2022/05/26(木) - 19:57
欧州ロードバイク史上において最高の名車の誉れ高いコルナゴのCシリーズ。話題の最新モデルC68のインプレッションにはコルナゴを良く知る2人のレジェンド、阿部良之さんと三船雅彦さんに登場していただこう。かつてコルナゴCシリーズを駆って欧州で活躍した2人は、Cの伝統を受け継ぐ最新のC68に対してどのような印象を語るのだろう。
阿部良之(あべ よしゆき) 1969年8月15日生まれ
大阪のクラブチーム 時代から実業団レースに参戦を始め、大阪工業大学卒業後にシマノレーシング加入。1996年にイタリアのプロチーム パナリア・ヴィナヴィルで欧州プロデビュー。翌97年にチーム合併により当時最強チームと謳われたマペイGBに加入し、ツール・ド・ポローニュでステージ優勝。国内では全日本プロロード選手権とジャパンカップで優勝(ジャパンカップ唯一の日本人優勝者)。2000年シドニー五輪ロードレース日本代表。2001年コルパック・アストロ、その後シマノレーシング、スキル・シマノ、シマノ・メモリーコープの選手として日欧で活動した。1995年 アジア選手権ロード優勝、1997・2000年全日本選手権ロード優勝、1999年全日本選手権個人TT優勝。サイクルショップ勤務を歴て現在は選手へのコーチングやバイクメンテナンス業務を行う「阿部自転車」として活動中。
→阿部自転車Facebook
三船雅彦(みふね まさひこ) 1969年1月8日生まれ
高校入学時に自転車競技を始め、インターハイや近畿大会等で入賞。卒業と同時にオランダへ単身自転車留学。クラブチームに所属し2年間を過ごす。89年に帰国して国内実業団チーム入りし、全日本選手権6位、ツール・ド・北海道総合9位などの成績を残し、92年にはプロを目指し再び欧州へ。95年にイギリスのF.S.MAESTROと契約。97年にトニステイナー(ベルギー。ランドバウクレジットの前身)へ移籍。99年にはロンド・ファン・フラーンデレンに日本人として初出場、翌2000年にはリエージュ~バストーニュ~リエージュ出場。2002年まで欧州で活動、9シーズンをプロとして走り700レース以上を経験。入賞回数は実に200レースほどに上る。2003年よりミヤタ・スバル、マルコポーロ、マトリックスパワータグ等で活動。2008年に選手を引退した後も「走り続けること」にこだわり、ブルベ、シクロクロスなどで精力的に活動している。
→三船雅彦公式サイト
聞き手は2人とほぼ同世代であり、前作C64のイタリアでの発表会に日本人ジャーナリストとして唯一出席したCW編集部の綾野がつとめる。C68に関してはコルナゴ社の指名により唯一のテストバイク供給と、オンラインにてプレゼンテーションを受けた。
綾野:C68はコルナゴ伝統のCの系譜を受け継ぐ特別なモデルということで、今日はわざわざ関西から「もっともふさわしい」お二人にお越しいただきました。当時所属したプロチームのジャージを着てのテストライドをしていただきましたが、C68の走りの感想を教えてください。
阿部:とても軽快に走りますね。ヒラヒラと取り回しが軽くて、かといって落ち着きが無いわけではなく、乗りやすい。ロードレーサーらしいロードレーサーですね。すごくオールラウンドに使えるロードバイク。
三船:ホントにそうですね。乗り味が素直でレースに向くフレーム。今のレースを走る時に扱いやすさを感じる。一方で独特感はそれほど強くは感じなかった。玄人でなくても扱える、癖が強くないことがどちらかというと意外な感じがしました。
阿部:そう、もう少し「いかついだろう」と思っていただけに。
三船:かつてのコルナゴのCシリーズはジオメトリーにしても特別な感じがあったんだけど、C68の乗り味はそこまでの強い個性の主張は感じないですね。これは誰が乗っても乗りやすく、マイナス点をつけにくいと思います。
阿部:でも、今もそうなのかもしれないけど、Cはやっぱりレース機材だと思うんです。スピードが上がれば上がるほど安定する感じがあった。かといってスピードが低いときも安定している。これだったらレーサーじゃない人が気軽なサイクリングに乗ってもいい。
三船:今のカーボンフレームに慣れて育ってきた若いレーサーにも違和感なく乗れるでしょうね。それは踏み出しの軽さであったり、ひらひらした軽快感であったり。そうした造りと味付けを狙っているんじゃないかな。
綾野: 今までCシリーズのラグドフレームの走りはよく「グイグイ進む」「重厚な走り」と言うような独特の形容がされてきました。そういった何か独特なフィーリングは感じますか?
三船:走りのテイストで言えば路線が変わった印象です。もっと重厚なイメージを想像していたけれど、重いイメージがなくて、軽快。今まではCシリーズとVシリーズがあって、それぞれ使い分けがあったけど、フィーリングはVと変わりなくて、僕からしたら「これがVでもいいでしょう」という感じ。
今までCは強度や剛性は高いけどちょっと重量があって、例えばグランツールのアルプス的な長く厳しい山岳ステージではプロ選手に敬遠される面はあった。でもこのC68なら「これで山岳ステージを走れ」と言われれば、全然イケる。もちろんワンデーレースや日本のレースでも十分戦える。むしろアクがなく、乗りこなしやすい。
阿部:かつてのCシリーズには「力があってスムーズに乗れる技術をもった人だけが乗りこなせる玄人向きバイクのイメージがありましたね。でもこれは誰でもすぐ乗りこなせますね。かつては乗る人を選んだのがCシリーズだけど、C68は乗る人を選ばない。
三船:今のトップ選手がバイクにそうした素直さを要求していないワケではなくて、逆にそれをレースで求めているのかもしれないですね。レースのスピードやコースの厳しさが変わってきている現代のレースの形態に合わせて、コルナゴはバイクを造り変えてきたのかも。
阿部:スローピングはそれほどきつくなく、今のバイクであってもトラディショナルなフォルムの印象を受けます。そんな形状からくる乗り心地は感じましたか?
三船:スローピングの加減はごくオーソドックスで、違和感は無いですね。フレームがコンパクトだとダンシングしたときのフリは軽くなるけれど、C68はごく自然な感じ。シートステー取り付け位置もそんなに下がっていないし、 今のバイクにしては特殊なフォルムではないですね。むしろ独自性を追求したバイクのほうが今は多くなっているから。
阿部:パイプの断面形状もおとなしくなって、V系に近くなった印象です。角の無い乗り心地はパイプ形状も関係あるでしょうね。
綾野:C68はレースで乗っても、イケますか?
三船:もうぜんぜんOK!。確かにコルナゴにはレースにフォーカスしたV-3Rsがあるけど、C68は超軽量ではないけれど、不利ではない。ヒルクライマーなど軽量さを求める人にはフレーム重量の数値で選ばれないことはあると思いますが、走りは軽いので不利になるようなことはないでしょうね。乗って重いわけじゃないので、これでヒルクライムに出場するのも自分はまったくOKです。
阿部:本当に自分の脚質にあったものを選ぶ人、数値じゃなく走りの質で選ぶ人ならレースバイクとしての選択肢にして良いと思います。レースバイクで大事なのは重さじゃないです。
三船:ディスクブレーキのバイクはステアリング特性がアンダー気味のほうが扱いやすい傾向があるけど、C68はスッと軽く反応する。ハンドリングは意外にクイックで、でも軽いだけとは違う扱い易さがある。そのなかにもCの性格を受け継いでいる感触で、昔からの設計の良さを継承しているのかな?
阿部:ディスク化、スルーアクスル化でホイールの剛性が上がり、かつ自転車全体の剛性が上がっているなかで、強度やレスポンスに対する感覚も変わってきていますよね。
三船:今のバイクは前に硬さを感じるものが多いけど、C68は前が滑らかで、全体のバランスがうまく取れている。オーバースピードでコーナーに侵入しても外に飛んでいく感じはないし、思いのまま曲がれる。こちらが思っていたCの先入観からすると肩透かしです。一日乗ると肩がパンパンに張るぐらい硬派なCも好きだったんだけど(笑)。
阿部:それは思いますね。「乗るライダーさんに合わせますよ」と、そちらから来てくれるイメージ(笑)。とはいってもライダーに近づいたけど、当時からの、こちらが扱わなくてはならないCの名残のようなものは感じます。V3Rsとは違う、アメリカンバイクとも違う独特の感覚は残っていますね。
三船:かつてのコルナゴのCは乗るための儀式のようなものが必要でしたよね。
阿部:そう。乗る前に一礼して「乗らせていただきます」みたいな(笑)。
三船:コルナゴのCに跨るのは「選ばれし者」でないといけなかったけど、C68は誰でも乗れる。クルマに例えれば、昔のスーパーカーは乗るのが難しかったけど、最新のスーパーカーは誰でも乗れるのが条件というか、定義になってきている。それと似ているかな(笑)。C68は強い選手がいきなり乗ってすぐに成績を出せるバイクになっている。乗りはじめの違和感がなかった 。
阿部:同感です。だから逆に「これがコルナゴのCか?」という違和感はありました。
綾野: 阿部さんは最近までC64に乗っていましたよね。比べてみてどうでしょう。
阿部:C64は素晴らしいバイクでしたが、C独特の気難しい感じはありましたね。剛性が高くて、スプリンターやパワーライダーが欲しがるようなスパルタンなバイクでした。「ちょっと気軽なサイクリングには乗れないなぁ」というような。「その辺を気ままにポタリングするような自転車をこれで組んじゃいけない」というような敷居の高さがあった(笑)。
サイクルショップ時代にお客さんに勧めるときにも、『そんじょそこらのブランドのバイクと一緒にしてもらっては困ります』と、ひと言断っていました(笑)。そんな敷居の高さがコルナゴCシリーズのアイデンティティだと感じていましたね。でも、ピナレロがずいぶん前から一般の人にも乗りやすい味付けになっていたので、イタリアンバイクであってもレーサーじゃない方が乗れるような性格は、今の設計の方向性なんでしょうね。
綾野:乗っていてラグド構造のフレームであることは感じますか?
阿部:う〜ん…。どのバイクもそうなんですが、構造や造りは走るのとはまた別のところのもので、走りのフィーリングからフレームの構造を感じとることは正直言って難しいですね。製法については「ハンドメイドという伝統を継承する」という意味合いが強いのではないかと思います。
綾野:C68は今までと同じようにエルネスト氏の自宅の下にある工房で、今までのCシリーズ専用の製造ラインを活かし、今までのベテランの職人たちで造っているそうです。
阿部:興味があるのは「ス・ミズーラ」と言われるオーダーメイドですね。自分がこのサイズ、ジオメトリーだとわかっている人がオーダーしたとき、その注文どおりにフレームが組み上がったときの格好良さや、身体に完全にフィットした自分だけの1台に乗った感じは、さすがに味わってみたいですね。ただ、何台か乗り継いで経験を積んだ人じゃないと、という前提になりますね。経験値から自分の求めるイメージが固まっている人なら。
綾野:オーダーでなくても選べる刻みのサイズバリエーションがありますし、小柄な人でも2サイズぐらいから選べるのは良い点ですね。
綾野:ハンドル周りのケーブル類はフル内蔵されていますが、フォークコラムはケーブルを収めるための切り欠きが設けられてるDシェイプなどではなく、丸コラムに戻っています。それはヘッド周りにボリュームをもたせたことと、ヘッドラグがチューブと一体となったことで設計上の余裕が生まれたからのようです。
三船:丸コラムになったことはいい方向に作用していて、ハンドルを切ってもケーブルが内部で抵抗になることが一切無かったのは好感が持てます。
綾野:DCSシステムに対応しているデダ社のハンドルも使用できるのはV3Rs等と同じです。
綾野:今回はハンドル&ステム別体式で組まれていましたが、今後リリースされる一体型ハンドルの形状が先進的で、今のレーサーたちの「コンパクトエアロ」なライディングポジションに合わせた設計とシェイプになっているんです。
上ハンドルが1cm相当狭く、下ハンドルがフレアしている。ブラケットポジションを前後に広く可変させられて、下ハンドルを持つときはより深いクラウチングスタイルをとれるようになっている。ステム長とハンドル広さ相当のサイズバリエーションも16種と非常に豊富で、フィット感が求められるハンドルとして申し分ないラインナップ。しかもワンピースモノコック構造でかなり軽量に仕上がっています。
阿部:サイズオーダー可能なフレームだけでなく、シェイプや今の乗り方やコンポに合わせたハンドル形状。フィットが決まったら最高の一台にできますね。
綾野:果たしてフレームメーカーがやることなのか、という気がしますが、どうもコルナゴのフレームに合わせたものを設計、依頼し、製造されているようです。例えばデダのSUPER BOXステムは先にコルナゴがオリジナルで用意し、その後デダから製品版が市販化される流れでした。協業するハンドルメーカーとの共同開発なのでしょうが、設計思想はコルナゴが主導しているのかもしれません。
阿部:僕はそうした乗り方をしないのでわからなくって。どんなカタチになるんでしょう?
綾野:まだ詳しく発表されておらず、オンラインプレゼンテーションを受けて分かったのは、ALL ROADは少し上体の起きた「ハイポジション」(エンデュランスジオメトリー)が採用され、35mmのワイドタイヤが入るクリアランスがあることぐらいです。GRAVELについてはまだ何も情報がありません。基本となるラグド製法については共通とのことです。
三船さんはブルベやシクロクロスも精力的に走られていますが、オールロードとグラベルモデルはどう展開していくことを期待しますか?
三船:ALL ROADが35mmタイヤ対応と聞けば「シクロクロスか?」と思ってしまいますよね。僕には太いタイヤのメリットがまだ良く見えないけれども、30Cといったタイヤが選択肢に入ってきたのは確かです。そうなると自転車の方向性が変わってくる。レース以外では25Cタイヤはもはや細いという見方もある。
ディスクブレーキ、スルーアクスルに加えて内幅21mmや23mmといったワイドリムとチューブレスのワイドタイヤの組み合わせに注目しています。それも刻々変わってきているから、今でも進化の過程にあると言える。僕は同時にローターのサイズも見直しています。小さなローターだと結局ブレーキをかけてる時間が長くなるから、今はフロント160mm、リア140mmで、リアも160mmにするのもアリだと思えてきた。そうなると確かにロードレーサーの枠から出つつある。
阿部:僕もディスクブレーキの導入はしましたが、三船さんのようにいろいろな乗り方を試してみないといけないですね。コルナゴのCもついにレースをしない一般サイクリストが乗る時代になったんでしょう。それにしてもオールロードとグラベルにも展開されるとは意外でしたね。
三船:プロ選手が今、何を欲っしているのかを知りたいですね。ハイエンドモデル=プロ選手が求めるものとすれば、勝つうえで必要ということ。今の走り方がこうなってきたのか? でも、グラベルに近づいていくのは方向性が別なのかな?というような疑問も。
阿部:コルナゴには限られた特別な人の要望に応えて、その人に乗ってもらいたいというような想いがあるのかもしれないですね。
綾野:僕が思うに今回のC68は、プロロードレーサーとの関係性は切って、ハイアマチュアの要望に応えていくというような方向性に舵を切ってきたのかな、と思っています。発表では「プロが使っている」「レースに実戦投入された」「選手とともに開発した」というコメントは一切無かったんです。
もちろんこの先にパリ〜ルーベに35Cタイヤを使うためにC68 ALLROADをベースにしたバイクを投入ということもあるかもしれないけれど、今までのところその気配は無かった。UAEエミレーツはV3Rsでパリ〜ルーベを走ったし、ポガチャルもロンド・ファン・フラーンデレンなど春のクラシックはV3Rsで好走した。V3Rsは30Cに近いワイドタイヤも使えますし。C68に関してはハイアマチュアの需要を追求している感じはありますね。
メインにレースで使うモデルは25Cタイヤを主に使うV3Rsとして、そことは切り分けていくのかもしれません。グラベルレースではトップ選手に乗せる可能性がありそうですが、コルナゴにはグラベルバイクのG3-Xがあり、昨年アンバウンドグラベルの女子レース優勝バイクにもなっています。
三船:コルナゴって流行っているモノを造るんじゃなくて、新たなものを先んじて提案してきますよね。ディスクロードの発表だって早かった。C68 ROADについてはトラディショナルですが、この先の展開含めて新しい世界観を提案してくるのかもしれません。
阿部:C68はまずロードとして完成していました。続く展開がどうなるかにも注目ですね。しかもそれがハンドメイドという伝統的な製造手法にこだわっているところがまた面白いと思います。
次項ではお二人が走った80〜90年代のレースを振り返りつつ、コルナゴCシリーズの系譜を紐解いていく対談をお届けします。
ライダープロフィール
阿部良之(あべ よしゆき) 1969年8月15日生まれ
大阪のクラブチーム 時代から実業団レースに参戦を始め、大阪工業大学卒業後にシマノレーシング加入。1996年にイタリアのプロチーム パナリア・ヴィナヴィルで欧州プロデビュー。翌97年にチーム合併により当時最強チームと謳われたマペイGBに加入し、ツール・ド・ポローニュでステージ優勝。国内では全日本プロロード選手権とジャパンカップで優勝(ジャパンカップ唯一の日本人優勝者)。2000年シドニー五輪ロードレース日本代表。2001年コルパック・アストロ、その後シマノレーシング、スキル・シマノ、シマノ・メモリーコープの選手として日欧で活動した。1995年 アジア選手権ロード優勝、1997・2000年全日本選手権ロード優勝、1999年全日本選手権個人TT優勝。サイクルショップ勤務を歴て現在は選手へのコーチングやバイクメンテナンス業務を行う「阿部自転車」として活動中。
→阿部自転車Facebook
三船雅彦(みふね まさひこ) 1969年1月8日生まれ
高校入学時に自転車競技を始め、インターハイや近畿大会等で入賞。卒業と同時にオランダへ単身自転車留学。クラブチームに所属し2年間を過ごす。89年に帰国して国内実業団チーム入りし、全日本選手権6位、ツール・ド・北海道総合9位などの成績を残し、92年にはプロを目指し再び欧州へ。95年にイギリスのF.S.MAESTROと契約。97年にトニステイナー(ベルギー。ランドバウクレジットの前身)へ移籍。99年にはロンド・ファン・フラーンデレンに日本人として初出場、翌2000年にはリエージュ~バストーニュ~リエージュ出場。2002年まで欧州で活動、9シーズンをプロとして走り700レース以上を経験。入賞回数は実に200レースほどに上る。2003年よりミヤタ・スバル、マルコポーロ、マトリックスパワータグ等で活動。2008年に選手を引退した後も「走り続けること」にこだわり、ブルベ、シクロクロスなどで精力的に活動している。
→三船雅彦公式サイト
聞き手は2人とほぼ同世代であり、前作C64のイタリアでの発表会に日本人ジャーナリストとして唯一出席したCW編集部の綾野がつとめる。C68に関してはコルナゴ社の指名により唯一のテストバイク供給と、オンラインにてプレゼンテーションを受けた。
綾野:C68はコルナゴ伝統のCの系譜を受け継ぐ特別なモデルということで、今日はわざわざ関西から「もっともふさわしい」お二人にお越しいただきました。当時所属したプロチームのジャージを着てのテストライドをしていただきましたが、C68の走りの感想を教えてください。
阿部:とても軽快に走りますね。ヒラヒラと取り回しが軽くて、かといって落ち着きが無いわけではなく、乗りやすい。ロードレーサーらしいロードレーサーですね。すごくオールラウンドに使えるロードバイク。
三船:ホントにそうですね。乗り味が素直でレースに向くフレーム。今のレースを走る時に扱いやすさを感じる。一方で独特感はそれほど強くは感じなかった。玄人でなくても扱える、癖が強くないことがどちらかというと意外な感じがしました。
阿部:そう、もう少し「いかついだろう」と思っていただけに。
三船:かつてのコルナゴのCシリーズはジオメトリーにしても特別な感じがあったんだけど、C68の乗り味はそこまでの強い個性の主張は感じないですね。これは誰が乗っても乗りやすく、マイナス点をつけにくいと思います。
阿部:でも、今もそうなのかもしれないけど、Cはやっぱりレース機材だと思うんです。スピードが上がれば上がるほど安定する感じがあった。かといってスピードが低いときも安定している。これだったらレーサーじゃない人が気軽なサイクリングに乗ってもいい。
三船:今のカーボンフレームに慣れて育ってきた若いレーサーにも違和感なく乗れるでしょうね。それは踏み出しの軽さであったり、ひらひらした軽快感であったり。そうした造りと味付けを狙っているんじゃないかな。
綾野: 今までCシリーズのラグドフレームの走りはよく「グイグイ進む」「重厚な走り」と言うような独特の形容がされてきました。そういった何か独特なフィーリングは感じますか?
三船:走りのテイストで言えば路線が変わった印象です。もっと重厚なイメージを想像していたけれど、重いイメージがなくて、軽快。今まではCシリーズとVシリーズがあって、それぞれ使い分けがあったけど、フィーリングはVと変わりなくて、僕からしたら「これがVでもいいでしょう」という感じ。
今までCは強度や剛性は高いけどちょっと重量があって、例えばグランツールのアルプス的な長く厳しい山岳ステージではプロ選手に敬遠される面はあった。でもこのC68なら「これで山岳ステージを走れ」と言われれば、全然イケる。もちろんワンデーレースや日本のレースでも十分戦える。むしろアクがなく、乗りこなしやすい。
阿部:かつてのCシリーズには「力があってスムーズに乗れる技術をもった人だけが乗りこなせる玄人向きバイクのイメージがありましたね。でもこれは誰でもすぐ乗りこなせますね。かつては乗る人を選んだのがCシリーズだけど、C68は乗る人を選ばない。
三船:今のトップ選手がバイクにそうした素直さを要求していないワケではなくて、逆にそれをレースで求めているのかもしれないですね。レースのスピードやコースの厳しさが変わってきている現代のレースの形態に合わせて、コルナゴはバイクを造り変えてきたのかも。
阿部:スローピングはそれほどきつくなく、今のバイクであってもトラディショナルなフォルムの印象を受けます。そんな形状からくる乗り心地は感じましたか?
三船:スローピングの加減はごくオーソドックスで、違和感は無いですね。フレームがコンパクトだとダンシングしたときのフリは軽くなるけれど、C68はごく自然な感じ。シートステー取り付け位置もそんなに下がっていないし、 今のバイクにしては特殊なフォルムではないですね。むしろ独自性を追求したバイクのほうが今は多くなっているから。
阿部:パイプの断面形状もおとなしくなって、V系に近くなった印象です。角の無い乗り心地はパイプ形状も関係あるでしょうね。
綾野:C68はレースで乗っても、イケますか?
三船:もうぜんぜんOK!。確かにコルナゴにはレースにフォーカスしたV-3Rsがあるけど、C68は超軽量ではないけれど、不利ではない。ヒルクライマーなど軽量さを求める人にはフレーム重量の数値で選ばれないことはあると思いますが、走りは軽いので不利になるようなことはないでしょうね。乗って重いわけじゃないので、これでヒルクライムに出場するのも自分はまったくOKです。
阿部:本当に自分の脚質にあったものを選ぶ人、数値じゃなく走りの質で選ぶ人ならレースバイクとしての選択肢にして良いと思います。レースバイクで大事なのは重さじゃないです。
三船:ディスクブレーキのバイクはステアリング特性がアンダー気味のほうが扱いやすい傾向があるけど、C68はスッと軽く反応する。ハンドリングは意外にクイックで、でも軽いだけとは違う扱い易さがある。そのなかにもCの性格を受け継いでいる感触で、昔からの設計の良さを継承しているのかな?
阿部:ディスク化、スルーアクスル化でホイールの剛性が上がり、かつ自転車全体の剛性が上がっているなかで、強度やレスポンスに対する感覚も変わってきていますよね。
三船:今のバイクは前に硬さを感じるものが多いけど、C68は前が滑らかで、全体のバランスがうまく取れている。オーバースピードでコーナーに侵入しても外に飛んでいく感じはないし、思いのまま曲がれる。こちらが思っていたCの先入観からすると肩透かしです。一日乗ると肩がパンパンに張るぐらい硬派なCも好きだったんだけど(笑)。
阿部:それは思いますね。「乗るライダーさんに合わせますよ」と、そちらから来てくれるイメージ(笑)。とはいってもライダーに近づいたけど、当時からの、こちらが扱わなくてはならないCの名残のようなものは感じます。V3Rsとは違う、アメリカンバイクとも違う独特の感覚は残っていますね。
三船:かつてのコルナゴのCは乗るための儀式のようなものが必要でしたよね。
阿部:そう。乗る前に一礼して「乗らせていただきます」みたいな(笑)。
三船:コルナゴのCに跨るのは「選ばれし者」でないといけなかったけど、C68は誰でも乗れる。クルマに例えれば、昔のスーパーカーは乗るのが難しかったけど、最新のスーパーカーは誰でも乗れるのが条件というか、定義になってきている。それと似ているかな(笑)。C68は強い選手がいきなり乗ってすぐに成績を出せるバイクになっている。乗りはじめの違和感がなかった 。
阿部:同感です。だから逆に「これがコルナゴのCか?」という違和感はありました。
綾野: 阿部さんは最近までC64に乗っていましたよね。比べてみてどうでしょう。
阿部:C64は素晴らしいバイクでしたが、C独特の気難しい感じはありましたね。剛性が高くて、スプリンターやパワーライダーが欲しがるようなスパルタンなバイクでした。「ちょっと気軽なサイクリングには乗れないなぁ」というような。「その辺を気ままにポタリングするような自転車をこれで組んじゃいけない」というような敷居の高さがあった(笑)。
サイクルショップ時代にお客さんに勧めるときにも、『そんじょそこらのブランドのバイクと一緒にしてもらっては困ります』と、ひと言断っていました(笑)。そんな敷居の高さがコルナゴCシリーズのアイデンティティだと感じていましたね。でも、ピナレロがずいぶん前から一般の人にも乗りやすい味付けになっていたので、イタリアンバイクであってもレーサーじゃない方が乗れるような性格は、今の設計の方向性なんでしょうね。
綾野:乗っていてラグド構造のフレームであることは感じますか?
阿部:う〜ん…。どのバイクもそうなんですが、構造や造りは走るのとはまた別のところのもので、走りのフィーリングからフレームの構造を感じとることは正直言って難しいですね。製法については「ハンドメイドという伝統を継承する」という意味合いが強いのではないかと思います。
綾野:C68は今までと同じようにエルネスト氏の自宅の下にある工房で、今までのCシリーズ専用の製造ラインを活かし、今までのベテランの職人たちで造っているそうです。
阿部:興味があるのは「ス・ミズーラ」と言われるオーダーメイドですね。自分がこのサイズ、ジオメトリーだとわかっている人がオーダーしたとき、その注文どおりにフレームが組み上がったときの格好良さや、身体に完全にフィットした自分だけの1台に乗った感じは、さすがに味わってみたいですね。ただ、何台か乗り継いで経験を積んだ人じゃないと、という前提になりますね。経験値から自分の求めるイメージが固まっている人なら。
綾野:オーダーでなくても選べる刻みのサイズバリエーションがありますし、小柄な人でも2サイズぐらいから選べるのは良い点ですね。
ケーブル完全内蔵とDCSシステム採用ステム&一体型ハンドル
綾野:ハンドル周りのケーブル類はフル内蔵されていますが、フォークコラムはケーブルを収めるための切り欠きが設けられてるDシェイプなどではなく、丸コラムに戻っています。それはヘッド周りにボリュームをもたせたことと、ヘッドラグがチューブと一体となったことで設計上の余裕が生まれたからのようです。
三船:丸コラムになったことはいい方向に作用していて、ハンドルを切ってもケーブルが内部で抵抗になることが一切無かったのは好感が持てます。
綾野:DCSシステムに対応しているデダ社のハンドルも使用できるのはV3Rs等と同じです。
綾野:今回はハンドル&ステム別体式で組まれていましたが、今後リリースされる一体型ハンドルの形状が先進的で、今のレーサーたちの「コンパクトエアロ」なライディングポジションに合わせた設計とシェイプになっているんです。
上ハンドルが1cm相当狭く、下ハンドルがフレアしている。ブラケットポジションを前後に広く可変させられて、下ハンドルを持つときはより深いクラウチングスタイルをとれるようになっている。ステム長とハンドル広さ相当のサイズバリエーションも16種と非常に豊富で、フィット感が求められるハンドルとして申し分ないラインナップ。しかもワンピースモノコック構造でかなり軽量に仕上がっています。
阿部:サイズオーダー可能なフレームだけでなく、シェイプや今の乗り方やコンポに合わせたハンドル形状。フィットが決まったら最高の一台にできますね。
綾野:果たしてフレームメーカーがやることなのか、という気がしますが、どうもコルナゴのフレームに合わせたものを設計、依頼し、製造されているようです。例えばデダのSUPER BOXステムは先にコルナゴがオリジナルで用意し、その後デダから製品版が市販化される流れでした。協業するハンドルメーカーとの共同開発なのでしょうが、設計思想はコルナゴが主導しているのかもしれません。
オールロードとグラベルモデルへの展開
綾野:オールロードやグラベルの展開についてはどう思いますか?阿部:僕はそうした乗り方をしないのでわからなくって。どんなカタチになるんでしょう?
綾野:まだ詳しく発表されておらず、オンラインプレゼンテーションを受けて分かったのは、ALL ROADは少し上体の起きた「ハイポジション」(エンデュランスジオメトリー)が採用され、35mmのワイドタイヤが入るクリアランスがあることぐらいです。GRAVELについてはまだ何も情報がありません。基本となるラグド製法については共通とのことです。
三船さんはブルベやシクロクロスも精力的に走られていますが、オールロードとグラベルモデルはどう展開していくことを期待しますか?
三船:ALL ROADが35mmタイヤ対応と聞けば「シクロクロスか?」と思ってしまいますよね。僕には太いタイヤのメリットがまだ良く見えないけれども、30Cといったタイヤが選択肢に入ってきたのは確かです。そうなると自転車の方向性が変わってくる。レース以外では25Cタイヤはもはや細いという見方もある。
ディスクブレーキ、スルーアクスルに加えて内幅21mmや23mmといったワイドリムとチューブレスのワイドタイヤの組み合わせに注目しています。それも刻々変わってきているから、今でも進化の過程にあると言える。僕は同時にローターのサイズも見直しています。小さなローターだと結局ブレーキをかけてる時間が長くなるから、今はフロント160mm、リア140mmで、リアも160mmにするのもアリだと思えてきた。そうなると確かにロードレーサーの枠から出つつある。
阿部:僕もディスクブレーキの導入はしましたが、三船さんのようにいろいろな乗り方を試してみないといけないですね。コルナゴのCもついにレースをしない一般サイクリストが乗る時代になったんでしょう。それにしてもオールロードとグラベルにも展開されるとは意外でしたね。
三船:プロ選手が今、何を欲っしているのかを知りたいですね。ハイエンドモデル=プロ選手が求めるものとすれば、勝つうえで必要ということ。今の走り方がこうなってきたのか? でも、グラベルに近づいていくのは方向性が別なのかな?というような疑問も。
阿部:コルナゴには限られた特別な人の要望に応えて、その人に乗ってもらいたいというような想いがあるのかもしれないですね。
綾野:僕が思うに今回のC68は、プロロードレーサーとの関係性は切って、ハイアマチュアの要望に応えていくというような方向性に舵を切ってきたのかな、と思っています。発表では「プロが使っている」「レースに実戦投入された」「選手とともに開発した」というコメントは一切無かったんです。
もちろんこの先にパリ〜ルーベに35Cタイヤを使うためにC68 ALLROADをベースにしたバイクを投入ということもあるかもしれないけれど、今までのところその気配は無かった。UAEエミレーツはV3Rsでパリ〜ルーベを走ったし、ポガチャルもロンド・ファン・フラーンデレンなど春のクラシックはV3Rsで好走した。V3Rsは30Cに近いワイドタイヤも使えますし。C68に関してはハイアマチュアの需要を追求している感じはありますね。
メインにレースで使うモデルは25Cタイヤを主に使うV3Rsとして、そことは切り分けていくのかもしれません。グラベルレースではトップ選手に乗せる可能性がありそうですが、コルナゴにはグラベルバイクのG3-Xがあり、昨年アンバウンドグラベルの女子レース優勝バイクにもなっています。
三船:コルナゴって流行っているモノを造るんじゃなくて、新たなものを先んじて提案してきますよね。ディスクロードの発表だって早かった。C68 ROADについてはトラディショナルですが、この先の展開含めて新しい世界観を提案してくるのかもしれません。
阿部:C68はまずロードとして完成していました。続く展開がどうなるかにも注目ですね。しかもそれがハンドメイドという伝統的な製造手法にこだわっているところがまた面白いと思います。
次項ではお二人が走った80〜90年代のレースを振り返りつつ、コルナゴCシリーズの系譜を紐解いていく対談をお届けします。
提供:コルナゴ・ジャパン(アキボウ)、text&photo:綾野 真