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ウィリエール本社の一室に通されると、そこにはR&D(Research and Development=研究開発)部門チーフを務めるクラウディオ・サロモーニ氏と、若きエンジニアであるジャコモ・サルトレ氏が待っていた。インタビューの最中にもサロモーニ氏は「ほら、チームからだよ」と、グルパマFDJからひっきりなしにかかってくる電話の画面を見せてくれる。機材供給元と供給先というビジネスライクな関係ではなく、ウィリエール開発陣がチームに深くコミットしている様子が見てとれた。

Filante SLR ID2の開発を主導したウィリエール本社のエンジニアに開発秘話を聞いた photo:So Isobe

ベネトのアップダウンで体感した、新型Filante SLR ID2の「進み感」。あの官能的とも言える走りは、いかにして生み出されたのか。その答えを求め、ロッサノ・ベネトにあるウィリエール本社のR&D部門へと足を踏み入れたのだった。

ウィリエールの開発チームに聞く、Filante SLR ID2

「先代のFilante SLRは、マーク・カヴェンディッシュのツール・ド・フランス最多ステージ優勝記録更新を支えた、我々にとっての記念碑的なバイクでした。エアロで、軽く、そして高剛性。プロ選手から信頼を得ていたこの先代を起点にし、第2世代ではプロ選手からの要求だった「速いバイク」を目指しました」と、航空宇宙業界から転身したというサルトレ氏はそう切り出した。

本社内の一角にある「イノベーションラボ」。ウィリエールの中枢とも呼べる一室だ photo:So Isobe
マーク・カヴェンディッシュがツール区間35勝を達成したFilante SLR photo:So Isobe


「人間が乗った状態で速いこと」がFilnate SLR ID2の開発ターゲット。グルパマFDJの選手たちも早くから開発に関わっていたという photo:So Isobe

先代比で空力性能13.1%向上、ライダー搭乗時でも4%の向上という改善をみた新型Filanteだが、目指したのはサーヴェロやファクターのような超エアロデザインを採用せず、「限られたプロ選手だけではなく、あらゆるサイクリストが楽しめる速いバイクを目指す」というもの。その上で改善を遂げた裏には「マージナル・ゲイン」連続があったという。

ウィリエール開発陣が空力面で重視したのは「人間が乗った状態」で速いこと。現実世界ではあり得ないバイク単体ではなく、あくまでリアルを追求して空気の流れを調整した。「バイク単体で計測すればFilanteの空力性能は特段秀でたものではありませんが、人が乗った状態だとファクターやサーヴェロといった超エアロバイクに迫る性能を誇ります。シミュレーションだけではなく、シルバーストーンの風洞に何度も脚を運んで、実際に人が乗った状態を想定してテストを重ねているのが我々の特徴。現実世界では乗り手がいなければ自転車は走らない。だから人が乗った状態での空力性能が大事なのです」とサルトレ氏は言う。

イル・ロンバルディアにて用意されたイノベーションラボカラーの新型Filante photo:Wilier
イル・ロンバルディアでマドンナ・デル・ギザッロへの上りを駆け上がるロマン・グレゴワール(フランス、グルパマFDJ) photo:Wilier


スペインのカルぺでのトレーニングキャンプでチームに供給された鮮やかなレッドカラーの新型Filante photo:Wilier

新型Filanteはシュテファン・キュングのために開発されたタイムトライアルバイク、Supersonica SLRで得た空力ノウハウの上に成り立ったエアロロードだ。特に空力に大きな影響を与えるフロント周りの造形には工夫が凝らされ、例えば左フォークレッグには正面から見た際にブレーキキャリパーを包み込むような膨らみを与え、ミケのDEVAホイールとの相性を上げるために何度も風洞実験を重ねるなど工夫を凝らした。

グルパマFDJと深い関係を保って開発したことも新型Filanteの特徴だ。開発50〜60%くらい進んだ段階からチームにプロトタイプを渡してフィードバックを得、彼らが一番に求めた「速いバイク」目指した。「ただし、プロ御用達であり、超エアロバイクに匹敵する空力パフォーマンスを持っているとは言えど、限られた一部の選手しか乗れないバイクではありません。快適性と剛性のバランス、優れたフィッティングとメンテナンス性を兼ね備えた、誰にでも乗りこなせて、その走りを体感できるバイクです。そのバランス感を追求していくのが使命でしたね」とサロモーニ氏は自身たっぷりにチームとの関係性について話す。

新型Filanteを特に気に入っているというロマン・グレゴワール(フランス、グルパマFDJ)。先日のフォーン・ドローム・クラシックで早速勝利を挙げた photo:CorVos

「彼らには10月に製品版のフレームセットを提供し、イノベーションラボカラーの一台がイル・ロンバルディアで実戦デビュー。続くベネトクラシックでもレース投入しましたが、とにかく好評だったことは本当に嬉しいことでした。ツール・ド・フランスに出場したロマン・グレゴワールは新型Filanteを本当に気に入ってくれている一人で、プロトタイプをツールで使っていいか?としつこく聞かれたほどです。諸々の準備ができていないので断りましたが、今年からはチーム全員が新型で揃えることができたので本当に良かった。美しいペイントも彼らのお気に入りの部分ですね」。

「過去よりも未来」ウィリエールは常に最新最上を目指す

CEOでR&D部門のチーフを務めるミケーレ・ガスダルデッロ氏(右) photo:So Isobe

2026年6月に創業120周年を迎えるウィリエール。だが、サロモーニ氏をはじめ、代表を務めるガスダルデッロ兄弟ら、ウィリエールの首脳陣の視線は同社が刻んできた歴史ではなく、常に未来に向けられている。

「120周年は大切なお祝いですが、我々にとっては将来の自転車作りを考える方がもっと大事です」。サロモーニ氏は開口一番にそう断言した。「R&D部門にとって、現在の市場を鑑みた上で将来開発すべきものについての議論は、今日この瞬間も続いています。FilanteもVerticaleも我々にとって重要な製品ですが、R&Dチームにとってはもう既に過去のものです。我々は、過去に囚われず常に新しいものを作っていく。ウィリエールは自転車産業の中で最も長い歴史を持つ会社の一つですが、それにあぐらをかくつもりは一切ありません」。

「120周年はお祝いだが、我々の目は常にこれからの未来を向いている」 photo:So Isobe
ウィリエールの日本総代理店を務める服部産業の北村さんと、エンリコ・ガスダルデッロ氏(右) photo:So Isobe


歴史をトリビュートしたクラシックなスチールバイクもウィリエールのラインナップに存在するが、それはそれ。R&Dチームにとってのウィリエールは懐古主義ではなく、常に最新を追求する集団であるという。「市販バイクでケーブルの内装化に最初に取り組んだのも我々ですし、モノコックのカーボンバイクも我々はごく初期から取り組んでいたし、ツインフォークのタイムトライアルバイクのようなユニークな挑戦もしてきました。常に前進を目指し、チャレンジしていくことこそが我々のDNAです」。

「美しくなければ、大金を払う価値はない」

「ウィリエールのバイクは、美しくなければいけない」と、話を聞いた全員が口を揃えて言う photo:So Isobe

サロモーニ氏が語るウィリエールの未来において、欠かせない要素が「美しさ」へのこだわりだ。

「ウィリエールのバイクスタイルは、我々の芸術作品といえるほど美しくあることを自負しています。すごく性能はいいけれど、全く心が惹かれないバイクに大金を払う人はいないでしょう?我々はそれではダメだと思っています。見た目も、ペイントも、徹底的にこだわる。それがウィリエールの姿勢です」

もちろん「美しさ」に言い訳するわけではなく、サロモーニ氏は自社のバイクがマーケットで最も空力に優れ、かつ軽量、つまり最も「あらゆる場面で武器になるエアロロード」であることを力説する。「ウィリエールは非常に小さな会社ですが、100倍も規模の大きな会社のバイクに対抗できる性能を持っています。性能とデザインの両立は非常に難易度が高いことですが、その課題に取り組むことを我々は恐れていません。美しく、かつ走るバイクこそが、我々が追い求めるべきものだからです」。

金箔を装飾した特別モデル「Verticale SLR Wave」 photo:So Isobe

ウィリエールといえば「ラマート」と呼ばれる美しい銅色ペイント。現代にも引き継がれている photo:So Isobe
倉庫にはチーム用のバイクが並べられていた。特別塗装を行う職人の元から届いたばかりだという photo:So Isobe


その性能を支えるのは、妥協のない素材選びだ。サロモーニ氏は日本製のカーボン素材の重要性を強調する。「カーボン素材が今後も自転車産業をリードしていくのは間違いなく、その上で、日本の東レや三菱の素材は重要です。中国の製造業者とも多くの会議を重ねているが、品質面ではまだ雲泥の差があります。だから我々は日本のカーボン素材を使うのです。高品質・高性能を優先するがゆえに、他社より少し値段が高くなってしまうのが少し欠点といえば欠点ですが...(笑)」

ミケとの協業:1+1を5に変えるトータルパッケージ

およそ2年前にミケがグループ傘下に入り、投資を続けてきたことは、サロモーニ氏の視点から見ても大きな進化をもたらした。現代のロードバイク開発において、ホイールやクランクセット、スモールパーツを含めたトータルパッケージでの設計は避けて通れないからだ。

ミケとの協業は大きな進化をもたらした、とサロモーニ氏は言う photo:So Isobe

「グループ内にコンポーネントブランドがあることは大きな強みです。ウィリエールのバイクとミケのホイールを組み合わせて開発を行うことは、1+1=2ではなく、1+1=5にも及ぶ性能向上を可能にします。だからこそ、FilanteとDEVAの組み合わせは空力性能で見ると非常に優秀。ホイールとフォークの空力性能を極限まで高めるためだけに、何度も英国シルバーストーンの風洞実験施設へと通いました」。

「ミケ以外のブランドと組むこともできますが、ここまで深く共同開発を行うことは不可能です。我々の独自テストでも結果が出ていますが、Cyclingnewsが行った他社比較の風洞実験でも、極端なエアロ形状を採っていない我々はファクターとサーヴェロに次いで3位でした。これは細部にわたる共同開発の賜物であることには間違いありません。DEVAホイールはそれが最も形となって現れたものですし、スルーアクスルや各種マウントなど、細部まで抜かりは一切ないのです」。

ミケの新型ホイール、DEVA RD。Filante SLR ID2の走りを大きく底上げするものだった photo:So Isobe

インタビューの最中、サロモーニ氏はおもむろに3Dプリントされた試作パーツを取り出してみせた。その淀みのない語り口と、次々と提示される技術的証拠。ウィリエールの「美しさ」の裏側には、情熱のエンジニアリングと、飽くなき挑戦心が同居しているのだ。

ギャラリー:日均50台を組み上げるウィリエールの組み立てライン

設計図に描かれた理想を、現実の形へと落とし込む現場もまた、ウィリエールの真髄を物語っていた。

ウィリエール本社の裏側、組み上げや発送業務を担当するスタッフたち。社内の雰囲気は極めてアットホームだ photo:So Isobe

日産40〜60台を組み上げる本社内の組み立て場。品質を担保するために流れ作業ではなくメカニック一人一人が最初から最後まで組み上げを担当する photo:So Isobe
ウィリエールの歴史と歩んできたアルベルト・ズルロ氏。唯一個人スペースが与えられている、レジェンドメカニックだ photo:So Isobe



ウィリエール本社の組み立てラインは決して大規模ではない。1日の生産台数は約40〜60台ほどで、巨大な組み上げラインを持つ大手ブランドとは対照的に、ここでは組み上げ品質を担保するために、熟練のメカニックたちが一台を最後まで組み上げる方式を採っている。ここで組み上げられるのはFilante SLR ID2のようなハイエンドバイクが中心で、特別な需要に応じたスペシャルビルドにも応えている。

取材時はちょうどスタッフの誕生日だったこともあり、作業場の隅にはお菓子やアストリアのマグナムボトルが用意され和やかな空気に包まれていた。高い専門性を持って淡々と作業を進める一方で、家族経営らしい温かさが同居する。最新のテクノロジーを製品へと落とし込む現場の「体温」を、以下のフォトギャラリーから感じてほしい。
ウィリエール本社訪問を終えたシクロワイアード取材班と(シリアスなビジネス会議を終えた)服部産業の北村さんは、ロッサノ・ベネトにあるウィリエール本社を後にして、車で1時間ほど離れたトレヴィーゾ県のサン・ベンデミアーノにあるミケ本社工場へと赴いた。

ウィリエール傘下となって約2年。自社開発製造にこだわりながらも飛躍を続ける同社で見た全てをお伝えすると共に、Filante SLR ID2の走りを支えたDEVA RDホイールの開発秘話などを、ミケのCEOを務めるグレゴリー・ジラール氏へのインタビューをもとにお届けします。
提供:服部産業 / Text:So Isobe