2011/05/24(火) - 10:52
エキップアサダがプロチームの運営を中断し、「再出発」として発足させたユース育成チーム「エカーズ(EQADS)」。本格始動したこの若手中心のチームの練習に帯同取材した。まだ真っ白な若者たちを育てるという活動に、浅田顕はどう取り組んでいるのか?
「中学生が強いんですよ!」5月に入ってすぐ、今後の活動予定を聞いている時、エキップアサダを主宰する浅田顕監督が目を輝かせて言った。しかし中学生は中学生だ。大人から見れば強いと言っても驚く程ではないだろう。練習に帯同し、実際に彼らの走りを見るまでは内心タカをくくっていた。
エキップアサダは現在ヨーロッパのプロチームで走る別府史之、新城幸也、2010年全日本チャンピオンの宮澤崇史をはじめ、日本有数のトッププロを数多く輩出している名門チームだ。2010年は諸事情によりレース活動の休止を余儀なくされたが、今季再びレース活動の再開を宣言した。
その今季エキップアサダの軸となるのが、若手育成チームのエカーズ(EQADS:EQuipe Asada Development Systeme)だ。これまで開催した数度のトライアウトを通して採用された選手達は、年齢、経歴も様々。最も若い選手は14歳の石上優大選手で、見た目もまだ子供そのものだ。経歴で異彩を放つのは、大学時代ボクシングをしていた谷口正洋選手。自転車を始めてから間もないが、元々ストイックなスポーツをしていただけに、ロードでの練習も苦にしていないようだ。
こういった個性的な選手達が集まるエカーズの選手たちが、ゴールデンウィーク中、シクロパビリオンを拠点とした合宿を行うと聞き、その最終日、5月5日(木)の練習に帯同させてもらうことになった。エカーズは年齢差も大きい。前述の通り、もう身体がある程度出来上がっている20代の選手から、大人への階段をこれから登ろうかと言う中学生までいる。果たしてまとまったチーム練習が可能なのか、その点も気になったのだ。
乱れぬ隊列の裏にある、年齢差を配慮した練習メニュー
しかし実際に練習を見て、全ての心配は杞憂となった。この日は厳しいメニュー(合宿の練習表参照)をこなした翌日ということもあり、約140kmのLSD(Long Slow Distance:心拍数を抑えて長距離をゆっくりと走る練習方法)。まず、合宿期間中の練習メニュー全体を見てみると、年齢や前日の練習内容に応じたコースや距離の設定がされているのがわかった。
さらに、ローテーションにも年齢が考慮されており、先頭を引く時間は中学生は5分、高校生以上は10分と事前に決められていた。選手個々がトータルで受ける疲労が、出来るだけ等しくになるようにしているのだろう。それでも年齢差の開きが大きい選手達が、チームカーのスピードメーターが時に40km/h、上りでも30km/hを指すほどのいいペースで走っていたのには驚かされた。
そして途中からは山が目の前に迫り、勾配のある坂も多くなってきた。だが、厳しい表情になる選手がいるかと思えば、皆余裕の表情だ。彼らはほとんど隊列を乱すことなく淡々と走って行く。折り返し地点である下久保ダム前の公園に到着した時も、皆涼しい顔をして、一緒に帯同したエキップアサダ後援会の方が差し入れたパンとおにぎりを頬張っていた。この直後に彼らの表情から笑顔が消えるのだが…。
レクリエーション
休憩直後、浅田監督がそう称した上りがやってきた。下久保ダムを横目に始まる300mほどの上りで、その最大勾配はなんと25%。
「勾配25%なんて聞くと登ってみたくなりますよね!前を見ると空しか見えないような上りです。今は自分で登れないから選手達に登らせるんです」と嬉しそうに話す。
もちろんその名の通り、選手に必要以上の無理を強いるほどの距離はない。だが、勾配を見た瞬間、そのキツさにチームカーに同乗していた大人達は皆で笑ってしまった。ちょっとならした程度では、自転車を降りて登らざるを得ないだろう。
浅田監督の「誰か脚をつくんじゃないか」という期待を裏切り、選手達は1人も脚を付くことなく上りきった。その姿は見事としか言いようがなかったが、さすがに苦悶の表情を浮かべていた。上で待つ監督に「どうだ!」と話しかけられた彼らは、一様に「辛いです!」と声を絞り出して返事をし、監督は満足そうな笑みを浮かべて再び車に乗り込んだ。
実はこの後もちょっとしたアクシデントがあった。と言っても落車などの危険を伴ったものではない。本来通るはずだった道が工事のため塞がれており、ここからすぐ下るはずが、脇に見えた上り道へと迂回をすることになったのだ。他に取れるコースもないため、監督の指し示す方へ再び上り始める選手達。厳しい上りがまだ続く。これには監督も申し訳なさそうな顔をして「ごめんごめん」と彼らに繰り返し謝っていた。
こうしてようやく下りへと入り、その後は上りらしい上りが出現することもなく、平坦な道へと移行。多少の向かい風を受けつつ、再び綺麗なローテーションで回りながら、選手達はゴールのシクロパビリオンへと到着した。アクシデントで上りが1本増えたものの、後半は選手の疲労度が増さぬようなコース設定だと感じた。帰ってきた選手達にも充実した表情が見られた。
被災地の若手選手受け入れ
エキップアサダでは、3月11日の東日本大震災により練習環境を失った、東北の若手選手の受け入れを開始した。浅田監督は語る。「我々が今被災地に行っても出来ることは少ない。シクロパビリオンで義援金の受付をしたり、チャリティーライドの予定もあるが、さらに自転車チームとして活動を続けながら出来ることは何か、と考えた時、被害を受けて走りたくても走れなくなった選手を受け入れることを選んだ」。
その第一歩として、今回の合宿には福島県郡山市から渡辺歩くんが参加。震災を受け、所属していた地元のクラブチームも休止せざるを得なくなり、練習場所を求めてエカーズへやってきたそうだ。チームから近くのリーズナブルな宿を紹介してもらい、そこから毎日通っていた。
渡辺くんはこれまで練習がままならない環境にいたため、さすがに他の選手達に着いていくのも厳しそうだった。残り20キロ余りの地点で「これ以上の無理は良くない」という浅田監督の判断により、自転車を下りることになったが、常に大きく離されることなく食らいついていたのが印象に残った。
翌日には学校が始まり、地元クラブチームも翌々日から練習を再開するとのことで、練習後迎えに来たご両親の車に乗り、地元に帰っていった。合宿中の総走行距離は約600km、「初めて短期間でこんなに走った」と語っていた。エカーズの選手達とも打ち解けた様子で、充実した滞在となったようだ。しかしながら、いまだ福島第一原子力発電所の事故収束もままならず、現時点においても郡山市の放射線量は平常時よりも遥かに高い。生活には不安がつきまとうものと思う。くれぐれも気をつけて過ごしてほしいと心から願って止まない。
早くも成果を挙げる選手達
エカーズの選手達はこの取材の後、5月8日(日)の修善寺オープンロードレース・クラス3で代凌介選手が優勝。また、同日の第5回埼玉県自転車タイム・トライアル・ロード・レース大会・1Fでは小山貴大選手が優勝、石上優大選手が2位のワンツーフィニッシュを飾った。
もちろんまだ経験の少ない選手達であるため、上位クラスへのレース参加ではないが、こうして結果を出したことは彼らの自信になるだろう。一緒に練習する選手達の励みにもなるはずだ。と同時に、完成された選手のみならず、発展途上の選手個々にもフィットした環境を提供し、監督としての結果を出し続ける、浅田顕という人物の育成能力の高さにも感心せざるを得ない。
この合宿に参加していた選手達とは別に、すでに海藤稜馬選手、木下智裕選手らはフランス派遣先のチームで活動している。自転車ロードレースの頂点である欧州へのコネクションがあることも、エカーズで活動することの強みだ。厳しいヨーロッパのロードレース界で生き残るには選手個々のモチベーションも試されるが、そこへ繋がるシステムがあり、道が見えていることは選手にとって重要なことだ。
日本ロードレース界は、今でこそ別府、新城らのメジャーレースでの活躍に沸いているが、次の世代を見渡した時、まだ新しい才能が順調に開花しているとは言えない状況だ。この流れを途切れさせず、若手からトッププロへの扉を叩く選手が続けて現れてほしい。そしてエカーズには、その期待を抱かせるに十分な育成システムが息づいていると感じられた。ロードレースファンは、ぜひ今後の彼らの活動にも注目してほしい。
text & photo: Bisoh Hosoda
「中学生が強いんですよ!」5月に入ってすぐ、今後の活動予定を聞いている時、エキップアサダを主宰する浅田顕監督が目を輝かせて言った。しかし中学生は中学生だ。大人から見れば強いと言っても驚く程ではないだろう。練習に帯同し、実際に彼らの走りを見るまでは内心タカをくくっていた。
エキップアサダは現在ヨーロッパのプロチームで走る別府史之、新城幸也、2010年全日本チャンピオンの宮澤崇史をはじめ、日本有数のトッププロを数多く輩出している名門チームだ。2010年は諸事情によりレース活動の休止を余儀なくされたが、今季再びレース活動の再開を宣言した。
その今季エキップアサダの軸となるのが、若手育成チームのエカーズ(EQADS:EQuipe Asada Development Systeme)だ。これまで開催した数度のトライアウトを通して採用された選手達は、年齢、経歴も様々。最も若い選手は14歳の石上優大選手で、見た目もまだ子供そのものだ。経歴で異彩を放つのは、大学時代ボクシングをしていた谷口正洋選手。自転車を始めてから間もないが、元々ストイックなスポーツをしていただけに、ロードでの練習も苦にしていないようだ。
こういった個性的な選手達が集まるエカーズの選手たちが、ゴールデンウィーク中、シクロパビリオンを拠点とした合宿を行うと聞き、その最終日、5月5日(木)の練習に帯同させてもらうことになった。エカーズは年齢差も大きい。前述の通り、もう身体がある程度出来上がっている20代の選手から、大人への階段をこれから登ろうかと言う中学生までいる。果たしてまとまったチーム練習が可能なのか、その点も気になったのだ。
乱れぬ隊列の裏にある、年齢差を配慮した練習メニュー
しかし実際に練習を見て、全ての心配は杞憂となった。この日は厳しいメニュー(合宿の練習表参照)をこなした翌日ということもあり、約140kmのLSD(Long Slow Distance:心拍数を抑えて長距離をゆっくりと走る練習方法)。まず、合宿期間中の練習メニュー全体を見てみると、年齢や前日の練習内容に応じたコースや距離の設定がされているのがわかった。
さらに、ローテーションにも年齢が考慮されており、先頭を引く時間は中学生は5分、高校生以上は10分と事前に決められていた。選手個々がトータルで受ける疲労が、出来るだけ等しくになるようにしているのだろう。それでも年齢差の開きが大きい選手達が、チームカーのスピードメーターが時に40km/h、上りでも30km/hを指すほどのいいペースで走っていたのには驚かされた。
そして途中からは山が目の前に迫り、勾配のある坂も多くなってきた。だが、厳しい表情になる選手がいるかと思えば、皆余裕の表情だ。彼らはほとんど隊列を乱すことなく淡々と走って行く。折り返し地点である下久保ダム前の公園に到着した時も、皆涼しい顔をして、一緒に帯同したエキップアサダ後援会の方が差し入れたパンとおにぎりを頬張っていた。この直後に彼らの表情から笑顔が消えるのだが…。
レクリエーション
休憩直後、浅田監督がそう称した上りがやってきた。下久保ダムを横目に始まる300mほどの上りで、その最大勾配はなんと25%。
「勾配25%なんて聞くと登ってみたくなりますよね!前を見ると空しか見えないような上りです。今は自分で登れないから選手達に登らせるんです」と嬉しそうに話す。
もちろんその名の通り、選手に必要以上の無理を強いるほどの距離はない。だが、勾配を見た瞬間、そのキツさにチームカーに同乗していた大人達は皆で笑ってしまった。ちょっとならした程度では、自転車を降りて登らざるを得ないだろう。
浅田監督の「誰か脚をつくんじゃないか」という期待を裏切り、選手達は1人も脚を付くことなく上りきった。その姿は見事としか言いようがなかったが、さすがに苦悶の表情を浮かべていた。上で待つ監督に「どうだ!」と話しかけられた彼らは、一様に「辛いです!」と声を絞り出して返事をし、監督は満足そうな笑みを浮かべて再び車に乗り込んだ。
実はこの後もちょっとしたアクシデントがあった。と言っても落車などの危険を伴ったものではない。本来通るはずだった道が工事のため塞がれており、ここからすぐ下るはずが、脇に見えた上り道へと迂回をすることになったのだ。他に取れるコースもないため、監督の指し示す方へ再び上り始める選手達。厳しい上りがまだ続く。これには監督も申し訳なさそうな顔をして「ごめんごめん」と彼らに繰り返し謝っていた。
こうしてようやく下りへと入り、その後は上りらしい上りが出現することもなく、平坦な道へと移行。多少の向かい風を受けつつ、再び綺麗なローテーションで回りながら、選手達はゴールのシクロパビリオンへと到着した。アクシデントで上りが1本増えたものの、後半は選手の疲労度が増さぬようなコース設定だと感じた。帰ってきた選手達にも充実した表情が見られた。
被災地の若手選手受け入れ
エキップアサダでは、3月11日の東日本大震災により練習環境を失った、東北の若手選手の受け入れを開始した。浅田監督は語る。「我々が今被災地に行っても出来ることは少ない。シクロパビリオンで義援金の受付をしたり、チャリティーライドの予定もあるが、さらに自転車チームとして活動を続けながら出来ることは何か、と考えた時、被害を受けて走りたくても走れなくなった選手を受け入れることを選んだ」。
その第一歩として、今回の合宿には福島県郡山市から渡辺歩くんが参加。震災を受け、所属していた地元のクラブチームも休止せざるを得なくなり、練習場所を求めてエカーズへやってきたそうだ。チームから近くのリーズナブルな宿を紹介してもらい、そこから毎日通っていた。
渡辺くんはこれまで練習がままならない環境にいたため、さすがに他の選手達に着いていくのも厳しそうだった。残り20キロ余りの地点で「これ以上の無理は良くない」という浅田監督の判断により、自転車を下りることになったが、常に大きく離されることなく食らいついていたのが印象に残った。
翌日には学校が始まり、地元クラブチームも翌々日から練習を再開するとのことで、練習後迎えに来たご両親の車に乗り、地元に帰っていった。合宿中の総走行距離は約600km、「初めて短期間でこんなに走った」と語っていた。エカーズの選手達とも打ち解けた様子で、充実した滞在となったようだ。しかしながら、いまだ福島第一原子力発電所の事故収束もままならず、現時点においても郡山市の放射線量は平常時よりも遥かに高い。生活には不安がつきまとうものと思う。くれぐれも気をつけて過ごしてほしいと心から願って止まない。
早くも成果を挙げる選手達
エカーズの選手達はこの取材の後、5月8日(日)の修善寺オープンロードレース・クラス3で代凌介選手が優勝。また、同日の第5回埼玉県自転車タイム・トライアル・ロード・レース大会・1Fでは小山貴大選手が優勝、石上優大選手が2位のワンツーフィニッシュを飾った。
もちろんまだ経験の少ない選手達であるため、上位クラスへのレース参加ではないが、こうして結果を出したことは彼らの自信になるだろう。一緒に練習する選手達の励みにもなるはずだ。と同時に、完成された選手のみならず、発展途上の選手個々にもフィットした環境を提供し、監督としての結果を出し続ける、浅田顕という人物の育成能力の高さにも感心せざるを得ない。
この合宿に参加していた選手達とは別に、すでに海藤稜馬選手、木下智裕選手らはフランス派遣先のチームで活動している。自転車ロードレースの頂点である欧州へのコネクションがあることも、エカーズで活動することの強みだ。厳しいヨーロッパのロードレース界で生き残るには選手個々のモチベーションも試されるが、そこへ繋がるシステムがあり、道が見えていることは選手にとって重要なことだ。
日本ロードレース界は、今でこそ別府、新城らのメジャーレースでの活躍に沸いているが、次の世代を見渡した時、まだ新しい才能が順調に開花しているとは言えない状況だ。この流れを途切れさせず、若手からトッププロへの扉を叩く選手が続けて現れてほしい。そしてエカーズには、その期待を抱かせるに十分な育成システムが息づいていると感じられた。ロードレースファンは、ぜひ今後の彼らの活動にも注目してほしい。
text & photo: Bisoh Hosoda
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