2023/02/02(木) - 12:00
8年ぶりの総刷新を遂げたiRCのレーシングクリンチャータイヤ、 ASPITE PRO(アスピーテプロ)を総力特集。本章では開発担当者へのインタビューをもとに、そのコンセプトや開発ストーリー、性能向上の鍵となった試験機と、それによって何がどう変化したのかを含めつつ、"自信作"と胸を張るその性能を紐解いていく。
8年ぶりとなる総刷新。iRCが昨年4月のサイクルモードで、第2世代化を果たしたロード用レーシングクリンチャータイヤ"ASPITE PRO"を世に放った。
「チューブレスに迫る強さとグリップ力」をコンセプトに掲げ、コンパウンド、パターン設計、内部構造を一新。もちろんディスクブレーキ化やリム幅の拡大、新ETRTO規格(エトルト規格:リムとタイヤサイズの設計基準)の適合など、8年分のホイールとタイヤを取り巻く変化もたっぷりと織り込んで。
発表と共に大きな注目を集めたASPITE PROは、iRCが誇る絶対的な信頼感も手伝って、現在に至るまで予想を上回るセールスを記録しているという。しかしロードバイクのチューブレスタイヤ化が加速しているこのタイミングに、なぜ、そのパイオニアとして知られるiRCがクリンチャーモデルを総刷新したのだろうか。
「前作はグリップ性能も良く耐久性は最高レベル。ただ一方"この性能のままもっと軽いものを!”という意見が多かった。我々も他社に負けないハイエンドクリンチャータイヤを作りたいという気持ちが強かったんです」と言うのは、井上ゴム工業(iRC)でスポーツサイクル用タイヤの開発に深く携わる山田浩志さんだ。
本特集記事では、山田さんのインタビューをもとに、新世代ASPITE PROがどのような意図で設計開発され、世に送り出されたのかを深掘りし、その性能を紐解いていく。なお、製品のスペックやテクノロジーについては登場時のレポートを確認してほしい。
およそ3年もの開発期間を経て2014年にデビューした先代ASPITE。ノーマル版とRBCCコンパウンドを使った「WET」の2種類が用意されていたが、ライバル製品が刷新されていく中、ノーマル版には転がりや耐久性は良いけれどもう少しグリップ力を、そしてWETにはもっと耐久性を、という声が上がってくるようになったという。
ロード用チューブレスタイヤ開発の元祖ともいうべきiRCだが、だからと言ってクリンチャータイヤをおざなりにしているわけじゃない。2014年の先代モデル発売から年が経ち、その間に他社製品のグレードアップなどもあって競争力や目新しさは落ちていた。一足早く2020年にフルモデルチェンジした5代目FORMULA PROのノウハウを全て注ぎ込むという目標のもと、前述した2モデルの「良いトコどり」をすべく新世代のASPITE PROの開発が始まったのだ。
新型ASPITE PROを開発する中でもグリップ力の強化は目標の最たるもので、FORMULA PROシリーズのコンパウンドをベースにしつつ、さらに研究を重ねることでグリップ力を強化した。決定版とも言える自信作に仕上がったことで、2モデル間でコンパウンドを使い分けていた前作とは異なり、新作ASPITE PROは通常版の「RBCC」と、パンクガードを除いた軽量仕様の「S-LIGHT」で共に同じコンパウンドを採用している。
コンパウンドだけではなく、「iRC HELLING BORN PATTERN」と名付けられた新設計のトレッドパターンもグリップ力を引き上げる重要な要素だ。一見すると伝統的な「杉目」に見えるが、スリックのセンター部分で転がり抵抗を抑え、進行方向に対して鋭角なパターンが刻まれたショルダー部分は安定したコーナリングフォースを、さらに外側のサイド部分はコーナリングフォースを連続的に増大させ、より安定感のあるコーナリングを実現するための完全新設計パターンが投じられている。
そして、それら新コンパウンドとトレッドパターンを生み出す肝となったのが、iRCの開発センターに新しく投じられた試験機だ。ローラーベルト上で自転車の動きを再現し、その上でタイヤにかかるあらゆる状況を作り計測できる「路面特性試験機(フラットベルト試験機)」を導入し、他社製品も含めありとあらゆる角度からの検証を行ったという。
「自転車がどういう動きをしているのか、あるいはコーナリング中にどのようなGがかかっているのかも分かりますし、それを試験機で再現できる。自転車のバンク角やスリップアングルを付けつつ、リアルタイムにロードセルでデータを拾っていく。ライダーが言う"グリップがいい""フィーリングがいい"と言うのはどの要素なんだろう、と紐解いていけるのです」と山田さんは胸を張る。
SA=スリップ角:車輪の回転方向と進行方向のズレ
CA=キャンバー角:車輪の傾き
CF=コーナリングフォース:車輪に発生する旋回力(横力)
この試験機を導入したことで何が分かるようになったのか。ひと言で表現するならば「視える化」だと山田さんは続ける。例えば市場で高評価のタイヤは共通してこの数値が良い、「滑る」と言われるタイヤは実際こういう特性がある、ということが試験を重ねるうちに分かってきた。その中で先代ASPITEのWETはコンパウンドはもちろんトレッドパターンも優秀で、それを引き継ぐべく努力した、とも。
「自社・他社問わずたくさんのタイヤを試験にかけましたが、データとノウハウが蓄積できてくると、"じゃあ、こういう特性を出すにはどうしよう"という議論が出てくる。従来のタイヤは静止状態でグリップがいい、悪いという判断を下していましたが、それを様々な状況で動的に再現できるようになった。それで可能となったのが、コーナリングフォースというグリップとは別ベクトルの、いかに曲がりやすいのかという部分の追求だったんです」。
「前作発表時は、相反する性能を両立を目指して開発が進みました」と山田さんは言葉を続けた。
当時、ロードタイヤの素材はもちろん構造まで、既存の枠を打ち破る動きが活性化していた。山田さんによれば先代ASPITEも新しいケーシングや補強剤を入れ、コンパウンドもノーマルとWETで使い分けるなどかなり画期的な工夫を凝らしていた。新型ASPITE PROはその先代をベースにし、新しい試験機でライダーの感覚を数値化し、それに対する最適解となるよう作り込んだという。しかも、完成品をテストしている中でのパンク報告はただの一つもなかったというから恐れ入る。
「フラットベルト試験機でさまざまなテストを行いましたし、その中でASPITE PROはかなり良いところに持っていけた。だからこそ、この競争が激化する中でも自信がありますよ。これは感覚的なものではなく、"見える化"したラボでの数値、そしてテストライダーのフィーリングを掛け合わせた上でのものです」とも。
「実際にキナンレーシングをはじめ、テストライダーからはほぼ狙った通りの評価が出てきているんです。気に入ってもらえていますし、試験機のおかげで"こういう評価をだすにはどういう性能を伸ばすべき"が分かってきた。これは我々が期待した以上の成果でした」。
ディスクブレーキ化はもちろんのこと、常用タイヤ幅がワイド化を遂げ、呼応するようにリム幅も拡幅。さらにはフックレスリムの登場など、ロードバイクのタイヤを取り巻く環境はこの数年で飛躍的進化を遂げたと言っても過言ではない。そして内幅19mm基準はもちろん、フックレスリムへの対応OKなど、ASPITE PROはその流れを確実に捉え、この先数年間のレーシングクリンチャータイヤの覇権を握るべく開発された意欲作だ。
「iRC=チューブレス」のイメージは間違ってはいない。けれど、それと同じくらいiRCの開発陣はクリンチャーレーシングタイヤ、ASPITE PROに本気だ。1本あたりの価格も7,480円と十分にリーズナブル。手に取らない理由はないはずだ。
次章では、いよいよ新型ASPITE PROシリーズのインプレッションを紹介する。普段からiRCタイヤで走るEFエデュケーション・NIPPOデベロップメントチームの留目夕陽と、日本を代表するプロショップ「なるしまフレンド」の店長を務める藤野智一さんのコメントで、その走りを掘り下げていきたい。
待望のフルモデルチェンジを遂げたASPITE PRO
8年ぶりとなる総刷新。iRCが昨年4月のサイクルモードで、第2世代化を果たしたロード用レーシングクリンチャータイヤ"ASPITE PRO"を世に放った。
「チューブレスに迫る強さとグリップ力」をコンセプトに掲げ、コンパウンド、パターン設計、内部構造を一新。もちろんディスクブレーキ化やリム幅の拡大、新ETRTO規格(エトルト規格:リムとタイヤサイズの設計基準)の適合など、8年分のホイールとタイヤを取り巻く変化もたっぷりと織り込んで。
発表と共に大きな注目を集めたASPITE PROは、iRCが誇る絶対的な信頼感も手伝って、現在に至るまで予想を上回るセールスを記録しているという。しかしロードバイクのチューブレスタイヤ化が加速しているこのタイミングに、なぜ、そのパイオニアとして知られるiRCがクリンチャーモデルを総刷新したのだろうか。
「前作はグリップ性能も良く耐久性は最高レベル。ただ一方"この性能のままもっと軽いものを!”という意見が多かった。我々も他社に負けないハイエンドクリンチャータイヤを作りたいという気持ちが強かったんです」と言うのは、井上ゴム工業(iRC)でスポーツサイクル用タイヤの開発に深く携わる山田浩志さんだ。
本特集記事では、山田さんのインタビューをもとに、新世代ASPITE PROがどのような意図で設計開発され、世に送り出されたのかを深掘りし、その性能を紐解いていく。なお、製品のスペックやテクノロジーについては登場時のレポートを確認してほしい。
新型試験機による"見える化"が性能向上のキモ
およそ3年もの開発期間を経て2014年にデビューした先代ASPITE。ノーマル版とRBCCコンパウンドを使った「WET」の2種類が用意されていたが、ライバル製品が刷新されていく中、ノーマル版には転がりや耐久性は良いけれどもう少しグリップ力を、そしてWETにはもっと耐久性を、という声が上がってくるようになったという。
ロード用チューブレスタイヤ開発の元祖ともいうべきiRCだが、だからと言ってクリンチャータイヤをおざなりにしているわけじゃない。2014年の先代モデル発売から年が経ち、その間に他社製品のグレードアップなどもあって競争力や目新しさは落ちていた。一足早く2020年にフルモデルチェンジした5代目FORMULA PROのノウハウを全て注ぎ込むという目標のもと、前述した2モデルの「良いトコどり」をすべく新世代のASPITE PROの開発が始まったのだ。
新型ASPITE PROを開発する中でもグリップ力の強化は目標の最たるもので、FORMULA PROシリーズのコンパウンドをベースにしつつ、さらに研究を重ねることでグリップ力を強化した。決定版とも言える自信作に仕上がったことで、2モデル間でコンパウンドを使い分けていた前作とは異なり、新作ASPITE PROは通常版の「RBCC」と、パンクガードを除いた軽量仕様の「S-LIGHT」で共に同じコンパウンドを採用している。
コンパウンドだけではなく、「iRC HELLING BORN PATTERN」と名付けられた新設計のトレッドパターンもグリップ力を引き上げる重要な要素だ。一見すると伝統的な「杉目」に見えるが、スリックのセンター部分で転がり抵抗を抑え、進行方向に対して鋭角なパターンが刻まれたショルダー部分は安定したコーナリングフォースを、さらに外側のサイド部分はコーナリングフォースを連続的に増大させ、より安定感のあるコーナリングを実現するための完全新設計パターンが投じられている。
そして、それら新コンパウンドとトレッドパターンを生み出す肝となったのが、iRCの開発センターに新しく投じられた試験機だ。ローラーベルト上で自転車の動きを再現し、その上でタイヤにかかるあらゆる状況を作り計測できる「路面特性試験機(フラットベルト試験機)」を導入し、他社製品も含めありとあらゆる角度からの検証を行ったという。
「自転車がどういう動きをしているのか、あるいはコーナリング中にどのようなGがかかっているのかも分かりますし、それを試験機で再現できる。自転車のバンク角やスリップアングルを付けつつ、リアルタイムにロードセルでデータを拾っていく。ライダーが言う"グリップがいい""フィーリングがいい"と言うのはどの要素なんだろう、と紐解いていけるのです」と山田さんは胸を張る。
SA=スリップ角:車輪の回転方向と進行方向のズレ
CA=キャンバー角:車輪の傾き
CF=コーナリングフォース:車輪に発生する旋回力(横力)
この試験機を導入したことで何が分かるようになったのか。ひと言で表現するならば「視える化」だと山田さんは続ける。例えば市場で高評価のタイヤは共通してこの数値が良い、「滑る」と言われるタイヤは実際こういう特性がある、ということが試験を重ねるうちに分かってきた。その中で先代ASPITEのWETはコンパウンドはもちろんトレッドパターンも優秀で、それを引き継ぐべく努力した、とも。
「自社・他社問わずたくさんのタイヤを試験にかけましたが、データとノウハウが蓄積できてくると、"じゃあ、こういう特性を出すにはどうしよう"という議論が出てくる。従来のタイヤは静止状態でグリップがいい、悪いという判断を下していましたが、それを様々な状況で動的に再現できるようになった。それで可能となったのが、コーナリングフォースというグリップとは別ベクトルの、いかに曲がりやすいのかという部分の追求だったんです」。
前作のコンセプトを引き継ぎ昇華させた
「前作発表時は、相反する性能を両立を目指して開発が進みました」と山田さんは言葉を続けた。
当時、ロードタイヤの素材はもちろん構造まで、既存の枠を打ち破る動きが活性化していた。山田さんによれば先代ASPITEも新しいケーシングや補強剤を入れ、コンパウンドもノーマルとWETで使い分けるなどかなり画期的な工夫を凝らしていた。新型ASPITE PROはその先代をベースにし、新しい試験機でライダーの感覚を数値化し、それに対する最適解となるよう作り込んだという。しかも、完成品をテストしている中でのパンク報告はただの一つもなかったというから恐れ入る。
レーシングクリンチャータイヤ豊作。それでも確かな"自信アリ"
チューブレスタイヤ全盛期と言える昨今だが、2022年はメーカー各社から肝入りのレーシングクリンチャータイヤが次々とリリースされる当たり年だった。しかし、その中においても新型ASPITE PROは、頭ひとつ抜きん出る自信作だと山田さんは胸を張る。「フラットベルト試験機でさまざまなテストを行いましたし、その中でASPITE PROはかなり良いところに持っていけた。だからこそ、この競争が激化する中でも自信がありますよ。これは感覚的なものではなく、"見える化"したラボでの数値、そしてテストライダーのフィーリングを掛け合わせた上でのものです」とも。
「実際にキナンレーシングをはじめ、テストライダーからはほぼ狙った通りの評価が出てきているんです。気に入ってもらえていますし、試験機のおかげで"こういう評価をだすにはどういう性能を伸ばすべき"が分かってきた。これは我々が期待した以上の成果でした」。
ディスクブレーキ化はもちろんのこと、常用タイヤ幅がワイド化を遂げ、呼応するようにリム幅も拡幅。さらにはフックレスリムの登場など、ロードバイクのタイヤを取り巻く環境はこの数年で飛躍的進化を遂げたと言っても過言ではない。そして内幅19mm基準はもちろん、フックレスリムへの対応OKなど、ASPITE PROはその流れを確実に捉え、この先数年間のレーシングクリンチャータイヤの覇権を握るべく開発された意欲作だ。
「iRC=チューブレス」のイメージは間違ってはいない。けれど、それと同じくらいiRCの開発陣はクリンチャーレーシングタイヤ、ASPITE PROに本気だ。1本あたりの価格も7,480円と十分にリーズナブル。手に取らない理由はないはずだ。
iRC ASPITE PROシリーズ スペック
iRC ASPITE PRO RBCC
サイズ | 重量 | 空気圧 | 税込価格 |
700×25C | 220g | 90~115PSI | 7,480円 |
700×28C | 250g | 80~100PSI | 7,480円 |
700×30C | 275g | 75~100PSI | 7,480円 |
iRC ASPITE PRO S-LIGHT
サイズ | 重量 | 空気圧 | 税込価格 |
700×25C | 200g | 90~115PSI | 7,480円 |
700×28C | 220g | 80~100PSI | 7,480円 |
700×30C | 245g | 75~100PSI | 7,480円 |
次章では、いよいよ新型ASPITE PROシリーズのインプレッションを紹介する。普段からiRCタイヤで走るEFエデュケーション・NIPPOデベロップメントチームの留目夕陽と、日本を代表するプロショップ「なるしまフレンド」の店長を務める藤野智一さんのコメントで、その走りを掘り下げていきたい。
提供:iRC 制作:シクロワイアード編集部