏も少なくて楽チンなコースだが、区間によっては70km近くまで出るレースでは話が別だ。
チクラービレがチームタイムトライアルのコースに選ばれた理由としては他にも、慢性的に渋滞するサンレモ市内の大通りを規制しなくて済むという点が挙げられる。ミラノ〜サンレモの名物ローマ通りが地元住民の反対でしばらく使われていなかったことからも分かるように、ただでさえ観光客でごった返す街中を封鎖するのは難しい。チクラービレを走ることで地元への影響を最小限に抑え、さらに自転車活用を促すのが狙いだ。
スタート地点はサンロレンツォの駅舎の跡地で、フィニッシュ地点もサンレモの駅舎の跡地。つまり1872年から2001年まで列車が走っていた17.6kmの行程を、9人編成のトレインが走る。何かのトラブルでチームカーが止まると後続のチームがつっかえる可能性があったため、スタートの間隔はたっぷりと5分間取られた。
開幕前から優勝候補に挙げられ、パオロ・ベッティーニ元イタリア代表監督も太鼓判を押していたオリカ・グリーンエッジが17.6kmを平均スピード54.339km/hで駆け抜けた。ちなみに1年前のチームタイムトライアルでは、オリカ・グリーンエッジが21.7kmコースを平均52.7km/hで走って優勝している。
向かい風が吹いていたものの、直線的で減速するポイントが少なかったことが高速化につながった。とは言っても2006年にイヴァン・バッソ(イタリア)擁するチームCSCがクレモナ〜ピアチェンツァの35kmコースでマークした56.860km/h(!)という最速記録には届いていない。
総合争いの面ではアルベルト・コンタドール(スペイン、ティンコフ・サクソ)がファビオ・アル(イタリア、アスタナ)に対して7秒、リゴベルト・ウラン(コロンビア、エティックス・クイックステップ)に対して13秒、リッチー・ポート(オーストラリア、チームスカイ)に対して20秒のリードを奪った。このタイム差を大きいと見るか小さいと見るかは選手次第。ほとんどの選手は「長いジロでは取るに足らないタイム差」と捉えている印象だ。
チームスカイのダリオ・チオーニ監督曰く「リッチーは落ち着いているし、調子は依然として良い。今日も全く苦しむことなくレースを終えている」とのこと。
確かにポートは涼しい顔でフィニッシュしている。対してチームの中で4番目でフィニッシュしたコンタドールは苦しみながら少しポジションを下げているようにも見える。一概には比較できないが、個人のコンディションが必ずしもタイムに反映されているとは言えない。各コンディションは今後のレースの進行とともに明らかになっていくだろう。とにかく初日はティンコフ・サクソが総合力の高さを示す結果となった。
「良いペースで走れていたものの、ちょっとしたミスで隊列から離れてしまった。隊列に戻れなかったことで後半のペースダウンにつながってしまいました」と振り返るのはトレックファクトリーレーシングの別府史之。
「明日は平坦ステージ。ジャコモのスプリントでステージ優勝をアシストしたい」と前を向く別府は翌日以降を見据えて無理に追い込むことなくチームメイトから2分40秒遅れでフィニッシュしている。
グランツールの初出場の石橋学(NIPPOヴィーニファンティーニ)は、スタート前に鹿屋体育大学の黒川剛監督の激励を受けた。チームには石橋の他にも鹿屋体育大学出身の福井響メカニックが帯同中。はるばる駆けつけた恩師に見守られながら2人はそれぞれの仕事をこなした。
石橋はチームメイトから遅れてフィニッシュしたものの「前半は後ろで待機し、中盤を過ぎたところで前半に前を引いた選手とローテーションを交代。最後は目一杯引いて離脱しました。作戦通りの走りだった」と手応えを感じながら初グランツールの初日を終えている。「まだ第1ステージなので、とにかくこれから体調を崩さないようにしたいですね」とも。
今年も日本人選手の動向はもちろんのこと、イタリアを巡るバラ色の3週間の雰囲気を少しでも現地レポートでお伝えできればと思います。レース結果は毎日先行してアップするレースレポートをご覧ください。
text&photo:Kei Tsuji in Sanremo, Italy
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Un Secolo DI Passioni Giro D'Italia 1909-2009
BUR Biblioteca Univerzale Rizzoli