2011/07/16(土) - 20:22
今年もスタート地点に選ばれたポー。ピレネーの玄関口にあたるこの街のカジノ前からプロトンはオービスク峠を目指す。空気が澄み渡り、爽やかな晴天が遠くまで山並みを見渡せる。ヴォクレールの着たマイヨジョーヌが映える、一層眩しい陽光。
この日のメインディッシュ、超級山岳オービスク峠は昨年のツールでも登場している。アームストロングが最後のツールで大逃げを見せ、ピエリック・フェドリゴが逃げ集団のゴールスプリントでステージ勝利をさらった峠だ。その時はポーへとゴールしているから、峠の通り方は今年とは逆になる。
オービスク峠頂上がゴールの42.5km前地点にあたる。難しい峠には違いないが、ゴールのルルドまでの下りと平坦区間が長いため、総合争いをする選手にとっては遅れなければ良いステージ。
アタッカーたちがコースのなかばに「デン」と鎮座するオービスクを大逃げ使うべきステージだ。
ポーでスタートを待つコンタドール、そして集団の動きの鍵を握るレオパード・トレックの間に緊迫感はない。カンチェラーラやフランク、そしてカヴまでがステージ脇でカメラマンのリクエストに応える撮影タイム。
有力勢に緊張がない代わりに、そわそわしているのが一発を目論む選手たち。総合争いの選手を抱えないチームの誰もがチャンスを感じている。
「今日は誰もがアタックに行くぞ」――果たして、その通り。レースがスタートするやいなや誰もが逃げに入ることを狙ってアタックの繰り返されるスピードレースになった。
クレーデンがツールを去る
第5ステージの落車で痛めた背中に加えて昨第12ステージでも落車して追い打ちの負傷をした痛々しいアンドレアス・クレーデン(レディオシャック)が、このアタック合戦の犠牲者になった。走り続ける意思をもっていたクレーデンだが、手負いの状態にはあまりに酷なスピードだった。
「今朝スタートするまではトライするモチベーションに溢れていた。総合闘いが関係なくなった今、今日と明日の2ステージでイージーに走り、回復を待つつもりだった。そして最終週にステージ優勝を狙いたいと思っていた。でもスタートするやいなやそれが無理だと感じた。スピードが速くて、脚がいうことをきかなかった。悲しい。調子が良かったのに、悪運の前には何もできなかった。ほんとうに悲しい。今年は自分の中でもベストなシーズンだった。表彰台に上がる用意は出来ていたのに。ツール・ド・フランスにまた戻ってくる」。
ヨハン・ブリュイネール監督もこの残酷な運命を受けいれざるを得ない。ツールを欲しいままにしてきた名将のコメントが切ない。
「総合とチーム総合の希望は無くなった。あとはステージ優勝を狙うだけしか無い。怪我をした選手ばかりでそれが難しいことも分かっている。しかし我々は目指す。約束できるのはひとつ。レースを続けることだ。たとえ選手がひとりだけになっても。今までに9度のツールを達成したが、この状況は私にツールの新たな一面を見せてくれた。できればもう経験したくはないが、レースと選手に敬意と感謝を」。
この日はヘルト・ステーグマン(クイックステップ)もリタイア。第5ステージの落車以来走り続けていたが、手首に骨折が見つかった。ツールを去る選手は名タレントが多い!
オービスクからスロール峠へ
オービスク峠は頂上がひとつの峠ではなく、9.5km先にサブピークのスロール峠が控えている。この間もなだらかに下り、そしてスロール峠手前でぐっと上る。そして麓のアヤザク・オストまでちょうど1000m下るダウンヒルが待っている。
2つの峠の標高差は238mあるが、この10kmあまりは「踏んでいかなければ進まない」区間だ。オービスクとスロールとの中間点に陣取れば、切り立った崖の斜面についた細い道を、オービスクから下ってくる選手の様子が遠くから確認できる。
昨日のステージでも逃げたジェレミー・ロワ。すでに5ステージ連続の逃げで、この日はもっとも勝利の可能性に近づいた。もしモンクティエのアタックがもっと早く、この違うチームに属するフランス人ふたりが合流して協力できていれば...。
逃げていたロワとモンクティエの2人に対し、タイム差を管理するかのように走ったフースホフト。上りでアタックしたのも、ふたりに無理についていかなかったのも、マイペースを守るためだった。タイム差が2分以内なら勝つことができると計算していたという。白に虹色のジャージを着たノルウェーの雷神が、集中した表情と華麗なテクニックでふたりを追い詰めるその様子は、迫力に満ち、ただただ美しかった。
10人の逃げの中にペタッキ、ボアッソンらが入るという、「登れるスプリンター」たちが見せた逃げのギャンブル。しかしフースホフトは登れるスプリンターの代名詞でありながら、もっとも優秀なダウンヒラーでもあることを披露した。
立ち停まったフォフォノフ
序盤から逃げに乗っていたディミトリ・フォフォノフ(アスタナ)が、スロール峠の登り返し勾配に差し掛かるやいなや突然自転車を降りた。どうやら腰あたりの筋肉が痙攣した様子で、しばらくその場でしゃがみこみ、うめき声をあげながら苦しんだ。しばらくして歩き出したが、止まり、また苦しがる。前方集団にいたのに、ようやく再出発できたのは遅れてきた最後尾の選手が通る頃だった。
山岳ステージでのアタックがどれだけ過酷なものかを垣間見た気がした。
最高の勝利に酔う雷神トール 「危険を冒しすぎたわけじゃない」
フースホフトの勝利はツールでの10勝目。ツール史上でのアルカンシェルを着た選手によるステージ勝利は2002年のオスカル・フレイレ(スペイン)以来だ。フースホフトは記者経験でも最高の笑顔で、しかし落ち着いた態度は崩さずに喜びを表す。
「アルカンシェルを着てのツールの勝利。これ以上美しいことがあるだろうか?
これまでの10のツール区間勝利の中で最も美しい勝利だ。確かにこれまでのキャリアで最高の勝利だ。
オービスク峠を越えての独走勝利というのは特別だし、アルカンシェルジャージを着ての優勝だからすごく感動している。こんなことが可能だとは思っていなかったよ」。
このアタックを「今まででしたなかでいちばんクレイジーなことだった」と言うフースホフト。しかし、同時に下りながらも危険な領域までは攻めない心の余裕はあった。
「ダウンヒルでは急ぎながらも、最大限のリスクまではとらなかった。下りながら、心のなかには娘のイザベルのことを思い浮かべていた。たぶんかつて経験したスキーのテクニックが役立った」。
「上りで遅れた1分差は下りで取り返せると分かっていたんだ。でもレース中は実際はどれくらいのタイム差だったのか分からなかった。でもとにかく下りでは差を挽回できると分かっていた。そしてモンクティエに追いついた。
モンクティエは協力してくれたんだけど、最後にはほとんど前を引かなかくなった。だったら自分1人で最後まで全力を尽くそうと決めたんだ。2位争いのスプリントなどしたくない。だったら全力を尽くして負けたほうがいいと思ったんだ」。
マイヨジョーヌをキープしたツール前半。そしてアルカンシェルに戻ってのステージ優勝。ツールでの成功は、春のクラシックで輝けなかった分をじゅうぶん取り返している。
「アルカンシェルジャージを着てクラシックを狙ったが、勝つことができなかった。ファンスーメレンのパリ~ルーベの勝利はチームにとって大きな喜びだったけど、僕自身の勝利ではなかった。このレインボージャージを着て輝けるときを探していた。今日はそれができたことに満足している」
報われないフランス人
5度目のアタックも実らず、敢闘賞と山岳賞を手にしても尚ステージ優勝できなかった悲しみを表すロワ。
「山岳賞がとりたかったわけじゃない。ステージ優勝のことだけ考えていた。下りで僕は1分以上の差をつけていた。だから可能性はあると思ったんだ。でも下りきったところでタイム差が30秒に縮んだと聞いて、そろそろ終わりだと思った。
2対1だったし、向かい風だったんだ。ルルドの入り口近くでは2つの登りをこなさねばならず、そこで僕は打ちのめされたよ。エンジンは焼き付いて動かなかったんだ。もし勝てたとしたら奇跡だったんだけど、今回はそうじゃなかった」。
しかし連日のアタックを続けるロワは今やツールの「勝利なきヒーロー」になりつつある。
結果に結び付けられずとも、連日逃げ続ける精神力と体力。いったいどれだけのポテンシャルがあるのか? 「ロワに勝利を」。フランス人の期待は高まるばかりだ。
おそらくプロトンいちの上り能力をもつひとりのモンクティエは、オービスクでのアタックでフースホフトに対して十分な差を開けなかった。この走りには批判が集まる。もしロワとふたりでフランス人連合が組めていたなら...。
―「もっと早く逃げるべきだった」。しかし、フースホフトはただ強かった。
「捕まってからは負けることは分かっていた。フースホフトはあの位置からどのように行っても勝てた。僕に出来ることはなかった」。
路上にはこの頃「Allez Francais(行け、フランス人)!」のメッセージが増えてきた。明日からはもっと増えるかもしれない。
photo&text:Makoto.AYANO
この日のメインディッシュ、超級山岳オービスク峠は昨年のツールでも登場している。アームストロングが最後のツールで大逃げを見せ、ピエリック・フェドリゴが逃げ集団のゴールスプリントでステージ勝利をさらった峠だ。その時はポーへとゴールしているから、峠の通り方は今年とは逆になる。
オービスク峠頂上がゴールの42.5km前地点にあたる。難しい峠には違いないが、ゴールのルルドまでの下りと平坦区間が長いため、総合争いをする選手にとっては遅れなければ良いステージ。
アタッカーたちがコースのなかばに「デン」と鎮座するオービスクを大逃げ使うべきステージだ。
ポーでスタートを待つコンタドール、そして集団の動きの鍵を握るレオパード・トレックの間に緊迫感はない。カンチェラーラやフランク、そしてカヴまでがステージ脇でカメラマンのリクエストに応える撮影タイム。
有力勢に緊張がない代わりに、そわそわしているのが一発を目論む選手たち。総合争いの選手を抱えないチームの誰もがチャンスを感じている。
「今日は誰もがアタックに行くぞ」――果たして、その通り。レースがスタートするやいなや誰もが逃げに入ることを狙ってアタックの繰り返されるスピードレースになった。
クレーデンがツールを去る
第5ステージの落車で痛めた背中に加えて昨第12ステージでも落車して追い打ちの負傷をした痛々しいアンドレアス・クレーデン(レディオシャック)が、このアタック合戦の犠牲者になった。走り続ける意思をもっていたクレーデンだが、手負いの状態にはあまりに酷なスピードだった。
「今朝スタートするまではトライするモチベーションに溢れていた。総合闘いが関係なくなった今、今日と明日の2ステージでイージーに走り、回復を待つつもりだった。そして最終週にステージ優勝を狙いたいと思っていた。でもスタートするやいなやそれが無理だと感じた。スピードが速くて、脚がいうことをきかなかった。悲しい。調子が良かったのに、悪運の前には何もできなかった。ほんとうに悲しい。今年は自分の中でもベストなシーズンだった。表彰台に上がる用意は出来ていたのに。ツール・ド・フランスにまた戻ってくる」。
ヨハン・ブリュイネール監督もこの残酷な運命を受けいれざるを得ない。ツールを欲しいままにしてきた名将のコメントが切ない。
「総合とチーム総合の希望は無くなった。あとはステージ優勝を狙うだけしか無い。怪我をした選手ばかりでそれが難しいことも分かっている。しかし我々は目指す。約束できるのはひとつ。レースを続けることだ。たとえ選手がひとりだけになっても。今までに9度のツールを達成したが、この状況は私にツールの新たな一面を見せてくれた。できればもう経験したくはないが、レースと選手に敬意と感謝を」。
この日はヘルト・ステーグマン(クイックステップ)もリタイア。第5ステージの落車以来走り続けていたが、手首に骨折が見つかった。ツールを去る選手は名タレントが多い!
オービスクからスロール峠へ
オービスク峠は頂上がひとつの峠ではなく、9.5km先にサブピークのスロール峠が控えている。この間もなだらかに下り、そしてスロール峠手前でぐっと上る。そして麓のアヤザク・オストまでちょうど1000m下るダウンヒルが待っている。
2つの峠の標高差は238mあるが、この10kmあまりは「踏んでいかなければ進まない」区間だ。オービスクとスロールとの中間点に陣取れば、切り立った崖の斜面についた細い道を、オービスクから下ってくる選手の様子が遠くから確認できる。
昨日のステージでも逃げたジェレミー・ロワ。すでに5ステージ連続の逃げで、この日はもっとも勝利の可能性に近づいた。もしモンクティエのアタックがもっと早く、この違うチームに属するフランス人ふたりが合流して協力できていれば...。
逃げていたロワとモンクティエの2人に対し、タイム差を管理するかのように走ったフースホフト。上りでアタックしたのも、ふたりに無理についていかなかったのも、マイペースを守るためだった。タイム差が2分以内なら勝つことができると計算していたという。白に虹色のジャージを着たノルウェーの雷神が、集中した表情と華麗なテクニックでふたりを追い詰めるその様子は、迫力に満ち、ただただ美しかった。
10人の逃げの中にペタッキ、ボアッソンらが入るという、「登れるスプリンター」たちが見せた逃げのギャンブル。しかしフースホフトは登れるスプリンターの代名詞でありながら、もっとも優秀なダウンヒラーでもあることを披露した。
立ち停まったフォフォノフ
序盤から逃げに乗っていたディミトリ・フォフォノフ(アスタナ)が、スロール峠の登り返し勾配に差し掛かるやいなや突然自転車を降りた。どうやら腰あたりの筋肉が痙攣した様子で、しばらくその場でしゃがみこみ、うめき声をあげながら苦しんだ。しばらくして歩き出したが、止まり、また苦しがる。前方集団にいたのに、ようやく再出発できたのは遅れてきた最後尾の選手が通る頃だった。
山岳ステージでのアタックがどれだけ過酷なものかを垣間見た気がした。
最高の勝利に酔う雷神トール 「危険を冒しすぎたわけじゃない」
フースホフトの勝利はツールでの10勝目。ツール史上でのアルカンシェルを着た選手によるステージ勝利は2002年のオスカル・フレイレ(スペイン)以来だ。フースホフトは記者経験でも最高の笑顔で、しかし落ち着いた態度は崩さずに喜びを表す。
「アルカンシェルを着てのツールの勝利。これ以上美しいことがあるだろうか?
これまでの10のツール区間勝利の中で最も美しい勝利だ。確かにこれまでのキャリアで最高の勝利だ。
オービスク峠を越えての独走勝利というのは特別だし、アルカンシェルジャージを着ての優勝だからすごく感動している。こんなことが可能だとは思っていなかったよ」。
このアタックを「今まででしたなかでいちばんクレイジーなことだった」と言うフースホフト。しかし、同時に下りながらも危険な領域までは攻めない心の余裕はあった。
「ダウンヒルでは急ぎながらも、最大限のリスクまではとらなかった。下りながら、心のなかには娘のイザベルのことを思い浮かべていた。たぶんかつて経験したスキーのテクニックが役立った」。
「上りで遅れた1分差は下りで取り返せると分かっていたんだ。でもレース中は実際はどれくらいのタイム差だったのか分からなかった。でもとにかく下りでは差を挽回できると分かっていた。そしてモンクティエに追いついた。
モンクティエは協力してくれたんだけど、最後にはほとんど前を引かなかくなった。だったら自分1人で最後まで全力を尽くそうと決めたんだ。2位争いのスプリントなどしたくない。だったら全力を尽くして負けたほうがいいと思ったんだ」。
マイヨジョーヌをキープしたツール前半。そしてアルカンシェルに戻ってのステージ優勝。ツールでの成功は、春のクラシックで輝けなかった分をじゅうぶん取り返している。
「アルカンシェルジャージを着てクラシックを狙ったが、勝つことができなかった。ファンスーメレンのパリ~ルーベの勝利はチームにとって大きな喜びだったけど、僕自身の勝利ではなかった。このレインボージャージを着て輝けるときを探していた。今日はそれができたことに満足している」
報われないフランス人
5度目のアタックも実らず、敢闘賞と山岳賞を手にしても尚ステージ優勝できなかった悲しみを表すロワ。
「山岳賞がとりたかったわけじゃない。ステージ優勝のことだけ考えていた。下りで僕は1分以上の差をつけていた。だから可能性はあると思ったんだ。でも下りきったところでタイム差が30秒に縮んだと聞いて、そろそろ終わりだと思った。
2対1だったし、向かい風だったんだ。ルルドの入り口近くでは2つの登りをこなさねばならず、そこで僕は打ちのめされたよ。エンジンは焼き付いて動かなかったんだ。もし勝てたとしたら奇跡だったんだけど、今回はそうじゃなかった」。
しかし連日のアタックを続けるロワは今やツールの「勝利なきヒーロー」になりつつある。
結果に結び付けられずとも、連日逃げ続ける精神力と体力。いったいどれだけのポテンシャルがあるのか? 「ロワに勝利を」。フランス人の期待は高まるばかりだ。
おそらくプロトンいちの上り能力をもつひとりのモンクティエは、オービスクでのアタックでフースホフトに対して十分な差を開けなかった。この走りには批判が集まる。もしロワとふたりでフランス人連合が組めていたなら...。
―「もっと早く逃げるべきだった」。しかし、フースホフトはただ強かった。
「捕まってからは負けることは分かっていた。フースホフトはあの位置からどのように行っても勝てた。僕に出来ることはなかった」。
路上にはこの頃「Allez Francais(行け、フランス人)!」のメッセージが増えてきた。明日からはもっと増えるかもしれない。
photo&text:Makoto.AYANO
Amazon.co.jp