2013/02/21(木) - 08:27
突発開催され、このところホビーシクロクロッサーの注目を集める小さなレースが「ツンドラカップ」。野辺山シクロクロスを主宰する矢野大介さんが仕掛けるグラスルーツイベントだ。グラスルーツとは。目指すビジョンとは。3回目開催を迎えたユニークなツンドラカップを取材した。
グラスルーツ(Grass Roots:一般大衆、草の根)。
このキーワードをもとに、今年のシクロクロスシーズン途中から突発開催されたシクロクロスイベントが「ツンドラカップ」だ。その舞台は長野県の高原地帯、野辺山。雪の積もった週末を狙って開催されるために大会の有無は天候によって左右され、開催が決定されるのは早くて2日前、遅くて前日。
参加人数はいつも20名ほどで、事前エントリーや厳密なリザルトの発表なども無い、正真正銘の草の根(グラスルーツ)イベント。現在までに4回目開催を数える大会の仕掛け人は、今や一大イベントとなった野辺山シクロクロスを主宰する矢野大介さん。最低気温がマイナス10℃を指さんばかりに凍てついた中で催された第3回大会には、18名の参加者が顔を揃えた。
ツンドラカップが開催されるのは八ヶ岳グレイスホテルが管理する特設のスノーサーキット。イベント開始前には村内の除雪を終えたトラクター(野辺山シクロクロスの表彰台を牽いていた車両だ)がコースを走り、造成が完了。野辺山シクロクロス然り、地元からの協力がイベントを支えている。
ツンドラカップは、恒例となっている個人タイムトライアルからスタート。1周1kmほどと短いながらもアールの小さなコーナーが続く特設コースは、踏みどころが少なく非常にテクニカルで、滑る路面でいかにバイクを前に進めるかという技術が楽しみながらに身につく。辺りを覆い尽くす一面の雪は極上のパウダースノーで、ツンドラカップの名も"言い得て妙"。雪原を走り回る気分はイヌイット?
もちろん一斉に走るショートコースのクリテリウムも開催される。疲れたら抜けてOK、着順も1位だけ数えるというごく簡単なものだが、速い人も遅い人も一緒に走るから「抜く」「抜かれる」という接近戦が楽しめる。"ゆるさ"があるが、ひとたび走れば皆真剣な表情に。
MTBに乗った参加者が多かったため、参加者の提案によってMTBとシクロクロス部門に分けてレースを開催した。この辺りの機転の早さはグラスルーツイベントならではで、C1ライダーも女子ライダーも、皆で一斉に走るから盛り上がらないはずが無い。その様子は写真に移る参加者の表情見てもらうのが一番だろう。
個人TTとラインレースをそれぞれ2回開催した後は、ショートコースを使ってのクリテリウムが開催されて第3回ツンドラカップは幕。約3時間半という時間だったが、一日を通して会場から笑い声とカウベルの音色が途絶えることが無かった。
誰もが楽しんだ"グラスルーツ"ツンドラカップ。開催の裏側には、矢野さんのシクロクロスに対する熱い思いがあった。大会が終了した後に、矢野さんに話を聞いてみた。
現在矢野さんが手がけるシクロクロスイベントは2つ。野辺山シクロクロスと、そしてこのツンドラカップだ。野辺山シクロクロスはUCIレースで、大きな規模かつきっちりとした運営をし、選手が海外に行かずとも国際ポイントを取ることのできる"頂点"のレースである一方、ツンドラカップが目指すのは、野辺山シクロクロスを頂点とする三角形の、一番下側の部分だ。
「始まりが無いと、その先は無い」と矢野さんは語る。
「グラスルーツイベントは競技の中の基本中の基本です。小規模のレースに人が集まり、徐々に大きくなるのが大会としてあるべき姿。野辺山シクロクロスが属する「信州シクロクロス」も最初はグラスルーツイベントとして始まりました。」
「”シクロクロス・ミーティング”として始まった大会が育ち、今の野辺山シクロクロスもある。これが正しい姿勢であって、あくまでレースの本質はビジネスで無く、競技をいかに愛しているかです。グラスルーツイベントの根底には「シクロクロスという競技を根っこからサポートする」という考えがあります。これを表現する場として、ツンドラカップを開催しました。」
ツンドラカップが主にターゲットに据えるのは、車で1時間半や、その範囲内に住んでいるライダーだ。常に近くで開催されていて、レベルを問わず楽しむことができて、若い選手たちにとって常にレースに参加できる環境がある。そうすると競うことに対して慣れが生まれ、精神面でも体力面でもレーサーは成長すると矢野さんは言う。
「完全にレースを根付かせるためには3、4年は掛かります。でも主催者とレーサーが共に大会を作ることで、互いに成長できるはずです。ツンドラカップは今回で3回目ですが、コンスタントに20人ぐらいの参加者があって、良いスタートだと思います。」
滞在経験が長く、アメリカシクロクロス事情に精通している矢野さん。曰くアメリカでは毎週水曜日夜と土曜日にレースがキャッシュオン(事前エントリー無しの現地払い)で開催され、実戦的な練習ができる環境が広く整う。
「現状はロードもMTBも、各地のレースでも出場している選手はいつも同じという状況があります。そうではなくて、グラスルーツレースを各自治体レベルで開催していくことで、運営も参加者もほとんどがその近隣に住む人で構成されていくことが理想ですし、私はそう願っています。」
「すると例えば信州なら寒さや雪に強い選手、海側なら砂に強い選手という「地元スペシャリスト」が生まれます。こういった選手がたまの大きなレースで一緒に戦うとなったらワクワクしますよね。ツンドラカップが「雪」をテーマとしているのはこのためです。」
このところ湘南シクロクロスの初開催や、東北シクロクロスのシーズン開催など明るい話題の尽きることのないシクロクロス界。しかしもっとサイクリストの身近に位置するのが、矢野さんの言うグラスルーツイベントだ。
今回取材して驚いたのは、開催にあたっての2~3名という少人数のスタッフと、ごく簡単な設備。
場所さえ確保できれば最小限の負担で開催できるし、携わっているスタッフも"負担"ではなく、心からお手伝いすることを楽しんでいるように見えた。このあたりもまた、グラスルーツの持つ魅力の一つではないだろうか。参加者としても、細かなルールやリザルトが無いのは気楽で良かった。
インタビューの最後に、矢野さんが付け加えてくれた。
「本当に手軽な草レースが各地で浸透すれば、自転車ショップの売上やコミュニティの創出に繋がり、結果として国内のシクロクロスが育っていってくれるはず。シクロクロスはそれを十分可能にできるだけのポテンシャルがある競技なんです」。
当日、スタッフとして運営にあたったRaphaの小俣さんのブログでもその様子が伝えられているので紹介しておきます。
3月が近づくものの、野辺山高原はまだまだ厳冬期。あと何度ツンドラカップは突発開催されるだろうか?
text:So.Isobe
photo:Yufta.Omata,So.Isobe
グラスルーツ(Grass Roots:一般大衆、草の根)。
このキーワードをもとに、今年のシクロクロスシーズン途中から突発開催されたシクロクロスイベントが「ツンドラカップ」だ。その舞台は長野県の高原地帯、野辺山。雪の積もった週末を狙って開催されるために大会の有無は天候によって左右され、開催が決定されるのは早くて2日前、遅くて前日。
参加人数はいつも20名ほどで、事前エントリーや厳密なリザルトの発表なども無い、正真正銘の草の根(グラスルーツ)イベント。現在までに4回目開催を数える大会の仕掛け人は、今や一大イベントとなった野辺山シクロクロスを主宰する矢野大介さん。最低気温がマイナス10℃を指さんばかりに凍てついた中で催された第3回大会には、18名の参加者が顔を揃えた。
ツンドラカップが開催されるのは八ヶ岳グレイスホテルが管理する特設のスノーサーキット。イベント開始前には村内の除雪を終えたトラクター(野辺山シクロクロスの表彰台を牽いていた車両だ)がコースを走り、造成が完了。野辺山シクロクロス然り、地元からの協力がイベントを支えている。
ツンドラカップは、恒例となっている個人タイムトライアルからスタート。1周1kmほどと短いながらもアールの小さなコーナーが続く特設コースは、踏みどころが少なく非常にテクニカルで、滑る路面でいかにバイクを前に進めるかという技術が楽しみながらに身につく。辺りを覆い尽くす一面の雪は極上のパウダースノーで、ツンドラカップの名も"言い得て妙"。雪原を走り回る気分はイヌイット?
もちろん一斉に走るショートコースのクリテリウムも開催される。疲れたら抜けてOK、着順も1位だけ数えるというごく簡単なものだが、速い人も遅い人も一緒に走るから「抜く」「抜かれる」という接近戦が楽しめる。"ゆるさ"があるが、ひとたび走れば皆真剣な表情に。
MTBに乗った参加者が多かったため、参加者の提案によってMTBとシクロクロス部門に分けてレースを開催した。この辺りの機転の早さはグラスルーツイベントならではで、C1ライダーも女子ライダーも、皆で一斉に走るから盛り上がらないはずが無い。その様子は写真に移る参加者の表情見てもらうのが一番だろう。
個人TTとラインレースをそれぞれ2回開催した後は、ショートコースを使ってのクリテリウムが開催されて第3回ツンドラカップは幕。約3時間半という時間だったが、一日を通して会場から笑い声とカウベルの音色が途絶えることが無かった。
誰もが楽しんだ"グラスルーツ"ツンドラカップ。開催の裏側には、矢野さんのシクロクロスに対する熱い思いがあった。大会が終了した後に、矢野さんに話を聞いてみた。
現在矢野さんが手がけるシクロクロスイベントは2つ。野辺山シクロクロスと、そしてこのツンドラカップだ。野辺山シクロクロスはUCIレースで、大きな規模かつきっちりとした運営をし、選手が海外に行かずとも国際ポイントを取ることのできる"頂点"のレースである一方、ツンドラカップが目指すのは、野辺山シクロクロスを頂点とする三角形の、一番下側の部分だ。
「始まりが無いと、その先は無い」と矢野さんは語る。
「グラスルーツイベントは競技の中の基本中の基本です。小規模のレースに人が集まり、徐々に大きくなるのが大会としてあるべき姿。野辺山シクロクロスが属する「信州シクロクロス」も最初はグラスルーツイベントとして始まりました。」
「”シクロクロス・ミーティング”として始まった大会が育ち、今の野辺山シクロクロスもある。これが正しい姿勢であって、あくまでレースの本質はビジネスで無く、競技をいかに愛しているかです。グラスルーツイベントの根底には「シクロクロスという競技を根っこからサポートする」という考えがあります。これを表現する場として、ツンドラカップを開催しました。」
ツンドラカップが主にターゲットに据えるのは、車で1時間半や、その範囲内に住んでいるライダーだ。常に近くで開催されていて、レベルを問わず楽しむことができて、若い選手たちにとって常にレースに参加できる環境がある。そうすると競うことに対して慣れが生まれ、精神面でも体力面でもレーサーは成長すると矢野さんは言う。
「完全にレースを根付かせるためには3、4年は掛かります。でも主催者とレーサーが共に大会を作ることで、互いに成長できるはずです。ツンドラカップは今回で3回目ですが、コンスタントに20人ぐらいの参加者があって、良いスタートだと思います。」
滞在経験が長く、アメリカシクロクロス事情に精通している矢野さん。曰くアメリカでは毎週水曜日夜と土曜日にレースがキャッシュオン(事前エントリー無しの現地払い)で開催され、実戦的な練習ができる環境が広く整う。
「現状はロードもMTBも、各地のレースでも出場している選手はいつも同じという状況があります。そうではなくて、グラスルーツレースを各自治体レベルで開催していくことで、運営も参加者もほとんどがその近隣に住む人で構成されていくことが理想ですし、私はそう願っています。」
「すると例えば信州なら寒さや雪に強い選手、海側なら砂に強い選手という「地元スペシャリスト」が生まれます。こういった選手がたまの大きなレースで一緒に戦うとなったらワクワクしますよね。ツンドラカップが「雪」をテーマとしているのはこのためです。」
このところ湘南シクロクロスの初開催や、東北シクロクロスのシーズン開催など明るい話題の尽きることのないシクロクロス界。しかしもっとサイクリストの身近に位置するのが、矢野さんの言うグラスルーツイベントだ。
今回取材して驚いたのは、開催にあたっての2~3名という少人数のスタッフと、ごく簡単な設備。
場所さえ確保できれば最小限の負担で開催できるし、携わっているスタッフも"負担"ではなく、心からお手伝いすることを楽しんでいるように見えた。このあたりもまた、グラスルーツの持つ魅力の一つではないだろうか。参加者としても、細かなルールやリザルトが無いのは気楽で良かった。
インタビューの最後に、矢野さんが付け加えてくれた。
「本当に手軽な草レースが各地で浸透すれば、自転車ショップの売上やコミュニティの創出に繋がり、結果として国内のシクロクロスが育っていってくれるはず。シクロクロスはそれを十分可能にできるだけのポテンシャルがある競技なんです」。
当日、スタッフとして運営にあたったRaphaの小俣さんのブログでもその様子が伝えられているので紹介しておきます。
3月が近づくものの、野辺山高原はまだまだ厳冬期。あと何度ツンドラカップは突発開催されるだろうか?
text:So.Isobe
photo:Yufta.Omata,So.Isobe
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