2011/07/13(水) - 19:36
休息日明けの第10ステージ。今日の序盤で距離的にはツール全行程の折り返し点を迎える。落車と事故であまりにも感情的に高ぶった第9ステージから丸一日の安息をおいて少し落ち着きを取り戻している雰囲気だ。
マイヨジョーヌのヴォクレールと負傷のフーガーランドが主役
スタート前の主役は2人。マイヨジョーヌのヴォクレール(ユーロップカー)とマイヨ・ア・ポアを着る不運の自動車事故で負傷したフーガーランド(ヴァカンソレイユ)だ。
ユーロップカーとヴァカンソレイユのチームバスにはすごい人だかりができる。
なかなかバスから出てこないふたりの出待ちをしていたスタート30分前。雨がぱらつき始めたと思ったら大粒の雹までバラバラと落ちてきた。チームバスのロールスクリーンの下に急いで非難する観客、選手、取材陣。
歩くのも困難そうなフーガーランドが出てきた。脚には包帯を巻き、包帯で隠しきれない肌にも無数の有刺鉄線による傷跡がみえて痛々しい。待ち構えていたTVカメラやメディアが一斉に押し寄せるが、チームスタッフが交通整理しながらもそのひとつひとつに順番に丁寧に応えていくフーガーランド。なんという真摯な対応だろう! 事故の起こった第9ステージの直後も、治療に行くクルマを停めてまでマイクに向かっていたことが印象に残っている。声を聞きたいというリクエストにすべて応えている。
チームスタッフによればフーガランドは第9ステージ後の夜は痛みで数時間しか寝ることができず、再び落車する夢を見て飛び起きたそうだ。そして休息日には30分だけ自転車に乗って身体をほぐした。
「今日のステージは完走するつもりで走る。ベッドで寝ているより、自転車に乗っているときのほうが身体も少しは楽」と話す。
ともかく、水玉のマイヨを着てゴールを目指すのみ。
フランステレビジョンのプレスカーにはねらたもうひとり、フレチャ(チームスカイ)も腕と脚に包帯を巻いて現れた。スタートサインではコースディレクターのジャン=フランソワ・ペシュー氏と話しこみ、笑顔を見せてはいる。しかしチームスカイは誰も責めないという態度を取るヴァカンソレイユと違い、訴訟を視野に法律家と相談に入っている状態だ。
フーガーランドは「事故を起こした運転手は必ず謝りに来てくれるだろう」と話したが、謝罪があったという話はついに聞かなかった。フレチャはまだ怒りを収めてはいないようだ。
マイヨジョーヌを何日着れる?
マイヨジョーヌのヴォクレールが登場すると、あっと言う間に人垣に埋もれてしまった。すざまじい人気ぶりだ。リラックスしていると思いきや、まったくその逆。出走前の準備に余念がなく、ピリピリしている。マイヨジョーヌを守ることに全神経を注いでいる雰囲気だ。
ヴォクレールは休養日にこうコメントしている。「マイヨジョーヌを楽しむ時間はないよ。ひたすら集中するだけ。今日はアタッカー向きのコースなんだ。もし僕がマイヨを着ていなかったらアタックできるのに、それは無理。レース中は誰が逃げたかをすぐにチェックしないといけない。総合で5分以上遅れていない選手の逃げはすぐに捕まえないと。レース開始から最初の2時間は苦痛だろう」。
2004年には10日間マイヨジョーヌを着たヴォクレール。山岳ではアームストロングら優勝候補が繰り広げるアタックに耐えに耐えた。今回はこの日から連続する2日間は守れる可能性が高い。LLサンチェスに1分49秒差、エヴァンスに2分26秒差をもつヴォクレールはリュザルディダンにゴールする木曜日の夜までをジャージの守れる期限だと考えている。
「そんなに長くは守れない。逃げが7分になるとレオパードが追ってくるだろう。彼らは多分12分はくれない。総合争いの邪魔をするつもりはないよ」
またひとりポポが去って壊滅的なレディオシャック
レースの朝、レディオシャックが発表したのはポポヴィッチの離脱。日曜に出した高熱が引く気配がないため、やむなくの出走前リタイアを決めた。すでにブライコヴィッチとホーナーが落車でレースを去り、それにつづくリタイア3人目。ライプハイマーも落車がもとで大きくタイムを下げている。
4人のリーダーのうちクレーデンのみが総合上位にとどまるが、ヴィノクロフとファンデンブロックがリタイアした落車に巻き込まれていたクレーデンは背中を痛めている。クレーデンは治療中の背中の写真をTwitterで公表している。
レディオシャックのブリュイネール監督は今の状況を嘆くしかない状態だ。「我々はほとんどすべてを失った。4人のリーダーでツールに臨んで、パリの表彰台とチーム総合優勝が当初の目標だった。クレーデンは休息日が明けて少し状態は良くなった。そして今日と明日は何事もなければ走りながら休めるレースになる。しかしピレネーが始まると、彼が総合争いのライバルたちと争えるかは分からない。正直、彼は何もなければ表彰台を争えたと思う。しかし背中を痛めた身体で登れるかどうかは、分からない。回復することがしできるかどうか」。
短くて速い、危険なステージ
スタートライン前方でひとかたまりになって緊張した表情をしているのはユーロップカーの選手たち。すでに2人を欠いているが、「トマ社長」の黄色いマイヨを守るという重大任務が緑のシャツの肩にずしりとのしかかる。
そしてヴォクレールはスタート直前まで確認作業に余念が無い。ホイールのクイックレバーを締めなおしたり、タイヤを指で押して空気圧を確認したり、ブレーキがまっすぐ付いているか確認したり(メカニックがすべて調整しているはず...)、サングラスの曇を拭いたり、そしてシューズのベルクをを締めなおしているときにスタートが切られた。慌ててベルクロを手で抑えながら走りだす(かえってやらないほうが良かった...)。
今日のコースも危険な香り。直線路が見当たらないほど曲がりくねった道、短いステージ距離、序盤40kmに設定されたスプリントポイント、雨に濡れた路面、そして休息日明けで脚の再充電を済ませ、ステージ優勝に向けて鼻息の荒い選手たち....。つまりこの日は落車が起こる条件がすべて揃っていた。
スタート間もなく、ライプハイマー(レディオシャック)、カンチェラーラ(レオパード・トレック)、ヘーシンク(ラボバンク)らを巻き込む落車が発生。しかし大きな損失はなかったことが幸い。
11km地点で決まったミナール(アージェードゥーゼル)、ディグレゴリオ(アスタナ)、ヴィショ(FDJ)、エルファレ(コフィディス)、ドゥラプラス(ソール・ソジャサン)、マルカート(ヴァカンソレイユ・DCM)の6人の逃げは、イタリア人のマルカートを除いて5人がフランス人。
明後日に迫る7月14日のフランス革命記念日・キャトーズ・ジュイエを2日前倒ししたかのようなフランス人の大ハッスル。マイヨジョーヌはヴォクレールのもとに在れど、ここまでのステージでフランス人の勝利は無し。
マイヨジョーヌとマイヨヴェールのアタック!
フランス連合+イタリア人ひとりの逃げは残り17km地点まで続いたが、最後の山岳ポイントでアタックに出たのはなんとマイヨヴェールのジルベールとマヨジョーヌのヴォクレール。守ることに徹するのではなく、自ら攻撃に出るセオリーにないその走りは誰しもを驚かせた。「マイヨを着ていなければこのステージは僕向き」と話していたヴォクレールの言葉は、そのまま実行に移された。
残り7kmで単独アタックのかたちになったマイヨヴェールのジルベールの独走が、結果的にはこの日のゴールに向かうオメガファーマの走りを支える最高のアシストになった。HTC・ハイロードはジルベールの追走に入っていたマルティン以外の牽引役を失ってしまった。
ツールに出場できる環境を自ら手に入れて勝ったグライペル
ゴールに向けて早過ぎる位置からスプリントを開始してしまったカヴェンディッシュ。先行するカヴを落ち着いて追い込み、抜き去ったのは「ゴリラ」ことグライペルだった。
ふたりは昨年まで同じHTCに所属したチームメイト。
グライペルは昨年HTCを離れ、今季からオメガファーマ・ロットに移籍している。グランツールではジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャでそれぞれステージ優勝を挙げていたが、このツールの勝利で「世界3大ツールのすべてでステージ優勝を挙げた初めてのドイツ人」になった。
ツールに優勝するという夢を叶えたグライペル。しかしその夢がかなうまでに少し余計に時間がかかった。グライペルは去年まで同じチームに絶対的なエーススプリンターのカヴェンディッシュがいたため、ツールのメンバーには選ばれなかったからだ。
2008年ジロ・デ・イタリアではタッグを組んでいたふたり。しかしブレシアへゴールするジロ第17ステージでカヴを差し置いてグライペルが勝ってしまったとき以来、グライペルの存在は微妙になった。勝利を重ねるごとにカヴのアシストに徹することができなくなるグライペル。1チームに2人のエーススプリンターは要らないことは明白だ。グライペルがグランツールに出れれる出番が回ってくるのはジロとブエルタのみ。脂が乗っていながらも2010年ツールの出場メンバーに入れなかったことで、グライペルはカヴと袖を分かつことを決心する。
自らがエースとして走れる環境を求めてグライペルは、今季からオメガファーマ・ロットに移籍。これでツールにエーススプリンターとして臨めることになった。
グライペルはHTCの首脳陣が下してきたメンバー選考については理解を示す。
「僕の前チームでは、監督たちは僕かカヴェンディッシュの選択で難しい判断を強いられていた。カヴは地球上で一番速いスプリンターだ。僕のツールへの出場は難しかった。そして僕が年令を重ねて、もはや若く無いことも変化の理由。オメガファーマ・ロットが出場の機会をくれたことを、ありがたく思う。このチームのために勝つことができて、とてもうれしい」。
オメガファーマ・ロットのセルジャン監督は言う「ツールに出たいと願うグライペルに、私が誘いを掛けた。彼におめでとうを言おう。あのときHTCはツールメンバーの選考においては正しい選択をした。でもそれがアンドレがチームを変わる理由だった。私は彼はツールで勝てるチャンスがあると信じていた。彼の強さは誰しもが認めるところで、彼にチームと環境が必要だったのは明らかだ」。
ファンデンブロックへのお見舞いがチームの結束を高めた
オメガファーマ・ロットはこの日の朝に第9ステージで落車したユルゲン・ファンデンブロックが入院している病院に選手とスタッフ全員でお見舞いに行ったという。ファンデンブロックはまだ近郊の病院の集中治療室にいる。
セルジャン監督は言う「落車した日はあまりにも悲惨な状態だったユルゲンが、回復に向かっている容態を皆で確認することができた。もう心配がいらないということが皆の心を大きくした。それが士気を高めているよ」。
しかし、ここまでのツールにおいてもジルベールとの確執が噂されたグライペル。パンチャー向きのテクニカルなフィニッシュが続いた序盤ステージでチームメイトのジルベールが大活躍。
マイヨヴェール争いに加わることに。カプ・フレルにフィニッシュする第5ステージのゴールスプリントで、2位になったジルベールに対して6位に沈んだグライペルが、チームプレーのなさに不満を漏らした。それぞれがアシストしあうのでなく、それぞれのスプリントを行ったことへの不満だった。
しかし、今日ジルベールはゴール前でグライペルを助け、勝利に導いた。この動きが悪い噂を一蹴しそうだ。
ジルベールは言う「ゴール地点の近くではまた登りになっていたので、アドバンテージは保てなかった。だから、集団に戻り、すぐにグライペルを牽いて、他のスプリンターたちがグライペルの目覚めを邪魔しないようにしたんだ。最後にグライペルが勝利した。美しかった。彼は、今回とても勝ちたがっていたからね!」
グライペルはジルベールを讃え、チームワークを強調することを忘れない。「ジルベールはおそらく今、集団のなかでベストな選手だ。彼はオールラウンダーで、マイヨヴェールを着ている。それは今年のチームの目標でもある。僕らにはマイヨヴェールを争うチャンスがある」。
過ちを認めるカヴ「行くのが早すぎた」
「がっかりだ。僕が間違いを犯し、グライペルが勝利した。言い訳はできない。僕は残り170mからスプリントを始めてしまい、グライペルが追い抜いた。彼におめでとうを言うよ。彼はツール・ド・フランスに来て、勝つことができたんだから」。
グライペルを讃えるカヴ。スプリントのタイミングが早すぎたのは自信過剰だったから?
「ゴール前250mで右に行きたかったんだけど、迷ってしまいスプリントを始めなかったんだ。自信がなかったんだ。判断ミスだ。チームは一日じゅう頑張って走ってくれたのに、僕は自分の仕事をすることが出来なかった。中距離のスプリントが僕の力を浪費してしまったんだ。でも、マイヨベールをとるための基礎は作った。パリでマイヨを着ていられればいいんだけど」。
カヴは7ステージでステージ優勝した際、他のチームの選手がHTCの列車に乗ることを強く牽制している。
―「もし僕にスプリントに勝ちたければ、HTCみたいな列車が組めるチームを自分で用意して臨め」。
ゴール前でHTC列車が組めなかったカヴ。潔く他のチームの後ろにつかず、自力でいこうとしたのが誤りだったのかもしれない。
photo&text:Makoto.AYANO
マイヨジョーヌのヴォクレールと負傷のフーガーランドが主役
スタート前の主役は2人。マイヨジョーヌのヴォクレール(ユーロップカー)とマイヨ・ア・ポアを着る不運の自動車事故で負傷したフーガーランド(ヴァカンソレイユ)だ。
ユーロップカーとヴァカンソレイユのチームバスにはすごい人だかりができる。
なかなかバスから出てこないふたりの出待ちをしていたスタート30分前。雨がぱらつき始めたと思ったら大粒の雹までバラバラと落ちてきた。チームバスのロールスクリーンの下に急いで非難する観客、選手、取材陣。
歩くのも困難そうなフーガーランドが出てきた。脚には包帯を巻き、包帯で隠しきれない肌にも無数の有刺鉄線による傷跡がみえて痛々しい。待ち構えていたTVカメラやメディアが一斉に押し寄せるが、チームスタッフが交通整理しながらもそのひとつひとつに順番に丁寧に応えていくフーガーランド。なんという真摯な対応だろう! 事故の起こった第9ステージの直後も、治療に行くクルマを停めてまでマイクに向かっていたことが印象に残っている。声を聞きたいというリクエストにすべて応えている。
チームスタッフによればフーガランドは第9ステージ後の夜は痛みで数時間しか寝ることができず、再び落車する夢を見て飛び起きたそうだ。そして休息日には30分だけ自転車に乗って身体をほぐした。
「今日のステージは完走するつもりで走る。ベッドで寝ているより、自転車に乗っているときのほうが身体も少しは楽」と話す。
ともかく、水玉のマイヨを着てゴールを目指すのみ。
フランステレビジョンのプレスカーにはねらたもうひとり、フレチャ(チームスカイ)も腕と脚に包帯を巻いて現れた。スタートサインではコースディレクターのジャン=フランソワ・ペシュー氏と話しこみ、笑顔を見せてはいる。しかしチームスカイは誰も責めないという態度を取るヴァカンソレイユと違い、訴訟を視野に法律家と相談に入っている状態だ。
フーガーランドは「事故を起こした運転手は必ず謝りに来てくれるだろう」と話したが、謝罪があったという話はついに聞かなかった。フレチャはまだ怒りを収めてはいないようだ。
マイヨジョーヌを何日着れる?
マイヨジョーヌのヴォクレールが登場すると、あっと言う間に人垣に埋もれてしまった。すざまじい人気ぶりだ。リラックスしていると思いきや、まったくその逆。出走前の準備に余念がなく、ピリピリしている。マイヨジョーヌを守ることに全神経を注いでいる雰囲気だ。
ヴォクレールは休養日にこうコメントしている。「マイヨジョーヌを楽しむ時間はないよ。ひたすら集中するだけ。今日はアタッカー向きのコースなんだ。もし僕がマイヨを着ていなかったらアタックできるのに、それは無理。レース中は誰が逃げたかをすぐにチェックしないといけない。総合で5分以上遅れていない選手の逃げはすぐに捕まえないと。レース開始から最初の2時間は苦痛だろう」。
2004年には10日間マイヨジョーヌを着たヴォクレール。山岳ではアームストロングら優勝候補が繰り広げるアタックに耐えに耐えた。今回はこの日から連続する2日間は守れる可能性が高い。LLサンチェスに1分49秒差、エヴァンスに2分26秒差をもつヴォクレールはリュザルディダンにゴールする木曜日の夜までをジャージの守れる期限だと考えている。
「そんなに長くは守れない。逃げが7分になるとレオパードが追ってくるだろう。彼らは多分12分はくれない。総合争いの邪魔をするつもりはないよ」
またひとりポポが去って壊滅的なレディオシャック
レースの朝、レディオシャックが発表したのはポポヴィッチの離脱。日曜に出した高熱が引く気配がないため、やむなくの出走前リタイアを決めた。すでにブライコヴィッチとホーナーが落車でレースを去り、それにつづくリタイア3人目。ライプハイマーも落車がもとで大きくタイムを下げている。
4人のリーダーのうちクレーデンのみが総合上位にとどまるが、ヴィノクロフとファンデンブロックがリタイアした落車に巻き込まれていたクレーデンは背中を痛めている。クレーデンは治療中の背中の写真をTwitterで公表している。
レディオシャックのブリュイネール監督は今の状況を嘆くしかない状態だ。「我々はほとんどすべてを失った。4人のリーダーでツールに臨んで、パリの表彰台とチーム総合優勝が当初の目標だった。クレーデンは休息日が明けて少し状態は良くなった。そして今日と明日は何事もなければ走りながら休めるレースになる。しかしピレネーが始まると、彼が総合争いのライバルたちと争えるかは分からない。正直、彼は何もなければ表彰台を争えたと思う。しかし背中を痛めた身体で登れるかどうかは、分からない。回復することがしできるかどうか」。
短くて速い、危険なステージ
スタートライン前方でひとかたまりになって緊張した表情をしているのはユーロップカーの選手たち。すでに2人を欠いているが、「トマ社長」の黄色いマイヨを守るという重大任務が緑のシャツの肩にずしりとのしかかる。
そしてヴォクレールはスタート直前まで確認作業に余念が無い。ホイールのクイックレバーを締めなおしたり、タイヤを指で押して空気圧を確認したり、ブレーキがまっすぐ付いているか確認したり(メカニックがすべて調整しているはず...)、サングラスの曇を拭いたり、そしてシューズのベルクをを締めなおしているときにスタートが切られた。慌ててベルクロを手で抑えながら走りだす(かえってやらないほうが良かった...)。
今日のコースも危険な香り。直線路が見当たらないほど曲がりくねった道、短いステージ距離、序盤40kmに設定されたスプリントポイント、雨に濡れた路面、そして休息日明けで脚の再充電を済ませ、ステージ優勝に向けて鼻息の荒い選手たち....。つまりこの日は落車が起こる条件がすべて揃っていた。
スタート間もなく、ライプハイマー(レディオシャック)、カンチェラーラ(レオパード・トレック)、ヘーシンク(ラボバンク)らを巻き込む落車が発生。しかし大きな損失はなかったことが幸い。
11km地点で決まったミナール(アージェードゥーゼル)、ディグレゴリオ(アスタナ)、ヴィショ(FDJ)、エルファレ(コフィディス)、ドゥラプラス(ソール・ソジャサン)、マルカート(ヴァカンソレイユ・DCM)の6人の逃げは、イタリア人のマルカートを除いて5人がフランス人。
明後日に迫る7月14日のフランス革命記念日・キャトーズ・ジュイエを2日前倒ししたかのようなフランス人の大ハッスル。マイヨジョーヌはヴォクレールのもとに在れど、ここまでのステージでフランス人の勝利は無し。
マイヨジョーヌとマイヨヴェールのアタック!
フランス連合+イタリア人ひとりの逃げは残り17km地点まで続いたが、最後の山岳ポイントでアタックに出たのはなんとマイヨヴェールのジルベールとマヨジョーヌのヴォクレール。守ることに徹するのではなく、自ら攻撃に出るセオリーにないその走りは誰しもを驚かせた。「マイヨを着ていなければこのステージは僕向き」と話していたヴォクレールの言葉は、そのまま実行に移された。
残り7kmで単独アタックのかたちになったマイヨヴェールのジルベールの独走が、結果的にはこの日のゴールに向かうオメガファーマの走りを支える最高のアシストになった。HTC・ハイロードはジルベールの追走に入っていたマルティン以外の牽引役を失ってしまった。
ツールに出場できる環境を自ら手に入れて勝ったグライペル
ゴールに向けて早過ぎる位置からスプリントを開始してしまったカヴェンディッシュ。先行するカヴを落ち着いて追い込み、抜き去ったのは「ゴリラ」ことグライペルだった。
ふたりは昨年まで同じHTCに所属したチームメイト。
グライペルは昨年HTCを離れ、今季からオメガファーマ・ロットに移籍している。グランツールではジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャでそれぞれステージ優勝を挙げていたが、このツールの勝利で「世界3大ツールのすべてでステージ優勝を挙げた初めてのドイツ人」になった。
ツールに優勝するという夢を叶えたグライペル。しかしその夢がかなうまでに少し余計に時間がかかった。グライペルは去年まで同じチームに絶対的なエーススプリンターのカヴェンディッシュがいたため、ツールのメンバーには選ばれなかったからだ。
2008年ジロ・デ・イタリアではタッグを組んでいたふたり。しかしブレシアへゴールするジロ第17ステージでカヴを差し置いてグライペルが勝ってしまったとき以来、グライペルの存在は微妙になった。勝利を重ねるごとにカヴのアシストに徹することができなくなるグライペル。1チームに2人のエーススプリンターは要らないことは明白だ。グライペルがグランツールに出れれる出番が回ってくるのはジロとブエルタのみ。脂が乗っていながらも2010年ツールの出場メンバーに入れなかったことで、グライペルはカヴと袖を分かつことを決心する。
自らがエースとして走れる環境を求めてグライペルは、今季からオメガファーマ・ロットに移籍。これでツールにエーススプリンターとして臨めることになった。
グライペルはHTCの首脳陣が下してきたメンバー選考については理解を示す。
「僕の前チームでは、監督たちは僕かカヴェンディッシュの選択で難しい判断を強いられていた。カヴは地球上で一番速いスプリンターだ。僕のツールへの出場は難しかった。そして僕が年令を重ねて、もはや若く無いことも変化の理由。オメガファーマ・ロットが出場の機会をくれたことを、ありがたく思う。このチームのために勝つことができて、とてもうれしい」。
オメガファーマ・ロットのセルジャン監督は言う「ツールに出たいと願うグライペルに、私が誘いを掛けた。彼におめでとうを言おう。あのときHTCはツールメンバーの選考においては正しい選択をした。でもそれがアンドレがチームを変わる理由だった。私は彼はツールで勝てるチャンスがあると信じていた。彼の強さは誰しもが認めるところで、彼にチームと環境が必要だったのは明らかだ」。
ファンデンブロックへのお見舞いがチームの結束を高めた
オメガファーマ・ロットはこの日の朝に第9ステージで落車したユルゲン・ファンデンブロックが入院している病院に選手とスタッフ全員でお見舞いに行ったという。ファンデンブロックはまだ近郊の病院の集中治療室にいる。
セルジャン監督は言う「落車した日はあまりにも悲惨な状態だったユルゲンが、回復に向かっている容態を皆で確認することができた。もう心配がいらないということが皆の心を大きくした。それが士気を高めているよ」。
しかし、ここまでのツールにおいてもジルベールとの確執が噂されたグライペル。パンチャー向きのテクニカルなフィニッシュが続いた序盤ステージでチームメイトのジルベールが大活躍。
マイヨヴェール争いに加わることに。カプ・フレルにフィニッシュする第5ステージのゴールスプリントで、2位になったジルベールに対して6位に沈んだグライペルが、チームプレーのなさに不満を漏らした。それぞれがアシストしあうのでなく、それぞれのスプリントを行ったことへの不満だった。
しかし、今日ジルベールはゴール前でグライペルを助け、勝利に導いた。この動きが悪い噂を一蹴しそうだ。
ジルベールは言う「ゴール地点の近くではまた登りになっていたので、アドバンテージは保てなかった。だから、集団に戻り、すぐにグライペルを牽いて、他のスプリンターたちがグライペルの目覚めを邪魔しないようにしたんだ。最後にグライペルが勝利した。美しかった。彼は、今回とても勝ちたがっていたからね!」
グライペルはジルベールを讃え、チームワークを強調することを忘れない。「ジルベールはおそらく今、集団のなかでベストな選手だ。彼はオールラウンダーで、マイヨヴェールを着ている。それは今年のチームの目標でもある。僕らにはマイヨヴェールを争うチャンスがある」。
過ちを認めるカヴ「行くのが早すぎた」
「がっかりだ。僕が間違いを犯し、グライペルが勝利した。言い訳はできない。僕は残り170mからスプリントを始めてしまい、グライペルが追い抜いた。彼におめでとうを言うよ。彼はツール・ド・フランスに来て、勝つことができたんだから」。
グライペルを讃えるカヴ。スプリントのタイミングが早すぎたのは自信過剰だったから?
「ゴール前250mで右に行きたかったんだけど、迷ってしまいスプリントを始めなかったんだ。自信がなかったんだ。判断ミスだ。チームは一日じゅう頑張って走ってくれたのに、僕は自分の仕事をすることが出来なかった。中距離のスプリントが僕の力を浪費してしまったんだ。でも、マイヨベールをとるための基礎は作った。パリでマイヨを着ていられればいいんだけど」。
カヴは7ステージでステージ優勝した際、他のチームの選手がHTCの列車に乗ることを強く牽制している。
―「もし僕にスプリントに勝ちたければ、HTCみたいな列車が組めるチームを自分で用意して臨め」。
ゴール前でHTC列車が組めなかったカヴ。潔く他のチームの後ろにつかず、自力でいこうとしたのが誤りだったのかもしれない。
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