連載でお伝えしている中田尚志さんによるアメリカ遠征レポート。第3回となる本編では渡米の最大の目的であった、パワートレーニングセミナー受講の模様をお伝えする。トップ選手を多く輩出する、最先端のパワートレーニング論とは?



USAC外観USAC外観 USACのエントランスUSACのエントランス


週末にボウルダーから2時間弱のドライブを経てコロラドスプリングスにあるUSAC(アメリカ自転車競技連盟)本部で2日間に渡って行なわれたパワートレーニングセミナーに参加しました。

講義を行うハンター・アレン氏講義を行うハンター・アレン氏 講師は日本でも翻訳されているTraining and Racing With a Power Meter(邦題パワー・トレーニング・バイブル)の著者ハンター・アレン(Hunter Allen)氏と東ミシガン大学助教授でrTSSの発明者であるスティーブ・マクレガー氏(Stephen McGregor)。

ペダリング解析の説明ペダリング解析の説明 過去5年以上、日本で辞書を片手にハンター氏の著書や記事を読み漁っていた自分にとっては夢のような機会です。早めにUSACの駐車場に到着し前夜に考えた、この機会を与えて頂いた事に対するハンター氏への感謝の挨拶文を暗記していたら、後から当のハンター氏が・・・。

「よお。タカシ!よく来たね。」と言われ振り返った瞬間に内容がすっかり吹っ飛び「あ~初めまして。お会いできて嬉しいです。」程度の英語しか口から出てこなかった時には「僕は果たしてセミナーについて行けるのだろうか?」と不安になったのは言うまでもありません。

セミナーは「これで初心者向けなの?」と思うほどに深く、私の英語力では少々難解な部分もあったものの、日本から来て良かったと思える内容でした。

セミナー参加者向けの補給食セミナー参加者向けの補給食 主なセミナーの内容は、パワーとは何か?に始まり、ワークアウトファイルの分析方法、パワーベースのワークアウトをどう組み立てるか?、フィットネスレベル変遷の管理法、アベレージパワーの先へ、TSSを利用したピーキング...。2日間の内容を全て紹介するのは難しいのですが、質疑応答の中であった実践的な内容を少しご紹介します。

セミナーの後は参加者で乾杯!セミナーの後は参加者で乾杯! ・全てのライドを1秒単位で記録しよう。正確なデータを収集する事は、正確な練習内容の決定に役立つ。全てのライドが来るべきレースの結果に影響する。

・キャリブレーション(校正)…パワーメーターの心臓部ストレインゲージは、気温により精度が変化するので、気温差の激しいロングライドなどでは途中でキャリブレーション(校正)を行なったほうが良い。

・楕円ギアは計測の正確性に影響を与えるか? パワーメーターによる。パワーはスピードxトルクで算出される。楕円ギアのペダル速度の変動とトルク変動とが位相遅れとなり正確性に影響するメーターもある。

・各時間単位(5秒・30秒・1分・5分・20分)の出力を把握すること。

・把握した時間単位の出力を上げる事ばかりにとらわれず、回復力やペダリング技術など全体的なパフォーマンスの向上を目指すのが重要

・ピーキングについて シーズン中最も重要なレースでピークに持って行くには1.5ヶ月ほど前から追い込みにはいり最後の2週間はテーパリングに入る。ここで重要なのは距離は減らすが強度は維持すること。殆どのライダーは追い込みに入るのが遅すぎレース直前まで練習し過ぎる。トレーニングの効果は少し遅れてやってくる事を理解すること。

講師のスティーブ・マクレガー氏と講師のスティーブ・マクレガー氏と 講師のハンター・アレン氏と講師のハンター・アレン氏と


セミナーの時に強調されていたのは「どれだけ収集したパワーデータを活かすか?」ということ。またコーチやライダーはアベレージパワーを増やすことだけに躍起になるのではなく、レースの日に最高のパフォーマンス(パワーだけではない!)を発揮する為のツールとしてパワーメーターを活用して欲しいとの事でした。



USAC見学ツアー
アメリカサイクリング界の輝かしい歴史が飾られていたアメリカサイクリング界の輝かしい歴史が飾られていた 朝から夕方まで続いた講義の後は会場に使われたUSACの内部ツアーがありました。建物内にはロード・トラック・MTB・BMX・CXなど数々の種目で獲得してきたアルカンシェルが展示されており、アメリカが全ての自転車競技種目で世界のトップに君臨してきたかがよく分かります。

数々の展示物はそのままアメリカ自転車界の歴史を表しており、古くからの自転車ファンの一人として、ロス五輪を優勝したバイク、グレッグ・レモンのアルカンシェル、ジュリー・フルタドのMTBなどを見るとタイムスリップしたような感覚になりました。

1983年プロロード世界選を制したグレッグ・レモン1983年プロロード世界選を制したグレッグ・レモン MTB界のスター ネッド・オーバーエンドMTB界のスター ネッド・オーバーエンド 2012年ツール新人賞ティージェイ・ヴァンガーデレンのジャージ2012年ツール新人賞ティージェイ・ヴァンガーデレンのジャージ


7万4千人の登録者に支えられる若手育成 ナショナル デベロップメント プログラム(NDP)

今回のセミナーの幹事でありUSACのアスリートデベロップメントの責任者も務められているケビン・デサート氏に若手育成システムについてお話を伺いました。

「現在、USACでは次世代の選手の育成に力を入れておりUSAナショナル デベロップメント プログラムという活動を行っています。育成の構造はざっと次の通りです。」

若手育成の構造(要約)
第一段階 グラスルーツ(草レースレベル)での地域団体・クラブ・主催者・競技役員・コーチの連携によりレース参加へのハードルを下げる。
第二段階 新人発掘プログラムへの参加推進
第三段階 上級者の国際大会参加サポート
第四段階 ナショナルチーム&UCIプロチームへの所属
第五段階 サイクリング界のヒーロー、ロールモデルへ。

懐かしのスーパーバイク懐かしのスーパーバイク 「ツールを走るような世界的な選手になるにしても、レース活動のスタートは地元のレース。まずはそこで良いレース・良い教育に出会える事が選手として大成する為の近道になります。レースに参加するようになった300人以上のジュニアが毎年、地元や全米レベルの新人発掘プログラムに参加しています。そこで選ばれた選手には、ジュニア パリ・ルーベ、ツール・ド・ラビティビなどの国際大会へ参加する機会が与えられます。

世界選を制したトラックバイク世界選を制したトラックバイク 更に延べ200人近くの若者がベルギー・ドイツ・イタリア・オランダに設けた拠点に滞在し、欧州でのレース活動を行ないます。そこで国際レベルの競争力を養います。このように体系的なステップアップの機会を与える事がUSACでは強化に必要だと考えています。

これらの取り組みの結果、現在欧州プロに所属する35歳以下の選手の大部分はNDPの恩恵を受けた選手です。
またロードのみならず、ほぼ全ての競技種目がナショナルランキング5位以内を獲得しています。
こういった活動が新生代のアメリカ人ヒーローを作り出しているのです。

年間予算の捻出
毎年これだけの育成活動を行うには相当な予算が必要になると思うのですが、これらの予算はどこから捻出されているか聞いてみました。

年間予算の確保について
1.USACメンバーシップ登録費(競技者登録)からの拠出
2.USACレースメンバーシップ登録費(イベント開催での協賛金)からの拠出
3.企業スポンサー
4.募金
5.USOC(アメリカオリンピック強化委員会)からの補助金

現在USACには延べ約7万4千人の登録者(ロード・CX約47,000人・MTB約15,000人・競技役員1,600人・コーチ約1,400人など)おり、その登録費から拠出される予算、また3,000を超える公認イベント開催から拠出される予算が主な割合を占めるとの事でした。

セミナー当日も屋外ではマスターの選手向け講習会が行われていたセミナー当日も屋外ではマスターの選手向け講習会が行われていた お話しを伺っていて強く感じるのは、競技志向の強さと組織的なバックアップ体制の構築に注力されていること。

「選手を強くする為の構造作り」「選手育成の為の環境作り」への積極的な取り組みと、その厚みはさすがスポーツ大国アメリカです。

日本ではJCF選手登録数が約6,500名とまだまだ多いとは言えない為、これらの育成システムをそのまま取り入れるのは難しいと思われますが、多くの若く有望な選手が出てきている現在、体系的な強化プログラムがあれば、より多くの世界的な選手の出現が望めるのではと感じました。

USAC National Development Program(英語) http://www.usacycling.org/ndp/


次回最終回はボルダーのレースを支える人々について書きたいと思います。



中田尚志(なかた たかし) 
モーニングヴェロのオルガナイザー、ルッセルさんらとモーニングヴェロのオルガナイザー、ルッセルさんらと 1973年生まれ39歳、京都市在住、会社員
自転車歴:MBK-YAMAHAあづみの、京都岩井商会、ナカガワ、NEX-COLNAGOなどを経てTacurino.netを2007年に立ち上げ

成績など
シマノ鈴鹿チームロードB 表彰台7回
2006年 西日本チャレンジロード マスターの部優勝
日本スポーツマスターズ ロード3位
西日本実業団ポイントレース3位・昨年レース3勝など

今までのアメリカ訪問歴
1994年、学生時代に初めてカリフォルニア州バークレーに自転車留学
その後、数回に渡り渡米し西海岸のPro/1/2クラスを経験


text&photo:Takashi NAKATA
edit:Hideaki TAKAGI

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