2013/07/13(土) - 18:54
典型的な平坦ステージでまさかの攻撃が勃発した。総合を諦めないコンタドールとサクソ・ティンコフのアタックはフルームとスカイにタイム差1分9秒の返上とプレッシャーを与えることに成功した。
大都市トゥールの中心部がスタート地点となったこの日、昨日落車で指を負傷した新城幸也(ユーロップカー)はスタート時間ギリギリまで続いた長いミーティングを終えてバスの外に出てきた。
グローブの下に包帯の網がのぞく。怪我したのは左人差し指と中指。怪我の状態について訊くと、「切っているのでやはり痛みはあります。えぐれている箇所もあります。でも、縫いはしませんでした。ツールの最後までに直る怪我ではないです。操作などには影響は少ないと思いますので、大丈夫だと思います」と応える。
手を使う自転車の操作については幸いの電動シフトが変速は助けてくれるものの、ハンドルをしっかり握らなければならない局面では、強くは握り込めないはずだ。心配する報道陣には弱音を吐かないユキヤだが、レース後、怪我が思った以上に深刻なものであることが後で分かることとなる。
平坦路でのサプライズアタックで始まった総合争い
トゥールからフランスのど真ん中に位置するサンタマン・モンロンまでの173km、ほぼ平坦なコースプロフィールは普通に考えて最後は集団ゴールスプリントにもちこまれることになると誰もが思ったはずだった。コースはイージーで距離も短め。本格的な山岳ステージ突入を前にした注目度の低い中継ぎステージの位置づけ。しかしツールの歴史に残る名勝負が繰り広げられることに。
逃げた5人の後方のメイン集団で突如始まったアタック。森を抜け、麦畑の広がる平原に出た時に吹きつけた横風を利用してまずオメガファーマ・クイックステップが加速を開始すると、集団が3つに分断した。
”エシュロン”と呼ばれる斜めに並ぶフォーメーションで、強い横風に対応しながら走る分断したグループ。ヘント・ウェヴェルヘムなど春のクラシックでの横風を使ったレースで一日の長がある、フランドル地方に拠点を置くオメガファーマ。その意図は、カヴェンディッシュ以外のスプリンターをふるいにかけること。
ちょうど前日カヴを打倒したマルセル・キッテル(アルゴス・シマノ)がメカトラブルで後方に下がった瞬間だった。この動きに同調したのがもうひとつの横風の国オランダのチーム、ベルキンプロサイクリングだった。
残り85km地点で後続の選手に後輪に突っ込まれた総合2位アレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)がストップ。チームメイトのホイールと交換している間に、バルベルデのトラブルを知ったベルキンがバウク・モレマの総合を上げるチャンスにさらにペースアップした。
次に攻撃に出たのがサクソ・ティンコフ。コンタドールは「最初、バルベルデがメカトラで遅れていたからオメガやベルキンには協力しなかった。でもモビスターがもう戻ってこれないと知った時、スカイとフルームに対してプレッシャーをかけようと思ったんだ。」とレース後に言う。
強く吹く横風にチャンスを見出したコンタドール、ベンナーティ、クロイツィゲル、ロッシュ、ロジャース、トザットの6人が突如アタックを開始。カヴェンディッシュ、シャヴァネル、テルプストラ、サガン、ボドナール、フグルサング、モレマ、テンダムがこの動きに飛びついた。最後に合流したカヴは、「5秒のうちに判断しなくてはこのグループに入れなかった」とレース後に語っている。
アタックが起こったそのとき、15人ほど後ろに居たというフルームは対応できなかった。フルームを後方に分断したグループに取り残すことに成功したコンタドールたちは、まるでチームタイムトライアルのようにペースを上げた。
TT世界チャンピオン3連覇経験者マイケル・ロジャースが主導権をとり、平坦の強力な牽引力をもつベンナーティ、リーダーのコンタドールまでも先頭交代に加わった。豪華メンバー14人による全開のこの逃げで、コンタドールはフルームに対し1分9秒を返すことに成功した。
無線で出された監督の指示ではない。グランツールの優勝経験豊富なコンタドールと、サクソの経験のある選手たちが、生まれたチャンスを逃さずとっさの判断で仕掛けた攻撃だった。
フルームを置き去りにしたコンタドールのその攻撃は、2012年ぶブエルタ・ア・エスパーニャでホアキン・ロドリゲス(カチューシャ)を置き去りにして総合優勝につなげた巧みさを思い出させる。強いがツール経験の浅いスカイは、2人のリタイアで戦力ダウンしたのに加え、リッチー・ポルトも疲労からか遅れて、フルームを再び丸裸にしてしまった。
「この動きは予定したものではなかった」とコンタドールはレース後に言う。「こんなに大きなダメージを与えられるなんて思ってもみなかった。諦めかけた時もあった。差が10秒しか開かなかったとき。10秒だ。でもチームがペダルに力を込めるのを止めなかった。チームが信じられないくらい強いことの証明だ。」
ニコラス・ロッシュは言う。「そのときマイケル(ロジャース)に言ったんだ。ミック、ミック、何かしよう!って。ミックが振り返ってコンタドールを見ると、彼はうなずいた。そして”レッツゴー”と声をかけた。3秒ぐらいで決めたことだ。交わした言葉はそれだけ。」皮肉なことに、昨年所属したチームスカイから今季サクソに移籍したマイケル・ロジャースがこの動きの主導権をとった。
ロジャースは言う「そのとき他の選手達も限界のようだった。横風のなかでチャンスが生まれるのが見えた。ベンナーティのほうを見て、行くべきか?と訊いた。彼はチーム全員が周りにいることを確認してうなずいたんだ。僕は、頭を低く下げてできるだけハードに行こう!と仲間たちに言った。山岳ステージよりもハードだった。今までの経験の中でももっとも厳しいステージだった。」
コンタドールはまだ総合を諦めていない。ましてステージ優勝狙いにも切り替えていなかった。「3分57秒差でも2分45秒差でもそんなに違いはない。タイムトライアルで失ったタイムを取り返すには、アルプスでもっとアタックしなければいけない。ツールはタフでまだ終わっていない。1000のハプニングが起こりうる。明日があるから今日は休むよ。」
ベルキンも今日勝利したチームだ。バウク・モレマが総合2位へ、ローレンス・テンダムが総合5位にジャンプアップした。ベルキンは今日のステージ後半部分で風が強く吹くことを予測していたという。そのタイミングでのオメガファーマのアタックに同調した。
10分に近いタイムを失い、総合2位から16位に転落したバルベルデ。もはや総合上位は諦めざるをえない。アタックを成功させ、歓喜に湧くサクソ・ティンコフのバスのすぐ脇で、モビスターのバスが失望に包まれていた。
報道陣に囲まれたバルベルデが憔悴した表情で応える。「単に不運な日だった。それだけだ。ぼくたちは集団前方で注意もしていたし、余裕をもって良い位置取りで走っていた。でも落車した誰かが後ろから追突してきて、ぼくの自転車の後輪が壊れてしまった。それが決定的な瞬間だった。避けようはなかった。チーム員全員で復帰を試みたが、無理だった。勝つこともあれば負けることもある。」
もし後輪を交換するのではなく、チームメイトの自転車に乗り換えてすぐに追いかけていれば? 一瞬の判断が致命的な差を開いたようにも思える。
バルベルデのトラブルのタイミングでのアタックについて、ベルキンのベートーベン監督は言う「バルベルデにはすまないと思うが、すでにレースは始まっていた。今までだってそうだったように、トラブルがあっても落車しても誰も待ってはくれないのがツール・ド・フランスだ。」
サクソ・ティンコフのフィリップ・モデュイ監督もバルベルデへの配慮について話す「バルベルデにはかわいそうだったが、レースは動いていた。決してバルベルデに対してアタックしたというわけではない。サクソは彼らが戻れないことがわかってからの攻撃だ。私だって彼のトラブルは嬉しくはない。それは本当の気持だ。」
完走した新城幸也 肋骨周辺にも痛み?
ユーロップカーはこの日積極的なアタックを続け、しかしピエール・ロランがパンクした後はそのリカバリーのための走りを繰り広げた。激しいレースを第3集団の106位でステージを終えた新城幸也(ユーロップカー)。スタート前には怪我の影響は少ないと話していたが、レース後には「ダメだ…。明日からのことはまだわからない。」という一言を残してチームバスへ戻った。
レースの激しい展開に、握力を奪われ、ブレーキやシフトチェンジに支障が出る状態だったようだ。また、落車時に打った肋骨周辺にレース中痛みを感じたとこいうことがわかった。レントゲン検査等の診察を受ける予定だ。
photo&text:Makoto.AYANO
大都市トゥールの中心部がスタート地点となったこの日、昨日落車で指を負傷した新城幸也(ユーロップカー)はスタート時間ギリギリまで続いた長いミーティングを終えてバスの外に出てきた。
グローブの下に包帯の網がのぞく。怪我したのは左人差し指と中指。怪我の状態について訊くと、「切っているのでやはり痛みはあります。えぐれている箇所もあります。でも、縫いはしませんでした。ツールの最後までに直る怪我ではないです。操作などには影響は少ないと思いますので、大丈夫だと思います」と応える。
手を使う自転車の操作については幸いの電動シフトが変速は助けてくれるものの、ハンドルをしっかり握らなければならない局面では、強くは握り込めないはずだ。心配する報道陣には弱音を吐かないユキヤだが、レース後、怪我が思った以上に深刻なものであることが後で分かることとなる。
平坦路でのサプライズアタックで始まった総合争い
トゥールからフランスのど真ん中に位置するサンタマン・モンロンまでの173km、ほぼ平坦なコースプロフィールは普通に考えて最後は集団ゴールスプリントにもちこまれることになると誰もが思ったはずだった。コースはイージーで距離も短め。本格的な山岳ステージ突入を前にした注目度の低い中継ぎステージの位置づけ。しかしツールの歴史に残る名勝負が繰り広げられることに。
逃げた5人の後方のメイン集団で突如始まったアタック。森を抜け、麦畑の広がる平原に出た時に吹きつけた横風を利用してまずオメガファーマ・クイックステップが加速を開始すると、集団が3つに分断した。
”エシュロン”と呼ばれる斜めに並ぶフォーメーションで、強い横風に対応しながら走る分断したグループ。ヘント・ウェヴェルヘムなど春のクラシックでの横風を使ったレースで一日の長がある、フランドル地方に拠点を置くオメガファーマ。その意図は、カヴェンディッシュ以外のスプリンターをふるいにかけること。
ちょうど前日カヴを打倒したマルセル・キッテル(アルゴス・シマノ)がメカトラブルで後方に下がった瞬間だった。この動きに同調したのがもうひとつの横風の国オランダのチーム、ベルキンプロサイクリングだった。
残り85km地点で後続の選手に後輪に突っ込まれた総合2位アレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター)がストップ。チームメイトのホイールと交換している間に、バルベルデのトラブルを知ったベルキンがバウク・モレマの総合を上げるチャンスにさらにペースアップした。
次に攻撃に出たのがサクソ・ティンコフ。コンタドールは「最初、バルベルデがメカトラで遅れていたからオメガやベルキンには協力しなかった。でもモビスターがもう戻ってこれないと知った時、スカイとフルームに対してプレッシャーをかけようと思ったんだ。」とレース後に言う。
強く吹く横風にチャンスを見出したコンタドール、ベンナーティ、クロイツィゲル、ロッシュ、ロジャース、トザットの6人が突如アタックを開始。カヴェンディッシュ、シャヴァネル、テルプストラ、サガン、ボドナール、フグルサング、モレマ、テンダムがこの動きに飛びついた。最後に合流したカヴは、「5秒のうちに判断しなくてはこのグループに入れなかった」とレース後に語っている。
アタックが起こったそのとき、15人ほど後ろに居たというフルームは対応できなかった。フルームを後方に分断したグループに取り残すことに成功したコンタドールたちは、まるでチームタイムトライアルのようにペースを上げた。
TT世界チャンピオン3連覇経験者マイケル・ロジャースが主導権をとり、平坦の強力な牽引力をもつベンナーティ、リーダーのコンタドールまでも先頭交代に加わった。豪華メンバー14人による全開のこの逃げで、コンタドールはフルームに対し1分9秒を返すことに成功した。
無線で出された監督の指示ではない。グランツールの優勝経験豊富なコンタドールと、サクソの経験のある選手たちが、生まれたチャンスを逃さずとっさの判断で仕掛けた攻撃だった。
フルームを置き去りにしたコンタドールのその攻撃は、2012年ぶブエルタ・ア・エスパーニャでホアキン・ロドリゲス(カチューシャ)を置き去りにして総合優勝につなげた巧みさを思い出させる。強いがツール経験の浅いスカイは、2人のリタイアで戦力ダウンしたのに加え、リッチー・ポルトも疲労からか遅れて、フルームを再び丸裸にしてしまった。
「この動きは予定したものではなかった」とコンタドールはレース後に言う。「こんなに大きなダメージを与えられるなんて思ってもみなかった。諦めかけた時もあった。差が10秒しか開かなかったとき。10秒だ。でもチームがペダルに力を込めるのを止めなかった。チームが信じられないくらい強いことの証明だ。」
ニコラス・ロッシュは言う。「そのときマイケル(ロジャース)に言ったんだ。ミック、ミック、何かしよう!って。ミックが振り返ってコンタドールを見ると、彼はうなずいた。そして”レッツゴー”と声をかけた。3秒ぐらいで決めたことだ。交わした言葉はそれだけ。」皮肉なことに、昨年所属したチームスカイから今季サクソに移籍したマイケル・ロジャースがこの動きの主導権をとった。
ロジャースは言う「そのとき他の選手達も限界のようだった。横風のなかでチャンスが生まれるのが見えた。ベンナーティのほうを見て、行くべきか?と訊いた。彼はチーム全員が周りにいることを確認してうなずいたんだ。僕は、頭を低く下げてできるだけハードに行こう!と仲間たちに言った。山岳ステージよりもハードだった。今までの経験の中でももっとも厳しいステージだった。」
コンタドールはまだ総合を諦めていない。ましてステージ優勝狙いにも切り替えていなかった。「3分57秒差でも2分45秒差でもそんなに違いはない。タイムトライアルで失ったタイムを取り返すには、アルプスでもっとアタックしなければいけない。ツールはタフでまだ終わっていない。1000のハプニングが起こりうる。明日があるから今日は休むよ。」
ベルキンも今日勝利したチームだ。バウク・モレマが総合2位へ、ローレンス・テンダムが総合5位にジャンプアップした。ベルキンは今日のステージ後半部分で風が強く吹くことを予測していたという。そのタイミングでのオメガファーマのアタックに同調した。
10分に近いタイムを失い、総合2位から16位に転落したバルベルデ。もはや総合上位は諦めざるをえない。アタックを成功させ、歓喜に湧くサクソ・ティンコフのバスのすぐ脇で、モビスターのバスが失望に包まれていた。
報道陣に囲まれたバルベルデが憔悴した表情で応える。「単に不運な日だった。それだけだ。ぼくたちは集団前方で注意もしていたし、余裕をもって良い位置取りで走っていた。でも落車した誰かが後ろから追突してきて、ぼくの自転車の後輪が壊れてしまった。それが決定的な瞬間だった。避けようはなかった。チーム員全員で復帰を試みたが、無理だった。勝つこともあれば負けることもある。」
もし後輪を交換するのではなく、チームメイトの自転車に乗り換えてすぐに追いかけていれば? 一瞬の判断が致命的な差を開いたようにも思える。
バルベルデのトラブルのタイミングでのアタックについて、ベルキンのベートーベン監督は言う「バルベルデにはすまないと思うが、すでにレースは始まっていた。今までだってそうだったように、トラブルがあっても落車しても誰も待ってはくれないのがツール・ド・フランスだ。」
サクソ・ティンコフのフィリップ・モデュイ監督もバルベルデへの配慮について話す「バルベルデにはかわいそうだったが、レースは動いていた。決してバルベルデに対してアタックしたというわけではない。サクソは彼らが戻れないことがわかってからの攻撃だ。私だって彼のトラブルは嬉しくはない。それは本当の気持だ。」
完走した新城幸也 肋骨周辺にも痛み?
ユーロップカーはこの日積極的なアタックを続け、しかしピエール・ロランがパンクした後はそのリカバリーのための走りを繰り広げた。激しいレースを第3集団の106位でステージを終えた新城幸也(ユーロップカー)。スタート前には怪我の影響は少ないと話していたが、レース後には「ダメだ…。明日からのことはまだわからない。」という一言を残してチームバスへ戻った。
レースの激しい展開に、握力を奪われ、ブレーキやシフトチェンジに支障が出る状態だったようだ。また、落車時に打った肋骨周辺にレース中痛みを感じたとこいうことがわかった。レントゲン検査等の診察を受ける予定だ。
photo&text:Makoto.AYANO
フォトギャラリー
Amazon.co.jp