2016/11/09(水) - 09:04
楽しいレースの一日を一瞬で辛い思い出へと変えてしまう落車。「全ての参加者に笑顔で帰って欲しい」と願うシマノ鈴鹿ロードレースの取り組みについて、紹介しましょう。
楽しい一日が台無しになってしまう落車
技量卓抜したプロ選手であっても、落車することは稀ではない photo:Makoto.AYANOロードレースとは切っても切れない「落車」。選手としても遭遇したくないアクシデントであり、レース主催者にとっても起こって欲しくないもの。ロードレースを楽しみ充実した週末を送るはずが、落車によって病院に送られてしまっては、レースは楽しいものでなく辛く苦しい思い出となってしまう。
近年のロードバイクブームによって、集団走行やレースでの作法に不慣れな初心者がレースに参加することで、以前では考えられなかったような落車を引き起こしている、という指摘もある。特に競技団体に登録することが不要なホビーレースやエンデューロイベントでは、そういった事例も散見される。
しかし、不安定な2輪車が密集した状態で走る以上、落車が起きることはほぼ必然だといえるだろう。実際、高い技量をもつプロレーサーの集団であっても当たり前のように落車は発生し、レースの展開に影響を与え、最悪選手の生命を奪うこともある。ロードレースは生来危険なスポーツなのだ。
逆説的にいえば、そのリスクを受け入れてでも、走るに値する魅力があるのがロードレースである。しかし、仕事や学業のあるホビーレーサーにとって、週末の余暇活動で骨折するなんてもってのほか。同僚や家族に迷惑を掛けることになるし、なによりやはり痛いのは嫌だ。
そんな嫌なアクシデントを起こさないようにし、起きてしまったとしてもその影響を最小限にとどめるための取り組みがレースイベントの「安全対策」だ。選手が安心して走るため、そして笑顔で帰るために、レース主催者はさまざまな対策を練っている。
中でも進んだ取り組みを行っているイベントがある。そう、日本最大のホビーレース、「シマノ鈴鹿ロードレース」だ。老若男女、ビギナーからベテラン、ひいてはプロ選手までありとあらゆるレベルのサイクリストが一堂に会する2日間を無事に過ごすため、シマノが行っているさまざまな対策を見てみよう。
さて、「安全対策」とは、2つに大別することができる。1つは、落車や事故を起こさないように未然に防ぐための取り組み。もう1つは、起きてしまったアクシデントに対して迅速に対応するための取り組み。この2つが両輪となって、安全で安心なレースイベントが実現する。
前者に挙げられるのは初心者講習会やコースレイアウト、会場アナウンスなど。後者としては、モトバイクや立哨員や無線、コントロールタワーによる即応体制、救護室といったものが挙げられるだろう。
集団走行と鈴鹿サーキットの基本を学ぶ 体験レース&初心者講習会
図や写真を交えて、分かりやすく解説をしてくれる初心者講習会
もっとも分かりやすい事前の安全対策の一つが、この体験レース&初心者講習会。講習会を受けた後に、実際に順位を競わない形でサーキットを走り、集団走行を体験するという趣旨の取り組みである。体験レース参加者には講習会の受講が義務付けられているが、ほかのレースへの参加者も講習会を受けることは出来る。
フラットな語り口で説明してくれる広報課の江原氏
真剣な表情で聞き入る受講者たち
気をつけるべきポイントをまとめたステッカーを配布していた 講習会の講師を務めるのはシマノレーシングの元選手であり、バルセロナ五輪の出場経験もある江原さん。その内容は基本的な集団走行のマナーや、シマノ鈴鹿での落車多発ポイントとその対策まで非常に実践的。
難しい専門用語を使わず、フラットな語り口で説明してくれる江原さんのトークは、初心者にとっても頭に入ってきやすい。
「ただ、講習会をやりました、では全く意味がないんです。講習会に参加されている方に、内容全てをしっかりと届けたい。以前は試走時間中にコースを回りながらレクチャーするという試みもしていましたが、話をしっかりと聞いてもらうことができる環境ではなかったので、今は取りやめています。その分、試走は試走でみっちりと走ってもらってコースを覚えてもらう、講習会は講習会で集中して受講してもらう。そうすることで、受講する人にしっかりと納得してもらいたいんです。」と語る江原さん。
「講習会でも『この動きは危ない』『このコーナーは気をつけろ』ということだけを伝えているわけではないんです。なぜ、その動きを集団内でするのは危険なのか、なぜ、そのコーナーが事故が多発するのか。必ず理由をセットにしてレクチャーしているんです。そうして伝えたほうが腑に落ちやすいですし、その先でも応用が利く知識として役立つはずです。」
実際、講義を聞いていても非常にわかりやすく、また納得できる内容。危険を避けて安全に走ることは、結果的に力を使わずにスムーズに走ることに繋がる。コースを通しての集団の動き方をレクチャーしてくれるこの講座は初心者のみならず、レース経験者が受講しても学ぶところはとても多いだろう。
落車のリスクを減らすコースレイアウト
世界的な有名な鈴鹿サーキット。F1ドライバーにとってもチャレンジングなコースとして認識されている難コースだが、自転車レースにおいてもいくつかテクニカルな箇所がある。その一つが立体交差をくぐり抜けたあとの左コーナーである「デグナーコーナー」だ。
見た目以上に曲率が高く、登り返しの入り口ということでポジションを上げようとする動きが活発になるこのコーナー、例年落車発生数が非常に多いということで、数年前からある対策が施されるようになった。それは、カラーコーンでコース幅を狭めるという施策である。
コースの様子を知るために効果的な試走
コースを狭めるというと、むしろ危険度が上がるのでは?と思う方も多いだろう。しかし、実際に通ることができるラインを可視化することで、無理なポジション取りの抑制に繋がり、結果的に事故件数は減少したという。
この、「あえてコース幅を狭める」試みは、ゴールスプリントの直前となる第1コーナーに取り入れられたのが始まりである。このコーナーにおいても、ゴールスプリントに向けた熾烈なポジション争いが落車に繋がっていた状況を解決したのだという。
毎年の大会において、落車の記録を残し、「どこで」「何件」「どういった理由で」落車が発生したのかを分析し、対策を打つ。「来年の大会の準備は、今年の大会が終わった時から始まっているんです」とは江原さん。蓄積したデータに対し、適切なフィードバックを返すのは、開発力を源泉とするシマノらしさが溢れる大会運営だといえる。
参加者とのコミュニケーション窓口となるMC術
大会会場において、運営側と参加者が直接コミュニケーションをとる手段は少ないもの。その中でもっとも大きなものが各種情報をアナウンスしてくれる大会MCだ。長丁場のイベントにおいて、レースを盛り上げるだけでなく、MCには重要なアナウンスを的確に伝えることが求められる。
大会を支えてくれた3人のMC陣
今大会でMCを担われたのは、各地のレースやイベントでMCを務めるDJがらぱさんと絹代さん、そしてシマノレーシングの監督やスキルシマノのコーチを歴任してきた今西尚志さんの3人。メインの進行をがらぱさんが担当し、絹代さんが場内アナウンス系、今西さんがレースのテクニカルな解説を行うというような大まかな分担がありつつ、3人の掛け合いによって、大会は進んでいった。
3名のMCが大会を支える
左から絹代さん、がらぱさん、今西さん 「MCを預かる上で、安全対策というのはとても意識しているんです。」とはメインMCを務めるがらぱさん。「そのために、まず第一歩となるのがアナウンスに注意を払ってもらうことなんです。いくら大切な事を話しても、聞いてもらえないと何も話していないことと同じなんですよね。だから、あれはダメこれはダメ、という否定的な話はしないんです。『うるさいやつだな』と思われたら、もう聞いてもらえないですから。
出走前のライダースミーティングでも、あまり事細かなことを口うるさく話したりはしないようにしています。そのなかで本当に大切なこと、例えばヘルメットのあごひもは締めてますか?なんて声を掛けるとみなさんしっかりと確認してもらえるんです。ルールというものを押しつけるのではなく、自分からルールがなぜ必要なのか考えてもらったり、その大切さに気づいてもらうような呼びかけを心がけていますね。」
一方で、場内アナウンスを中心にサポートを務める絹代さんは「がらぱさんがいれば完璧なんですが」と前置きしながら、「ずっと1人で話しているのは、変化がつかないんですよね。疲れるというのもありますけど、声音が変わるとやっぱりそこでふと注意が向くんですよ。メインでがらぱさんが参加者の方を応援しているところで、レースの進行に関係の無い集合時刻や救護所への呼び出しといったアナウンスを私が、そしてレースのテクニカルな部分を男性の今西さんが担当することで、アクセントがついて耳に入るように分担しています。」と語ってくれた。
そして、レースの実況をメインで務める今西さん。「元選手ということで、走る人の目線に立った案内を心がけていますね。安全にレースを楽しんで、無事に家に帰ってもらうためには、落車が一番避けたいことじゃないですか。選手時代に培ったノウハウや色々な注意事項があるので、それをお伝えしていければ」と、3人がそれぞれの役割をしっかりと担っているのがシマノ鈴鹿のMC陣なのだ。
このようにして、参加者の安全に対して注意を呼び掛け、落車をできるだけ減らそうという試みを続けるシマノ鈴鹿だが、それでもやはりアクシデントは起こってしまうもの。しかし、その被害を最小限にとどめるための取り組みもまた、重要な部分である。
コースの異常に即応する車両部隊&固定監察 それを支える無線体制と”スマココ”
先導を務めるモト
入念に打ち合わせるモトスタッフ
コースを見守る監察スタッフ
全長5kmに及ぶ鈴鹿サーキット。そのコース上、いつどこで起きるかわからない落車に即座に対応し、安全を確保するために、移動監察のモトをはじめとした車両部隊と固定監察がくまなく配置されている。真夏に開催するということもあり、固定監察ポストにはパラソルやクーラーボックスなど快適に過ごすための工夫が凝らされ、いざという時にきちんと動けるような配慮がされている。
一方、迅速な機動力を発揮する車両部隊は、15台でローテーションを組むモト隊をはじめ、コース上の4箇所に配置された収容車、そしてサーキット所有の救急車によって構成される。そして、アクシデントが起こった際には即座に対応するため、無線によって密な連絡体制が築かれており、本部からの指示に従って現場へと急行する。
救急車が迅速に受傷者を救護室へと搬送する
スマココによって、コース上の状況がリアルタイムで把握できるようになった
モトや監察などコース上のスタッフを統括する遠矢氏
綿密に練られたスケジュール表に従って、レースが進んでいく
そういった監察スタッフの動きを統括する遠矢さんにお話しを伺った。「できるだけ迅速にアクシデントへと対応するキモとなるのが無線ですね。大会本部で対応状況を把握する指令室があって、同時多発的に事故が起きたとしても、きちんと交通整理をした状態で指示が出せるような体制を組んでいます。無線でのやりとりも、出来るだけ簡潔にすることで聞き取り間違いを防ぐ一方、必要な情報は網羅できるように規格化しています。事故の地点、道路の左右、対応が必要な人数、救急車の要不要。この4点を漏らさず伝えるように、マニュアル化しています。」
そしてもう一点、昨年からシャープの提供するGPS位置情報サービス”スマココ”を導入することで、更に迅速な対応が可能になったという。「収容車やモトに端末を持ってもらうことで、彼らの位置がリアルタイムで把握できるようになりました。また、彼らも他のスタッフの位置が分かるので、現場で正確な判断を下すことが出来るようになったことも大きいですね。昨年導入して以来、無線の頻度はかなり減りましたが、事故への対応速度は上がっています」とのことだった。
同時に複数のレースが動く、複雑なスケジュールを運営するシマノ鈴鹿にとって、迅速な事故対応は安全な大会運営に直結する。落車の対応が遅れ、次のレースの集団が来てしまうと更なる落車を誘発する恐れもあるからだ。見えないところだが、競技者の安全のために動く緊張感が伝わってきた。
コースを俯瞰で把握するコントロールタワー
映画に出てきそうな多面モニターの前で、レース状況を把握する
角度やズームイン、ズームアウトなどの操作も自由自在
スタッフの配置をまとめた資料 一方、視覚的にコース全体を把握することができるのがコントロールタワーだ。全コースを死角なく、リアルタイムカメラによって監視することが出来るコントロールタワーは、F1も開催できる鈴鹿サーキットならではの施設。
無線やスマココでは伝わり切らない部分があった時、即座に情報を補完できるのはコントロールタワーの情報があってこそ。カメラは角度やズームイン、ズームアウトも自由自在となっており、事故の詳細な状況も把握できるほどの解像度を持っている他、巻き戻しもできるため落車の原因も把握できる。
どのレースの集団がどのあたりにいるのか、集団の速度差なども手に取るように分かるため、遅い集団が速い集団を追い越すようなシーンでも、コントロールタワーが前もって警告することで、モトが余裕を持って対応することが出来るのだ。
参加者にとっては、ピットなどでモニターに映っている中継映像として、コースカメラの映像は提供されている。安全面はもちろん、サービスの一環としても役立てられているのだ。
F1のクラッシュにも対応する救護室
救護室に詰める医療スタッフも充実しているのが、シマノ鈴鹿ロードレース
そして、落車した参加者が運ばれてくる救護室。イベントによっては、テントに最低限の救護セットが用意されている、というところも多いだろうが、シマノ鈴鹿は違う。重症度が段違いであるモータースポーツへ対応することができる鈴鹿サーキットの救護室には、医師が4名、看護士が4名待機しており、最適な処置を行ってくれる。
応急処置だけでなく、麻酔やレントゲン撮影など、かなり本格的な治療行為も可能となっているため、よほどのことが無い限り救護室にて対応可能だという。また、今回はシマノレーシングに帯同した経験もある医師が詰めている時間もあり、自転車特有の受傷にもしっかりと対応できる体制が整えられている。
病院並みのしっかりとした設備が整った救護室
レントゲン撮影も可能なのだ
救護室のすぐ横には緊急用のヘリポートが設置されている
大会を統括する射手矢氏 日本で開催されている大会の中でも、ここまでしっかりとした体制を作り上げている大会は、ほとんど無いだろう。なぜ、ここまでの取り組みを行うのか。大会運営を統括するシマノイベント課の射手矢さんにお話しを伺った。
「私たちが最も大切にしているのは『安全安心に、みなさんに家へと帰っていただく』ということなんです。初心者講習会でもお伝えしていることですが、とにかく健康な状態で、家に帰ってお風呂に入って、来年はあそこを攻めよう、もっと長いカテゴリーに出よう、なんて考えることを一番の目標にしてほしいんです。レースが面白い、面白くないというご意見もあろうかとは思うのですが、やっぱりご家族の方にご心配を掛けないことが、一番大切だと考えています。
そのために、実は定員を減らしていたりもするんですよ。密度を減らして、事故の可能性を下げています。無事に帰っていただくために、ありとあらゆる取り組みをしています。来年も、今年の反省を持って更に安全な大会として開催していきたいですね。年々暑くなっているので、熱中症も増えています。睡眠時間も十分にとって、万全に体調を整えてシマノ鈴鹿ロードを来年も楽しんでください。」
参加者からは見えづらい、大会の裏側。しかし、自転車レースという遊びを安心して楽しむことができるように、様々な努力が行われている。次に出場するイベントを決める時、こういった安全面へも想いを巡らしてみても良いかもしれない。
text&photo:Naoki.YASUOKA
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しかし、不安定な2輪車が密集した状態で走る以上、落車が起きることはほぼ必然だといえるだろう。実際、高い技量をもつプロレーサーの集団であっても当たり前のように落車は発生し、レースの展開に影響を与え、最悪選手の生命を奪うこともある。ロードレースは生来危険なスポーツなのだ。
逆説的にいえば、そのリスクを受け入れてでも、走るに値する魅力があるのがロードレースである。しかし、仕事や学業のあるホビーレーサーにとって、週末の余暇活動で骨折するなんてもってのほか。同僚や家族に迷惑を掛けることになるし、なによりやはり痛いのは嫌だ。
そんな嫌なアクシデントを起こさないようにし、起きてしまったとしてもその影響を最小限にとどめるための取り組みがレースイベントの「安全対策」だ。選手が安心して走るため、そして笑顔で帰るために、レース主催者はさまざまな対策を練っている。
中でも進んだ取り組みを行っているイベントがある。そう、日本最大のホビーレース、「シマノ鈴鹿ロードレース」だ。老若男女、ビギナーからベテラン、ひいてはプロ選手までありとあらゆるレベルのサイクリストが一堂に会する2日間を無事に過ごすため、シマノが行っているさまざまな対策を見てみよう。
さて、「安全対策」とは、2つに大別することができる。1つは、落車や事故を起こさないように未然に防ぐための取り組み。もう1つは、起きてしまったアクシデントに対して迅速に対応するための取り組み。この2つが両輪となって、安全で安心なレースイベントが実現する。
前者に挙げられるのは初心者講習会やコースレイアウト、会場アナウンスなど。後者としては、モトバイクや立哨員や無線、コントロールタワーによる即応体制、救護室といったものが挙げられるだろう。
集団走行と鈴鹿サーキットの基本を学ぶ 体験レース&初心者講習会
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「ただ、講習会をやりました、では全く意味がないんです。講習会に参加されている方に、内容全てをしっかりと届けたい。以前は試走時間中にコースを回りながらレクチャーするという試みもしていましたが、話をしっかりと聞いてもらうことができる環境ではなかったので、今は取りやめています。その分、試走は試走でみっちりと走ってもらってコースを覚えてもらう、講習会は講習会で集中して受講してもらう。そうすることで、受講する人にしっかりと納得してもらいたいんです。」と語る江原さん。
「講習会でも『この動きは危ない』『このコーナーは気をつけろ』ということだけを伝えているわけではないんです。なぜ、その動きを集団内でするのは危険なのか、なぜ、そのコーナーが事故が多発するのか。必ず理由をセットにしてレクチャーしているんです。そうして伝えたほうが腑に落ちやすいですし、その先でも応用が利く知識として役立つはずです。」
実際、講義を聞いていても非常にわかりやすく、また納得できる内容。危険を避けて安全に走ることは、結果的に力を使わずにスムーズに走ることに繋がる。コースを通しての集団の動き方をレクチャーしてくれるこの講座は初心者のみならず、レース経験者が受講しても学ぶところはとても多いだろう。
落車のリスクを減らすコースレイアウト
世界的な有名な鈴鹿サーキット。F1ドライバーにとってもチャレンジングなコースとして認識されている難コースだが、自転車レースにおいてもいくつかテクニカルな箇所がある。その一つが立体交差をくぐり抜けたあとの左コーナーである「デグナーコーナー」だ。
見た目以上に曲率が高く、登り返しの入り口ということでポジションを上げようとする動きが活発になるこのコーナー、例年落車発生数が非常に多いということで、数年前からある対策が施されるようになった。それは、カラーコーンでコース幅を狭めるという施策である。
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この、「あえてコース幅を狭める」試みは、ゴールスプリントの直前となる第1コーナーに取り入れられたのが始まりである。このコーナーにおいても、ゴールスプリントに向けた熾烈なポジション争いが落車に繋がっていた状況を解決したのだという。
毎年の大会において、落車の記録を残し、「どこで」「何件」「どういった理由で」落車が発生したのかを分析し、対策を打つ。「来年の大会の準備は、今年の大会が終わった時から始まっているんです」とは江原さん。蓄積したデータに対し、適切なフィードバックを返すのは、開発力を源泉とするシマノらしさが溢れる大会運営だといえる。
参加者とのコミュニケーション窓口となるMC術
大会会場において、運営側と参加者が直接コミュニケーションをとる手段は少ないもの。その中でもっとも大きなものが各種情報をアナウンスしてくれる大会MCだ。長丁場のイベントにおいて、レースを盛り上げるだけでなく、MCには重要なアナウンスを的確に伝えることが求められる。
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出走前のライダースミーティングでも、あまり事細かなことを口うるさく話したりはしないようにしています。そのなかで本当に大切なこと、例えばヘルメットのあごひもは締めてますか?なんて声を掛けるとみなさんしっかりと確認してもらえるんです。ルールというものを押しつけるのではなく、自分からルールがなぜ必要なのか考えてもらったり、その大切さに気づいてもらうような呼びかけを心がけていますね。」
一方で、場内アナウンスを中心にサポートを務める絹代さんは「がらぱさんがいれば完璧なんですが」と前置きしながら、「ずっと1人で話しているのは、変化がつかないんですよね。疲れるというのもありますけど、声音が変わるとやっぱりそこでふと注意が向くんですよ。メインでがらぱさんが参加者の方を応援しているところで、レースの進行に関係の無い集合時刻や救護所への呼び出しといったアナウンスを私が、そしてレースのテクニカルな部分を男性の今西さんが担当することで、アクセントがついて耳に入るように分担しています。」と語ってくれた。
そして、レースの実況をメインで務める今西さん。「元選手ということで、走る人の目線に立った案内を心がけていますね。安全にレースを楽しんで、無事に家に帰ってもらうためには、落車が一番避けたいことじゃないですか。選手時代に培ったノウハウや色々な注意事項があるので、それをお伝えしていければ」と、3人がそれぞれの役割をしっかりと担っているのがシマノ鈴鹿のMC陣なのだ。
このようにして、参加者の安全に対して注意を呼び掛け、落車をできるだけ減らそうという試みを続けるシマノ鈴鹿だが、それでもやはりアクシデントは起こってしまうもの。しかし、その被害を最小限にとどめるための取り組みもまた、重要な部分である。
コースの異常に即応する車両部隊&固定監察 それを支える無線体制と”スマココ”
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全長5kmに及ぶ鈴鹿サーキット。そのコース上、いつどこで起きるかわからない落車に即座に対応し、安全を確保するために、移動監察のモトをはじめとした車両部隊と固定監察がくまなく配置されている。真夏に開催するということもあり、固定監察ポストにはパラソルやクーラーボックスなど快適に過ごすための工夫が凝らされ、いざという時にきちんと動けるような配慮がされている。
一方、迅速な機動力を発揮する車両部隊は、15台でローテーションを組むモト隊をはじめ、コース上の4箇所に配置された収容車、そしてサーキット所有の救急車によって構成される。そして、アクシデントが起こった際には即座に対応するため、無線によって密な連絡体制が築かれており、本部からの指示に従って現場へと急行する。
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そういった監察スタッフの動きを統括する遠矢さんにお話しを伺った。「できるだけ迅速にアクシデントへと対応するキモとなるのが無線ですね。大会本部で対応状況を把握する指令室があって、同時多発的に事故が起きたとしても、きちんと交通整理をした状態で指示が出せるような体制を組んでいます。無線でのやりとりも、出来るだけ簡潔にすることで聞き取り間違いを防ぐ一方、必要な情報は網羅できるように規格化しています。事故の地点、道路の左右、対応が必要な人数、救急車の要不要。この4点を漏らさず伝えるように、マニュアル化しています。」
そしてもう一点、昨年からシャープの提供するGPS位置情報サービス”スマココ”を導入することで、更に迅速な対応が可能になったという。「収容車やモトに端末を持ってもらうことで、彼らの位置がリアルタイムで把握できるようになりました。また、彼らも他のスタッフの位置が分かるので、現場で正確な判断を下すことが出来るようになったことも大きいですね。昨年導入して以来、無線の頻度はかなり減りましたが、事故への対応速度は上がっています」とのことだった。
同時に複数のレースが動く、複雑なスケジュールを運営するシマノ鈴鹿にとって、迅速な事故対応は安全な大会運営に直結する。落車の対応が遅れ、次のレースの集団が来てしまうと更なる落車を誘発する恐れもあるからだ。見えないところだが、競技者の安全のために動く緊張感が伝わってきた。
コースを俯瞰で把握するコントロールタワー
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無線やスマココでは伝わり切らない部分があった時、即座に情報を補完できるのはコントロールタワーの情報があってこそ。カメラは角度やズームイン、ズームアウトも自由自在となっており、事故の詳細な状況も把握できるほどの解像度を持っている他、巻き戻しもできるため落車の原因も把握できる。
どのレースの集団がどのあたりにいるのか、集団の速度差なども手に取るように分かるため、遅い集団が速い集団を追い越すようなシーンでも、コントロールタワーが前もって警告することで、モトが余裕を持って対応することが出来るのだ。
参加者にとっては、ピットなどでモニターに映っている中継映像として、コースカメラの映像は提供されている。安全面はもちろん、サービスの一環としても役立てられているのだ。
F1のクラッシュにも対応する救護室
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そして、落車した参加者が運ばれてくる救護室。イベントによっては、テントに最低限の救護セットが用意されている、というところも多いだろうが、シマノ鈴鹿は違う。重症度が段違いであるモータースポーツへ対応することができる鈴鹿サーキットの救護室には、医師が4名、看護士が4名待機しており、最適な処置を行ってくれる。
応急処置だけでなく、麻酔やレントゲン撮影など、かなり本格的な治療行為も可能となっているため、よほどのことが無い限り救護室にて対応可能だという。また、今回はシマノレーシングに帯同した経験もある医師が詰めている時間もあり、自転車特有の受傷にもしっかりと対応できる体制が整えられている。
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


「私たちが最も大切にしているのは『安全安心に、みなさんに家へと帰っていただく』ということなんです。初心者講習会でもお伝えしていることですが、とにかく健康な状態で、家に帰ってお風呂に入って、来年はあそこを攻めよう、もっと長いカテゴリーに出よう、なんて考えることを一番の目標にしてほしいんです。レースが面白い、面白くないというご意見もあろうかとは思うのですが、やっぱりご家族の方にご心配を掛けないことが、一番大切だと考えています。
そのために、実は定員を減らしていたりもするんですよ。密度を減らして、事故の可能性を下げています。無事に帰っていただくために、ありとあらゆる取り組みをしています。来年も、今年の反省を持って更に安全な大会として開催していきたいですね。年々暑くなっているので、熱中症も増えています。睡眠時間も十分にとって、万全に体調を整えてシマノ鈴鹿ロードを来年も楽しんでください。」
参加者からは見えづらい、大会の裏側。しかし、自転車レースという遊びを安心して楽しむことができるように、様々な努力が行われている。次に出場するイベントを決める時、こういった安全面へも想いを巡らしてみても良いかもしれない。
text&photo:Naoki.YASUOKA
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