留目夕陽の優勝で幕を閉じた今年の全日本選手権ロードレース。男子エリートに出場した金子宗平、岡篤志、山本哲央、佐藤光、橋川丈、林原聖真、新城幸也らのコメントから、180kmのレースを振り返る。

2026全日本ロードチャンピオンとなった留目夕陽(愛三工業レーシングチーム) photo:Makoto AYANO
「自分と織田(聖)さんがエースで、チームは人数が多いので、数的優位を活かして絶対日本一を持って帰ると言う目標で挑みました。終始本当に上手くいったと思います。
キナンレーシングチームや宇都宮ブリッツェンに強いメンバーが揃っていて、チーム力で言えばキナンが一番なのかなと思ったので、とりあえずキナンの選手を見つつ、僕らが後手に回らないようにフォローしながら進めました。それで最後まで残って、キツいタイミングで自分が飛び出す作戦で臨み、タイミングを見ながらアタックすることが上手くいったと思います。

先行する山本元喜を追った場面では長く集団を引き続けた留目夕陽(愛三工業レーシングチーム) photo:Satoru Kato
残り2周のホームストレートで逃げていた山本元喜選手とのタイム差が縮まっていて、集団のペースも上がっていたのでみんなキツいだろうなと思って周りを見ましたが、自分はその時はまだ脚に余裕があったので、自分のタイミングで行きました。
独走になってからは、僕は下りが苦手でレース前半も集団の中で前との車間が空いたりしていたので、テクニカルなコースだと差を縮められてしまうのであまり自信はなかったです。それでも最後のホームストレートに入って30秒差と聞いて、これもう勝ったなと確信しました。

感涙にむせぶ留目夕陽を中根英登氏が迎える photo:Satoru Kato 
家族と勝利を喜び合う留目夕陽(愛三工業レーシングチーム) photo:Makoto AYANO

愛三工業レーシングチームの選手、スタッフ、家族、ファンで記念撮影 photo:Makoto AYANO
タイムトライアルは得意なので全日本TTに向けてすごく準備してきたので絶対優勝したかったけれど、喉をやられて体調が悪くて勝てず。そこから全日本ロードまで3週間という長い間があったので、うまく調子を戻せました。優勝して今までやってきたことが正しかったんだなと自信を持てました」
2位 金子宗平(群馬マンモスレーシングチーム)

2位の金子宗平(群馬マンモスレーシング) photo:Makoto AYANO
4月にレース中の落車による負傷で1ヶ月以上レースから遠ざかっていた金子宗平。6月初めの全日本タイムトライアルが復帰戦となったが、ロードレースはこの大会が負傷後初。それでも終盤の勝負所ではきっちりと生き残り、3年連続で表彰台に乗った。
「復帰戦で乗り込めていなくて、前半から速い展開になると後半脚がなくなるので、前半は何もせずに後半勝負しようと考え、本当にそういった落ち着いた展開になってくれたので良かったなと思います。
落車による怪我の影響はバリバリあって、負傷後3週間は全く何も出来なかったので、自分でもコンディションがわかりませんでした。ただ、最近はスプリント力が付いてきたので、スプリント勝負になれば行けるな、と思っていた。
最後に留目選手を逃がしてしまって、彼は圧倒的だったので仕方がないが、しっかり後続のスプリントは制することが出来て良かったです」

集団スプリントで先着し、2位に入った金子宗平(群馬マンモスレーシング) photo:Makoto AYANO
3位 岡篤志(Astemo宇都宮ブリッツェン)

3位だった岡篤志(Astemo宇都宮ブリッツェン) photo:Makoto AYANO
Astemo宇都宮ブリッツェンは最終盤に岡篤志と谷順成の2名を残したものの、勝利には結び付けられず。岡が3位でかろうじて表彰台の一角を確保するにとどまった。
「ブリッツェンは、基本的には自分で勝負すると言うプランだったが、展開によっては谷(順成)選手で、と言うプランも視野に入れていました
自分はスプリントが出来るので、自ら攻撃していくと言うよりはしっかり耐えて先頭集団に残り、最後のスプリントが優勝争いで迎えられるように備えていました。ただ調子的にもキツくて、留目選手の攻撃に対応すると言うよりは、大きなグループにしがみつくような我慢のレースになり、結果的に留目選手には逃げ切られてしまった。
2位争いの勝負に徹する形になったが、最後もキツくて金子(宗平)選手が上手(うわて)だったなと。最低限3位と言う結果ではあったが、今年は力不足だったと率直に思いました。チームのプラン通りには運べたけれど、自分が弱かった。そこがプラン通りではなかったです」
6位 山本哲央(TEAM UKYO)

スプリントの脚が残っていなかったと言う6位の山本哲央(TEAM UKYO) photo:Satoru Kato
4名で臨んだTEAM UKYOは数的不利な状況ではあったが、最終盤に集団復帰した山本哲央が6位に食い込んだ。
「チームとしては石橋(学)さんの大逃げか、僕のスプリントかという2パターンで行こうという作戦でした。留目の脚は段違いだったし、僕と石橋学さんと(寺田)吉騎が残っていたけれど3人ともチギれかけていたので、僕は切り替えて登りでレッドゾーンを超えないようにこなし、残り5kmあたりで集団に追いつきました。そこで留目がまだ1人で行っていて30秒差あると聞いて、残り距離を考えたら2位狙いだなと。最後のスプリントは吉騎にリードアウトしてもらったけれど、モガく脚もなくて立てなかったです。ただただ限界でしたね。
昨年は5月の連戦で潰れてしまったけれど、今年は全日本まで持たせられたし、チームも変わってロード主体の活動になって日に日に走れるようになってきてると感じています。この後の予定はまだ決まっていないけれど、トラック世界選手権の選考もこれからなので、それを目指して頑張ります」
9位 佐藤光(チームサイクラーズスネル)

終盤、山本元喜の逃げを追って集団を飛び出した佐藤光(チームサイクラーズスネル) photo:Satoru Kato
終盤、山本元喜の単独先行を追って集団を飛び出した佐藤光(チームサイクラーズスネル)。同調する動きがあれば…という場面だったがそうはならず。それでも集団に残って9位に入った。
「最終周回で集団が割れていて、そこから留目が抜け出して行ったけれどみんなお見合いしてしまっていて、追う脚が無かったです。本当は5、6名の集団が出来てそこから自分が飛び出して勝負を決めたかったけれど、昨年の伊豆(日本サイクルスポーツセンター)に比べるとコースがイージーなので思いのほか集団の人数が残ってしまった。自分のアタックも人数を絞れるほどではなく、1人になってしまったのでムダ脚になってしまいましたね。
でも昨年はパンクに泣かされたけれど、今年は9位になったので、まぁ少しは胸を張って帰れるかなと思います。『とりあえず良かった』とは言いづらいけれど、来年また諦めず挑戦しようと思うし、留目はいないけれどまずは9月の南魚沼(Jプロツアー)で雪辱を晴らしたいですね」
10位 橋川丈(キナンレーシングチーム)

飛び出した留目夕陽を追った橋川丈(キナンレーシングチーム)だったが photo:Makoto AYANO
序盤からレースの主導権を握り続けたキナンレーシングチーム。草場啓吾、山本元喜ら、全日本優勝経験を持つメンバーが逃げを打つなどして他を圧倒しているかに見えたが、勝利の女神は微笑まず。エリート1年目の橋川丈を10位に送り込むにとどまった。キナンレーシングチームのプレスリリースより橋川のコメントを紹介する。
「レース前半はペースが緩かったので、後半にかけて上げていこうと思っていた。良いタイミングで(山本)元喜さんと僕が逃げに乗れて、さらには各チームのエース級の選手が加わったので行ける手ごたえがあった。結果的に集団に追いつかれてしまったけど、その後も留目選手と小石さんと僕に脚があるのは分かっていたので、自信を持って走り続けられていた。
留目選手がアタックしたときに自分はペースを維持しながら追う選択をしたけど、脚が残っていなくて追いつけなかった。勝負できないまま終わってしまったことがとても悔しい。改めて、全日本選手権という大きな1日で力を出すことの難しさを感じた。
今日はうまくいかなかったけど、後半戦で取り戻していきたい。チームとして僕に賭けてくれたことは自信になるし、みんなに感謝をしたい。このレースのために準備をしてくだったスタッフのみんなにもお礼を言いたいし、今後のモチベーションにもしていきたい。
僕としてはまだまだ上を目指しているので、ここで終わってしまうわけにはいかない。チームのみんなも目標に向かって前を向いているので、僕もみなさんの期待に応えていけるように良い走りを見せていきたい」
15位 林原聖真(シマノレーシング)

終盤、人数が絞られた集団を自ら牽引する林原聖真(シマノレーシング) photo:Satoru Kato
レース序盤からキナンレーシングチームと共に集団コントロールをしたシマノレーシング。終盤は林原聖真、山田拓海、風間翔眞の3名に勝負を託したが、林原の15位が最高位に終わった。それでもレース中盤に草場啓吾の追走で見せた集団牽引は、他チームから「ペースが速くてキツかった」という声が聞こえた。
「130kmまではアシスト役の選手が牽引して、結果を狙う選手を前に残しながら変に脚を使わないように温存して、残り50kmから勝負していく作戦でした。特にコース終盤の下りから登り返しまでの間で集団が伸びるので、そこで脚を使わないようにメンバー全員が集団前方に位置取るようにしていました。
最後に新城(幸也)選手と留目選手が行った時は、それに絡めるような力が残ってなくて、自分が積み上げてきたものが足りなかったと言うか、積み上げきれなかった分、対応できる脚が無かった。そこは諦めて登りを終えたあとも留目選手の独走との差が縮まる気配がなく、せめて表彰台と思ったけれど抜け出すことも出来ませんでした。悔しいけれど今持てる力で出来る最大限のレースは出来たかなと思います。チームメイトに良いお膳立てをしてもらったけれど、結果に繋げられず本当に申し訳ないです。
シーズン前半に結果を出してアジア大会出場を狙っていたけれど、それは叶わないのでシーズン後半に向けてちょっと考えます」
11位 新城幸也(ソリューションテックNIPPOラーリ)

アタックする新城幸也(ソリューションテックNIPPOラーリ)後方から留目夕陽(愛三工業レーシングチーム)が追う photo:Satoru Kato
登りの下から上まで声援が波のように続いていった新城幸也の最終周回でのアタック。それは単騎参戦の新城が勝つために立てた作戦通りの行動だったと振り返る。他の選手からは「新城のアタックが無ければ違った展開になっていた」という声も聞かれ、自身4度目の全日本優勝には繋がらなかったものの、レースの流れを決定づけるアタックとなった。
「コースは広島森林公園よりもちょっとアップダウンが少ない感じだったので、アタック合戦のキツい展開になれば良いなと思っていましが、そうはなりらず、何かしたいけれど何も出来ないまま終盤まで進みました。

集団内で走る新城幸也(ソリューションテックNIPPOラーリ) photo:Satoru Kato
集団を引けば脚を使うコースだし向かい風も強めだったし、最後に一発で決めないと勝てない。1対1なら何度でも行けるけれど、複数を残しているチームを相手にそれは出来ない。自分の身を削って他人の脚を削る展開も考えられるけれど、それは僕の全盛期の話(笑)。年の功でうまくやっていかないと勝てませんからね。ツアー・オブ・ジャパンのように、やらなければいけない時は自分の脚を使ってキツい展開にしますけれど、全日本は勝たなければ意味がないので、自分が勝つためには最後の一発で決めるしかないと考えて我慢してタイミングを狙っていました。

補給担当の美和さんから「後ろ来てるよ!」と檄が飛ぶ photo:Satoru Kato
アタックして登り始めた時は脚も元気だったし決めるつもりで行きました。声援がすごくて、あれは嬉しかったですね。でも脚がつりかけて、留目に行かれてしまった。あと5秒でも速く登れて後ろに追いつかれなければ、登りの後のアップダウンで留目に追いつけたかもしれない。作戦はハマったと思うけれど、勝つためにはもう一つキーが必要でした。
昨年までの修善寺のコース(日本サイクルスポーツセンター)は展開関係なく登りでワット出してインターバルで何回モガけるかというレースなので今回と比較は出来ないけれど、180kmという距離は日本人選手はあまり走っていないからこれだけ消耗するという経験が無いから、1回のペースアップで集団が半分以下まで絞られました。コースが厳しくなく、展開も厳しくはなっていないけれどバラバラになってしまう。登れない今村(駿介)が先頭に残ってるけれど、それはヨーロッパで200kmを超えるレースを走ってきてるから。だから日本人選手もっと頑張って欲しいですね」
text:Satoru Kato, Yichiro HOSODA
photo:Satoru,Kato, Matkoto AYANO
男子エリート優勝 留目夕陽(愛三工業レーシングチーム)

「自分と織田(聖)さんがエースで、チームは人数が多いので、数的優位を活かして絶対日本一を持って帰ると言う目標で挑みました。終始本当に上手くいったと思います。
キナンレーシングチームや宇都宮ブリッツェンに強いメンバーが揃っていて、チーム力で言えばキナンが一番なのかなと思ったので、とりあえずキナンの選手を見つつ、僕らが後手に回らないようにフォローしながら進めました。それで最後まで残って、キツいタイミングで自分が飛び出す作戦で臨み、タイミングを見ながらアタックすることが上手くいったと思います。

残り2周のホームストレートで逃げていた山本元喜選手とのタイム差が縮まっていて、集団のペースも上がっていたのでみんなキツいだろうなと思って周りを見ましたが、自分はその時はまだ脚に余裕があったので、自分のタイミングで行きました。
独走になってからは、僕は下りが苦手でレース前半も集団の中で前との車間が空いたりしていたので、テクニカルなコースだと差を縮められてしまうのであまり自信はなかったです。それでも最後のホームストレートに入って30秒差と聞いて、これもう勝ったなと確信しました。



タイムトライアルは得意なので全日本TTに向けてすごく準備してきたので絶対優勝したかったけれど、喉をやられて体調が悪くて勝てず。そこから全日本ロードまで3週間という長い間があったので、うまく調子を戻せました。優勝して今までやってきたことが正しかったんだなと自信を持てました」
2位 金子宗平(群馬マンモスレーシングチーム)
「乗り込めていなかったので後半勝負と考えていた」

4月にレース中の落車による負傷で1ヶ月以上レースから遠ざかっていた金子宗平。6月初めの全日本タイムトライアルが復帰戦となったが、ロードレースはこの大会が負傷後初。それでも終盤の勝負所ではきっちりと生き残り、3年連続で表彰台に乗った。
「復帰戦で乗り込めていなくて、前半から速い展開になると後半脚がなくなるので、前半は何もせずに後半勝負しようと考え、本当にそういった落ち着いた展開になってくれたので良かったなと思います。
落車による怪我の影響はバリバリあって、負傷後3週間は全く何も出来なかったので、自分でもコンディションがわかりませんでした。ただ、最近はスプリント力が付いてきたので、スプリント勝負になれば行けるな、と思っていた。
最後に留目選手を逃がしてしまって、彼は圧倒的だったので仕方がないが、しっかり後続のスプリントは制することが出来て良かったです」

3位 岡篤志(Astemo宇都宮ブリッツェン)
「自分が弱かったのがプラン通りでなかった」

Astemo宇都宮ブリッツェンは最終盤に岡篤志と谷順成の2名を残したものの、勝利には結び付けられず。岡が3位でかろうじて表彰台の一角を確保するにとどまった。
「ブリッツェンは、基本的には自分で勝負すると言うプランだったが、展開によっては谷(順成)選手で、と言うプランも視野に入れていました
自分はスプリントが出来るので、自ら攻撃していくと言うよりはしっかり耐えて先頭集団に残り、最後のスプリントが優勝争いで迎えられるように備えていました。ただ調子的にもキツくて、留目選手の攻撃に対応すると言うよりは、大きなグループにしがみつくような我慢のレースになり、結果的に留目選手には逃げ切られてしまった。
2位争いの勝負に徹する形になったが、最後もキツくて金子(宗平)選手が上手(うわて)だったなと。最低限3位と言う結果ではあったが、今年は力不足だったと率直に思いました。チームのプラン通りには運べたけれど、自分が弱かった。そこがプラン通りではなかったです」
6位 山本哲央(TEAM UKYO)
「留目と30秒差と聞いて、2位狙いだなと」

4名で臨んだTEAM UKYOは数的不利な状況ではあったが、最終盤に集団復帰した山本哲央が6位に食い込んだ。
「チームとしては石橋(学)さんの大逃げか、僕のスプリントかという2パターンで行こうという作戦でした。留目の脚は段違いだったし、僕と石橋学さんと(寺田)吉騎が残っていたけれど3人ともチギれかけていたので、僕は切り替えて登りでレッドゾーンを超えないようにこなし、残り5kmあたりで集団に追いつきました。そこで留目がまだ1人で行っていて30秒差あると聞いて、残り距離を考えたら2位狙いだなと。最後のスプリントは吉騎にリードアウトしてもらったけれど、モガく脚もなくて立てなかったです。ただただ限界でしたね。
昨年は5月の連戦で潰れてしまったけれど、今年は全日本まで持たせられたし、チームも変わってロード主体の活動になって日に日に走れるようになってきてると感じています。この後の予定はまだ決まっていないけれど、トラック世界選手権の選考もこれからなので、それを目指して頑張ります」
9位 佐藤光(チームサイクラーズスネル)
「良かったとは言えないけれど、少しは胸を張れるかな」

終盤、山本元喜の単独先行を追って集団を飛び出した佐藤光(チームサイクラーズスネル)。同調する動きがあれば…という場面だったがそうはならず。それでも集団に残って9位に入った。
「最終周回で集団が割れていて、そこから留目が抜け出して行ったけれどみんなお見合いしてしまっていて、追う脚が無かったです。本当は5、6名の集団が出来てそこから自分が飛び出して勝負を決めたかったけれど、昨年の伊豆(日本サイクルスポーツセンター)に比べるとコースがイージーなので思いのほか集団の人数が残ってしまった。自分のアタックも人数を絞れるほどではなく、1人になってしまったのでムダ脚になってしまいましたね。
でも昨年はパンクに泣かされたけれど、今年は9位になったので、まぁ少しは胸を張って帰れるかなと思います。『とりあえず良かった』とは言いづらいけれど、来年また諦めず挑戦しようと思うし、留目はいないけれどまずは9月の南魚沼(Jプロツアー)で雪辱を晴らしたいですね」
10位 橋川丈(キナンレーシングチーム)
「全日本選手権という大きな1日で力を出すことの難しさを感じた」

序盤からレースの主導権を握り続けたキナンレーシングチーム。草場啓吾、山本元喜ら、全日本優勝経験を持つメンバーが逃げを打つなどして他を圧倒しているかに見えたが、勝利の女神は微笑まず。エリート1年目の橋川丈を10位に送り込むにとどまった。キナンレーシングチームのプレスリリースより橋川のコメントを紹介する。
「レース前半はペースが緩かったので、後半にかけて上げていこうと思っていた。良いタイミングで(山本)元喜さんと僕が逃げに乗れて、さらには各チームのエース級の選手が加わったので行ける手ごたえがあった。結果的に集団に追いつかれてしまったけど、その後も留目選手と小石さんと僕に脚があるのは分かっていたので、自信を持って走り続けられていた。
留目選手がアタックしたときに自分はペースを維持しながら追う選択をしたけど、脚が残っていなくて追いつけなかった。勝負できないまま終わってしまったことがとても悔しい。改めて、全日本選手権という大きな1日で力を出すことの難しさを感じた。
今日はうまくいかなかったけど、後半戦で取り戻していきたい。チームとして僕に賭けてくれたことは自信になるし、みんなに感謝をしたい。このレースのために準備をしてくだったスタッフのみんなにもお礼を言いたいし、今後のモチベーションにもしていきたい。
僕としてはまだまだ上を目指しているので、ここで終わってしまうわけにはいかない。チームのみんなも目標に向かって前を向いているので、僕もみなさんの期待に応えていけるように良い走りを見せていきたい」
15位 林原聖真(シマノレーシング)
「積み上げきれなかった分、対応できる脚が無かった」

レース序盤からキナンレーシングチームと共に集団コントロールをしたシマノレーシング。終盤は林原聖真、山田拓海、風間翔眞の3名に勝負を託したが、林原の15位が最高位に終わった。それでもレース中盤に草場啓吾の追走で見せた集団牽引は、他チームから「ペースが速くてキツかった」という声が聞こえた。
「130kmまではアシスト役の選手が牽引して、結果を狙う選手を前に残しながら変に脚を使わないように温存して、残り50kmから勝負していく作戦でした。特にコース終盤の下りから登り返しまでの間で集団が伸びるので、そこで脚を使わないようにメンバー全員が集団前方に位置取るようにしていました。
最後に新城(幸也)選手と留目選手が行った時は、それに絡めるような力が残ってなくて、自分が積み上げてきたものが足りなかったと言うか、積み上げきれなかった分、対応できる脚が無かった。そこは諦めて登りを終えたあとも留目選手の独走との差が縮まる気配がなく、せめて表彰台と思ったけれど抜け出すことも出来ませんでした。悔しいけれど今持てる力で出来る最大限のレースは出来たかなと思います。チームメイトに良いお膳立てをしてもらったけれど、結果に繋げられず本当に申し訳ないです。
シーズン前半に結果を出してアジア大会出場を狙っていたけれど、それは叶わないのでシーズン後半に向けてちょっと考えます」
11位 新城幸也(ソリューションテックNIPPOラーリ)
「全日本は勝たなければ意味が無いから最後の一発で決めたかった」

登りの下から上まで声援が波のように続いていった新城幸也の最終周回でのアタック。それは単騎参戦の新城が勝つために立てた作戦通りの行動だったと振り返る。他の選手からは「新城のアタックが無ければ違った展開になっていた」という声も聞かれ、自身4度目の全日本優勝には繋がらなかったものの、レースの流れを決定づけるアタックとなった。
「コースは広島森林公園よりもちょっとアップダウンが少ない感じだったので、アタック合戦のキツい展開になれば良いなと思っていましが、そうはなりらず、何かしたいけれど何も出来ないまま終盤まで進みました。

集団を引けば脚を使うコースだし向かい風も強めだったし、最後に一発で決めないと勝てない。1対1なら何度でも行けるけれど、複数を残しているチームを相手にそれは出来ない。自分の身を削って他人の脚を削る展開も考えられるけれど、それは僕の全盛期の話(笑)。年の功でうまくやっていかないと勝てませんからね。ツアー・オブ・ジャパンのように、やらなければいけない時は自分の脚を使ってキツい展開にしますけれど、全日本は勝たなければ意味がないので、自分が勝つためには最後の一発で決めるしかないと考えて我慢してタイミングを狙っていました。

アタックして登り始めた時は脚も元気だったし決めるつもりで行きました。声援がすごくて、あれは嬉しかったですね。でも脚がつりかけて、留目に行かれてしまった。あと5秒でも速く登れて後ろに追いつかれなければ、登りの後のアップダウンで留目に追いつけたかもしれない。作戦はハマったと思うけれど、勝つためにはもう一つキーが必要でした。
昨年までの修善寺のコース(日本サイクルスポーツセンター)は展開関係なく登りでワット出してインターバルで何回モガけるかというレースなので今回と比較は出来ないけれど、180kmという距離は日本人選手はあまり走っていないからこれだけ消耗するという経験が無いから、1回のペースアップで集団が半分以下まで絞られました。コースが厳しくなく、展開も厳しくはなっていないけれどバラバラになってしまう。登れない今村(駿介)が先頭に残ってるけれど、それはヨーロッパで200kmを超えるレースを走ってきてるから。だから日本人選手もっと頑張って欲しいですね」
text:Satoru Kato, Yichiro HOSODA
photo:Satoru,Kato, Matkoto AYANO
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